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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
14/381

第1章:大学の魔術士(13)

 第二聖地【ウェンブリー魔術学院大学】の夕方は若干騒がしい。

 午後4時は全ての講義は終了し、多くの大学生は帰宅の途に着く。

 その一方で、10代後半という様々な方面において旺盛な年頃の彼らは、勉学以外にも活動意欲を必死に注いでいる。

 経済的余裕のない学生は、教授・助教授の研究を手伝って賃金を得ようと研究室へ雪崩れ込み、

 お金の有り余っている裕福な家庭の出の者は、市街地で買い物に励んだり、

 ドッグ・レースや演劇を見に歓楽街を闊歩したりして、日頃のストレスを発散させる。

 魔術を専攻する大学生の教育水準はムチャクチャ高い筈なのだが、実際には知識以外は一般市民と大差がない。

 日常会話の内容も至って普通だ。

「レヴィ先生ー、緑魔術における魔界の人的影響についての講義でわからない所があるんですぅ」

「わたくしもです。個人的に教えて頂けないでしょうか?」

 講義を終え、廊下を歩くレヴィ=エンロールには、常に女学生が数人つきまとって来る。

 背が高く優美な顔立ちの彼にはファンが多く、事ある毎にこうして接近を試みる女性が後を絶たない。

 ちなみに【魔界】とは、世界征服を企む魔王が支配する異世界――――の事ではなく、

 魔石の周辺に存在する『魔力を引き付ける際に発生する力の場』の事を指す。

 力の場と言うのは、空間における力の分布を差し、空間全体において力がどこを向いているかを表す概念だ。

「申し訳ないが、補講は行っていない。個人で復習しなさい」

 それを知りつつ、レヴィの対応はいつもこんな感じで柔らかくも厳しい。

 しかし、その態度は抑止力にはならず、寧ろ油に火を注ぐようなものだ。

 勿論、レヴィはそれを知っている。

「先生、さよなら!」

 顔を紅潮させて手を振る学生に柔和な表情で応え、研究室へ向かう。

 扉を開ける頃には普段の厳つい表情に戻っていた。

「……お前1人か」

 中にはアウロスだけがいた。

「丁度良い。お前に言っておく事がある」

「もう聞いたよ。ミスト助教授の足を引っ張るな、だろ?」

 すっかり冷めた珈琲をすすりつつ、レヴィの方を見る事なく口を動かす。

「……お前の魔力量、魔術士の最低ランクらしいな」

 しかし、レヴィはアウロスの発言を無視し、そう告げた。

 アウロスは一瞬間を空け、体ごと扉の方――――レヴィのいる方に振り向く。

「そのような才能のない人間は、存在するだけで足を引っ張る。違うか?」

「実戦はともかく、研究において魔力量の高低は特に影響ないだろう」

「はっ!」

 鼻で笑う。

「僕はこれまで何人もの落ち零れを見てきた。その殆どが才能のない、魔術士と名乗るのもおこがましい連中だった。そして、そういう連中が大成する事などこれまで一度として見た事がない。何故だかわかるか?」

 戯曲のような大袈裟な抑揚を駆使して問い掛けてきたレヴィに対し、アウロスは沈黙を選択した。

 それを拒否と取ったらしく、レヴィは口の端を満足気に吊り上げて続ける。

「才能のない人間は期待されない。期待されない人間は無能だと判断され、陰湿ないじめや迫害を受ける。才能のある人間からは無視され、中途半端な才能に甘んじる人間からは見下される。そんな環境で生きて来た人間が、真っ当な精神で研究に没頭できる筈もない。劣等感や復讐心で身を焦がし、自分を卑下したり増長したり、他人を陥れる事に躍起になったり……人格が歪んでいるんだよ、お前らみたいな人間はな」

 レヴィの視線が、アウロスの心臓を抉る。

 しかし――――

「随分偏った意見だが、あながち間違いでもない」

「……ほう、認めるのか」

 本来なら、ここで食って掛かった方が『お情け研究員』としては正しいのだろうが、アウロスにはそれができなかった。

「が、俺に対しては的外れだ。生憎他人には興味がない」

「口だけでは何とでも言える。しかしお前は絶対にミスト研究室の名に傷を付ける。絶対にだ」

 断定するレヴィの物言いに、アウロスは一つの推論を思い描き、それを口にする。

「そう言えば、お前天才らしいな。凡人から足を引っ張られた経験でも?」

「僕は天才ではない」

 返って来たのは意外な回答だった。

「天才、と言うのは凡人が好んで使う言葉だ。その殆どは才能の有無には関係ない、圧倒的な結果や成果を上げた人間に対して送られる安易な結果論の称号に過ぎない。僕に対するその言葉もそうだ。天才と言う一言で全て片付ける。分析も、判断すらもせずにな」

