第1章:大学の魔術士(11)
料理店【ボン・キュ・ボン】の朝は早い。
料理長にして唯一の料理人であるピッツ=レドワンスは毎日午前4時に起床し、専属の荷馬車で片道1時間をかけて中央市場へ赴く。
そこで獣肉や魚、野菜果物、ハーブなどを仕入れ、日の出を拝みながら帰宅する。
それから店内や店の前を軽く掃除し、仕込みを始める。
更に、厨房にて汗だくになりながら、獣肉の獣臭や魚の生臭さを取る。
かなりの辛労を伴う作業だが、料理店を構えている限り、避けられない生き方でもある。
実際、慣れてしまえばどうと言う事もなく、ピッツ嬢は鼻歌交じりにこなし、下拵えを続けていた。
そして、その姿を眺めている人影が一つ。
開店前にも拘らずテーブル席で微睡の視線を揺蕩わせているその人物は――――
「……何故お前がここにいる、ラディアンス=ルマーニュ」
1階に下りてきたアウロスが訝しげな表情で問い質したが、ラディの顔色はこれっぽっちも変わらない。
単に眠気の所為で感情が鈍っているだけかもしれないが。
「やーねー他人行儀にフルネームで。ラディって呼んでっつったじゃん」
「……」
ラディの言葉にアウロスは反応せず、こちらも眠そうな目で睨みつける。
余り迫力はないが、多少は効果があったようで、ラディは微妙に視線を反らした。
「そりゃ、こんな時間に料理店に来る理由なんて一つよ」
「表には準備中の看板があった筈だが」
「お生憎様。中で待つ許可はシェフから貰ってるし。打ち合わせに来てみたら朝食も頂けるなんてラッキーよね♪」
そんな能天気な様子に、アウロスは小さく嘆息を禁じえない。
「……一応言っておくけど、俺の知り合いってのはおあいその免除や割引の効力にはならないからな」
「じゃアンタの奢りね。どこの国の読み物見ても、女に貢がせる男なんて大成しないものよ」
「ちゃんと給料から差っ引くからな」
アウロスの素っ気ない言葉に、ラディはこっそり舌打ちしたが、しっかりと当人には聞こえていた。
「で、打ち合わせってのは?」
「契約のお話」
同じ席の向かいに腰掛けつつアウロスが尋ねると、ラディは底意地の悪そうな笑みを浮かべ、荷物から何枚かの書類を取り出した。
「各種料金を設定してみたの。チェックして異論があるなら申し立てて。善処くらいはしてあげるから」
どうせ何言ってもこれで決定だけどね――――明らかにそんな含みを持たせたラディの底意地の悪そうな微笑みに辟易しながら、アウロスは書類に目を通す。
しかし不安とは裏腹に、羽ペンで丁寧に記された数字は全て常識の範囲内。相場に照らし合わせても何ら問題ない金額だった。
加えて、アウロスの給料や生活費に配慮した形跡が、そこかしこに見られる。
契約料は分割だし、経費も殆どが基本給与に組み込まれていた。
「ま、最初の半年はそんなもんでいいでしょ? 私もプロではあるけど実績ないし、それ程大きな額を要求するのは身の程知らずってモンだしね」
僅かに水滴の残るテーブルを指でタタン、と叩いて返事を促す。
暫く沈黙のまま紙と睨めっこしていたアウロスは、それを契機に顔を上げ、軽く息を吐いた。
「……問題ない。これで頼む」
「オッケー。それじゃ早速仕事カマン。何を調べるの?」
貧乏情報屋は挑発するように手招きしつつ、鼻息を荒げた。やる気最高潮らしい。
「そうだな、まずは……【ウェンブリー魔術学院大学】についてのキナ臭い情報を片っ端から集めてくれ」
「うわっ、いきなり危ない橋渡らせるねー」
あっという間に及び腰になった。
「自分の身を置く場所の事は良く知っておかないとな。今の所具体的な指定はないが、大学について信憑性の高い噂があれば拾っておいてくれ」
「了解」
「特に生物兵器とか密輸とか、その辺を念入りに」
