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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(7)

「――――で、収穫はこれだけと言う訳か」


 一週間後。


 自身の机に並んだ100冊ほどの古書を、デウスは苦い顔で眺めていた。

「文句あるなら、ロクに手順も教えなかった、トリスティって言うあの子供に言え」

「はっはっは、真に受けるな。冗談だ。あの教区でこれだけ集めるとは、大したモノだな、お前は」

 試されている事を知りつつ、アウロスは眉間に皺を寄せてそっぽを向く。

 慣れない行動の連続に、かなり疲労が溜まっていた。

「にしても、随分せせこましい事をやってるんだな。これで本当に、魔術士の王とやらになれるのか?」

「なるさ。教皇には無理だが、王にはなれる」


 断言。


 そして、デウスは明確に、『教皇』と『王』の区別を口にした。

「教皇はすなわち、アランテス教会の首長。信者を統べるついでに、国民を統治しているに過ぎない。逆に言えば、信者の信仰心を満たす為の崇高な思想を掲げる必要がある。俺にとってそれは、クソまみれの反吐と同じシロモノだ」

「随分と、アランテス教会を忌み嫌ってるんだな」

「……まあ、な」

 その一瞬だけ、デウスはこれまで見せた事のない、憂いの顔を覗かせた。

 尤も、それを邪推する程、アウロスはまだこの件に関心を持てずにいたが。

「俺はこの国の首長になる。つまりは王だ。教会がのさばっているこの国を根本から変えて、『戦える国』にする。今はその準備段階だ」

「その準備と、この本と、どんな関係があるんだ?」

 魔術士の中でも際立って体力のないアウロスが、足を痙りそうになるほど歩き回って集めた、100冊ほどの古書。

 トリスティはこれを、『知的に見せる為の物』と言っていた。

 無論、アウロスはそれを鵜呑みにはしていない。

 他に隠された理由があると睨んでいる。

「【エルアグア】の歴史に埋もれた、反体制組織の記述を探したい」


 ――――が。


 それをあっさり教えられたのは、想定外だった。

「これまでも、俺のような野心を持った人間は、魔術士、非魔術士を問わず、いた筈だ。だが、結果的に野心の成就には至っていない。その失敗例を知りたい。失敗から学ばねば、得られない成果もあるからな」