 レヴィはアウロスの横をツカツカと歩き、自分の机の傍まで移動する。

 そこから背中越しに続けた。

「しかし、天才とは本来、凡人には判断しようもない所で存在する『神の領域』とも言うべき才能にのみ使われて然るべき言葉だ。僕はそれを1人の人間と出会い、知った」

「ミスト助教授の事か」

「僕はここに来る以前、第三聖地【サンシーロ】の【リヒトシュタイナー研究所】に勤めていた」

 どうでもいい自分語りが始まったので、アウロスは部屋を出た。

「僕の研究は高度且つ実践的な内容で、瞬く間に研究所内外を問わず、注目を集めた。だが、才能のない無気力で自堕落な人間にとって、そんな僕の研究は妬みの対象でしかないようだ。あらゆる陰険な嫌がらせを受けたさ。揉め事を嫌う上司も一切取り合ってはくれず、自分では何もできない豚どもの陰湿極まりない誹謗中傷を浴び続けた僕は精神が鬱結し、全ての事に嫌気が差していた。だが! そんな悩める子羊と化した僕に救いの手が差し伸べられた。あれは忘れもしない、4年前の第8月! 誰もいない研究室で1人佇む僕に……誰も……いない……研究室で……」

 ――――1人佇んでいた。



 料理店【ボン・キュ・ボン】の日暮れ時はユルい。

 通常は食事処が最も忙しくなる時間帯であるにもかかわらず、店内は清々しいほどに閑散としている。

 それでも、本日は2名ほど客がおり、かろうじて料理店の体裁は保っている。

「で、実際何をやったの? レヴィが鬼神みたいに怒り狂ってたけど」

「何も」

 そんな奥行きの深い店を拠点とするクレールと共に、涼しい顔でアウロスが帰宅。

 一日の勤務を終えたその姿は、どこか晴れ晴れしさを醸し出していた。

「ま、ミスト助教授の少し機嫌の良い時の顔の方がよっぽど凶悪だけど」

 アウロスはその言葉に深く深く頷きながら、入り口の戸を開く。

 客の疎らな店内ではあるが、全く違和感を感じない。奇妙な空間だ。

「おろ、お帰り」

「……」

 そして、当たり前のように朝見かけた情報屋の女が同じ席で夕食を取っていた。

「お前、何故生きてるんだ……?」

「仕事は明日から。まだ死線は彷徨ってないの」

「いや、そう言う意味じゃなくて……そうか、三分の一だったな」

「? よくわかんねーんだけど。ってか、ここの料理すっごい美味しいのね。私すっかり常連客になっちゃった」

 常連と言うものは一日でなれるものではないが、そんな事は気にせず、アウロスはラディの食している

 鶏肉のパスティーヤを一切れ摘んで口に放った。

「うわっ、何すんだコラ!」

「祈りの報酬だ」

「意味わかんない! 意味わかんない!」

 涙目で遺憾の意を示し続けるラディを尻目に、アウロスはゆっくりとパイを噛み締める。

 鶏肉の旨みが口の中にブワっと広がり、それをパイ生地の甘みが程よく絡み取ってくれる。

 モチモチとしたその食感にガーナッツのカリッとした食感が混ざり、心地良い気分に誘ってくれる。

 尚、ガーナッツと言うのはデ・ラ・ペーニャ産の白い木の実で、単体で食べるとやや塩っ辛いのだが、

 その塩味が鶏肉とパイの甘みとブレンドされて、絶妙のハーモニーとなって舌を優しく撫でる。

 つまりは――――極上の一品だった。

「……お前のお姉様、天才?」

「アレがなかったら、ね。ウチが潰れないのは、三分の二の確率でそのレベルの料理が何種類も味わえるからよ」

 アウロスの隣に立っていたクレールは、嘆息交じりにそう答える。

 ただ、アウロスの行動に呆れつつも表情はどこか誇らしげだった。

「で、その人は知り合いなんでしょうね? 初対面の女性から食事を摘むなんて非常識な事、するとも思えないし」

「ああ。今日の朝会って知り合ったばかりなんだが、妙に気が合ってな。名前は――――」

 情報屋を雇っている事は秘密事項にしておこうと決断し、適当に嘘を吐く。

 今この瞬間の判断にも拘らず、僅かな葛藤すらない。

「ラディアンス=ルマーニュです。宜しく」

 ようやく立ち直ったラディはアウロスの紹介を遮るように名乗り、クレールに礼儀正しく頭を下げた。

 しかし頭を上げた次の瞬間、復讐心と悪戯心をかき混ぜたような小悪魔の瞳でニヒヒと笑い、アウロスとクレールを交互に見やる。

「アウくんったらぁ、気が合うなんてそんな、まるで一目で恋に落ちました的な事彼女の前で言っちゃってい・い・の? 私本気にしちゃうよぉ。彼女からアウくん奪っちゃおっかな♪ にひっ、うふっ、えへっ」

