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04

 計5人で海にやって来た俺達。


「晴れましたね」

「そうだね」


 乙姫と瀬戸先輩の仲は順調に深まっており、本人の許可をもらって敬語じゃなくなっていた。


「俊明くん……暑いよ」

「だな……」


 財津兄妹の方は少し微妙そうだ。

 あ、そう、男ひとりだと大変だから俊明も誘った。

 それは俺のためでもあるし、鞠のためでもある。

 俺がいないところでも一緒にいることがある乙姫と違って、先輩と鞠はあまり関わりがないからだ。まあ、彼女は弱い子ではないから意味のないことだったのかもしれないけれども。


「兄貴、これどう?」

「ん? ぶふぅ!? な、なんで水着着てんだ?」


 スクール水着だけどなんか……細かいことはノーコメントで。

 ちなみに妹は「海なんだから水着ぐらい着るよ」なんて真顔で言っていた。

 別に私服のまま見るだけでも十分楽しめると思う。


「似合っていますよ」

「ありがと鞠、兄貴は駄目だね、ヘタレ」

「しょうがないですよ、食い気味に褒めたりしたら変態さん扱いをされてしまいますから」

「なるほど、つまり兄貴は照れたってことだね」


 照れるっていうか……ぶっちゃけ、スク水じゃなくてビキニとかじゃないとここでは浮くような気がするんだ。


「逢坂、男だからってスク水派ばかりじゃないんだぞ」

「どういうこと?」

「ビキニがいい男もいるってことだ!」

「ビキニは無理だよ、あんなの露出したい変態が着用するものでしょ?」

「おい、瀬戸先輩を見てもそれを言えるのか?」


 おいおい……瀬戸先輩もやる気満々だよ。

 しかも発育がいいから正直に言って目のやり場に困る。

 私服の下であれを着用しながら一緒に歩いていたと考えると、なんかやばい。

 乙姫と俊明は先輩の方に移動し、それを涼しい顔で見つめていた鞠に話しかける。


「鞠は良かったのか?」

「はい、大丈夫です。見ての通り、すっとんとんですからね」

「別に気にする必要はないと思うけどな」

「お兄ちゃんが仮に女の子だとして、瀬戸先輩に近くに水着でいたいですか?」

「いや……悪かった」


 それとあのふたりにはそのまま先輩の意識を引きつけておいてもらいたい。

 だってあの人が側に来て会話なんてしてみろ、他のところを見ていたら「こっちを向いてください」とか絶対に言うぞ。


「逢坂君」

「はい」


 だが現実は無情、一切気にせず彼女はやって来てしまった。

 後ろを歩くふたりはまるで取り巻きみたいだというのが正直の感想。


「これ、どうですか?」


 しかも感想を求めてくるという残酷さ。

 どう答えても先輩からのいい評価はもらえない救いのないルート。

 俺はサムズアップをして頷いておいた。


「言葉で褒めてほしかったです」

「まあまあ、兄貴だって緊張してるだけだよ」

「そうですよ瀬戸先輩、こう見えて大地は照れ屋なんですから」


 照れ屋じゃない……似合ってるって言うのは別に簡単なんだ。

 でも、どこがとか言われたら困るから無難な反応を心がけるしかなかった。

  

「逢坂君、行きましょう」

「え? どこにですか?」

「どこって……そんなの海に決まっているじゃないですか」

「行かなくても目の前に広がっていますけど」

「「「はあ……」」」


 なんで俺がため息をつかれているんですかね。

 そういうのは同じく水着を着ている乙姫を誘っておけばいい。


「俺は鞠といるので、瀬戸先輩達は行ってきたらどうですか」

「……分かりました」


 ……そうやって露骨にがっがりされるとなんだか申し訳ないが……。

 しかし鞠だけ仲間外れにするわけにもいかないからしょうがないんだ。


「行っても良かったんですよ?」

「いや、いいよ、ここに来ただけで目的達成みたいなものだからな。そこに座ろうぜ」

「はい」


 ちょうど平らな場所があるからそこに腰掛けてはしゃぐ3人を眺める。

 にしても俊明の奴、荷物なんてなにも持ってきていなかったのにズボン濡らしていいのか?

