20.授業
ステラさんと出会ったその日。僕たちの学生生活は本格的にスタートした。
教室内の席がある程度埋まると、クラスの男女比はだいたい男子6に対して女子4といった感じだった。教室の席は長机で、一つの机に4、5人は並んで座れるようになっている。それが階段状に後ろに行くほど高くなる感じで並べてあるのだ。前世の大学の大講義室とかこんな感じだったと思う。席は自由らしいので、僕とステラさん、エルとアルは同じ長机に並んで座っていた。位置は真ん中の辺りなので少し黒板からは遠いが、目の悪い人はいないので大丈夫だった。他の人たちも、思い思いのグループで座っている。
やがて試験でも担当だった気怠そうな先生、リチャード先生が来て授業が始まった。
授業はまず最初に、クラスメイト全員の自己紹介から行われた。全員が自分の名前を言い、希望している学舎などをそれぞれ述べていく。男子はほとんどが騎士学舎で、何人か昨日の魔法試験で見かけた人たちが魔法学舎を希望していた。僕もとりあえず、「カナタ=リナリア。魔法学舎希望です」と言っておいた。
それが終わると、いきなりリチャード先生は授業に入った。最優秀クラスだからということなのかは分からないけれど、本当に無駄なことが嫌いらしい。テキパキと進めていく。
「えー、これがこうなるので、答えはこれになります。えー、次は…」
やり方はいたってシンプルで、最初に配られた教科書の内容を黒板で解説していくだけだ。理解させることが目的で後の定着は各自の努力ということなのか、問題を解かせたり質問を生徒に投げることはない。逆に生徒からの質問には、淀みなくどれも丁寧に答えていた。説明する態度は気怠そうなものだったが、その説明は理路整然としていてとても分かりやすい。享受する知識を真に理解しているのが見ていて分かるようなそんな授業だ。進度も相当なもので、事前に勉強していたならともかくそうでなければなかなか付いていくのが大変な速度だった。実際、
「ついてけねぇ…」
「進行速度がおかしくないだろうか…?」
「お、お二人とも元気出してくださいっ」
授業が終了して早々、僕の友人二人は頭から煙を出しながら机に突っ伏していた。君たちのその姿、筆記試験の後にも見た気がするんだけど。二人は文字通り肉体派だからか勉強があまり得意じゃないようだ。僕は二回目なので呆れた目も出来るが、今日初めて会ったステラさんは困った様子で必死に励ましている。
「今日はまだ最初ですから…すぐに慣れますよ」
「ステラ様…。残念ながらそうは思えないのですが」
「アルに同意します…。あれが基本の速度なのだとしたら付いていける気がせん…」
「え、えっと…」
「ステラさん、ほっといていいよ」
諦めモードの二人は置いといて、ステラさんは問題なく授業に付いていけたみたいだった。エルとアルの話では優秀な人らしいし、真面目そうな性格みたいだからきっと予習をきちんとしてきていたんだろう。授業中にちらっと見てみたけど、普通にノートを取っていただけで特に詰まった場所はなさそうだった。僕も、入学前にお屋敷でグラーフさんに借りた本で勉強した範囲だったので大丈夫だ。
「二人とも、分からない所は後で解説してあげるから」
「うぅ…すまん」
「助かるよ、カナタ」
「それよりもほら、今は移動しよう。次は得意の実践でしょ」
王立学園の授業は午前中だけで、座学と実践の両方がある。時間割とかは日によってまちまちでどちらかしかない日もあるらしいけれど、今日は初めてだからかどちらの授業もある。
ちなみに、魔法の授業は魔法学舎になってからだそうだ。魔法は使える人が少ないからね…。個人的には残念だけど。基礎学舎の一年間は基礎分野と体づくりを行う。これから行く実践授業も、ほとんどは基礎体力作りや護身レベルのことを学ぶだけのもの。そこまで本格的に剣を振るったりはほとんどしない。
訓練場に移動すると、知らない先生が待っていてそこで1時間くらい体を動かした。内容は本当に簡単なものばかりで、男子生徒のほとんどは退屈そうなものだった。僕の隣にいたステラさんも、運動神経はいいようで苦も無くこなしていた。
「…つまんねぇ」
「そう言うな。これも授業だ」
「エルは真面目だな。こんなのオレたちの自主練以下だぜ?」
「女子もいるのだ。仕方なかろう」
エルとアルの二人は、そんなことを話しながら渋々メニューをこなす大多数の男子生徒の一人だった。
それも昼には終わり、放課。あっさりしたものだけど、王立学園ではこれが当たり前だったりする。補習でもない限り、午後まで授業を行うことはほとんどない。理由は簡単。
「それでは、自分たちはこれで」
「ステラ様、失礼します。カナタもまた明日」
「うん、またね」
「はい。エルリック様、アルフェ様」
そう言うと、急いで去っていくエルとアル。二人はこれから騎士学舎の合同訓練に参加しに行くのだ。
実はこの王立学園、午後からはそれぞれ各自が学舎や研究室の活動に時間をあてられるように午前授業のみになっている。騎士学舎に限らず、ほとんどの学舎が午後からは生徒主体で様々な活動を行っているそうだ。
ちなみにこの活動、厳密には授業ではないのでまだ学舎に入っていない一年生でも参加できる。そのためほとんどの学生が、エルとアルのように自分の行きたい学舎に一年生の時から通うことになる。もちろん行ってなければ学舎に入れないというわけではないけれど、通って学舎の先輩や教師に顔を覚えてもらうと、なにかと便宜を図ったり口利きをしてくれたりするらしい。