「ああ、やっぱり当たりだったのか。可哀相に脳まで……いや、元々こんな感じだったか?」

「からかうつもりが何か失礼な事言われてる!? ってか少しは動揺しなさいよ!」

「あの、ラディアンスさん。私は彼の恋人とか、そういのじゃないから」

 クレールが至極冷静に指摘する。

 その横で、アウロスはこっそり2ピース目のパスティーヤを摘んでいた。

「あれ? 違うの? じゃなんで寝泊りしてる所に呼んでんの。まさか、か、からだだ……」 

「ここ私の家。料理長の妹で、クレール=レドワンスっての」

「……」

「それではお客様、ごゆっくりどうぞ」

 今度はクレールが恭しく一礼し、そのままの表情で二階へと消えて行った。

「ふ、フン。雌狐は尻尾を巻いて逃げたようね。アウくん、あんな淡白な女止めて、私と情熱的な……あーーーっ! また取りやがったなこのやろー!」

「慰謝料だ。給料から差っ引かれないだけ良心的だと思え。と言うか、さっきから言ってるアウくんって何だ」

「アウロスだからアウくんでしょ? 他に何があるってのよ」

 涙目で恨みがましく睨んでくるラディに、アウロスは後悔と言う言葉を久々に胸に抱いた。

「……悪いが、そう呼ばれても自分だとは認識できない」

「人の呼び方にいちいちケチつけないでよね。じゃ、アウロくんでどう?」

「短縮しないと髪型がふんわり丸くなる呪いにでも掛かっているのかお前は」

「うっさいなー! じゃロスくん! これ以上は譲渡しないからね!」

 意地でもアウロスと呼びたくないのか、ある意味アウくんより認識し難い呼び名を提示してきた。

「わかったから大声を出すな。他の客に迷惑が掛かる」

「他の客なんて一人しかいないじゃない……って、何で一人しかいないの? こんなに美味しいのに」

 がらんどうな店内を、2人で眺めつつ。

「実はここ、夜は若干特殊な値段設定になるんだ。夕方5時以降に注文すると、メニューに書かれた値段に1200ユローの夜間料金が追加される」

「えええええっ!? ぼったくり食堂なのここ!?」

 ちなみに1200ユローという金額は、大学を卒業した魔術士の初任給に匹敵する。

「そんな……折角割の良い仕事に有り付けて、外食してもエンゲル係数低めでウハウハだったのに……このままじゃ今月の生活費すらままならない事に……」

 テーブルに突っ伏して呻くラディを無視して3ピース目のパスティーヤに手を伸ばそうとしたアウロスだったが、背後に人の気配を感じ、その手を止める。

 振り向くと――――短髪で爽やかな雰囲気の青年が困惑の表情で立っていた。

 年齢は20歳かそこらと推測される。

 その身には魔術国家のデ・ラ・ペーニャでは余り見る事のないチェインメイルなど装備し、腰には長剣を携えていた。

 騎士と言うには軽装だが、一般人と言うには身重だ。

「ここは本当にぼったくり食堂なのか?」

 男は誰が見ても戸惑うほどに、その格好からは想像できない気品を携えていた。

 そして、誰が見ても真っ当な人間でないとわかるほど、屈強でしなやかな肉体を持っていた。

 その姿と場所の不調和を感じつつ、アウロスは果たすべき役割に身を委ねた。

「いえ、全く違います。ご安心して食事をお楽しみください」

「……おいコラ」

 何故か本気で信じたらしきラディがジト目でアウロスを睨んだが、特にすべきリアクションもなく、男と話を続ける。

