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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
136/383

第7章:革命児と魔術士の王(5)

 夜が明け――――

「おはようございます。エルガーデン様」

 四方教会の拠点、墓地の地下室とでも言うべき場所の居間で目覚めたアウロスは、聞き覚えのない声と呼ばれ慣れない呼称に、暫し思考を奪われた。

 そしてその直後、猛烈な寒さが襲って来る。

 寝具は布一枚のみ。


 その薄汚れた布を擦るようにして身体を暖め、瞼を開けると――――


 そこには、昨日ずっとデウスの隣にいた女性、ティア=クレメンの姿があった。

 昨日と変わらない給仕姿。

 紺色を基調とした上品な服装は、貴族の召使いを思わせる。

 長い栗色の髪も、その服と良く合っていた。

「既に朝食の用意が出来ています。どうぞ、上へ」

「上……?」

 まだ覚めきらない頭を押さえつつ、言われた通りに首を上げると、テーブルから立ち込める白い煙が幾つか見えた。

 それをきっかけに、嗅覚も仕事を始める。

「お口に合うかどうかはわかりませんが、どうぞ」

「それはわざわざ……あの、他の人達は?」

 昨日、この四方教会に加入すると宣言したアウロスを待っていたのは、少々手荒い歓迎会。

 強引に酒を勧めようとするデウスと、それを頑なに断るアウロスの間で、激しい攻防が繰り広げられ、会は荒れに荒れた。

 その時の事を思い出し、アウロスの瞼がピクピクと動く。

「つかぬ事をお伺いしますが。貴女……俺がデウスに魔術を使おうとした時、野獣のような速度で俺の首から上をえぐり取ろうとしませんでした?」


 ――――刹那。


 アウロスの右頬の僅か外側を、横向きに生じた稲光が通過する。

「失礼。宙を毒蛾が舞っていましたので、対処致しました」

「……」

 無論、そんな虫はそこにはいない。

「あと、これは物の序でですが……これから身を置く組織の長であり、指導者でもある

 御仁に対し、余興の席とは言え牙を剥き、更にはその翌日までその空気を引きずり、呼び捨てにされると言うのは……少々興に乗り過ぎているのではないか、と危惧する所存です」

「生憎、俺にとってアルコールは敵だ。無理に薦める奴も」

「……」

 火花散る。

「あと、呼び捨てに関しては、当人の要求に応えただけだ。それを否定する事はその御仁をも否定する事になるんじゃ?」

「小憎たらしい男。寝ている間に両眼を稲妻で貫くべきだった」

 特に声の音量を変える事なく、ティアの口から決して発してはいけない類の言葉が漏れる。

 朗らかな顔のまま。

「今のは冗談です」

「はあ……」

「そして、先刻の件ですが、それは記憶違いです。そのような手荒な事は決して、致しておりません」

 ティアはニッコリと、誰もいない方を見て笑っていた。

 この件に関して、まともに会話をする気はないと言う意思表示らしい。

 その姿を眺めつつ、アウロスは思う。


 また、変人の集まりに首を突っ込んでしまったのか、と。


 以前務めていた大学の事を思い出し、全力で滅入る。

 しかし、それも数拍の間のみ。

 二つほど息を外気と交換した後、顔を引き締め、立ち上がる。

「取り敢えず、頂きます。朝食」

「はい。他の人達はまだ起きていませんが、お気になさらず、どうぞ」

「そうなんですか。マルテも?」

「ええ。彼は貴方の代わりにかなり飲まされていましたから……」

 まだ少年のマルテだったが、職業上、そう言う付き合いも経験していたらしく、割とすんなり輪の中に溶け込んでいた。

 

