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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
147/383

第7章:革命児と魔術士の王(16)

 荒涼とした風が吹き荒ぶ大空洞内に、アウロスとフレアの白い息が漂う。

 尤も、周囲を分厚い岩に囲まれているその空間を支配するのは、闇。

 その白が目視される事はない。

 ランプを掲げながら進むアウロスの口元には、橙色の仄かな息が静かに広がり、霧散を続けていた。

「魔術士は、自力で明かりを付けられないのか?」

 そんなアウロスの背後を歩くフレアが、率直な言葉を投げかけてくる。


 それはつまり、彼女が魔術士ではない、また魔術士としての知識に疎いという事を意味していた。


 枢機卿の娘、という立場でありながら。

「……魔術は、一定時間が経過すると消える。だから、魔術だけで明かりをずっと灯す事は出来ない」

「そうなのか。不便だな」

「ま、その通りだ」

 決して広範囲ではないその明かりを若干下ろし、アウロスは更に進み行く。

 一度来た事のある場所という事で、ある程度の慣れはあったが、歩き辛さが消える訳ではない。

 慎重に、足下を確認しながら歩いて行く必要がある。

「それじゃ、例えばこの川を凍らせる事は出来るのか」

 中央を流れる水の音に紛れて、新たな質問が飛んで来た。

 会話が途切れる事に恐怖を覚えるタイプではない、と踏んでいたアウロスは、その声の主の意図を探りながら、その一方で回答も整理した。

「出来ない事はない。魔術自体は消えても、状態変化したその物質はそのままの状態を継続するから。ただ、これだけの面積と流れの川を完璧に凍らせるだけの青魔術は、恐らく存在しない」

「そうなのか。言うほど凄くはないんだな、魔術は」

「……魔術の事を知りたいのか?」

 結局はそこへ辿り着き、問う。

 そんなアウロスの言葉に対し、フレアは数拍ほど沈黙を作った。

「知りたくない、という訳でもない」

 結果、回りくどい回答が返ってきた。

 その意図もなんとなく察していたアウロスは、微笑みこそしなかったが、若干顔の筋肉を弛緩させ、小さく鼻で息を吐く。

「目的地に着くまでなら、質問は受け付ける。答えられるのは知ってる範囲限定だけどな」

「そ、そっか。なら、どんな魔術が今は人気なんだ?」

「そんな質問初めて聞いたな……」

 フレアは――――父親や仲間との接点を探している。

 アウロスはそう解釈していた。

 魔術士ではない人間が、魔術士の集団にいる居心地の悪さは、逆の立場を考えれば、容易に想像できる。

 だからと言って、その魔術士達に、魔術の事を色々聞く訳にもいかない。

 専門家に基礎知識を尋ねるのは、稚拙な自分を晒け出すのと同義。

 例え父親が相手でも、躊躇するのが寧ろ自然だ。


 そういう事情を察し、アウロスは極力、丁寧に質問に答えた。

 親への愛情を生まれながらに知らないアウロスにとって――――フレアの朴訥な努力は、何処か憧憬を覚えるものだったから。

「……ここ、か」

 しかし、そんな時間が長く続く事はなく、程なくして指定された場所に辿り着く。

 以前、アウロス達とフレア達が対峙した、広い広い『応接間』。

 そこに、先日と同じ格好で、枢機卿ロベリア=カーディナリスとその取り巻き二名が待ち構えていた。

「来たか」

「流石に、貴方一人って訳じゃなかったか」

「済まぬ。これでも、最少人数に絞ったつもりだ」

 その言葉に偽りはない。

 枢機卿が交渉の場に直接赴くという事も異例なら、二人しか従えずにやって来る事も、異例。

 尤も、戦闘を有した活動に枢機卿自ら参加していた事自体、異例中の異例ではある。

「椅子も机もない応接間だが……」

「構わない。出来るなら、さっさと本題に入りたい」

 枢機卿ら三人に近付いたアウロスは、中間距離と呼ばれる距離に差し掛かった時点で止まり、腰に手を当てた。

 その言葉使い、そして態度が、殺気を生む。

「貴様……さっきから聞いていれば……枢機卿という身分を何と心得るか!」

「良い。ここは交渉の場。そこに身分の差はない」

 憤る二人を諫めたのは、他ならぬロベリア本人。

 アウロスは、先日デウスに翻弄されていた中年の姿と、ここにいる凛然とした魔術士の姿を、重ねられずにいた。


 今、目の前にいるのは、紛れもない『幹部位階二位』の人物。

 逆に言えば、それすら手玉に取るデウスの力が異常という事になる。

 改めて、アウロスは上司となった男の脅威を知った。

「必要なら、敬語を使いますが」

「いや、普段通りで構わない。約束通り、フレアを連れて来てくれたのだからな」

「……」

 父のそんな言葉に、娘は何も言葉を発しない。

 数々の失態、そして最終的には取引の材料にされてしまった事を恥じている――――そういう気配を背中に感じ、アウロスは心中で苦笑した。

 フレアがアウロスを訪ね、そして付きまとったのは、仲間の誤解を解き、父親に迷惑をかけない為。

 だが、その結果、余計に迷惑をかける事になってしまった。

 その心境は、推して知るべし。

「さて……それでは、交渉に移ろう」

 そんな事を考えながら、アウロスは枢機卿の言葉に耳を傾けた。

「まず、こちらが要求するのは、フレアの身柄の引渡だ。それに対する見返りにそちらが何を望むか、聞こう」

「その前に一つ」

 ロベリア自らの発言に対し、アウロスは待ったをかけた。

「そっちに誤解してる連中がいるみたいだから、証明しておく。この女は、四方教会の間者じゃない。以前、ここで彼女に対して俺が情けをかけたのは、あの場面でデウスに彼女を殺させる事が後々、大きな戦いの種になりかねないと判断したからだ。他意はない」

