5.5 デルカンデラ裏事情
ワシはデルカンデラの村長、モニクという。
歳は今年で78。皆がどんどん死んでいく中、何故か長生きしてしまった老いぼれじゃ。今では歳の近い者は、雑貨屋のヘレン婆と寝たきりのゴゼ爺だけになっちまった。歳のせいで村長なんてやらされとるが、正直、村長なんて役は向いとらんのじゃ。最近は腰も痛いし、足もあまり動かんなってきとる。ゴゼ爺のようになるのも時間の問題じゃて。ヘレン婆ももう店番しかできんようになっとるし、ワシもいつ天に召されるか…。
話がそれたが、結局ワシはただ年長者じゃから村長になったただのじじいじゃということじゃ。
デルカンデラは、どこにでもあるようなごく普通の田舎の村じゃ。毎日農業に精を出し、必死に畑を耕す。毎日がその日暮らしの日々。小さい頃から家の手伝いをしておった。じゃから当然、学のある者なぞおるわけがない。文字も読めぬし、計算も怪しい。そんなワシでもできるのだから、村長の仕事はほとんどない。お貴族様に税をいくら納めるかを、毎年必死になって麦を計る。それだけが仕事じゃった。
しかしその日、ワシは初めてそれ以外の仕事をすることになった。
いつも通り畑仕事をしていると、村から若い衆のゴンズが駆けてきた。ゴンズは村の南側の街道近くに畑を持っていて、ワシの家の畑とは村を挟んで反対側になる。
「モニクさん!」
「どしたんじゃ、そがい急いで」
「村に、村にお貴族様が来た!」
その言葉に、ワシは思わず鍬を落としてしもうた。
お貴族様といえば、各地を治めておられる偉い人たちじゃ。とても恐ろしく、逆らったらワシらの首なんぞ簡単に飛ぶ。普段はこんな田舎に来ることはなく、都会で優美な暮らしを送っているはずじゃ。そんなお貴族様が、なぜこのデルカンデラに…?
「た、確かなのか?」
「んだ。お貴族様の馬車が村はずれのお屋敷に向かっていくのが見えただ。綺麗な馬車だったから見まちがえねえ」
村のはずれには、一軒の古いお屋敷がある。そこはお貴族様の持ち物だから立ち入ってはならないと、村で言われている場所じゃった。
「ど、どうすればいいだ?」
「と、とにかく村に戻るんじゃ!皆にも伝えてくれ」
「わ、わかっただ」
お貴族様が村に来るなんて初めてのことで、どうしていいのか分からんかった。とりあえず村の全員を集め、屋敷に向かったのじゃ。
「ど、どうするだ?」
「しー!静かにしろ」
「ホントにお貴族様だか?」
村の皆がこそこそ話す中待つこと数分、屋敷から二人の人物が現れた。一人はおなごで、白黒のひらひらした服を着とった。歳は30手前じゃろう。後から知ったのじゃが、そのおなごは『メイド』というお貴族様の召使いだったそうじゃ。
そしてもう一人。その『メイド』を連れて出てきたのは、まだ明らかに五つになるかどうかの子供じゃった。背も低く、威圧感も何もない小さな子供じゃ。しかしその姿に、村の者は皆ワシを含め言葉を失い見惚れてしもうた。そのあまりの美しさに、じゃ。
白銀の髪と、それに彩られた幼くも整った容貌。瞳は大きく、色は透き通るような蒼じゃった。光輝き、まるで美の結晶のようにワシには思えた。あんな綺麗なもの、ワシは生まれてこのかた見たことがない。着ておる服も上品で、皆一目で「この方は自分らとは違う」と分かってしまったようじゃった。
「えっと、これは?」
「カナタ様、私の後ろにお願いします」
そのお方の言葉で、ワシはやっと今の状況を思い出した。メイドのおなごが前に出ておったが、気が動転しておったワシは咄嗟にそのお方に話しかけてしもうた。
「あ、あなた様は、デイブレイク子爵家から来られたお貴族様ですか?」
「無礼な!まずは頭を下げ、名乗りなさい。不敬罪で首をはねられたいのですか!」
