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02

「大地、この後って暇か?」


 あの望みが果たされた後も財津は普通に話しかけてくるようになった。

 俺としてはありがたいが、乙姫を連れてきてやれなくて申し訳ないともその度に思う。

 そういう機会を用意してやるべきだろうか? それならもうすぐ夏休みだから可能だが。


「おう、特に予定はないぞ。どこかへ行きたいのか?」

「ちょっと本屋に行かないか? 鞠が欲しがっている本が今日入荷予定でな」

「了解、いい兄貴やってるな」

「それは大地もだろ」


 うーん、まあいまはそんなそうか分からないことを話し合うのは無駄だろう。

 近所の本屋に行って俺は適当に見て回ることにした。

 意外と漫画とかは好きだ、難点は嵩張ることと、費用も嵩むこと。

 ただ、乙姫と意外と趣味があうため全然無駄にならないのはいいことだな。


「お、これ出てたのか」


 一応買えなくもないが、どうしてくれよう。

 会計を済ました財津がこっちに来ている、聞くのもいいかもしれない。


「なんか気になる本でもあったのか?」

「ああ、これなんだけどな。一応買えるんだが、買うべきだと思うか?」

「後で後悔しそうならやめたほうがいいな。衝動で買うとなんにもいいことないぞ」


 確かに……衝動で買って後悔したことは沢山あった。

 で、気づいた時には大抵遅い、高価な物なら尚更そう思う。

 欲しいと1度考えてしまうと買う方向でしか考えられなくなるんだよな、それが怖いところ。

 というわけで買うのはやめた、もしかしたら乙姫が買うかもしれないし。


「あ、ちょうどいいところに鞠と逢坂だな」

「珍しいな、こんな早い時間に外にいるなんて」


 俺達と違って真面目に部活動に励んでいる時間なはずだが……。

 向こうも気づいたらしく、彼女達はこちらに走ってきた。

 が、財津――俊明の方は妹に買った本を手渡し俺の妹を連れてどこかに行った。

 いきなり残された俺達ふたり。


「行ってしまいましたね」

「そうだな」


 鞠が慌てていないだけまだマシと割り切る。

 乙姫も困惑しつつも嫌がってはいなかったから心配しなくてもいいだろう。


「お兄ちゃんは学校でどんな感じですか?」

「俊明か? 基本的に男友達といるな。ワイワイ盛り上がってる。でも、授業中はちゃんと切り替えができているからいい奴だな」

「あ、そうじゃなくて。あなたのことです、大地さんのこと」

「え? ああ、最近俊明が来てくれて助かっているって感じか。残念ながら俺はそれまではひとりでな、寂しかったわけではないんだが……まあ悪い気はしないな」


 年上の男を見たら誰にでもお兄ちゃん呼びしてそうだな。

 こういうのは深く考えたら嫌な気分になるため、鞠はそういう子だと上書きセーブしておいた。


「あれ、誰かこちらに向かって手を振っていますよ?」

「あ、あれは瀬戸先輩だな、俺のひとつ上の人」


 わざわざ家とは違う方向で出会うってどんな偶然だろうか。

 とはいえ、この前来てくれたのに対応できなかったことを謝罪したかったから助かったが。


「行ってあげてください、待っていますから」

「鞠も来いよ」

「鞠……」

「あ、悪い……」

「いいですよ、それでは私も行かせていただきます」


 別にやましいことをしているわけでもないし紹介しておけばいい。

 そうすれば鞠がもっと自信を持って他人と接することができる可能性が上がるからだ。

 って、鞠が怖がりかどうかもまだ分かっていないんだけどな。


「こんにちは、その子も妹さんですか?」

「こんにちは、この子はクラスメイトの妹です」


 俺の妹は乙姫だけで十分だ。

 それに鞠まで求めようとしたら俊明がキレそう。


「私は瀬戸紗弥花です、よろしくお願いします」

「私は財津鞠です、よろしくお願いします」


 それにしても鞠は怖がりなんかじゃないなこれは。

 怖がりなら俺のことをお兄ちゃんなんて呼べないだろうし、先程みたいにふたりきりになったら確実に慌てるはず。けれどそれをしなかったということや、いまみたいに先輩に対しても普通に対応できていることから、つまりそういうことだと考えることができる。

 乙姫が勝手に怖がっていると理由を作っただけなら全然いいが、万が一嫌われているということならそれは悲しい。まともに会話したこともないのに嫌われるのが1番ダメージがくることだ。


「鞠、帰るぞー」

「あ、俊明くん。それではお兄ちゃん、瀬戸先輩、これで失礼します」

「おう、気をつけて帰れよ」

「お兄ちゃんも気をつけてくださいね」


 ……本物の兄以外をお兄ちゃん呼びしているだけだ、勘違いするなよ俺の心。


「一緒に帰ってもいいですか?」

「はい、もう帰るところでしたから」

「兄貴ー、あたしも帰る」

「おう」


 やっぱりいいな、乙姫は話しやすくてとてもいい。

 気を使う必要がないし相手もまた使わないから心地いいんだろう。

 仮に瀬戸先輩や鞠と仲良くする場合、こういう風になれるか?

