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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
143/384

第7章:革命児と魔術士の王(12)

「……そう言えば、あれって良かったの?」

 特に何事もなく、酒場や宿屋などの巡回を終えたアウロス一行は、明らかに治安の悪化地帯と思しき路地裏に足を運んでいた。

 以前、アウロスがトリスティに連れて行かれ、古書の収集に励んだ、あの教区の雰囲気と良く似ているその場所で、マルテの幼い声は明らかに浮いている。

「結局あの後、何事もなく逃がしちゃったけど。あのエライ人」


 エライ人とは――――枢機卿ロベリア=カーディナリスの事だ。


【アルマセン大空洞】で、彼の娘フレアをアウロスが守ったその後、デウスは彼女、そしてロベリアを捕らえようともせず、見逃した。

 アウロスに対しての処罰もなし。


「今回の目的は、あくまでも『魔術士殺し』の活動を阻止する事。それは達成した」


 それが、デウスの語った理由だった。

 当然、アウロスは腑に落ちない。

 活動の阻止が目的ならば、拘束する事が最も有効なのは明らかだからだ。

 無論、枢機卿などと言う身分の人間を、どのような理由があれ殺す訳には行かない。

 捕虜とするのも難しい。

 一つ間違えば、即日アランテス教会との全面戦争になる。


 だが――――


 娘フレアを拘束する分には、そこまで早急に問題は肥大化しない。

 格好の人質となる筈だった。

 だからこそ、アウロスは彼女を『守った』。

 デウスに殺す気がない事を察しつつも、万が一の事を考えて。

 尤も、最大の理由は『目の前で死人が出る事への抵抗』だったのだが。

 いずれにせよ、デウスの行動には疑問の余地が残った。

「さあな。俺はまだ、あの男の事は上手く理解できてない」

 そんな疑念を言語化する事なく、アウロスはそう濁す。

 マルテは然したる興味もなかったのか、特に言及はせず、適当に相槌を打っていた。

 単なる雑談の一環。


 しかし、それは――――意外な所へと繋がった。


「無理もなき事。デウス師の事は、付き合いの長い我等でも完全には把握できておらぬのだからな」

 そう告げたのは、先頭を歩くサニア。

 大空洞での『あの』サニアだった。

「……え? 何で突然?」

「クク……わからぬか? この気配が。空気に殺気が混じった、程よい味わいが」

 振り向いたサニアの顔は、普段のボーッとした顔とはまるで異なり、歓喜と狂気に満ちている。

 不思議な形状の髪留めが、今は壊滅的に似合っていない。

「来るぞ。あの時の娘だ」

「枢機卿の……?」

 そのアウロスの問いに、返答はない。


 沈黙は――――肯定。


 代わりに、別の言葉が空気を薙いだ。

「手を出すでないぞ」

 路地裏の奥。

 周囲の壁で光を遮られ、闇に染まった細いラインから、その姿は徐々に現れた。

 フレア=カーディナリス。

 今日はローブを身に纏っておらず、布製の衣服とジャケット、ハーフパンツのみを身に付け、無表情で近付いてくる。

 その姿に、マルテは戦慄を覚え、絶句したまま立ち竦んでいた。

 それとは対照的に、サニアの顔は更に歓喜色が強まっている。 

「あの時はデウス師の手前、ティアとの共同戦線を余儀なくされたが……本来、一対一の戦闘が我の領域。邪魔すると只では済まんぞ」

「え、えええ……折角の数的優位をわざわざそんな……」

 カクカクとした動きで諫めるマルテを無視し、サニアはアウロスへ視線を向ける。

 言うなれば、戦闘狂。

 アウロスは何度か、その類の顔を見てきた。

 臨戦魔術士の中には、そう言う人間もいる。

 そして、その手の人物は、こと戦いとなると、見境をなくす。

 アウロスには理解できない人種だ。