アウロスの紡ぎ出す物騒な単語の羅列に、ラディの頬を一筋の汗がツーッと流れ落ちる。
「……何か、初心者大歓迎ってフレコミのお仕事だと思ってたのに、死線を彷徨う未来の私がはっきりくっきり見えちゃうんだけど」
「しっかりな」
頭を抱えながら自問自答を繰り返す情報屋に何の忠告もせず、アウロスは【ボン・キュ・ボン】を出た。
「やっと準備が終わりましたー。はい、メニューですよー」
「うわすっごいお品目! よーし、お給料も入って来る事だし今日は自分へのご褒美的なノリで奮発しちゃおっと!」
せめて、祈りを捧げつつ。
第二聖地【ウェンブリー魔術学院大学】ミスト=シュロスベル助教授室の朝は結構早い。
ミストはほぼ毎日午前6時に起床し、ベッド代わりの長椅子からすっと立ち上がり、直ぐに机に向かい、
昨日の深夜に寝ながら捻出したアイディアを紙に書き殴る。
それと同時に、昨夜考案し書き溜めた幾つかの事項に目を通し、使えないと判断した物に2重線を引いて削除する。
それから講義の準備、学生のレポートのチェックなど、比較的優先度の低い仕事をこなす事で、完全に脳を起こす。
覚醒直後のニュートラルな脳で発想を、体温の上昇に伴い倦怠感が発生した状態になると流れ作業を、と言うそのメカニズムは、
彼自身が自然と身に付けたものだ。
「……大学に寝泊りしてるんですか?」
大学に着いたアウロスが朝一でミストの部屋を訪れた時、部屋の主は寝癖を放置したまま徒手体操などしていた。
「わざわざ帰宅する必要はないからな。食事も浴場も洗濯も、ここで事足りる」
大学には職員・学生共同の食堂や職員専用の浴場があり、清掃業者に頼めば有料で洗濯を引き受けてくれる。
大学から出なくても、標準的な生活を送るのに支障はない。
「家族は?」
「ない。気楽な一人身だ」
29歳だが外見年齢はその遥か上を行く助教授の目笑に、アウロスは対応を迷う。取り敢えず小さく笑っておいた。
「さて、今日もきびきび働いて貰うが……どうだ、私の研究室には馴染めそうか?」
「馴染むのは限りなく無理でしょうね。元々団体行動は苦手分野ですから」
アウロスは同室の面々を思い出し、誰か一人とでも相容れる可能性を懸命に模索したが、その絵は全く浮かんでこなかった。
「研究員の多くがそうだろう。研究など自己中心的で自らの世界に閉じ篭る人間のやる事だ」
「偏見っぽい気もしますが、実際は概ねそんな感じでしょうね」
「それでも、一人で論文を作り上げる事が困難である以上は共存しなければならない。実験は一人ではできないからな。仲良くする事ができないのなら、せめて忌避されないよう努力するのが社会人の務めだ」
「相手から完全拒否の体制を取られてる場合は?」
「時間が解決してくれるのを待てばいい……と言いたい所だが、無駄に時間を浪費する余裕は許可しない。何とかしろ」
ミストは寝癖を直しながら、キッパリ言い放った。
「それが出来れば、ここにはいなかったような気もしますが……ま、何とかします」
「宜しい。では、研究室に行きたまえ」
「講習は?」
「今日は昼休み終了直後、だそうだ。場所は同じだ」
その言葉にお辞儀をし、アウロスは速やかに退出した。
第二聖地【ウェンブリー魔術学院大学】ミスト研究室の朝はそれ程早くない。
午前8時半に早朝カンファレンスと呼ばれる会合が開かれ、交代制で決められた議長を中心に、
本日のスケジュールの確認、それに伴う人事的配置の調整などを主目的とした話し合いを行う。
およそ30分の意見交換が終了した時点で解散となり、それぞれの仕事に取り掛かる。
「では、今日も一日はりきって頑張りましょう!」
議長を務めたリジルの号令を背に、アウロスは扉の直ぐ右側にある自分に割り当てられた机に向かった。