 家族だからというのもあるかもしれないが、どうせなら遠慮せずいられる関係でいたかった。


「なあ乙姫、鞠って誰でもお兄ちゃん呼びしているのか?」

「え、同級生は名字にさん付けだけど」

「となると、年上にはお兄ちゃん呼びか」

「財津のことは名前で呼んでるよ?」


 それは知っている、さっき聞いたから。

 同級生にはさん付け、本物の兄にはくん付け、俺――他の年上には恐らくお兄ちゃん呼び。

 これはどういう心理なんだ? そうすれば男はチョロいと考えているなら策士だが。


「逢坂君には可愛らしい妹さんがふたりもいていいですね」

「片方は俊明の妹ですけどね」

「その割にはお兄ちゃん、と口にしていましたけど」

「俺が呼ばせているわけでないですけどね」


 大体、そんなことをしてもメリットはない。

 寧ろ、周りの人間から『他人の妹にお兄ちゃん呼びさせるヤバい奴』という扱いをされる。

 ひとりぼっちは構わないが、そういう変な噂が出るのは避けておきたいところだ。

  

「兄貴は嬉しいんじゃない? あたしはこの通り兄貴呼びだし」

「んー、妹は乙姫だけで十分だ」

「そんなこと言ってもなにも出ないよ?」

「いらないよ」


 そもそもなにかをしてほしくて口にしたわけではない。

 それでも意見は変わらない、俺の妹は乙姫ただひとりだけだから。


「おふたりは仲がいいんですね」

「幸い家族関係は良好ですからね」


 親父は声がうるさくて母はケチくさい。

 しかしそういうことに関してはいい人達であるから助かっていた。

 とはいえ、乙姫に対してとても甘いのはいただけないが。


「紗弥花先輩は兄と仲がいいんですか?」

「どうでしょうか、学校ではほとんと会えませんからね」

「会えばいいじゃないですか、兄のクラスに突撃ぐらいできますよね?」

「私達は本当に偶然で出会ったようなものですから」


 そう、それだけで終わらなかったことが奇跡に近い。

 俊明曰くひとりでいる人みたいだから、近づいてくる理由は未だに分からないままだ。

 

「それとも、みんながいる前では話せないんですか?」

「そんなことはないですよ……ただ、迷惑かと思いまして」

「それこそそんなことはないと思います。興味があるのなら近づくしかないじゃないですか」


 一生懸命妹が説得してくれているのは嬉しいが、単純に興味がないだけなのではないだろうか。

 これでもし「単純に興味がないだけです」なんて言われたらショックで寝込むぞマジで。


「私はこうして外でお話しできるだけで十分ですから」

「うーん、紗弥花先輩がそう言うならあたしはそれでいいですけど」

「はい」


 良かった、話すことだけは嫌ではないみたいだぞこの言い方なら。

 来てくれた時だけ仲良くすればいいと片付けておいた。




「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 翌日の放課後、普通に瀬戸先輩がやって来た。

 いや、細かく言えば午前中とか昼休みも来ていたから嘘になってしまうが。


「あの、外で……という話では?」

「また乙姫さんからチクリと言葉で刺されても嫌ですから」


 責めるつもりはないと思う。

 あれだろう、遠慮をするばかりがいいことばかりではないと知っているからこそかもしれない。

 もちろん、妹にそういうことがあったのかはどうかは知らないけれども。


「普段ひとりでいるって本当ですか?」

「そんなことはありませんよ、優しくしてくれる人がいますから」

「そうですか。とにかく帰りましょうか」

「はい」


 先輩が運動部のマネージャーとかやったら士気が高まりそうだけどな。

 知らないことだらけだな、逆に知っていることって黒髪ロングで敬語で態度が柔らかくて美人ってだけか。よくあるアニメや漫画とかに出てきそうな感じ。


「お兄ちゃん」

「えっ!?」


 た、試されているのかこれは? もしここで「はい! それはもう最高ですよー!」なんて言ったら「は? 糞ですね、気持ちが悪いので消えてください」と言われかねない。


「って呼ばれるの、嬉しいですか?」

「……いや、落ち着かないだけですかね」

「そうですか。教えてくれてありがとうとございます、参考になります」


 参考ってなんのだよ……嬉しいと言わなくて良かったってことか?