「俺は元々、デスクワーク担当だ。手を出す理由はない」

「こんな場面で堂々と傍観アピール!?」

 狼狽するマルテを尻目に――――


 サニアの左手の指輪が鋭く光る。


 同時に、その指を前方へ向け、突き出した。

「我の名はサニア=インビディア。先日の復讐を通達する殺気、しかと受け取った。相手として不足なし。存分に争おうぞ」

「……」

 フレアは答えない。


 しかし――――応えた。


 行動をもって。

「むっ……!」

 路地裏の狭い空間を、舞うように跳ぶ。

 そして、右側の壁を蹴り――――左側の壁を蹴り――――ジグザグの軌道で高速接近。

 規則性はなく、読み切る事は不可能。

 瞬時にサニアはそう判断したらしく、綴ろうとしていた一文字目のルーンを変更した。

 そこから改めて綴られたのは、結界用のルーン。

 性質上、結界はルーリングに必要な文字数が少ない為、オートルーリングでなくても直ぐに結界は完成した。


 対物理的殺傷力用の【円盾結界】。


 重さのない、鉄の盾のようなモノだ。

 それに対し――――フレアは更に壁を強く蹴り、大きく宙へと舞う。

 サニアの身長より、遥かに高い跳躍。

 その身体能力の高さをまざまざと見せつけ――――斜め上方へ掲げられたサニアの結界に『着地』した。

「……」

 そして、同時に身体を前方へ折る。

 結界を上から回り込むように、右肩を上げ――――『何か』を振り下ろした。

「ほう」

 だが、それはサニアの予測の範疇。

 結界を放棄すると同時に、自身の身体を沈ませる。

 その瞬間的な判断力もさる事ながら、動作も機敏。

 明らかに、標準的な魔術士の動きではない。

「ど、どうなってんの……四方教会の魔術士って」

「……」

 困惑するマルテとは対照的に、アウロスは注意深く二人の闘いを観察していた。

 攻防は間断なく続く。

 次に仕掛けたのはサニア。

 後退しながら、赤魔術を綴る。

 16のルーンが、サニアの身体と併行して浮かび上がり――――消えた。


【炎の閃爍】


 サニアの左手に絡まるように現れた炎の帯が、幾つもの閃光となり、フレアへと襲いかかって行く。

 その軌道は常に揺れており、振動を起こしているかのよう。

 先程のフレアの突進と少し似ている魔術だ。

 それと同時に、高等魔術。

 一度の使用で、アウロスの総魔力であれば、半分以上を消費する。

 宮廷魔術士クラスでも、そう容易に制御できる術ではない。

 それを、移動しながら綴るとなると、更に難易度は上がる。

 サニアもまた、紛れもない実力者だ。

「……っ」

 それまで常に無表情だったフレアが、表情を曇らせる。

 只でさえ狭い路地。

 そこに数本の帯状の炎が接近してくるとなると、逃げ場はない。


 ――――上にしか。


「さあ。どうする?」

 だが、それはサニアも承知済み。

 迎撃用の魔術を早くも準備している。

 これだけの大魔術を使い、直ぐに次の予備動作に移るのも、決して簡単ではない。


 にも拘らず――――


「……む」

 フレアもまた、サニアの次の一手を読んでいた。

 先程の要領で左右の壁を蹴り、【炎の閃爍】を回避。

 その瞬間、フレアは右手をしならせた。

 手首より先だけの所作。

 その余りの速度に、サニアは反応できない。

 何が起こったのか――――それすら、把握するのに時間を要した。


 次の瞬間、地面に金属音が響く。


 フレアは顔をしかめ、自分の右手を凝視していた。

 そこには、『何もない』。

 持っていた筈の武具は、地面に落ちていた。

 それは――――直径10cm程度の、環状の武器。

「円月輪……これが、か?」

 ポツリと、サニアが呟いたその名は、以前大空洞でデウスが言い放ったフレアの得物と一致する。

 だが、その時サニアは実際に目撃はしていなかった。

 平均的な円月輪よりも、かなり小さい。

 理解の範疇にない武器だった。


