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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(8)

【アルマセン大空洞】は、拠点である墓場から、馬車で五時間かかる郊外に位置する、巨大な洞窟。

 そこに人の手が加わり、簡易的な宿としても利用されているその場所は、観光名所と言う訳でも、歴史的価値のある自然遺産でもない。

 言うなれば、穴場だ。


 ならば、何故そんな場所に、宿泊施設を構えたのか。


 理由は単純。

 そこに人が集まるからだ。

 その動機は、自然鑑賞などのような、健全なものではない。

 人目に付かない事を行うのに都合が良いこの場所は、格好の『闇市会場』になる、と言うだけの事だった。

「これだけ雄大な自然の下で、堂々とそんな催しをやってるなんて、官吏も教会も思ってない……って事?」

 その【アルマセン大空洞】に足を下ろした一行は、それぞれランプを片手に、洞窟内の凸凹した足場を進んで行く。

 そんな不安定な地面を全く苦にしないティア、サニアの遥か後方で、アウロスは自分と同じく苦戦中のマルテ相手に、小さく首を横へと振った。

「流石に、郊外にある自然物まで警戒網に入れる程、人材は余ってないだろう。

 単に『目を瞑ってる』だけだ」

「自分達の領域じゃなけりゃ、放置してても害はない……ってコトか。

 それは兎も角として、結局僕たち、なんでここへ来たワケ?」

「世直し、らしい」

 アウロスはデウスの言葉をそのまま引用した。

 その通りに取れば、『魔術売買と言う悪行を取り締まる為』と言う事になる。


 だが――――


「それって変な話だよね。確か、僕たちと【フォン・デルマ】で会った時の事を考えるとさ」

 マルテの発言通り、それだと辻褄が合わない。

 デウスはあの時、魔術売買を止めさせるどころか、盗賊を倒し『守った』のだから。 


 つまり――――


 デウスの言う『彼等』とは、魔術売買を何らかの形で妨害する勢力であり、今回の四方教会の目的は、その連中の目論見を阻止する事。

 そう考えるのが自然だ。

「けど、それの何が『世直し』なんだろ?」

「さあな。それより……」

「何? なんか他に面白いコトある?」

「前を見て歩かないと……」

「ん? え、あ、あああああっ!?」

 ずっとアウロスの方を眺めながら歩いていたマルテは、不意に足を滑らせ、

 中央を流れる水の中へ飛び込んで行った。

 尤も、水深は低く、膝が浸かる程度。

 隻腕でありながら、特に苦労する事もなく上がってきた。

「コケるぞ。ここは傍に川も流れてるから、厄介な事態になりかねない」

「もももももももももななななななななな」

 実際、寒冷な気候の中で全身を濡らすのは、かなり危険。

 マルテは青褪めた顔で身体を震わせながら、不明瞭な発音で何かを訴え出した。

「……やれやれ」

 そう零したのは、アウロス――――ではなく、しんがりを務めていたデウスだった。

 呼吸の荒いマルテに近付き、右手の指輪を光らせ、編綴。

 顔ほどの大きさの火の玉を発生させる。

 そして、それをマルテの頭上へと放り投げ――――

「え……ええっ!? ちょ、ちょっとおおおっ!」

 狼狽するその少年を尻目に、再び編綴を行い、今度は風の塊を掌の上に発生させた。

 そのまま、無言でそれを同じように放り投げる。


 結果――――


 炎と風の塊同士が衝突し、熱風となって、マルテの全身に降り注いだ。

「わ、あったかーっ。ひゃー」

「……」

 喜ぶマルテとは対照的に、アウロスはその一連の作業を真剣な表情で観察していた。

 魔術を発生させる工程は、三つある。


 体内の魔力を集め、魔具に集中させる作業。 


 それを用い、編綴ルーリングを行う事で、出力する魔術の種類や規模などを決定する作業。


 魔術を放出する作業。


 デウスは、その三つを恐ろしいほど滑らかに行った。

 熱風を生み出すプロセス自体も、赤魔術と緑魔術の合成と言う、通常の魔術士が行うものとは異なる。

 機転と実行力、そして技術。

 魔術士の王を目指す人間として、相応しい能力を有している事が、これだけの短い間に集約されていた。

「ランプを水の中に落とさなかったのは褒めてやるが、足下を疎かにしない事だ。

 何事においても、な」

「は、はい。ありがとうございますっ」