「兄貴ー」

「あ、よう」


 最近は自分が吸引器になってしまったかのよう。

 俺がいると必ず乙姫や鞠、俊明が近くに来る。

 まるで誰かの手によって仕組まれているかのようだった。


「部活はいいのか?」

「もう終わったよ、先週ね」

「えっ!? 俺、大会の話とか聞いてないんだが……」

「だって言わなかったし」


 そうか、7月って中学3年生は部活引退の時期か。

 なら夏休みとかは今度は受験勉強のために努力する期間。

 インドア派というわけではないため色々なところに行こうと考えていたのに、ちょっと残念。


「乙姫さんと鞠さんはなんの部活動に所属していたんですか?」

「あたしは陸上部、鞠は卓球部です」


 昔と違って鬼ごっこをしたら絶対に勝てないだろうな。

 しかしあれだな、応援ぐらい行ってやりたかった。

 でも、もう言ったところで終わってしまったことだから意味がないか。


「鞠はどうだったんだ?」

「県大会の準優勝でした」

「え、凄えな、おめでとう」

「ありがとうございます」


 乙姫の方は泣き顔見られたくなかったとかそういうのかもしれない。

 何事にも真剣に臨む人間だからこその対応。


「お兄ちゃんは中学生の時になにをしていました?」

「俺は野球部だな、ちなみに俺らの代は1勝しかできなかったぞ」


 初心者の集まり、レギュラーだって人数がギリギリだから自由になれた。

 負けても笑っていた、練習だって真剣にやっていなかった……と、思う。

 少なくとも他中学からすれば全然だった、中には一生懸命の奴もいたが……多数がこれぐらいでいい派だったので意味がなかった。

 まあ言うまでもなく部長のことだ、あの人は最後まで自分を貫いて格好良かった本当に。


「真面目にやっていましたか?」

「いや、部長に比べれば全然だったな」


 同調圧力に負けてやる気を出さなかった時もある。

 なのに普通通りにやっただけで彼は俺を褒めてくれた。

 それが申し訳なくて、ちょっと悔しくて、改めようと思った時にはもう遅かった。

 結果、俺らの代で勝てたのは初めてやった練習試合の時の1勝だけ。

 それ以外は10対0とか最悪な時は36対0なんてこともあったくらいだ。


「それは良くないことだと思います」

「ああ、本当にその通りだよ」

「だから、これからなにかやらなければならないことを見つけた時は、その時は一生懸命に頑張ってくださいね」

「おう、ありがとう」


 もっと早く俺に突きつけてもらいたかった。

 そうすれば真面目にやっている部長が悪者扱いされることはなかった……かもしれない。

 ま、こんなのは自惚れで片付けられてしまう話だけどな。

 

「私はこっちなので、失礼します」

「あ、送ろうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」


 擁護するだけではなくしっかりと言う時は言うか、参考になる。

 相手が妹でも同級生でも先輩相手でも時にはそういうのも必要だ。

 そういう時がくるかはともかくとして、そういう時がきたらなんとかしたい。


「兄貴、なんか難しい顔してるよ?」

「ああ、鞠みたいな言わなければならない時はガツンと言える人間になりたいなと思ってな」

「普段あの子はあんなこと言わないけどね」

「じゃあ真面目にやらない人間が嫌だったのかもしれないな」

「うーん……兄貴が不真面目だとは思わないけどね」


 いや、それはあくまでいまは、せめて妹の前でだけでは参考になれる存在でいたかっただけ。

 悪いことは流石にしていなかったとしても、不真面目だったのは変わらなかった。

 だから言われて助かった、これからは気をつけようってより改められたから。


「私もこちらなので失礼します」

「はい、気をつけてくださいね」

「それだけですか?」

「え?」

「いえ、逢坂君達も気をつけてくださいね」


 先輩と別れて乙姫とふたりきりに。

 しかし、なぜか横で「はあ……」と盛大にため息をついた妹。


「なんで鞠には送るって言ったのに紗弥花先輩には言わなかったの」

「あ……それでか。俺的には瀬戸先輩は強そうだし問題ないと判断したんだけどな」

「乙女はそういうところで傷つくんだから」

「……しまったかなあ」

「明日謝った方がいいよ」


 そうだな、そうしておこう。

 これは鞠を馬鹿にしているのと同じになってしまうからな。

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