 それが、何故地面に落ちたのか――――も。


「……」

 フレアは、既にサニアの方を見ていない。

 見ているのは、青年と少年の並ぶその方向。

 指を前方に出し、今しがた魔術の行使を終えたばかりの、アウロスの方向だった。

「貴様……手を出したのか? あれ程、邪魔をするなと言った筈だぞ? 殺されたいのか……?」

 その視線で全てを察したサニアが、怒りの矛先をアウロスへと向ける。


 が――――


「煩い、戦闘狂。だったら殺されそうになるな。目の前で人が死ぬのは嫌いなんだよ。辛気臭い。戦闘力の割に注意力の足りない戦い方しやがって」

「……え?」

 突然の、刺すようなアウロスの物言いに、サニアも、隣のマルテも、思わず目を点にした。


 アウロスには、疲労がピークに達すると、口が悪くなると言う癖がある。


 ここ半月、色々やらされた挙げ句、この日も歩き回った為、ついにその水準にまで蓄積疲労が達してしまった。

「ど、どうしちゃったのさ、アウロスのお兄さん。僕の知ってるアウロスのお兄さんじゃないよ……ですよ?」

 思わず妙な敬語を使うマルテを無視し、アウロスは鋭い視線をサニアに向けている。

「殺されそうに、とは心外だな。確かに虚は突かれたが、その程度の秘器で命を取られるなど……」

「お前は大空洞でのデウスの話を聞いてなかったのか?」

「……む」

 思い出したのか――――サニアの眉がピクリと動く。

 あの時、デウスはこう言っていた。


「あの蹴りも、さっきの『円月輪』による薙ぎ払いも、一撃で命を断てるモノだ」


 無論、小さい暗器であっても、急所を突けば死に至らしめる事は可能。

 だが、それを回避できないほど、ティアは鈍重ではない。


 つまり。


「毒、か」

「暗器の基本だろ。わかったら、殺されないよう注意して闘え、ボケ」

「……貴様、訳がわからんな」

「二重人格女に言われたくない」

 終始イライラを募らせるアウロスに、サニアは歪んだ笑みを返した。

「面白いとは思っていたが、予想以上に面白い男だ。感謝するぞ。助けられた事ではなく、我の欠点を指摘してくれた事にな。確かに、慎重さに欠ける所が我にはある」


 そして――――戦闘態勢を崩す。


 既に、フレアは殺気を放っていない。

 身動きもせず、アウロスの方向をじっと眺めている。

 アウロスの放った魔術【氷塊】が円月輪を捉えたその時から、闘いは終わっていた。

「だ、大丈夫なの……? なんかずっとこっち睨んでるけど」

 一度、殺されかけた事のあるマルテは、不安げな眼差しをアウロスに向ける。


 だが――――


「もし本気で復讐に来てたんなら、武器を弾かれようと殺気を消す事はない。最初からその気はなかったって事だろ」

「待て。だったら、何故毒を使用する必要がある?」

「使ってないんだろ」

 当然と言えば当然のサニアの疑問に、アウロスはしれっとそう答えた。

「お前……」

「あの時点では、使ってる可能性が高かった。だから邪魔したんだ。だけど、その後の反応を見る限り、それは間違いだと判明した。何か不自然な点があるか?」

 それは、先に結果を予測し、それを証明していく研究者の習性。

『毒が塗られている』現実と、『毒が塗られていない』現実とは決して重ならない。

 だから、まず状況から『毒が塗られている』を仮定し、動く。

 その結果、仮定に誤りがあった事が判明し、後者と断定した。

 アウロスにとっては、それだけの事だった。

「……面白いが、面白くないヤツだ」

 サニアは現存する重複に肩を竦めつつ、視線をフレアへと向けた。

「復讐でないのなら、何故殺気を放ち、我に襲いかかって来た?」


 その質問に対し、フレアは――――


「そっちの要求に応えただけ。殺気は……」

 初めて、言葉を発した。

 そして、その目は依然、アウロスへと向けられている。

 殺気の原因へと。

「……俺、怨まれるような事したか?」