中にはそんな学舎の活動に参加せず、バイトをして学費を稼いでいる苦学生もいるらしいけど。
というわけで、二人は早々に張り切って行ってしまったというわけである。昼食も騎士学舎の先輩と一緒にレクリエーションも兼ねて食べるのだとか。他にも結構な人数の生徒が騎士学舎に向かって行くのが見えた。
「僕たちはどうしようか?」
「そうですね…とりあえず、お昼ご飯にしませんか?今の時間なら学食も席は取れると思います」
「学食…!いいかも」
ステラと話し合い、お昼を学食でいただくことにした。
学食は基礎学舎から近い建物にあって、基本的に豪華な造りになっている。王立学園の敷地内にはたくさんの飲食店やカフェなんかがあるけれど、その中でもこの学食が断然広い。理由は、利用する生徒が最も多いからだ。席を数えたら単純に百では足りないほどの数があり、なんと二階建ての建物の二階には高位貴族のみが利用できる貴賓席まである。この学園には身分の高い方が通うことも多いため、そのような造りにされているらしい。もちろん学食を利用するほとんどはそこまでじゃない生徒だけど。メニューもそんなやんごとなき方々が頼んでもおかしくないようなものからなじみ深い大衆料理までばっちり網羅されている。値段も物によっては手頃で比較的通いやすい。
普段は多くの生徒でごった返すそこも、今日は授業初日だったからかそこまで混んではいなかった。きっと今頃は多くの新入生が各学舎に顔見せのために押しかけているに違いない。もうしばらくすれば、それが終わった人たちが来てここも混んでくるはず。
「ステラは魔法学舎に行かなくてよかったの?」
「はい。私はもともと魔法学舎の先生とは知り合いですので、大丈夫です。この後少しだけ顔を出しますけれど」
「魔法学舎の先生?」
「カナタ様も知っておられると思いますけれど、リーシェン先生です。魔法の試験を担当しておられた」
「あ、あの先生」
「リーシェン先生は私の魔法の師のご友人でなので。何度かお会いしたことがあるんです」
なんてことを話しながら、僕は牛肉のシチューとパン、ステラは海魚のパスタを注文した。王都は内陸なので魚はお高いのだけど、さすがはリーンバーグ子爵家の御令嬢。西方の海に面した領地だからか魚料理が好きらしい。ちなみにお値段は僕のシチューの倍以上します。
僕は出がけにエリナから渡されたお金で支払いを済ませる。エリナによるとこのお金は修学費の一部としてグラーフさんから渡されたものなのだそうだ。…つまりはあのお姫様に援助してもらってるお金ってこと。中に入っているお金を見て愕然としたよ。金貨なんて、普通の学園生活ではいらないって…。金貨が一枚あれば、平民なら一年は普通に生活できる。僕が頼んだシチューなんて銅貨5枚だよ。
「美味しいですね」
「うん、そうだね。さすがは王立学園」
味はお屋敷のものほどではないにしろ、十分以上に美味しかった。パンも柔らかく、シチューも味が深くて美味しい。ステラのパスタも子爵家令嬢である彼女の舌に合ったようで、料理人の腕だけでなく素材もいいのが伺える。
「そういえば、ステラはこっちの普通の席でよかったの?貴賓席も使えるのに」
子爵家なら、貴賓席を使うのになんら問題はない。
「はい。私はもともと格式ばった席があまり得意ではないので…。上に行ってしまうと、そういったマナーにうるさい方も多いですから」
対するステラの答えは、苦笑交じりのそんな言葉だった。
確かに上の階を利用する高位貴族のほとんどはそういったマナーや礼節にうるさそうなイメージがある。今の僕のように自由気ままにふるまうことは出来ないんだろうな。まあ、そもそも貴族でない僕が上に行ったら、それだけで立場を弁えない行いとして咎められるだろうけどね。高位貴族の方々は特にそういった身分の差にうるさい。そういった意味では子爵家の人間なのに僕と普通に接してるステラはかなり変わり者扱いというか貴族らしくないのかも。
「…それに、貴賓席ではカナタ様とお話出来ませんもの」
…ほんと、なんでこんなに好かれちゃったんだろうか?
とか言いつつ食事を終わらせ、僕たちは混み合ってくる前に食堂を出ることにした。いや、本当に大変なことになりそうだったんだもの。騎士学舎の生徒と思しき人たちが大挙して押し寄せてきたから。エルとアルの姿は見つけられなかったけど。空いてた席が怒涛の勢いで埋まっていったのには実に焦った。その光景を見ると、ステラに誘われるとおりに先に昼食を済ませたのは正解だったね。
「では、私は魔法学舎に行ってきますね」
そしてステラはこのまま魔法学舎に行くつもりらしい。
「カナタ様も一緒にどうでしょうか?」
「うーん…」
正直、行くのは全然問題ない。むしろ興味があるのでぜひ付いて行きたいくらいだ。
でもちょっと、気になることがあるんだよね…。
「ごめん、ステラ。今日は用事があるから先に帰るね。明日は行ってみたいから、先生にちょっとでも伝えておいてくれると嬉しいんだけど」
そう言うと、ステラは残念そうにしながらも無理に誘い続けようとはしなかった。
「そうですか…。残念ですけれど仕方ありませんね。分かりました。リーシェン先生にはお伝えしておきます」
「ありがとう。それじゃ、また明日ね」
「はい」
笑顔で魔法学舎の方角に去っていくステラ。それを見送った後、僕はそれとは逆方向に向かってゆっくりと歩き出した。