「……成程ね」

 当然、反体制派の記述など、正史と称した歴史の中にはなされていない。

 つまり、通常の書物には記されていない記録。

 古書を探している理由としては、十分なものだった。

「お前は頭が良い。最初はそのオートルーリングとやらの技術だけを拝借しようと思っていたが、使い道は他にもありそうだ。この調子で次の……」

「失礼します」


 デウスの言葉を遮ったのは、その言葉の延長上にいた人物だった。


「ティアか。丁度良かった。これからお前の所にコイツを送ろうとしていたトコだ」

「残念ながら、その件は少し先延ばしになりそうです」

「ほう……? 面白いコトが起こったか」

 端正なその顔を綻ばせるデウスに対し、ティアは無表情で首肯する。

「ちなみに、ティアの仕事は街の清掃や老人宅への訪問、路上生活者への施し等だ。世直しの一環だな。これは民衆の心を非常に掴みやすい」

「で、本当の目的は?」

「潜伏中の同志との接触だ。色んな裏の情報を仕入れてくれる、ありがたい仲間さ。で、その情報の中に、緊急事態が含まれていたと言う訳だ」

「はい。明日、【アルマセン大空洞】の一室で、大規模な魔術売買が行われるとの事です」


 その言葉に――――


 デウスよりアウロスが先に反応を示した。

「随分、頻繁に行われてるんだな。魔術売買ってのは」

「いや。二週後と言うのは少々奇妙だ。もしかしたら、先刻の闇市は今回のカモフラージュだったのかもしれんな。本命はこっちだ」

「私もそう思います。その証拠に、彼等も動きを見せそうです」

 給仕姿のティアは、手にしていた数枚の書類をテーブルの上に置いた。

 そこには、人の名前がズラッと並んでいる。


 名簿だ。


 その書式に、アウロスは覚えがあった。

「……【魔術士殺し】の名簿か?」

 魔術士殺し。

 その名の通り、魔術士を狩る事を専門とした、特殊な任務を負う者の総称。

 その存在は、アウロスがここに来る前にいた、第二聖地ウェンブリーでも確認されている。

 実際、そう呼ばれている人物と対峙した事もあった。

「どうして……それを貴方がおわかりになるのでしょう?」


 刹那――――


 ティアの身体から、膨大な殺気が噴出する。

 その量は、アウロスが思わず身構える程だった。

 先日、デウスへの態度や呼び方を非難した際とは、まるで違う種類の気。

 その姿からは想像も出来ない事だが――――ティアは完全に臨戦魔術士だった。

「止めろ、ティア」

 だがその殺気は、主人の一声によって、直ぐに収まる。

 それもまた、かなりの技術を要する事だった。

「ですが、御主人様。『これ』を知っている人間が、ただの研究者とは思えません。教会の間者である可能性を考慮すべきです」

「コイツをここに誘ったのは俺だ。もしそう仕向けたと言うのなら、この俺がコイツに手玉に取られている、と言う事になる。お前は、そう判断するのか?」

 声には、特に変化はない。

 デウスの様子は普段通りだ。

「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしてしまいました」

 しかし、その言葉にティアの唇は微かに震え出し、目も泳ぎ始めた。


 これも、ここ二週間の彼女からは、想像できない姿。


 アウロスは、自分が足を踏み入れた組織の厄介さを、改めて実感した。

 一筋縄でいきそうな要素が、何一つない。

「良いさ。お前のその危機管理意識がなければ、四方教会は成立しない。

 俺に叱られる事を恐れるな。俺がそれをするのは、お前を信頼しているからに過ぎない」

「……」

 ティアはそれきり、何も語らなくなった。

 その感情を図りかね、アウロスは視線をデウスへと向ける。

「で、何故お前は、この名簿の事を知っている?」

「以前、同じ書式の名簿を見た事がある。それだけだ」

「普通に生活していて、目に入るシロモノじゃないが?」

「研究者にだって、非日常くらいはある」

 終始、淡々とした言葉の交換。


 それは、腹の探り合い――――


「はっはっは! 確かにな。毎日机に向かってばかりの人間が、これだけ肝が据わる筈もないからな」

 とはならず、デウスは爽快に笑った。

「ま、この件に関しちゃ、ここまでにしとくか。それより問題は、明日だ。

 連中が来るのなら、こっちも相応の準備が必要だな。俺が出よう。後は……」

「私も出ます。同行をお許し下さい」

 沈黙を守っていたティアが、胸に手を当て懇願する。

 その様子に、デウスは眉尻と口の端を同時に釣り上げた。

「そうだな。状況によっては、人手がいる。サニアにも準備をさせておけ」

「承知致しました。ありがとうございます」

 ティアは深々と頭を下げ、踵を返した。


 そして、アウロスを横目で一瞥し――――そのまま足早に部屋を出た。


「……なんか、嫌われてるみたいだな。俺」

「気にするな。俺が気に入った相手には大抵、ああ言う態度だ」

「それはそれは」

 暗に『あの女は俺に惚れてる』と言う事を宣言したデウスに対し、アウロスは生返事で対応した。

「何にせよ、お前も準備しておけ。どうせ、付いてくるんだろ?」

「ああ。何かしら、手がかりが掴めるかもしれないし」

 論文が流出した経緯について、アウロスはある程度の事を知ってはいる。

 その意図も、推測の域ではあるが、把握している。

 しかし、改ざんされた理由は、ハッキリとはわかっていない。


 ただ、これも推測は十分に可能。


 可能性が高いのは、『風評被害』だ。

 誤った理論の論文を流出させ、『この論文は使い物にならない』と言う虚偽を、まだ発表された内容が行き届いていない、この第一聖地マラカナンに広める事で、論文の発表者、及びその所属大学を貶める。