 顔をしかめるアウロスに対し、フレアは口角を下げ、非難の色を濃くした。

「どうして私を助けた?」


 そして――――


 紡ぎ出された返答は、通常は非難と真逆にある内容。

 だが、その言葉でアウロスとサニアは同時に理解した。

「どう言う事なのさ。助けられてキレるって、変だよ」

「変じゃない」

 マルテの言葉を一蹴し、今度は眉尻を上げる。

「仲間に疑われている。四方教会の間者じゃないかって」

「……はぁ」

 予見通りの解答に、アウロスは思わず嘆息した。

 尤も、恩を仇で返されている訳ではない。

 恩を売る為に助け船を出した訳でもないのだから。

「ああ、そういう事かあ……って、アンタは枢機卿の娘でしょ? 何で疑われるのさ」

「私は、あの人の本当の子供じゃない」

 今度は、マルテだけでなく、アウロスとサニアも驚きの顔を浮かべる。


 それは――――枢機卿の個人情報の漏洩に等しい言動だからだ。


 通常、起こり得る事ではない。

「だから、信頼されてる訳じゃない。今回の件で、それが表面化した」

「追い出された、と言う事か?」

 サニアの言葉に、フレアは首を横に振る。

「でも、そう言う空気になった。だから、私は信頼を回復する為にここに来た」

「俺の首を取りに、か」

 今度は首肯。

 律儀に返答する辺り、意地の悪い性格ではないようだ。

「最初は、直ぐにお前を襲うつもりだった……が、先にそっちの女にケンカを売られた。だから、対抗した。私の戦闘スタイルは先手必勝。先に仕掛けたのはその為」

「わかりやすい説明だ。我の認識違いだったか。相済まぬ」


 素直に謝罪したサニアとは対照的に――――


 アウロスの顔は煮え切らない。

 疲れている、と言う事もあるが。

「そっちはもう良い。問題はお前。大人しく私に殺されろ」

 一方、フレアは物騒な物言いで殺気を放った。

 先刻と言い、余り制御が上手くないらしい。

「生憎、殺される気はない。死んでやる義理もないしな」

「だったら、私と来い。仲間の前で誤解を解け」

「その誤解とやらを、俺が解く理由もないな」

 交渉決裂。

 だが、フレアの足は動かない。

「そうはいかない。疑われたままじゃ、父に迷惑が掛かる」

「知らん。とっとと帰って勝手に罪悪感と疎外感に苛まれてろ」


 アウロスはまだ疲労状態のままだった。


「こいつ、意外と口が悪い」

「それに関しては、同意せざるを得んな」

「僕も」

 何故かアウロスが四面楚歌状態になっていた。

「バカバカしい。他に用がないなら、もう話は終わりだ。適当に見回りして帰るぞ」

 クルリと踵を返し、アウロスはフレアに背を向けた。

 当然、その隙を見逃す筈はない。

 アウロスは迎撃用の魔術を綴る為、身体で死角を作り、指を掲げた。

「敵に背を向けるとは……バカめ」

「お前がな」

 アウロスの背中には、常軌を逸した速度でフレアが接近している。

 サニアに見せたような、複雑な動きではなく、最短距離を移動して。

 アウロスは、その軌道上に向け、背を向けたまま青魔術【氷塊】で生み出した氷の塊を手に乗せ、それをヒョイッと投げた。

「……っ!」

 頭に血の上っているフレアは、それを避けられない。


 自分で生み出した速度が、そのまま自分への殺傷力となり――――


 フレアの頭に、結構な衝撃で氷が直撃。

 そのまま倒れ込む。

「やれやれ……って」

 溜息混じりに振り向いたアウロスは、珍しく目を見開いて驚きを露わにした。

『前のめりに』倒れたフレアの顔が、直前まで迫っている。

 氷塊が直撃し、後ろに倒れ込むイメージを持っていたアウロスにとっては、予想外の展開。


 よって、回避する事は出来ず――――


「……!」

 アウロスの顔と、フレアの顔が、重なった。


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