20.5 魔法学舎にて
カナタ様と別れた私は、その足で魔法学舎にやってきていました。途中で何度かお声をかけられましたが、知らない人ばかりで少し困ってしまいました。知らない方、特に殿方とお話しするのはあまり得意ではありませんから。
けれど、特に何か起こるわけでもなく無事魔法学舎にたどり着けました。
魔法学舎は、基礎学舎と同じ大きさの校舎に魔法実技場が隣接した造りになっています。その用途上お金のかかる設備ですが(魔法から建物を防御する加工はとても高いのです)、さすがは王立学園。しっかりとした一流の設備がそろっています。
その魔法学舎の入り口に、リーシェン先生は立っておられました。水色の綺麗な髪と理知的な美しい顔。なんでもエルフの血を引いておられるとかで、髪色はその遺伝だと聞いたことがあります。
「遅いですよ、ステラ」
「申し訳ございません、リーシェン先生。少しクラスメイトとお話していたので」
「口下手な貴女が?知っている子でもいたの?」
リーシェン先生は私が人見知りだと知っているので、きっとクラスメイトとお話していたというのが信じられないのでしょう。あと、私は断じて口下手ではありません!…たぶん、きっと。
「それとも、貴族の面倒くさい子に捕まってたのかしら?」
「違います、リーシェン先生。私にだって友人の一人や二人できるんです。今日は一緒にお昼まで頂いてきました」
「…貴女が?」
「はい!」
リーシェン先生はまだ疑っておいでのようでしたが、「まあいいわ」とおっしゃって学舎に入っていきました。私も後ろについて中に入ります。
魔法学舎の中は、教室が並んでいた基礎学舎と違っていくつもの小さな部屋が並ぶ構造になっていました。なかには大きい部屋もあるようですが、半分以上の部屋は私たちが学んでいる教室の二分の一ほどの広さしかないようです。これはこの魔法学舎が、主に研究室として使われているためです。魔法学舎に所属する生徒は、そのほとんどがいずれかの先生の研究室に所属するか自分たちで研究室を立ち上げて活動しています。授業もありますが、そのほとんどが研究結果の発表や議論に割かれているそうですから。魔法の理論はこの魔法学舎に入る時点で既に学んでいる者が大半なので、講義の形の授業は少ないんです。
ちなみに、実はこの研究室用の部屋ですが、部屋数が多く余っているので空き部屋を私物化している先生や生徒もいるとか。これは管理さえしっかりしていれば半ば黙認されているそうです。なにせ研究者は研究に没頭することも多いので、研究室で寝泊まりすることもよくあるのです。私も実家では何度か――こほん、なんでもありません。
とにかく、私が通されたのはそんな『私物化された部屋』の一つでした。リーシェン先生の使っている部屋で、中にはしっかりした造りの執務机と椅子、向かい合わせに二つの大きなソファ、テーブルがあります。壁際には見栄えのいい本棚まで。これはどう考えても応接室です。
「私が魔法学舎に来た客人を通すために使っている部屋なの。遠慮なく座って」
「はい、失礼します」
勧められた通り、ソファに腰を下ろします。ふわりとした柔らかい座り心地。これ、相当いいソファですね。リーシェン先生は座らずそのまま紅茶を入れてくださいます。
「はい。慣れてないから味に文句は言わないでね」
「ありがとうございます。……美味しいです」
西方の茶葉です。私の慣れ親しんだ味。リーシェン先生はこうしたことが自然にできる優しい方なのです。
紅茶を飲んで一息ついたところで、リーシェン先生が口を開きました。
「久しぶりね、ステラ。すっかり淑女に…なったのかしら?」
「酷いお言葉ですね、リーシェン先生。私はこれでも一応は淑女です」
「ふふ。冗談よ。でもまあ、未だに研究に没頭したら淑女じゃなくなるのは聞いてるけど。身だしなみなんて気にしなくなるんでしょう?」
「…情報源はクリムト様ですね」
「そうよ。クリムトの爺さまはお元気?手紙では元気そうだったけれど」
「はい。王都に行く私を心配してくださってましたが、今はリーンバーグ領におられます。お父さまの仕事を手伝いながら弟を指導してくださっているようです」
「弟…ああ、あの子ね」
「はい。ご迷惑をおかけしてなければいいんですけど」
私の魔法の師であるクリムト様とリーシェン先生はかつて魔法の研究を共になさった間柄です。今でも時々連絡を取ったりされるそうで、交流があるのです。私もそのご縁で何度かお会いしたことがあります。
「それで、貴女はこの魔法学舎に所属するつもりということでいいのかしら?」
「そうですね。リーシェン先生さえよろしければ、来年からは所属させていただければと考えています」
「よろしければ、とか言われてもね…。西方の雄、リーンバーグ子爵家の才女ステラ=リーンバーグを拒む理由が魔法学舎にあるわけないでしょう。むしろこっちから所属してくださいと頼みに行くところだもの」
リーシェン先生はため息をついて、疲れた様子でソファの背もたれに深く背中を預けられました。そんな姿ですらどこか色っぽく見えてしまうのですから、美人なリーシェン先生はずるいと思います。私なんかはまだ12歳だからか同じ動作をしてもこんな風にはなりません。
…脱線しました。そんなことより、私としてはどうしても言わなければいけないことがあります。
「…私なんかより、もっと勧誘すべき方はおられると思いますけれど」
「…そうね。分かってるわ」