 まあこの暑さならすぐ乾くか、それに男ならあまり弊害もないしな。


「お兄ちゃんは優しいんですね」

「ん? いや、優しくないぞ」

「どうしてそう思うんですか?」

「なんかさ、俺の中で鞠は弱いイメージでいるんだよ。でもそれって失礼なことだろ? 実際には全然強いんだからさ。だからこうして一緒にいるけど、本当は必要ないことだよなって。結局は俺のエゴみたいなものだからさ」


 だからって好印象でいるためにしているわけではないことを理解してもらいたい。


「気にしないでください」

「そうか? とにかく、ああやってワイワイ盛り上がる側の人間じゃないんだよ俺は」

「意外ですね、お兄ちゃんはお友達さんとはしゃいでそうですけど」

「違うぞ、俊明が来なければ基本的に椅子に張り付いている人間だからな」


 それでも嫉妬したりはしないし、いづらさを感じて教室を抜けだすこともしない。

 寧ろ周りが楽しそうなのを楽しんで眺めているという感じだろうか。

 ギスギスしているよりもよっぽどいい、おまけに関わっていない方が面倒事に巻き込まれないから楽でいい。


「要は、面倒くさいことはあんまりしたくないってことだ」

「なんでも面倒くさいで片付けてしまったら駄目だと思います」

「もちろん全部をそういう扱いはしていないぞ。話しかけてくれる人といることが面倒だとは思わないからな。だからこうして俺も一緒に来ているだろ?」

「1度は断ったと聞きましたが」

「それは女子だけの方がいいと思ったからだ」


 いまの感想は俊明を呼んで良かったというもの。

 もし3対1で水着になんてなられていたらどうなっていたのか分からない。

 その場合でも乙姫と先輩だけが盛り上がって終わり、という流れだったかもしれないけどな。


「昔のお兄ちゃんは知りませんが、いまのお兄ちゃんは好きですよ」

「そりゃありがとよ」

「ふぅ、大地さんが本当に兄なら良かったんですけどね」

「そう言ってやるなよ、俊明だって鞠のことを考えて動いてくれてるんだぞ?」


 こんな会話を聞かれたら俺が殺される――かは分からないが、良くない。

 まるで俺が裏で鞠に対してなにかをしてしまっているみたいじゃないか。

 断じてそういうのはないと言える、会うのだって本当に限定的な時だけだ。


「だってそうすれば乙姫ちゃんと姉妹になれますから。私がお姉ちゃんです」

「い、いや……そこは乙姫が姉だろ?」

「え? あ、背が低いからって姉にはなれないという偏見ですか?」

「……そうだな、その場合は鞠がお姉ちゃんだな」


 ふたりが俺の妹だったらもっと楽しそうではる。

 正反対のふたりではあるし、甘えてくれたらそれはもうグッとくることだろう。

 ただ、その場合は俺を無視して姉妹だけで仲良くする可能性も0ではないからやはり乙姫だけでいいかなと考えてしまった。


「鞠ー! カモーン!」

「呼ばれたので行ってきますね」

「おう」


 俺はいまの内にみんなの飲み物でも買ってこようと立ち上がった。

 水分補給を怠るとせっかくの楽しい出かけがそうでなくなってしまうから。


「ジュースより水かお茶……スポーツドリンクって手もあるか」


 水に触れているとはいえ汗をかいているだろうからスポーツドリンク一択か。

 ……これは単純に水やお茶を同じ値段を出して購入するのが勿体なかっただけではある。


「お兄さん、いまおひとりですかー?」

「ああ、おひとりだな」

「ふふふ、持ってあげましょうか?」

「頼むよ、結構重くてな。あ、1本飲んでいいぞ」


 ナンパ少女は「やったー」なんて呑気に笑って向こうへ歩いていこうとした。

 いやまあ乙姫だから一切気にならないが、先程まで向こうにいたのに走ってきたのだろうか。

 陸上部だからこれくらい急いでも息切れひとつなしと、単純に凄い。


「兄貴さ、ビキニの方が良かった?」

「んー、海だったらそういうのってイメージがあるからな」

「あたしがそれだったらどう思う?」

「そうだなあ、クラスメイトに見せてやったら爆発的に盛り上がるんじゃないか?」

「そこを目撃されたらクラスメイトの女子に殺されそう」


 モテたくてモテているわけじゃないってやつかー……凄えな、妹なのにここまで違うなんて。

 俺も困るくらい人気者になってみたいものだ。


「水着の件、あたしは聞いてたんだ」

「そうか、鞠には言わなかったのか?」

「私はいいですって断られちゃった」


 本人がいいって言っているのなら無理強いはできないよな、友達だからってなんでもかんでも強制できるわけじゃないから。


「なあ乙姫。鞠も俺らと同じ家族だったらさ、どっちが姉になると思う?」