 恐縮するマルテの髪は、生乾きくらいにはなっている。

 あの熱風だけで、水分の大半が吹き飛んだと言う事だ。

 しかも、強い衝撃を与える事なく。

 それもまた、高度な技術だった。

「……呆れるな、全く」

 そう呟き、嘆息するアウロスに、デウスはニッと微笑む。

「今の作業だけで、そう言う感想に至るお前もな」

 そして、マルテを促しながら、自身も歩を進め出した。

「本気で、魔術士の王を目指すつもりなのか?」

 そんなデウスと併行しながら、アウロスは真剣に問う。

 教皇ではなく、王。


 つまりは――――体制の交代。


 無論、反体制派の最終目標はそこにあるべき。

 ただ、長い歴史を誇るアランテス教会から、この魔術国家【デ・ラ・ペーニャ】を取り上げる事は、たかが小規模な一組織にとって、余りにも非現実的。

 砂漠の砂を、小さな円匙で全て取り除く行為に等しい。

「アウロス。お前は、王になる条件をどう考えている?」

 そんな疑問に対し、デウスは疑問を返して来た。

 余り好みではない展開。

 だが、アウロスは素直に応じた。

「……王族の血を持たないのなら、必要となるのは、求心力、統治力、判断力、決断力、超人的資質を兼ね備えている事。そして……」

「そして?」

「少年期から野心を抱き続けてる事、かな」

 そんなアウロスの答えに対し、半乾きの服を気にしながら歩いていたマルテは小さく首を傾げた。

「それって、子供の頃からじゃないとダメなの?」

「ああ。大人になってからの野心にはどうしても、不純物が混じる。王になる原動力としては、不十分だ」

「思った以上に独特な価値観を持っている男だったな」

 一方、デウスは歓喜の表情を浮かべ、アウロスに近付き――――


 その頭を撫でた。


「……おい」

「はっはっは、怒るな。俺の癖でな、優れた見解や行動を見せた人間にはつい、こうしたくなるんだ」

「って事は、あの古書の数はやっぱり不満だったのか」

「鋭いじゃないか。偉いぞアウロス」

「……取り敢えず、頭から手を離せ」

 非難するアウロスを、デウスはその整った顔を崩し、微笑みかけていた。

「しかもその価値観は、俺とかなり近い。そうだ、童心は必要だ。それなくして、人間の推進力は限界にまでは達しない。他の要素もな。そして、俺はそこに――――」

 アウロス達の視界に、先行していたティアとサニアの立ち止まった姿が映る。

 闇市会場に到着した、と言う事だ。

「周到さが必要だと思っている」

「……周到さ、か」

 それは、王となる器の人間が持ち合わせるには、見栄えのしない料簡。

 だが、アウロスはそれを否定する気にはなれなかった。


 そんな雑談を交えながら、アウロス達はようやくティア達と合流。

 その地点には、本流から左に逸れる脇道があり、ティアを先頭、デウスをしんがりに一行は歩を進めて行く。

「にしても……どうしてこの面子なんだ?」

 後方のデウスに、アウロスは振り向かずに問う。

 実際、その疑問は当然のものだった。

 魔術売買の現場に踏み込むだけならまだしも、ティアが『彼等』と呼んだ何者かに対しての警戒も必要な中で、必要なのは戦闘力の筈。

 女性であるティアとサニアを同行させた事に、アウロスは当初から疑問を持っていた。

「単純な回答になるが、これが四方教会における最良の選択だ」


 つまり――――


《ズズ……………………ン》

「!」

 突然の、崩壊音。

 それは鈍く、そして重く、アウロス達の鼓膜を蹂躙した。

 一瞬、洞窟自体が崩れたかと錯覚する程の音量。


 その源は――――アウロス達の進行方向。


 奥からのものだった。

「全員、戦闘態勢へ移行せよ! ティアは偵察および標的情報確保! サニアは臨戦態勢を保持し待機!」

 その刹那、デウスから女性二人に指示が飛ぶ。

 それに対する返事すら惜しむような速度で、ティアは一気に前方へと駆け出した。

 給仕姿でありながら、その移動は鋭利なほどに俊敏。

 何より、魔術士、そして女性と言う先入観を明らかに裏切る速度だった。


 そして――――


「クク……久々に一暴れ出来そうじゃな」

 そんな、この場にいるどの人物にも当て嵌まらない言葉遣いの女声が、狭い通路に響き渡る。

 一瞬、それを敵と判断し、瞬時に身構えたアウロスは――――思わず目を疑った。

「どうした? 我の姿に疑問でも?」

 声の主は、サニア。

 それまで常にポーッとしていた黒髪の女性が、周囲に火の粉を舞わせ、口元を歪な程に釣り上げている。