「そうか、それは助かるな。路銀も大分使い果たしてるし、これ以上の出費は洒落にならん」

「冒険者の方でいらっしゃいますか?」

 つい従業員口調で尋ねる。

「いや、少し違うが……ま、似たようなもんだ」

 男は温和な笑みを浮かべた。

 ようやく空気が場に似合う軽さになる。

「これからどちらへ?」

「第三聖地サンシーロの教会だ。結構遠いらしいから英気を養おうと思ってここに入ったんだが……生まれてこの方、ここまで美味い食事は初めてかもな。素晴らしい料理だった」

「ありがとうございます」

 特に礼を言う理由もないのに、何故かアウロスは頭を下げた。

「さて、この余韻が残っている内に出るとしよう。勘定を頼む」

「はい」

 特に従事している訳もないのに、何故かアウロスは現金出納係の業務もこなした。

「再びこの地に足を運んだらまた来よう。シェフに宜しく伝えといてくれ」

「ありがとうございました。良い旅を」

 祝福の言葉で見送り、再び一礼する。

 男は背中越しに手を上げてそれに応えた。

 実に気持ちのいい空気が店の前に流れ込む。

 アウロスはその空気を一口吸い込み、店内へ戻った。

「……さて、部屋に戻るか。ちゃんと仕事しろよ」

「私もお勘定」

「知るか。店の人間に言え」

「何でそうなんのよっ! あーマジムカつく! 何でこんなのに雇われてるのよ私ってば!」

「56、57……」

「うっそー。さ、明日からお仕事頑張らなくっちゃ。それじゃねー」

 ラディは爽やかな笑みで店を出て行った。代金を支払う事なく。

「……スッと逃げやがった」

「あらー? お客さんはどこへー?」

 アウロスが油断した自分を嘆いている所に、シェフが厨房からニュッと顔を出す。

「1人分の料金は俺が頂いてます。もう1人は無銭飲食なんで4倍の料金を支払って貰いました」

「? ? ?」

 ピッツ嬢の頭上に浮かぶ疑問符を横目に、アウロスは二階の自室へと向かった。

「……」

 人が3人並べる程度の幅の階段を上ると、同じ幅の廊下が8メートル程伸びており、両脇に扉が2つずつある。

 その廊下の最も奥には、土色の壷が置いてある。

 高級品とも安物とも判断し辛いその壷の前方――――アウロスの部屋の向かいの扉の前に、クレールが立っていた。

 その姿を視界に納めつつ、アウロスは無言で前進し、彼女の前で90度回転し、自室のノブに手を掛ける。

「2つ忠告してあげる」

 それとほぼ同時に、クレールが冷めた声を投げ付けて来た。

「まず1つ。レヴィを余り怒らせない事」

 てっきりラディについて色々言われるとばかり思っていたアウロスは、少しだけ目を見開いてクレールの方に顔を向ける。

「あの男、見かけと違って中身は相当過激なのよ。去年ウチの研究室に配属された新米研究員を実力行使で追い出したりしてるし」

「実力行使?」

「お前はミスト助教授の名前に傷を付ける。即刻消え去らなければ、その黒こげの椅子と同じ目に合うぞ」

 アウロスはその情景を脳裏に浮かべてみる。実に容易にその絵が描けた。

「貴方はそのミスト助教授が連れて来た人間だから、彼が独断で追い出す事はないと思うけど……今頃、貴方が自分から辞めたいって言い出すような方法を考えてるかもしれない」

