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09

「晴れたな」

「うん、そうだね」


 もう8月も終わり頃まできているものの、目の前には綺麗な青空と綺麗な海が広がっている。


「――で、結局スク水か」

「だ、だって太っちゃったんだもん……」

「気にする必要ないだろ、もったいない」


 水着を買いに行ってなければ別にそのままで良かったのに。

 たかだか300グラム重くなったくらいでなにを言っているんだか。


「お待たせしました」

「いえ、全然待ってない……ですよ」


 この前と同じようなシンプルなもの。

 なのになぜか目が離せなくてまじまじとガン見してしまった。

 これをもし乙姫が着用していたら……どうなっていたのか少し興味がある。


「大地くん見すぎ!」

「いや、似合ってると思ってな」

「……ばか、やっぱり紗弥花は強敵なんだから」


 俺が野良でここに来ていてこれを目視できていたのなら金を払っていたと思う、冗談抜きで。

 女子高校生のグラビアアイドルか? ってくらい大きい、どこがとは言わないが。


「ふふ、作戦成功です」

「作戦?」

「はい、この前は結局最後まで似合っていると言ってくれなかったので悔しかったんです。ただ、どうして乙姫さんが結局そのままなのかがいまの私には気になることですけれどね」

「たかだか300グラム重くなっただけで『太っちゃったんだもん』とか言うアホですよ」

「あ、アホってなにさ! あたしは1番可愛い姿を見てもらいたかったの! でも……アイスが! お肉が! お菓子が! あたしを誘惑してきたの……そう、まるでいまの紗弥花のように」


 それを受けて「誘惑なんかしてませんが」と怖い顔で瀬戸先輩が返していた。

 ここに触れると大火傷を負いそうなので、そろそろ来るであろう財津兄妹を探す。


「大地、よう」

「おう、鞠は?」

「後ろにいる」


 これはなんとも……本当に後ろに張り付いているようだ。

 見ない間に随分ベッタリになってしまったらしい、俊明は「甘えん坊でな」と苦笑していた。


「あれ、鞠それ可愛い!」

「本当ですね、可愛らしいです」


 なんか夏の間なら着ていそうだなって感じの、私服みたいな水着らしい。

 しっかりと準備運動をしてから乙姫と鞠は波に逆らうように前へと進んでいく。


「俊明、結局どうしたんだ?」

「……受け入れた」

「そうか、それなら鞠も嬉しいだろうな」


 これは諦めなかった鞠の勝ちだな。

 実の兄に告白して、振られて、それでもまだ諦めないで頑張った。

 なかなかできることじゃない、メンタルが他の誰よりも強いのかもしれない。


「大地は?」

「まだ言ってない」

「はあ? ちゃんと言ってやれよ、どうせもう決まってるんだろ?」

「いや、ふたりきりの時が多いからさ……1歩踏み込むと止まらなくなりそうで。その点、夏休み最終日まで我慢すれば翌日からは普通に学校だろ? だからいいかなって思ったんだが」