 まるで、悪魔のような姿だった。

「……」

 アウロスとマルテは無言でデウスを睨み、説明を促す。

「単なる臨戦態勢だ。誰だって、戦闘となれば好戦的な人格になるだろう」

「そ、そう言う問題……?」

 まるで二重人格のようなその女性を、マルテは冷や汗混じりに眺めていたが――――アウロスは小さく息を落とした次の瞬間には、もう視線を外していた。

「状況を説明してくれ。こっちは情報不足で事態が飲み込めない」

「わー、もう切り替えたんだ……早ー」

 呆れるマルテとは対照的に、デウスは顔を引き締める。

「俺達が懸念していた事態が起こった。魔術売買を撲滅しようとしている連中がどうやら先に着いていたらしい」

「それが、例の『彼等』か」

「聞いての通り、かなり過激な連中だ。各自、自分の身は自分で守れよ」

「え、えええーーーーーっ!? 僕、そんな力ないよ!?」

 一人狼狽するマルテを一瞥もせず、アウロスはサニアの方に目を向けた。

「……アンタ等が四方教会の武闘派だったとは、な」

「女性だから弱くなければならぬ理屈など、何処にもなかろう」

「仰る通り」

 アウロスはその言葉に、ある女性を思い出し、微かに笑った。

 その刹那。

「っと!」

 アウロスの足下に向けて、一筋の雷光が射出された。


 今度こそ、敵襲――――


「敵は四人。いずれも魔術士か。ほう、アランテス教会の者と交戦中らしい」

 ではなく、ティアの放った魔術だった。

「って言うか、今の魔術の何処に伝言要素があったんだよ」

「地面の抉り具合だ。見ろ、俺から見て左端に四つの爪痕のような線が入っている。

 これは人数を表したものだ。次に、魔術士を表す印が……」

「もう良い。知りたい事はわかった」

 頭を抱えつつ、アウロスは走り出した。

「む、勝手に行動するな。俺の指示に従え」

「指示された覚えはないが」

「自ら戦地に赴くのは、自己防衛とは対極の行動だ。と言いつつサニア、戦闘を許可する」

「言われるまでもない。クク……腕の良い魔術士なら良いがな」

 アウロスの横を、歓喜に満ちた表情のサニアが通り過ぎて行く。

 終始呆然としているマルテと、不機嫌な顔のアウロスは、その背中を暫く眺めていた。

「そう急くな。女に先行され、男の誇りを傷付けたのかもしれんが……」

「いや、もしこの先の闇市に俺の論文に関係ある手がかりがあったら、一刻も早く回収しないと灰になりかねないだろ」

「……好きにしろ」

 この状況でも、アウロスは目的最優先。

 それに対し、苦笑を禁じ得なかったデウスは、掌を弾くような仕草でそう指示した。

 確認と同時に、アウロスは走り出す。

 体力のない魔術士なので、速度はない。

 だがその分、補える器官がある。


 頭だ。


 アウロスは走りながら、考える。

 デウスは紛れもなく、臨戦魔術士。

 しかも、身体能力も高い。

 それは以前、【フォン・デルマ】での一幕の際に確認済みだ。

 何より、強さを絶対視はしてないまでも、必要不可欠と言い切っている。

 そんなデウスが直接ここを訪れた理由は、果たして何なのか。

 無論、答えは一つ。


 ――――それが最良である


 デウスの言葉がそう物語っていた。

 ならば、この状況における、四方教会にとっての最良とは?

 当然、ここへ来た目的を達成する事。

 つまりは『世直し』だ。

 ならば本来、魔術売買と言う行為に対しては、止めさせる側でなければならない。

 実際、アウロスはそれを危惧し、付いてきたところもあった。

 しかし、【フォン・デルマ】においてデウスが取った行動は、寧ろ逆。

 魔術売買を邪魔する勢力を、己の力によって制圧した。

 そして、今もまた、魔術売買の会場で起こっているであろう問題に対し、武力行使によって対抗しようとしている。

 

 辻褄が合わない――――そう見えかねない構図だ。


 つまり、何処かに嘘がある。

 或いは、嘘ではなく、誤認識。

「……ったく」

 アウロスは、思わず舌打ちしたい心境に駆られた。

 それと同時に、洞窟内の通路が途切れ、本来そこに設置されていた筈の人工の扉が粉々に砕け散っている。

 その欠片を踏みつけながら、アウロスは魔術売買が行われていた会場、その開けた場所へと足を踏み入れた。



 そこは――――既に、戦場と化していた。

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