19.ステラ=リーンバーグ
クラス分け試験があった次の日。僕は基礎舎前で合流したエル、アルとともにクラスの割り振りを確認するために掲示板を見ていた。次々と同級生たちがクラスを確認し、一喜一憂しながら教室に入っていく。
「エルは?」
「1組だな。アルはどうだ?」
「オレも。実技が上手いこと効いてくれたのかね?」
「僕も1組だ。一緒だね」
僕とエル、アルは3人そろって同じ1組だった。
このクラス、1~5組まであり、上から順番に成績順で割り振られる。成績といってもあくまでも目安で、それが絶対というわけでもないみたいだけど。実績や見合った実力さえあればクラスは上になるそうだ。逆に成績が良くても、素行が悪かったり問題が多いとクラスは下に落ちていく。
初年度以降は色々な分野に分かれて学ぶはずなので、このクラス分けは実は初年度しか意味がない。けれどこうしてはっきり順位が出る分、その後の進路や学舎選択にも影響はある。優秀は生徒はどの学舎も欲しがるので、勧誘されたり逆に断られたりすることもあるというわけだ。
「他には…あー、ブルト=ケルテンもいるな。カナタに負けてたけど1組に入れたんだな」
「ステラ=リーンバーグ氏もいる。彼女はたしか魔法が得意で有名な生徒だ」
「あと…げ、クルト=アッキムもいるぜ」
「いいから、とりあえず教室行こう!」
クラスメイトのことであれこれ言いあう二人の背中を押して教室に入る。だってほら、あんまりいろいろ名前言われても僕分かんないし…。有名な人たちなのかもしれないけど、デルカンデラに引きこもってて他の貴族とかと接したことない僕は知らないんだよ。
教室に入ると、中では既にいくつかのグループが出来上がっていた。男子グループに女子グループ、少人数の集まりもちらほらある。あそこのグループの中心にいるのは昨日戦ったブルトだ。あ、睨まれた。
「ブルトには嫌われたかな…」
「ああ…。昨日のあれか。ま、気にしちゃダメだよ」
「公正な勝負で勝って嫌われるのは相手が悪い。カナタのせいじゃないから気にするな」
「うん、ありがとう」
二人は相変わらず優しい。ちなみに嬉しくて手を握ったら顔を真っ赤にしてやめろっ!と振りほどかれた。酷い。僕としては感謝の気持ちの表れなのに。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」
と、二人と話していると後ろから声をかけられた。振り向けば、空色の綺麗な髪をした少女が微笑みながら僕を見ていた。髪と同色の瞳がきれいで、清楚な魅力にあふれた美少女だ。彼女はたしか…
「ステラ=リーンバーグ様…」
「あら、私のことをご存じなのですか?」
アルの呟きにああ!と思い出す。たしか、昨日の魔法試験で一緒だった人だ。一番だったし、綺麗な杖と魔法だったから覚えてる。よく見れば、昨日の杖らしきものが腰に下げられている。なんか小っちゃくなってるけどたぶんそうだ。
「こうしてお話しするのは初めてなので一応ご挨拶を。私はステラ=リーンバーグ。西方のリーンバーグ子爵家の者です」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はカナタ=リナリアです」
「エルリック=ベーヤです。騎士爵家の出身です」
「アルフェ=ブラートです。同じく騎士爵家出身です」
みんなで挨拶すると、ステラさんは輝かしい笑顔で「よろしくお願いしますね」と会釈していた。なんていうか、まさに良家のお嬢様って感じだ。それでいて嫌味っぽいところが一切ない。
とりあえず、僕に話しかけてきたみたいなので僕が対応しようかな。
「それで、僕たちに何の御用でしょうか?」
「ふふ。敬語じゃなくていいですよ?私も普通に話しますから。ステラと呼んでください、カナタ様」
とか言いつつ、丁寧な言葉のままなステラさん。たぶんこれが素なんだろうなぁ。すっごい似合うけど。あと、様付け恥ずかしい。
「わかりーああ、いや。わかったよ。よろしくね、ステラ」
「はい、よろしくお願いします」
花が綻ぶような笑顔。清楚な外見と相まって本とかで読んだ聖女様みたいだ。いやもちろん、勝手なイメージだけど。エルとアルが信じられないものを見るような目で僕を見てくる。え、どうしたの?
「それで、僕たちに何か用事が?」
「ああ、そうでした。カナタ様、私とぜひ、一緒に授業を受けませんか?」
「え…?」
思わぬ提案に一瞬固まってしまう。え、なんで?どうして急に?
「ど、どうして僕?後ろでお友達が待っておられるみたいだけど…」
ステラさんはグループの中心人物なのか、ステラさんの少し後ろでは数名の女子グループがこちらの、というかステラさんの様子を伺っていた。あの人たちと受ければいいのでは?