 それによって、論文を活用しよう、協力しようと言う人間の出現を抑える事になる。 

 当然、発表者、大学側としては痛手。


 つまり――――


 それらの人物に怨みを抱いている、或いは敵対している人間の仕業、と言う事になる。

 無論、これも推測の域を出る事はない。

 だからこそ、手がかりが必要。

 現在、四方教会の伝手によって、その情報を集めて貰ってはいるが、成果は特にない。

 能動的に入手できる好機を、逃す手はない。

「思いの外、早い段階で好機が訪れたものだ」

「……?」

 一瞬、アウロスは思考を読まれていると思い、眉を顰めた。

 しかし、実際には異なる主旨の発言だと、直ぐに悟る。


 まるで、空気が軋んでいるかのような、そんな感覚。


 周囲に磁場が発生した錯覚すら覚える程の。

「この四方教会、そして俺のやり方を見せる機会が……な」

 デウスの指に嵌められている指輪は今、魔具としての役割を果たしてはいない。

 その身体の放つ覇気だけで、空気を一片させた。

「お前が個人的な目的をもって挑むのは構わん。しかし、四方教会の一員として行動する以上は、こちらを優先して貰うぞ」

「なら聞くけど、その大空洞とやらに行く目的は何だ?」

「世直しだ」

 断言。


 だが――――


 ある意味、それとは対極の答え。

 その言葉に、アウロスは確信を得る。

「明日は……もっと疲れそうだな」

 嘆息は何度でも生まれ続けた。





 そして、翌日――――


「……で、何で僕まで同行しなきゃならないの?」

 寝不足の目を擦りながら、状況を把握し切れていないマルテの隣で、アウロスは荷台の上で揺られていた。

 二頭の馬が引くその馬車は、御者一名の巧みな操縦によって、かなりの安定感を継続しているが、それでも疲労が嵩む程の距離を既に走っている。

「ま、今更だけどね。ここで『なら下りろ』って言われても困るし。アウロスのお兄さん、そう言う事平気で言いそうだよね。結構冷たいトコあるよ、本当」


 それは、明らかに独り言ではなかったが――――


 応える者は誰もいなかった。

「……ちょっとくらいさ。気を使って二時間以上喋り続けてる僕の健気な心意気に応えようって気にならないモノかな……」

「はっはっは」

 アウロスの向かいに腰を下ろすデウスが、力なく笑い出す。

 だが、言葉は続かない。

 アウロスに至っては、既に一時間以上、一言も発してない。

「もしかして……緊張してる、とか? へー、意外だな。二人とも、そう言うのとは縁がなさそうなのに」

「それはあり得ません」

 デウスの隣で、背筋を伸ばしたまま座るティアが、にべもなく告げる。

「このような事は、私達にとっては日常茶飯事。レオンレイ様が緊張で無口になる筈もないのです」

「そ、そう。じゃ、僕の話術が拙かったのかな……はは……はぁ」

 その迫力に、マルテはその小さい身体を更に小さく縮めていた。

「緊張はしていない……が、集中はしている。日常的な事であっても、一つ間違えば大惨事を招く事態になりかねないからな。お前も、移動時間の使い方をこの機会に学んでおけ」

 まるで師匠か父親のような物言いに、マルテは露骨に顔をしかめ、大きく溜息を吐いた。

「アウロスのお兄さんも、集中してるの?」

「……」

「もしかして……疲れてて、余裕がないだけ?」

「……」

「はぁ……寝よ」


 その後、荷台の上で言葉が紡がれる事はなく――――


「はいよーっ」

 御者を務めるサニアの気の抜けたかけ声だけが、荒野に響き渡った。



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