すると、メイドのおなごがその身からは想像も出来んような声を上げた。その言葉に、ワシも村の皆も、一斉に慌てて額を地面にこすりつける。
当然じゃ。会ったことこそないとはいえ、村の皆もワシも、お貴族様がどれだけ恐ろしい存在かはよく知っておる。お言葉を遮っただけで首をはねられた平民の話は、幼い頃から寝物語に聞かされて育ったのじゃから。ワシのように許しも得ずにお声をかけるなどもってのほかじゃ。
「いいよ、エリナ」
誰もが皆、首をはねられるのかと震えておった。しかしそのお方は、驚くほど優しいお声で話し始めた。
「しかし、カナタ様」
「いいから。みんなも、顔を上げてくれるかな。不敬罪なんてことは言わないから、安心してほしい」
その声に恐る恐る顔を上げると、そのお方はとても優しい微笑むを浮かべワシらを見ておられた。それはとても、僅か四つか五つの子が見せるようなものではなかった。気遣いと優しさ、それと申し訳なさからくる、柔らかな微笑み。ワシは思わず、安堵の息を吐いてしもうたほどじゃった。
「あなたも、名前を聞かせてもらえるかな?僕はデイブレイク子爵家が三男、カナタ=デイブレイクだ」
「は、はい。ワシはこのデルカンデラの村長をしております、モニクという者です」
そのお方ーカナタ様は自分から名乗り、ワシのような者の名を訊ねてくださった。
「こ、この度は大変な無礼を…」
「ああ、うん。いいよ、気にしないで。こっちこそごめんね、エリナが怒鳴っちゃって。僕のことを思ってのことだから、悪く思わないでほしい」
「い、いえ、そんな…」
それどころか、あろうことかメイドが声を荒げたことを謝罪すらなさったのだ。
「それよりもモニクさん、これはいったい何の集まりなのかな?見た感じ結構な人数だけど」
「も、モニクで結構でございます、カナタ様。こ、これはその、お貴族様がこの村にいらしたと村の若い衆から聞きまして、その、御挨拶を、と」
「あ、そうなんだ。それは悪いことをしたね。僕もちょうど村長のところに挨拶に行くつもりだったんだ」
「め、滅相もありません」
カナタ様はそれを気にした様子もなく、まるで同じ身分の相手と話すかのようにワシと会話してくださった。いつも税を集めに来る役人でさえ、ワシを見下して命令口調で上からものを言ってくる。それなのにカナタ様は、ワシを対等であるかのように扱ってくださったのじゃ。
それからいくらか話をすると、突然カナタ様は村の皆のほうを見られた。
「ちょっと村の人たちに挨拶してもいいかな?」
「は、はい。もちろんでございます。少々おまちを…」
ワシは慌てて村の皆のところに行き、カナタ様が皆に挨拶をされると伝えた。
「よいか、絶対に声を上げたり、身じろぎしたりするでないぞ!失礼など、決してないようにするのじゃ!」
勿論、そう強く言うのも忘れなんだ。皆が真剣な顔で頷いたのを確認して、ワシはカナタ様の前に戻る。
「お待たせいたしました」
「いや、うん。ありがとう」
カナタ様は困ったようなお顔を一瞬されたが、また笑顔に戻って村の皆の前に立たれた。そして穏やかに、言い聞かせるように話し始めた。
その挨拶は、簡単ではあったものの驚くような内容じゃった。ワシらのような平民にお貴族様が「頼む」とおっしゃり、あろうことか最後には軽く頭まで下げられたのじゃ。これには皆も啞然とし、声も出ないようじゃった。
「あ、あの。よろしいでしょうか」
と、ワシの孫娘であるリッテが恐る恐る手を挙げた。あろうことかカナタ様に、許可もなく話しかけておる!しかしカナタ様は、別段気にした様子もなくお答えになられた。
「あ、うん。なにかな?」
「えっと、か、カナタ様はそちらのお屋敷に住まれるのですか?」
「うん、そうだよ」
「えっと、その、かなり荒れていますが…」