机は部屋を取り囲むように並べられており、椅子に座ると薄茶色の石壁が視界に入る。
全員が背を向けて黙々と羽ペンを滑らせる音や、紙をめくる音に、アウロスは決していい思い出などない。
しかし、そこに懐かしさにも似た感覚が浮かんでくる自分の心を睨み、息を落とす。
場末の酒場も、料理店の一室も、盗賊に囲まれた山道も、そう言った感覚とは無縁だった。
この牢獄にも似た不健康で冷然とした空間こそが、自分に最も適した場所なのだ――――改めてそう自覚しつつ、
アウロスは長年愛用している羽ペンと、作成中の論文が詰まったノートを取り出す。
ノートの端の方は手垢で黒ずんでおり、外は日焼けによって変色している。
そんな紙の束を捲ると、そこには汚い文字がびっしりと書き込まれていた。
(さて、どこから整理しようか……)
そう頭を悩ませていると、軽い足音と共に背後から人の気配がした。
振り向く事もなくそれがクレールだと悟り、改めて頭を悩ませる。
仲良くしたくないと言うのは、単純に仲良くという意味ではなく、深い仲になる気はないと言う意味なのかもしれないと
アウロスは一瞬考えたが、そんな事を宣言する必要性を考慮した結果、その案を破棄した。
「へー、こんな研究してるんだ」
そんなアウロスの頭の中身などお構いなしに、クレールはアウロスのノートを勝手に覗き込んでいた。
見て直ぐに研究内容を理解したらしく、ほーっと声を上げる。
それが感嘆ではない事を、アウロスは何となく感じていた。
「どんな研究なんですか?」
リジルが好奇心に満ち満ちた声で割り込んで来る。
「ルーリングの高速化だって。成功させる事が出来たら大金持ちね」
「凄いじゃないですか! 大金持ちになったら何か奢ってくださいね!」
そんな社交辞令に、アウロスが――――
「……成功? バカらしい」
何かを答える前に、全否定の一言が一刀両断する。声の主は――――レヴィだった。
「今まで数多の魔術士ができなかった事を、その男が出来る理由があるとでも言うのか?」
アウロスの研究テーマであり、論文のタイトルでもある【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】。
それは、その発想自体は真新しさの欠片もない、それこそアウロスのノートのように手垢の付きまくった凡庸なものだ。
実際、似たようなテーマを掲げて研究に励んだ人間は、魔術史の中に何十人、何百人といるだろう。
魔術編綴を高速化する事でもたらされる恩恵は、魔術士でなくとも容易に理解できる。
そして、その商品価値が如何ほどか――――と言う事も、想像に難くない。
一つの魔術を生み出すのではなく、現存の、そしてこれから発明される攻撃魔術のほぼ全てに活用されるのだから。
しかし、その圧倒的とも言える研究価値を内包しているこのテーマが、完成を見た事はない。
ある者は理論構築の時点で穴に気付き、ある者は実用に耐え得るデータを得られず、
またある者は研究価値そのものに押し潰され――――今日に至る。
「決め付ける事ないんじゃない? もしかしたら、ひょっとすると、或いは、どうかすると、ともすれば、ややもすると完成させる事ができるかもしれないし」
「そうですよね。神様が運の振り分けを大胆に間違って、人一億人分の幸運を背負って生まれた人間かもしれないんですから」
「……」
何か重い物を頭に乗せられたような錯覚を感じ、アウロスは顔を覆う。
「でも、実際どうなの? 自信とか根拠はあるんでしょ?」
「お前らに話す事じゃない」
否定はしない。それには、相応の理由があった。
しかし、それはまだ人に話せるほど具体的な形を成している訳でもなく、あくまで仮定の段階だ。