「その場合は鞠がお姉ちゃんになると思う」

「へえ、それはどうしてだ?」

「鞠がしっかりしているからだよ、あたしよりもよっぽどね。兄貴的には鞠が妹の方が良かったんじゃないの?」

「鞠には悪いがそう思ったことはないぞ」


 彼女は痛いところを沢山突いてきそうだし、そもそも家族ではないのだから考えても仕方のないことである。俺の家族は両親と乙姫がいてやっと普通になるのだ。


「お、戻ってきたな大地」

「おう。ほら、これ飲めよ」

「サンキュ」


 先輩と鞠にも手渡してまた座る。

 特に新鮮さはない海を見ているだけというのに、水分を摂取しながら見る海はなんだか綺麗に見えた。単純と言う他ないが。


「兄貴、ちょっとあっち行こ。見せたいものがあるんだ」

「了解」


 さて、見せたいものとはなんだろうか。

 乙姫に連れられてやって来たのは波が到達するギリギリ手前の場所だった。


「ほら、ここにカニがいるんだよ」

「おぉ、よく逃げなかったな」

「うん、まあこれだけなんだけど」

「見てるとなんかワクワクしてくるな」


 サワガニ、ドジョウ、ザリガニ。

 もう関わりこそなくなってしまったものの、行ける時はほぼ毎日のように探しに行った。

 もちろん、飼う環境なんてなかったから採ってはリリースしていたけど、間違いなく楽しかったと言える思い出だ。


「ね、あの頃の人達とまた集まらないの?」

「集まらないだろ、俺のことなんて忘れてるんじゃないか?」

「……まあ、兄がいればいいけどね」

「会いたいのか? 一応不可能じゃないぞ?」

「……いいよ、兄が会いたくないなら別にいい」


 別に会おうと思えば全然会える。

 俺と同い年のやつらは基本的に同じ高校に進学しているしな。

 年下だって身近で公立はここしかないからそこを志望するだろう。

 中には乙姫と仲がいい女子とかもいたからな、懐かしいというか寂しいのかもしれない。

 俺が意固地になったことで妹も無理やり距離を作らされたようなものだった。


「ねえ兄」

「なんだ?」

「……あたし、ちょっと兄といるのやめる」

「そうか、しょうがないことだなそれは」


 まあそうだよな、俺らの距離感なんかおかしかったから必要なことだと思う。

 帰ったら両親に言って、俺らが会話をしていなくても誤解されないようにしておこうと決めた。


「うん……あ、嫌いとかそういうのじゃないからね。ちょっと甘えすぎちゃうから」

「おう、大丈夫だぞ」


 こういう時に家族だと結構大変だ。

 そういう時に限って多く出くわしたりする可能性がある。

 別に喧嘩をしたわけではないんだから気まずい思いをしたいわけではないし……夏休みは暇だから外に出ておくべきか?


「またいつか戻すけどさ、その間は紗弥花と一緒にいたら?」

「瀬戸先輩と? ま、本人が来てくれたら普通に対応するけどな。鞠だって同じだ」

「うん、ちょっとお願いね。勉強も頑張らないといけないし」

「おう、頑張れよ」


 いまから実行するとして、3人にも説明しておくことにする。

 鞠と俊明だけが驚いているのを見るに、先輩にはもう説明していたんだろう。


「財津、一緒に帰ろ」

「俺は別にいいが……しゃあない、それじゃあ鞠のこと頼むぞ大地」

「おう、乙姫のこと頼んだぞ」

「任せておけ」


 あ、結局手強いふたりと俺だけになってしまった。

 どうしたものかと頭を悩ませていたら急に裾を掴まれてそちらを向く。

 そのまま「良かったんですか?」と聞いてきたのは財津の妹、鞠。


「おう、あれが乙姫の望みだからな」

「……私はそれでも一緒にいるべきだったと思いますよ」

「一生ってわけじゃないからな、問題ないだろ」


 もちろん俺だって一緒にいたかった。

 距離感が怪しいと言ったっていけないことはしていない、わざわざ公言することではないが。

 でもそれを妹が望んでいるのだからしょうがない、進んで邪魔をするわけにもいかないだろう。


「先に帰ります、失礼します」

「送ってくぞ?」

「大丈夫です、まだ明るいですから」

「明るければ安全というわけでは……あ……なにが気に入らなかったんだ?」


 あんなこと言っておいて俊明を取られたくないってことに……しておくか。


「瀬戸先輩はどうします?」

「眠いので……そこで休みませんか?」

「いいですよ。あ、その前に服を着てくださいね、風邪を引いてしまいますから」

「はい……」


 よし、大人しく従ってくれた。

 これなら普段通りに話すことができる、なにも怖くなどなかった。

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