 尤も――――


 アウロスの見解が正しければ、そのマルテはこれから二日ほど地獄を見る事になるのだが。

 何事も、適量が一番。

「さて……」

 木製の椅子に腰掛けたアウロスは、改めてテーブルに並ぶ食事の品々を眺め、そして同時にビクッと身を震わせた。

「……また、つかぬ事を聞きますが」

「はい、なんでしょうか」

「ここにある物の中で、本当に食べられる物って、どれですか……?」

 紫色と緑色のキノコのソテー。

 御伽噺に魔王の城を守る怪物として出てきそうな魚の姿煮。

 顔面だけを切り離された、縞々模様の細長い身体の何か。

 足が100本くらいある生き物の丸焼き。

「全部健康に良いんですよ」

 その全てを、ティアは優しい微笑で肯定した。


 歓迎されていない――――


 と言うより、デウスとの昨日の攻防以降、明らかにその態度が猟奇的になっている。

 笑顔で目を光らせ、殺る気に満ちたその姿は、警戒を通り越して非難に値する程。

「生憎、健康面は特に問題を抱えてないんで、遠慮しとく。朝は余り入らない体質だし」

 そんなティアに、アウロスは敬語を使うのを止めた。

「そうですか……残念です。この方法が一番、苦しめるのに」

 心底ガッカリしたらしく、ティアは俯きながら片付け始めた。

 アウロス専用の食事だった事は、言うまでもない。

「ったく、朝っぱらから疲れるな」

「いやいや……疲れるとか、そう言う事で片付けて良いの? 今の」

 下方からマルテの声。

 だが、起き上がってくる様子はない。

 アウロスが視線を下げると、そこには今にも死にそうな少年の姿があった。

「明らかに殺意があったと思うんだけど……」

「お前の身体の中にいるアルコールも、中々の殺意を抱いてそうだが」

「うう……お酒って怖……い。頭が割……れる……」

 徐々に言葉の区切りすら、ままならなくなって来ている。

 案の定、この日はロクに動けそうにもない。

「あ……僕もこ……こでお世話にな……る事になっ……たんであ……らためてよろしく」

「どう言う役割で?」

「雑用とか……情報収集……うああああ頭が」

 と言う事らしい。

「そうか。さて……俺は一体何をやらされるのか」

 少年の苦悶の声が定期的に響き渡る中、アウロスは無意味に刺激された嗅覚の所為で空腹感の生まれた腹を、軽く摩った。



 それから、暫くして――――

「アウロス。ちょっとこっちに来い」

 居間にある四つの扉の一つから、声が掛かった。

 尚、この隠れ家にある部屋は、全部で五つ。

 入り口を南とした場合、東にティアとサニアの部屋、西にトリスティとデクステラの部屋が配置されており、居間の西側の奥に厨房がある。

 そして、丁度今、声のした北側の扉は、デウスの個人部屋という事になる。

 アウロスはそのデウスの部屋に、足を踏み入れた。


 そこは――――


 書庫と見紛う程、大量の本で埋め尽くされた空間。

 本棚の半分程度が本で埋まり、その倍以上の数の本が床や机に散布している。

「足の踏み場は勝手に作ってくれ。乱暴に扱うなよ。全部、必要な資料だ」

「……だったら、あの女性に片付けて貰えば良いだろうに」

「ティアの事か?」

 そんな大量の本に埋もれるようにして机に向かっていたデウスが、ゆっくりと振り向く。

 腰掛けると身長ほどの威圧感を発生させないのは、足の長さ故か。

「アイツにやらせると、本棚が三つは増えそうなんでな。これ以上部屋を狭くはしたくない」

「そこまで尽くされて光栄な事だな。お陰で俺は死にかけた」

「はっはっは。安心しろ。本気じゃない……筈だ」

 最後、やや曖昧にしたデウスの言葉に不安を抱きつつ、アウロスは

 足下の本を適当に退け、そこに腰を落とした。

「昨日は悪かったな。そこまで酒嫌いとは思わなかった」

「思考を鈍らせるあの苦い飲み物に、どうしても存在価値を見出せない」

「それが良いんだがな。ま、その年齢で飲まないと言うのなら、強制はせんが」

「俺の年齢、知ってるのか?」

 怪訝な目を向けるアウロスに、デウスは再び破顔する。