 それは――――フレアがずっと希望し続け、アウロスがずっとはね除けていた証明。

 フレアの顔に、安堵の色が浮かぶ。

「で、この件をアンタ等に話す代わりに、この女には本当の事を話して貰うよう先だって交渉をしている。だから、今後この女が言う事は真実だ。そこを疑わない事を、まず誓って欲しい」

「……何を」

 言っている、という取り巻きの声は、再び枢機卿によって遮られる。

 その俊敏さは、若々しいというよりは、必死になっている証。

 娘を取り返したい――――そういう心がハッキリ見えた。

「元より、娘の言葉を信用しない、という事はない。だが、周囲はそういう訳にはいかない、という事も承知している。だが、この状況であれば、肉親の情とは別の、論理的解釈の見地で、娘の発言の信憑性を証明する事が出来るだろう。従って、誓おう」

「優れた判断に感謝を」

 アウロスは一礼し、同時に幹部位階二位に身を置く人間の理解の早さに舌を巻いた。

 尤も――――これくらいでなくては困る、という思いもある。

 何しろ、目の前にいる人物は、この国で二番目に偉い人間なのだから。

「それじゃ、まずは……頼む」

「わかった」

 事前に打ち合わせしていた為、フレアの首肯は早かった。

「私、フレア=カーディナリスは、四方教会に拉致されていた訳じゃない。

 私が、自分の潔白を証明する為に、この男を訪ねただけ。だから……こいつ等に非はない事を、私が保証する」

「……と言う訳だ。ここまでは納得して貰わないと、交渉は出来ない」

 そんなアウロスの言葉に、ロベリアの周囲の二人が再びいきり立つ。

 無理もない話ではあった。

 彼等にしてみれば、これほどの身分にある人物を、名も知らぬ若造が散々偉そうに教唆しているような構図に見えるのだから。

 だが――――ロベリアの表情は違っていた。

「わかった。そちらに非はない。このロベリア=カーディナリスが認めよう」

 その発言は、証明書などより余程重い意味を持つもの。

 それくらい、枢機卿の名の下に発言した事には、大きな意味がある。

 アウロスは再度一礼し、敬意を示した。

「では……こちらからの要求は、『特になし』」

「……何?」

 そこまでの段階を踏んでおきながら、交渉の前提を覆すようなアウロスの発言。

 今度は、流石にロベリアも眉を顰める。

 そしてそれ以上に、完全に堪忍袋の緒が切れた取り巻きの二人が、同時にフードで隠れた顔を晒した。

「貴様……いい加減に」

 おちょくられている、と判断するのも当然の展開。

 だが、それを今度はアウロスが制した。

 指を前に突き出した、その仕草だけで。

 その仕草だけで、その指先には数多の文字が並び出した。


 オートルーリング。


 その異様な技術に、突進を試みた二人の足が止まる。

「……な……何だそれは」

「四方教会の切り札……と言ったら?」

 実際には全く異なるモノだが、アウロスは敢えてそう告げた。

 そして、それこそが、アウロスがこの場を訪れた理由でもある。

 面倒な交渉係を文句も言わずに引き受けたのは、その為。


『オートルーリングという技術がある』

『その技術は、一目見れば臨戦技術として優れている事がわかる』

『それを四方教会が隠し持っている』

 

 この三点を把握して貰えれば、現在闇市を漂っているオートルーリングの論文を、アランテス教会が探そうと動き出す可能性がある。

 勿論、先に見つけられれば、それは目的を反する結果となるが、闇市からあぶり出すには、彼等のような巨大な権力者が動かないと、中々難しい。

 その上で、先を越す。

 アウロスは、そういう方法を選択した。

 そして何故、交渉において、相手への要求を『なし』と言ったのかというと――――

「デウスからの伝言だ。『これで借り一つだ』。以上」

 つまり、現時点で提示するのではなく、いずれ必要になった時にその借りを返して貰う、という事。

 通常なら、無意味な未来への投資になる可能性が高いこの提案だが、デウスはロベリアの人間性を見抜いていた。

 だからこそ、それが有効だと確信し、こんな伝言をアウロスに託した。

「……あの男らしいやり口だ」

 それをロベリアも知っているらしく、微かに口元を緩めながら、そう呟いた。

 これにて、交渉は終了。

「それじゃ、とっとと向こうへ行け」

「言われなくても、行く」

 アウロスに促され、フレアはその身体を追い越し、父親の元へ歩を進める。

 だが――――その足取りは重い。

 言葉とは裏腹に、明らかに帰り辛そうにしていた。

「……少し、良いか?」

 そんなフレアがまだ半分も距離を詰められずにいた、その最中。

「君に話がある。名は何と言う?」

 ロベリアは、娘にではなく、アウロスに語り掛けてきた。

「……アウロス=エルガーデン」

「アウロス、か。ならばアウロス、君に問おう。四方教会の長をどう思う?」

 その問い掛けに、真っ先に反応したのは、取り巻きの二人。

 しかし、ロベリアはそれを両手で制し、会話を続行した。

「奴の秘密を……知りたくはないかね?」

 その声は、ある意味、反撃の狼煙だった。




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