第6章:少年は斯く綴れり(23)
少年は走った。
ひたすら、ただひたすらに走った。
自分の速度が増せば、それだけ周りの景色は見え難くなる。
承知の上だった。
視界から消え、後ろへ流れて行くものに未練はなかった。
決意の日、少年は誓いを立てた。
奇跡を起こしたり、神に祈ったりはしない。
やれる事をやる――――そして、やり遂げる。
アウロス=エルガーデンの名前を世界に刻む。
後世に残す。
それだけをやる。
その為に必要な事だけをやる。
アウロス=エルガーデンと名乗る。
魔術士の資格を取る。
研究員になる。
オートルーリングのシステムを構築する。
それを世に広める。
その為だけに生きると、決めた。
それからは、様々な闇が訪問してくるようになった。
偽善、自己満足、押付け――――自分の中から湧いて出る声。
無能、場違い、不良品――――自分の外から漏れて来る声。
そして、それら全てが事実であると言う、現実。
毎日のように削られる精神は、直ぐに限界を通達して来た。
少年は考えた。
そして最も楽な方法を選んだ。
名前だけでなく、自分そのものを摩り替えた。
人の人生を借りて生きるのは、かなり楽だった。
自分を客観的に見る事が出来る。
どこまでも無茶出来るし、磨耗しない。
卑怯な生き方だった。
誰が責めるでもない。
咎めるでもない。
当人は、既に存在しない。
本当に卑怯な生き方だった。
少年は常に思う。
これで良いのか。
これは彼の為になる事なのか。
アウロス=エルガーデンは喜んでくれるのか――――と。
逡巡は標準化され、脳の一部となった。
一年、二年と経つ間、身体の成長に比例して大きくなった。
内なる声は日増しに高まる。
お前は何をやっているのだ?
そんな事で彼が喜ぶと本当に思っているのか?
誰が褒めるでもない目標に意味などあるのか?
本当は――――早く楽になりたいんじゃないのか?
少年に頷くだけの強さはなかった。
認める事も出来なかった。
初めての友達の為に。
初めての対等な他人の為に。
初めての温もりの為に。
少年は、それだけを胸に生きていたかった。
そうある事が、自分の望みだと信じていたかった。
涙を流す事も、笑う事も、殆どなかった。
不必要な感動は出来るだけ、処分した。
人として得られる喜びは大抵、破棄した。
唯々、がんばった。
そして、少年が少年ではなくなった頃――――
『喜ぶんじゃないの?』
そんな声の。
護るべき者が、増えていた。