それを踏まえ、アウロスは自分の研究についての見解や展望を他人に話す事は殆どなかった。
「感じ悪」
「お前に言われる筋合いはないと思うんだが……」
出会って2日目に仲良くしたくない、などと言われたのだから、その主張は正当だと言える。
しかしクレールは不満そうだった。
「にしても、何でまたそんな非現実的な研究に手を出そうと思ったの? やっぱり一攫千金?」
「夢とかロマンとか、そんな感じじゃないですか?」
二人の追及は続く。
アウロスはうんざりとした顔で口を開こうとしたが、それより先に閃光のような視線でレヴィが睨みを利かせた。
「無駄口が多いぞ。私語は慎め」
一喝。
「はいはい、っと」
強制力を伴ったその言葉に、クレールは大人しく従った。
研究室内の力関係は、年齢や官職に比例しているようだ。
尤も、一人は全くの蚊帳の外だが。
「……」
黙々と、粛々と。
ルインは外見に似合った姿勢そのままに、職務に励んでいる。
その様子を偶々視界に入れたアウロスは、何となく数秒ほど眺めていたが――――特に変化もないその風景に
得る物はないと判断し、再び机の上のノートと向かい合った。
(理由、か……)
「……理由?」
同時刻、ミスト助教授室――――
「ええ。貴方があの子を欲しがった理由。聞かせてくれるんでしょ?」
窓から射し込む陽光が舞い上がった埃を映し出し、そこに芳香を携えた湯気が混ざる。
その湯気を伝った訳ではないだろうが――――琥珀色の液体に微小な塵が一つ落ちるのを見て、ミストは僅かに眉をひそめた。
「あら、言いたくないの?」
それを自分の発言が原因だと勘違いし、少し不満げにそう呟いたのは――――後衛術科講師セーラ=フォルンティだった。
その首元には、昨日アウロスの講師を勤めた際にはなかったネックレスが身に付けられている。
深緑の宝石が眩しい、いかにも高価そうなアクセサリーだ。
それを細い指で触りつつ、セーラは言葉を繋げた。
「それとも、言えない? こっちの上司達が噂しているように」
「ほう。君の上司は別の学科の一助教授の動向にいちいち関心を持っているのか。随分と時間を持て余しているのだな」
「皮肉は結構よ。この大学に勤めていて貴方の動向に興味のない者など、一人もいないでしょう?」
機嫌が悪そうな物言いだが、セーラの顔には笑みすら零れている。その笑みの意図する所は定かではないが。
「20代での教授就任……実現すれば、教会の上位者にすらその名を轟かす事が可能なその偉業に、チェックをかけているのだから」
まるで駒を動かしたかのような仕草で、ミストの机に指を置く。
「妨害すべきか、援護すべきか、傍観すべきか……誰もが身の振り方に頭を悩ませている。それが現状よ」
「援護か。有り難い話だな。出来ればそう考えてくれている方を紹介して欲しいくらいだ」
ミストの言葉には殆ど抑揚がなかった。
「それは無理ね。今の所表立ってそう意思表示している人間はいないし、これからも出てこないでしょう」
「それについては同感だが……」
言葉の途中で珈琲を口に入れる。
砂糖は入れていない為、焙煎によって生成された苦味がダイレクトに口の中を侵食して、程よい刺激をくれる。
ミストはその味に満足しつつ、カップを机に置いた。
「先程の発言には、『そうではない』と言っておこう」
「どっちが?」
「両方だ。理由は既に表明してある通り、友人の忘れ形見を引き取った――――それだけだ」
「私が信じると思う?」
セーラの顔がミストに接近する。
しかしミストには何の動揺もない。日常生活のままの朗らかなその表情に、セーラは眉間に筋目を刻み、遺憾の意を顕した。
「私だけじゃなく、ある程度貴方を知っている人間なら全員、それを鵜呑みになんてしてない。貴方もわかってるでしょうけど」