「乙姫的には辛いだろ」


 まあそうだな……でも、こっちの気持ちも分かってほしいんだ。

 が、黙っていたせいで「誰かに取られても知らないぞ」と吐かれ、そして俊明は乙姫達の方に行ってしまった。


「はぁ……いいですね、みんな青春していますね」

「世間一般的に見れば……微妙なことですけどね」

「いいじゃないです、周りからの意見なんて。それで誰かに迷惑をかけているんですか?」

「いえ、そんなことはないです。分かっていますよ、でもなんかいちいち言い訳してしまうというか、そんな感じです」

「乙姫さんを好きになったんですよね? だったら堂々としていてください」


 そうだ、両親にも言ってあるし遠慮する必要はない。

 よし、今日この後、決めてしまうことにしよう――と、決めた時だった。

 腕に伝わる暴力的な感触。

 条件反射で腕が動いたものの、それに合わせるかのように変幻自在に変わる形。


「最後ですから」

「……あっち、行かなくていいんですか」

「今日はいいです、この前はしゃぎましたから」


 い、いや、なに腕抱かれたままで普通に会話してんだ俺。

 遠慮する必要はないってこういうことじゃないだろ、俺は乙姫って決めたんだから断らなければならないのに……なんかガッチリとホールドされてしまっていて逃れられない。

 当然、ここまで密着していれば気づかれる、乙姫がやって来て目の前で仁王立ちした。


「堂々と浮気ですか?」


 先輩を睨んでいるようにも見える。

 それでも片方の手で謝ると、「ふんっ」と吐き捨て無理やり俺達の間に距離を作らされた。


「紗弥花の痴女、変態」

「ふふ、いいじゃないですか、最後ですから」

「最後でもなんでも水着で物理的接触はだめ」


 そう駄目だ、そんなこと気軽にやってはいけない。


「分かりましたよ」

「うん、それならいい」

「それで、関係は前進したんですか?」

「それはまだだよ」

「はぁ……あなたの押しが足りないんじゃないですか?」

「い、いや……あとは大地くん次第だし……」

「もっとグイグイいきましょうよ、お手本見せましょうか? 例えばこうして手をぎゅっと――冗談ですよ、手を握ったり抱きしめたりすればいいじゃないですか」

「……ま、待つって決めたのっ、今更なんかするつもりはない」


 すまない、自分の気持ちを優先して保留して。

 みんなが楽しむだけ楽しんで解散の時になったらするから我慢してほしい。

 

「大地君」

「はい、なんですか?」

「好きです、付き合ってください」

「ちょっ、なに言ってんの紗弥花!」

「ちょっと黙っていてください。それで大地君、返事はどうですか?」


 これは試すためではない気がする。

 振り返ってみれば先輩の態度も少しだけ乙姫のそれと似ているように思えた。

 つまり……自惚れでなければ俺のことが気になっていたというところだが……。


「すみません、俺は乙姫って決めているので」

「そうですか、ならしょうがないですね。忘れてください」

「忘れることはしませんよ」

「そうですか? それなら覚えておいてください」


 これを先に知ることができていたらどうなっていただろうか。

 いや、そんなこと考えても意味はないか、乙姫と決めたということを大切にすればいい。


「乙姫さん、いまからでも着ませんか?」

「え、な、なんで? 別にいいよ」

「持ってきていますよね?」

「いいって……太ったもん」

「それって胸が大きくなったんじゃないですか? ほら、お腹周りにお肉がついているような感じはしませんけど」

「さ、触らないでっ、太ったのっ」


 乙女にとっては由々しき事態ってやつなんだろう。

 数字の小ささだけに着目して物を言っていると不機嫌にさせてしまう。

 だから俺にできるのは先輩をそれとなく止めて、あの兄妹のところに行かせることだった。

 そして無事にそれは成功し、この場には俺と乙姫だけになる。


「はぁ……酷い目に遭った。もうちょっと早く止めてよ」

「悪い。でも、瀬戸先輩の言いたいことも分かるからな」

「駄目なの……どうせなら1番の時に見てほしいもん」

「夏が終わるぞ?」

「……細くなったら家で着て見せてあげる」


 どんなプレイだよ……しかも今日決めようとしているのに、家でふたりきりの時に水着とかだったらどうなるか分からんぞ……。


「乙姫、ちょっとあっち行かないか?」

「それでも着替えないからね?」

「別にいい、ちょっと飲み物飲もうぜ」

「分かった」


 もちろんそれだけのためじゃない。

 先輩に絡まれないためにも、それに乙姫のためにもさっさと言ってあげなければならないだろう。

 

「あ、冷たい……気持ちいー」

「早く飲まないと温くなるぞ」


 自分の分もくれてやって、俺は乙姫の前に立つ。

 不思議そうな顔で見てくる彼女、だが……こうして言うとなるとなんだか恥ずかしい。


「……えっと」

「どうしたの? あ、飲み物返してほしいとか?」

「違う……こんな時に言うのは微妙かもしれないんだけどさ……好きだ」

「この飲み物が?」

「分かりやすくとぼけてくれてありがとう……好きなのは乙姫だよ」

「ほー……そっか、へぇ」


 って、何回言わせるつもりだよ、つかへえって……そういうもんなのかね。


「えっ、もしかしていま告白された!?」

「ああ、そうだよ」

「えぇ……どうせならふたりきりだけの時が良かったのに」

「ふたりきりだろ?」

「こっちに財津兄妹来てるのに?」


 いやでも聞こえる範囲じゃない。

 仮にこちらに来たとしても躱すことは全然容易だ。

 それかもしくは全て吐いてもいい、いまならなんだってできる自信がある。


「よう。鞠、なにか飲みたいのあるか?」

「乙姫ちゃんが持っているやつがいいです」

「分かった」


 ああ、なんとも中途半端な状態で終わりになってしまった。

 まあ別に見られてはいけないことをしているわけではないから、その点については一切気にならないでいられるが。


「どうしたんですか? なんか凄く複雑な表情をされていますけど」

「告白したんだけどさ……振られた」

「「「えっ」」」


 もうちょっと喜んでくれると思ったんだけどな……タイミングを見誤った俺が悪いのか?