 クレールの声が僅かにうわずる。

 勤めて冷静にと装う顔とは裏腹に、苦々しい思いを中に蓄えているようだ。

「随分陰険だな」

「大学なんてそんな所よ。それに……」

 言い淀みなのか演出なのか、若干の間が空く。そして――――

「彼、才能のない人間を嫌悪してるから」

 振り下ろすように発せられた言葉は、アウロスの頭を透過して、胸の辺りに刺さった。

「……あんたも知ってたのか」

「自分の家に住む人間のプロフィールくらいは貰わないとね。ま、私は貴方の才能がどうだろうと構いはしないけど」

 仲良くしたくない――――その言葉をアウロスは胸中で反芻した。

 確かにその意思は今の発言からも見て取れる。

 他人との絶妙な距離感というものを知らないアウロスには、それならいっそ最低限の会話しかしない関係の方が有り難い。

 にも拘らず、忠告などしてくる彼女の行動原理は非常に掴み辛い。

「もう1つは、ルインに近付かない事」

「ルイン……ああ、あの女か」

 アウロスの脳裏に、初対面時の魔女の姿が映る。

 美しい黒髪に良く調和した上品な顔立ちと、それと対極とも言える口の悪さ。

 とある観賞用植物を用いた余りに古典的な表現がしっくり来る女性だ。

「容姿に食い付いて声を掛ける学生が結構いるんだけど、全員あの人を人とも思わないような薄ら寒い目で睨まれて撃沈。きっと彼女の目には、周りの人間が全て無機質な道具にでも見えてるんでしょうね」

 クレールの言葉には常に感情が見える。

 それが良いか悪いかは別にして、彼女の好き嫌いはかなり明白だった。

「兎に角、まともな環境で仕事したいなら、無駄な衝突は避ける事。忠告はしたからね」

 アウロスの辟易とした頭の中を知る由もないクレールは、言うだけ言ってとっとと自室へ入って行った。

 それに続くように、アウロスも自室に入る。

 荷物を下ろし、ベッドに腰掛けて一つ息を吐いた。

(才能がない――――これまで何度言われただろうか)

 魔術士にとって、才能とは何か。

 その答えは真理を追究するならば無限に用意できるだろう。

 しかし、誰の目にも見える基準は一つしかない。

 生まれながらに与えられ、死ぬまで変わる事のない永遠の自己投影数値――――魔力量。

 魔力量が魔術士にとって重要なのは明らかで、単に魔術の持久力と言う意味だけでなく、

 魔力が足りなければ使えない魔術も出てくるという弊害もある。

 そう言う事もあって、魔術士の資格条件に魔力量の最低基準値が設けられているのは自然だと言える。

 が、しかし、それを越えている人間同士の比較となれば、単なる持久力の差異しかない。

 それは他の能力――――知識、技術、判断力、身体能力などで十分に補える。

 体力のない一流の剣士は稀有な存在ではあるだろうが、いるにはいる。

 ならば魔力量のない一流の魔術士だっていても、おかしくは、ない。

(けど、実際には――――いない)

 その理由は至極単純だ。

 魔力量、つまりは才能のない人間を取り巻く環境は、いつだって腐敗しているからだ。

 誰も期待しないし誰も寄り付かない。

 それだけならまだいい。

 多くの人間が排除しようとする。

 疎んじる。

 忌避する。

 偉い人間ほどブランドを重視し、その下で護られている人間は常に上のご機嫌を伺う。

 結果、ゴミはゴミ箱へ――――それが当たり前となる。

 それが社会の揺るぎない理念だ。

 アウロスは――――それに抗う気は毛頭ない。

 そして、自分から辞めたいと言い出す事もない。

 目的がある。

 それ以外はどうだって良い。

 今はそう言う生き方で合っている。

(そうだよな? アウロス=エルガーデン)

 決して応えない者に対して呼びかける。

 それだけで、安心できる。

(がんばろうな)

 最後にそう呟き――――アウロスは意識を闇に沈めた。






 ――――世界には二つの規律がある。


 一つ――――生。


 一つ――――死。


 離反も変革も決して許されない黄金の規律の上に、命は存在を得た。


 その輝きに惹かれ、生命は意思を覚えた。


 意思は分裂と統合を繰り返し、知性を精髄とした個を生み出した。


 決して揺らぐ事のない『個』の確立。


 一つの容器に、一つの意思と二つの規律。


 それが、人が人でいる為の絶対条件である。


 それならば、仮にそれが破られたとしたら――――?


 無論、そのような過程に意味はない。


 世界の規律は、例え魔術であっても破る事などできないのだから。


 故に――――


 初めから、戯曲でしかなかったのだ。


 それでも。





 それでも、ぼくは――――

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