第7章:革命児と魔術士の王(1)
少年は揺蕩う。
波間に浮かぶ、小舟のように。
ゆらゆらと。
ゆらゆらと。
凪の日も。
時化の日も。
希望の朝も。
嵐の夜も。
夢は固定され、そこを動かないと言うのに、自分は常に揺れ動く。
過去と未来の狭間で、ただただ現実に翻弄されながら、少年は日々を過ごしていた。
戦争終結から、数ヶ月が経ち――――少年は相も変わらず、酒場で働いていた。
子供とは言え、立派な店員。
掃除、洗い物、接客、そして用心棒。
あらゆる仕事を任された。
そして、あらゆる失敗を経験した。
奴隷として長らく扱われ、その次に待っていたのは特攻役。
まともな社会で生活した事のない少年には、常識と日常経験が圧倒的に不足していた。
それでも、日々それらと触れ合い、寄り添う事で、徐々に補われて行く。
アウロス=エルガーデンを魔術士にする為には、必要なもの。
酒場での日々は、少年にその資格を身に付けさせた。
そんなある日のこと。
酒場に、一人の男が現れた。
常連客とは異なる、初顔のその男は、旅人特有の薄汚れた格好と、伸びきった髪と髭がだらしなく顔を埋め尽くす容姿を携え、客席の一角に腰掛けた。
それは、酒場である以上、決して珍しくはない情景。
だから少年は、その男に近付く。
注文を取る為に。
いつもの事だった。
「……坊主、魔術士を目指してるのか。良い魔具を持ってるじゃないか」
にも拘らず。
男は開口一番、注文以外の言葉を投げかけた。
石のように無骨な言葉を。
まだ誰にも話していない、少年の胸に秘められた夢は、その石によって波を打つ。
「だったら、俺の顔を覚えておけ。損はしない筈だ」
ゆらゆらと。
ゆらゆらと。
揺蕩う少年の記憶は、その男の姿を忘却の彼方へと流す事になる。
一放浪者の、たわいのない戯言。
当然、この後に起こる様々な出来事に追い出され、消え行く運命。
それなのに。
少年は、その影を。
目でも。
頭でもなく。
心ですらなく。
未来に残した。
「俺は、後に――――」