「心外だな。まるで私が嘘吐きの常習犯のようじゃないか」
「……相変わらず論点の摩り替えがお上手ね」
今度は呆れた、と言わんばかりに肩を竦める。その様子に、ミストは眉一つ動かさず微笑を返した。
「まあ、布石の一つとの見方が大半だけど。私も含めてね」
「布石? 何の布石だと言うんだ?」
「惚ける必要性はないでしょ? もう周知の事実なんだから」
セーラはミストから視線を外し、部屋の壁にかかった絵画に目を移した。
花瓶とそれに植えられた花が繊細に描かれている水彩画で、芸術方面に明るくない彼女に、その価値はわからない。
しかし、見る物に安らぎを与えるか否かという観点でなら評価はできる。
彼女の評価は落第だった。
「……レヴィ=エンロール。25歳男性。現在の官名は講師」
それでも、そこから目を離さずに続ける。
深い意味はない。ただ、目の前の男から顔を背けたい一心でそうしただけだ。
「第三聖地の大手研究所から天才と称される研究員を強引に引き抜いた話は、裏では有名よ。どう言う手を使ったのかは知らないけど」
「何の事だか。彼は私を慕ってくれて、私の元で働きたいと進言してくれただけだ」
「それは真実でしょうね。少なくとも彼にとっては」
「誰にとってもな」
「……その件と、それにあの女もそうね。今回もそうなんでしょう?」
一つの単語に強いアクセントがあった。
ミストはそれに気付いていたが、それとは別の事を指摘した。
「間者の割には随分大胆な聞き方だな」
「……なっ……!」
セーラの絶叫に近い声が室内に響く。それでも尚ミストの表情は変わらない。
「私をそんな風に見ていたの!?」
「冗談だよ。尤も、いつもの君ならすぐに気付くだろうがな」
そして、その顔のまま涼しげにそう指摘した。
「……カマをかけた、って事?」
「慣れない事はするものじゃない。君には似合わない」
ミストの言葉は肯定を表していた。
「そう予想しておきながら、私にあの子の講師をやらせたの?」
非難めいた色はなかった。
寧ろ、どこか安堵した様子すら漂わせ、セーラは答えのわかっている質問を投げ掛ける。
キャッチボールに意味があるように、それにも意味はあった。
「色々と手間が省けただろう」
「……はあ」
溜息一つ。
いつの間にか陽光は雲に遮られ、部屋に舞う埃は肉眼では見えなくなっていた。
「貴方と会話する度、自分が嫌になる。これでも日頃は後衛術科のエースなんて言われてるのに」
「その評価は正しい。君は後衛術科の魔術士の中で最も才能ある研究員だ」
「言っとくけど、これっぽっちも嬉しくないからね」
負け惜しみのようにそう吐き捨てながら、セーラは踵を返した。退室の合図だ。
「講習は続けるから。後2日間、彼を観察して、そのありのままを上に報告する」
「構わない。それは君の権利だ……それと、一ついいかな」
それまで椅子に座っていたミストが立ち上がり、待ったをかける。
セーラのそれに対する反応は、微笑ましいくらいに敏感だった。
「……何?」
「そのネックレスは良く似合ってる」
「……余り年上をからかわないで」
セーラのそれに対する反応は、微笑ましいくらいに素直だった。
彼女の姿が扉に隠れると、ミストは再び椅子に座って珈琲の入ったカップを右手に持つ。
やや冷めた黒色の液体は、それでも尚芳しい。
(どうやら私は天才収集家と見なされているらしい……愚かな事だ。天才など一人しかいないと言うのに)
ミストの右手小指に光が宿る。
そして、カップを持ったまま小指だけ立てて、器用に七つの文字を綴った。
その文字が消えると同時に――――小さな赤い点がカップの上に発生し、ゆっくりと珈琲の中心に落ちて行った。