「おい乙姫、なんで断ったんだよ」

「こ、断ってないよっ、どうせならふたりきりの時が良かったって言っただけ」

「いや、文句言わないで受け入れてやらないと……大地は初めてなんだろ?」

「あ……や、やっちゃったかな?」


 俺はただ喜んでほしかっただけだ。

 ふたりきりがいいと言うなら家に帰って改めてしたいと思う。

 このままじゃ微妙だろう、堂々と恋人だと言える状態でありたい。


「ふぅ、瀬戸先輩」

「なんですか?」

「俺達、帰りましょうか。送っていくので」

「分かりました、今回はきちんと遊べましたしね。それにどこかの誰かが素直になれませんから」

「いやだから素直になれないとかじゃなくて……はい、気遣いありがとうございます」


 今度こそ本格的にふたりきりになった。

 もちろん砂浜の方ではそれなりの人がいるが、こちらは静かなので気にならない。

 寧ろ向こうの賑やかさとこちらの静かさがちょうどいい感じになって心地良さすら感じていた。


「大地くんごめんね?」

「気にすんな、本当は解散の時に言おうと思ったんだけどさ……そろそろ覚悟決めるべきだなと考えたら焦れったくなってな、それで告白したみたいな感じだからそりゃ気になるよな」

「水着……着替えてくる」

「おう」


 とはいえ、人の視線が恐らくないだろう適当な場所で着替えるため少し危うい。

 だから人が来ていないかを頻繁にチェックし、後ろにいる彼女に伝えることに。


「終わったよ」

「おう――着替えるってそういうことか」

「うん、やっぱりもったいないなって」


 先輩ほど暴力的というわけではないのに、正直に言って目のやり場に困る格好だ。

 少し焼けた肌に黄色の布地が映えている、この前運動少女だったからな、元気っ子系みたいでいい。


「似合ってるぞ」

「あ、ありがと」

「ただ、俺らももう帰るか」

「……まだいる、着たばっかりだもん」

「そうか? 乙姫がそう言うならまだいるか」


 ……まあ雰囲気は悪くない。

 このタイミングで好きだとぶつけたら完璧だっただろうなとかなり後悔。


「……紗弥花が好きだと言ってくれたのにいいの?」

「ああ」

「あんな綺麗な人なんだよ? しかもスタイルだっていいし……丁寧だし」

「なんだよ、不安になってるのか? 心配すんなよ、そうじゃなければ好きだって言わないだろ?」


 実の兄に好きだと伝えることに比べればなんてことはないことだ。

 というか、今更不安がらないでほしい、いま拒絶されたらたまったものじゃないから。


「……うん、大地くんがいいなら」

「おう」

「じゃ、じゃあさ……もうこういうことしていいんだよね?」

「……いや、水着のまま抱きしめられるとちょっと困るんだが」

「いいじゃん……紗弥花にされてデレデレしてたから悔しいの」


 デレデレじゃねえ……あれはどう動いてもホールドされるから硬直するしかなかっただけだ。

 それに乙姫が来てくれたことによりすぐ解放された、だから浮気行為には該当しない気がする。


「好き」

「おう」

「誰にも渡さない」

「おう。乙姫こそ、クラスの男子とかに揺らされないでくれよ?」

「は? 疑ってるの?」

「不安になるんだよ、俺と違って人気者だからな」


 小さなことですぐに変わってしまう可能性があるから油断できない。

 疑いたいわけじゃないが、どうしたって気になってしまうのだ。

 だってもう相手はただの妹じゃなくて彼女なんだから。


「じゃあキスして、そうすれば完全に大地くんのものだよ」

「それはどうなんだ? 上書きされたら終わりだろ」

「初めては重要なんだから!」

「まあいいか……ちょっと離れてくれ」

「うん……んー!」


 そんなめいいっぱい前に差し出されても困るが……それでも不慣れなりになるべく丁寧を意識してしておいた。――兄妹でキスをするとか、昔だったら絶対に考えられないことだな。


「安心して、絶対に大丈夫。それに来年は大地くんと同じ高校に進学するんだから」

「そうか、なら勉強頑張らないとな」

「それも大丈夫、成績は常にトップクラスだから」

「そうかい。じゃあ帰るか」

「うん!」


 帰りは当然手を繋ぎながら帰ることに。

 めちゃくちゃ暑いのになぜだかそれだけは暖かくて、ワイワイとふたりでゆっくり帰ったのだった。

読んでくれてありがとう。

珍しく喧嘩しなかったかな?

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