私の言葉に、リーシェン先生は先ほどより深いため息をつかれました。心なしか表情も浮かないものになっている気がします。
「カナタ=リナリアのことでしょう」
「はい。カナタ様のことです」
カナタ様、という呼び方に驚かれたようですが、気にしないことにしたのかリーシェン先生は話を続けます。
「確かに、今年の新入生にあの子以上の逸材はいないでしょうね。もちろん、貴女を含めて。クラス分け試験で見た魔法だけでもよく分かったわ」
「私もそう思います。あの魔法に使われていた技術は、私などでは到底及びもつかない高いレベルのものでした」
「発動補助の杖を使わず、あの短い詠唱、集中であの規模だものね。その上、継続発動型の操作可能な魔法」
「お手上げだわ」と達観した様子でおっしゃられるリーシェン先生。悔しいですが、私も同じ思いです。
魔法とは本来、規模の大きいものほど長い詠唱や複雑な術式を使い、長時間の集中をして発動させるもの。もちろん、大前提として魔法の発動を補助してくれる高機能の杖を使用して、です。ましてや継続発動型の魔法なんて、私は使える魔導師の名前も聞いたことはありません。
「出来る事なら、私はカナタ様からその高度な魔法の技術を学びたいと思っています。リーシェン先生には申し訳ございませんが、リーシェン先生から教わるよりも、です」
「別に気にすることないわよ。より優れたる師より教わりたいと願うのは魔導師の常識。それに私自身も、自分の魔法があの子に勝っているとは思えないし」
それを認められるのがリーシェン先生の強さであり、優れた魔導師である理由です。上のものを上と認め、より研鑽できる魔導師。それがリーシェン先生なのですから。
「でもねぇ…残念なことにその事実をそう簡単に認められない輩もいるのよ」
そう言うと、リーシェン先生は三度目のため息とともにうなだれてしまわれました。
「あの子――カナタ=リナリアは立場はどうあれ平民。そんな平民より劣っていることを認められない愚か者はいくらでもいるから。特にここにいる学生たちの一部は、異常にプライドが高いし」
「もうカナタ様のことが知られているのですか?」
「それなりにね。なにせ、あれだけ派手にやったんだもの。試験場にいた者達からは情報が伝わるし、あそこにはそれなりの身分の子もいたから。高位貴族の繋がりはバカにできないわよ」
貴族の中には、自分たちより身分の低い平民を下に見ている方々がいらっしゃいます。ここ数年は今の国王陛下の意向により少しずつ実力主義が叫ばれるようになってきていますが、その差別意識といいますか、貴族の選民意識は根深いのです。
「あの魔法を見てもそのようなことが言えるのですね…」
「ある意味で羨ましい頭をしてるものよね。まあ、実際今の王宮魔導師も少しずつ実力のある者に入れ替わっていっているし、家格だけが取り柄の魔導師たちが焦っているのでしょう」
「実力主義に異を唱えたい貴族家の方々が口だししてきている、と?」
「そうなるわね。表向き学園内は平等を謳ってはいるけれど、残念ながら国の有力者の意見に完全に逆らえるわけではないから」
この王立学園は国の予算によって運営されていますが、多くのお金を入学している貴族子弟の実家が出している寄付金で得ているのも事実です。国からの予算や入学品、学費だけではこの大きな学園を運営していくのは難しいですから。そのあたりの事情は私でも少し知っています。
「それで、平民でありながらこのままでは将来出世するであろうカナタ様の進路を閉ざしてしまおうと圧力をかけてきておられるわけですね」
「正確には、あの子に実績を与えたくないのでしょうね。魔法学舎に入らなければ、魔法関係で研究成果の発表や実力の証明をするのは難しい。何かあっても『魔法学舎にも所属できない輩の言葉など』とか言ってなんだかんだ難癖つけられるもの」
「そうなのですか?」
「ええ。特にこの王立学園では魔法に関わるものは全て魔法学舎の名前で研究が行われているわ。魔法学舎以外のところから出た魔法関連の論文なんて残念ながらどこに行っても相手にもされないでしょうね。魔法学舎を出なければ魔法関係の職に就くのも難しいし」
だからこうして圧力をかけ、カナタ様を魔法関係の世界から排除しようとしているのだそうです。
「…どうにかならないのですか?カナタ様が魔法学舎に入れないなんて、あってはならないことです!」
それは国の魔法技術の発展を何十年と遅らせることと同義です!
「そうね。一応今のところ、クロウ学園長がなにかしておられるみたいだから、その結果次第、と言ったところかしら。私としてもできれば、あの子には魔法学舎に入っていろいろと教えてもらいたいわね」
「あの、カナタ様が明日見学に来ようかとおっしゃっていたのですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょう。まだ正式に所属できるわけじゃないし、貴族側の動きも水面下で圧力をかけてくるだけに留まっているわ。直接手だししてくるとは思えない」
「よかったです。明日が楽しみですね」
その後私は、一時間ほどリーシェン先生と談笑して魔法学舎から帰りました。本当はすぐにお暇するはずだったのですが、ついついお話に夢中になってしまいました。だ、だってリーシェン先生が継続発動型の魔法に関する考察なんてお話を始められたので興味を惹かれて…!
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