「こう見えて、他人の年齢を見抜くのは得意なんだよ。お姉ちゃんの集まる店でこれをやると、非常に受けが良い。この世のどんな魔術より重要な技術だ」

「それじゃ、お手並み拝見と行きましょうか」

 今度は呆れ気味の目に変えたアウロスを、デウスは暫し睨み――――

「二十六歳。顔は十代でも通用するが、その疲労感と物憂げな表情はこのくらいの年齢でなければ、滲み出まい。どうだ?」

 自信ありげに語った。

「……今後一切、それを特技と曰うな」

「む、おかしいな……やはり女が相手じゃないと調子出ないか」

「それは兎も角として。用件は?」

 無駄なやり取りを蹴飛ばすように、アウロスが促したその言葉をきっかけに――――


 デウスの顔が、昨日のような端正さを極めた凛然としたものへと変貌した。


 人間、表情一つでここまで変われるのか、と思わず感心する程に。

「まずは、お前に四方教会の事を知って貰う。今日から一月、一週間おきに

 部下の元で手伝いをしてくれ。それが一番手っ取り早い」

「一ヶ月も掛かるのに、手っ取り早い?」

「そうだ。この間、俺が寝る間も惜しんで高説を垂れ続けるより、余程浸透するだろう。

 その上で、お前の役割を決める。いや、既に決まってはいるんだが」

 どうにも回りくどいその物言いに、アウロスは大学時代の上司を思い出す。


 ミスト=シュロスベル。


 アウロスの元恩人にして、現障壁。

 彼もまた、そう言う会話が好みの、捻くれた性格の男だった。

「ま、何事にも慣れは必要だ。そう言う意味でも、この一ヶ月を有意義に過ごしてくれ。

 話はこれから部下に通す」

「それは良いけど……こっちの見返りの件はどうなってる?」

「それも込みだ。だからこそ、手っ取り早いと言っている」

 口元のみで、デウスは笑う。

 だが、それは心からの笑みに、アウロスには思えた。

 こう言う笑い方しか出来ない人間なのかもしれない、と。

「あったその日にケンカを売られたのは、一体何時ぶりだったか。昨日は楽しかったな」

「……売られたのはこっちだと思うんだが」

「もしあの時、ティアが止めていなければ……どうなっていたかな?」

 その笑みが、静かに動かす。

 周囲の空気を。

 まるで、目の前の巨大な箱を、無造作に押し出すように。

 それは――――アウロスが今まで経験した事のない、異常なまでの圧だった。

「底が知れないな」

 冷や汗を滲ませなかったのは、厳寒の地だからこそ。

 アウロスは目を狭めながら、奥歯を少し噛み締めた。

「知れて貰っては困る。何しろ、魔術士の頂点に立つつもりだからな」

 その圧は、累次加増されて行く。


 魔術士の王――――


 そんな言葉が、脳裏を掠める程。

「だが、王となるには、まだ経験、実績、知識のいずれも不足している。

 強さだけではどうにもならんからな。時間が必要だ」

「大事なのは強さ、じゃなかったのか?」

「この国、そして魔術士にとってはな。だが、王にはそれ以外のものも多数求められる、と言う事だ。いや……これすらも正しいとは限らない、か。未だ勉強中だ」

 何かを迷うように、或いは悟るように、デウスは零す。


 魔術士の頂点。


 現在、その地位はアランテス教の幹部位階一位、教皇が担っている。

 デウスの目的は、そのアランテス教会に代わり、四方教会が実権を握る事。

 そして、そこで現在の地位である指導者を継続し、『王』となる事。

 アウロスは、それを確信すると同時に、大きく嘆息した。

「似てる……な」

「ん? 何がだ?」

「いや、こっちの話だ」

 ミストとデウス。

 共に人の上に立つ者ならではの覇気を持ち合わせた、『選ばれし者』。

 アウロスは大学時代に続き、その人間に『選ばれた』。


 つまり、それは――――


「話はしっかり通しておいてくれ。約一名、納得しそうにない人がいるんで」

「わかった。くれぐれも、殺されるなよ」

「……善処する」

 重い腰を上げ、アウロスはその部屋を後にした。



 この挑戦は――――大学時代の再試なのだと確信して。



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