「あの方たちは、リーンバーグ子爵家に取り入りたい貴族家の人たちです。昨日今日会ったばかりで、別に友人ではありません」
リーンバーグ子爵家は、西方では有名な家のようだった。海に面した領地にはこの国でも有数の港町があり、その他領への輸出でかなりの資金力がある。それに王家が主導で治めている西方ではその取りまとめなども行っているそうだ。きっとあっちでこちらを見ている彼女たちの家は、そういうリーンバーグ子爵家に上手く取り入って甘い汁を吸いたいんだろう。
「(あと、ステラ様自身も才媛として有名な方なんだよ。特に魔法に関しては期待の星と言われていて、リーンバーグ子爵領では領民からの支持も厚い)」
「(将来は王宮魔導師として出世するに違いないと言われている。それもあって、リーンバーグ子爵家だけでなくステラ様個人にも繋ぎを作っておきたいのだ。男連中の中には、彼女のお相手に、というのを狙っているのもいる)」
小声での二人の解説になるほど、と頷けば、ステラさんは困ったような笑みを浮かべていた。彼女としては、あまり彼ら、彼女らと関わり合いになりたくないに違いない。たしかによく見れば、こちらをちらちらと見ているのは彼女たちだけではなく、他にもいくつものグループがあった。男子も結構多い。個人で見ている人もいるし、これはなかなかに大変そうだ。彼らを避ける意味も込めて、あまりそういったことに興味なさそうな僕たちに声を声をかけてきたのかもしれない。
「なので、できればカナタ様に私と一緒に授業を受けていただきたいのです。昨日見せていただいた魔法、とてもすごかったです。私なんか足元にも及ばないほどの腕前でした。私にもぜひ、その魔法を教えてくださいませんか」
かと思えば、目をキラキラ輝かせて僕の手を握りこんでくる。ああ、なるほど。これは確かにされると恥ずかしいかもしれない。さっきエルとアルにして振りほどかれたのもわかる気がする。
「魔法?カナタ、そんなにすごい魔法を使ったのか?」
「すごいなんてものではありません!」
「うおっ!?」
何気ないエルの質問に、ステラさんが大きな声を上げた。聞かれた僕も周りで僕らの様子を伺っていた人たちも、ステラさんらしくない声にびっくりしている。もちろん、言われたエルはもっとだ。エルやアルからしてみればステラさんはかなり上の階級に当たる貴族らしいので、二人ともさっきから僕と話すときとは明らかに違う緊張をしている。そんな相手に強く言われれば、生真面目な性格っぽいエルはよほど驚いたことだろう。かわいそうなほどに慌てふためいていた。
「す、ステラ様…?」
「あの魔法は、絶対に『すごい』なんて言葉で済ましていいような代物ではありませんでした!あの流麗な魔力の流れ、洗練された魔力操作、そして幻想的なまでの完成度…!私は今まで、あのような感動的な魔法は見たことがありませんでした。きっと私に魔法を指南してくださったクリムト様をも超えていらっしゃるでしょう」
急に饒舌になったステラさんに思わず呆然としてしまう。あー、えっとあれかな。昨日の〈水龍〉〈焔虎〉〈嵐鳥〉を気に入ってもらえたのかな?
「それにカナタ様は、あの魔法を杖を使わずに使っておられました。発動補助具である杖を使わずにあのような魔法が使えるなんて…!私、とても感動してしまいました!」
「杖…?」
そういえば、昨日の人たちはみんな何かしら持っていた気がするな。ステラさんの杖も綺麗なやつだった。
「ねえ、アル。杖ってなに?」
「か、カナタは知らないのかい?杖は魔導師が魔法を使う際に必要な補助具だよ。詳しい仕組みは知らないけど、みんな持ってるよ」
「へぇー」
「もしかして、持ってないの?ていうか知らない?」
「うん。だって僕、杖なんて使ったことないもん」
「か、カナタ様は、杖をお持ちではないのですか…?」
「うん」
驚いているステラさんに首肯する。
「僕は杖なんて使ったことなかったな。ステラさんは誰かに魔法を教わったの?」
「私は小さい頃から、家で雇っていた魔導師のクリムトに教えてもらっていました。術式や魔法を使うコツなどをいろいろ教えてくださいましたよ。魔導師は普通、そうやって師に学んで魔法を身につけるので」
「そ、そうなんだ」
僕には残念ながらそんな師はいない。
「それで、カナタ様。よろしければ、いろいろとお話しいたしませんか?授業もぜひ一緒に。よろしければ…」
「うん。僕は別に構わないけど。エルとアルは大丈夫?ステラさんが一緒でも」
「あ、ああ」
「う、うん。もちろん…」
「まあ、ありがとうございます。エルリック様、アルフェ様」
「す、ステラ様…。自分たちは騎士爵家の次男ですので、呼び捨てで結構です。言葉遣いも砕けたもので…」
「あ、アルの言う通りです。そうしていただきたく…」
こうして、若干エルとアルは緊張していたけれど、ステラ=リーンバーグさんが僕たちの輪の中に加わることになった。ちなみにその後は、周囲からの視線がとても厳しかった。