「これから片付けるんだ。僕はこの屋敷しかデイブレイク子爵家からもらってないからね」
そのお言葉に、ワシも村の皆も大いに驚いた。このお屋敷はもう何年も放置されっぱなしじゃったもので、とてもではないがすぐに生活できるようにはならん。カナタ様の言い方では、まるでカナタ様自身がこれから屋敷を掃除するように聞こえた。
「で、では、村の者達でお手伝いいたしましょうか」
「本当?それは助かるよ」
と、リッテもそう思ったのじゃろう。村の皆で手伝うことを申し出た。うむ。種まきに忙しい時期じゃが仕方あるまい。お貴族様は当然、ワシらに手伝うように命じられるはずじゃ。自分たちから協力を申し出たほうがまだ機嫌を損ねんじゃろうて。
「は、はい。もちろんです。それで、その…」
ところが、リッテはまだ何か言おうとしておった。何を言おうとしておるのか思い至ってワシは慌てて止めようとしたが、リッテは先に言ってしもうた。
「どうしたの?」
「えっと、その、図々しい願いだと思うのですが、その報酬に、些少でいいので金銭を…その、いただけると」
その言葉に、村の皆が大きくざわめく。ワシは慌ててリッテに駆け寄り、頭を押さえつけた。な、なんてことを!
「こ、これ!何を言うておるのじゃリッテ!」
「でも、おじいちゃん。お金がないと塩が…」
「お貴族様に何てことを!す、すぐに謝らんか!」
大慌てでリッテの頭を地面にこすりつける。
確かに、今この村は貧窮の危機にある。昨年は酷い凶作で、麦が例年の半分ちょっとしか収穫できなんだ。税を払い、種麦を残せばもうほとんど残っておらんかったほどじゃった。そのせいで年に二度ほど来る商人から塩を買うことができなかったのじゃ。塩は生きていくうえで必要不可欠なもの。しかし今年は、唯一の収入源である麦が凶作じゃったせいでそれを買い付けるための金銭が圧倒的に足りんなっとった。
しかしじゃ。それでもお貴族様に報酬をねだるなぞ、言語道断じゃ!あまりの無礼に体が震えてしまう。不敬罪で首を落とされたいのか、この孫は!
「も、申し訳ありません!リッテがとんだご無礼を」
「ああ、気にしないで。報酬はきちんと出すから。むしろ、当然の要求だ。こちらの配慮が足りて無かったね」
「えっ?」
ところがカナタ様は、驚くべきことに怒った様子もなくメイドの女性に何か袋を持ってこさせた。そこからなんと銀貨を取り出す。
「手伝ってくれたら、銀貨1枚を村に払うよ。今日中に終わらしてくれたらもう1枚だ。これでどうかな?」
そのお言葉に、村の皆がワシとリッテも含め驚く。ぎ、銀貨じゃと…?
銀貨といえば、銭貨、鉄貨、銅貨の上にある貨幣じゃ。価値にすると銅貨10枚分。鉄貨じゃと100枚分にもなる大金じゃ。この村の毎年の収入は、豊作の年でも銅貨7枚がいいところじゃろう。銀貨一枚あれば、一年分は村全体の塩が買える。
「足りない?」
「め、滅相もございません!ありがとうございます!」
「ぜ、ぜひ手伝わせてください!村人総出で手伝わせていただきます!」
ワシに続き、リッテも食いつくように返事をしておった。な、なんという方じゃ。このお方は慈悲深くも、ワシらに給金として金銭を払って下さるのじゃ。しかもあんな大金を。このお方はもしかすると、ワシらの知っておるお貴族様とは違うのかもしれん。
その後、屋敷の掃除と片付けは村の皆総出で行われ、その日の夕方には綺麗に人が住めるようになっておった。庭の雑草も一本も残っとらんわ。そしてカナタ様は、お約束通り銀貨二枚を払ってくださった。ワシらはせめてものお礼にカナタ様に余っておった家具や日用品をお渡ししたが、カナタ様はワシらのような平民が使うものでも喜んで受け取ってくださった。
この銀貨二枚のおかげで、ワシらは必要な塩を買うことが出来た。




