18.5.教師会
「いやあ、まいったね」
ルーニック王国王立学園、教師会議室。学園の中でも中心に位置する校舎に設けられたその部屋に、この学園の長である学園長クロウの声が響いた。若作りだが既に年齢50を超え普段は物静かな彼だが、時折こうして素の表情を見せることがあった。大抵はテンションが上がったときだが。
「まったく、楽しませてくれることだ」
「笑い事ではありません」
愉快そうに笑うクロウに言い返したのは、白のローブをまとった女性教師だった。名はリーシェン。隣国ククル王国出身の魔導師で、王立学園の魔法学舎に勤務する教師でもある。今日の昼に行われた新入生のクラス分け試験を担当した一人だ。クロウとも付き合いが長く、こうしてズバッと言いたいことをはっきり言ってくる相手だった。
「笑い事でいいだろう?」
「よくありません。あの子の魔法を見てそんなことを言えるなんて、考えられません」
そう言ってリーシェンは手にした紙を軽く叩く。それは今日行われた試験の結果表で、一人の学生のものが記されてた。
「えー、カナタ=リナリア、ですか。確かに逸材ですね」
そう言って机に置いた紙を見るのは基礎学舎主任のリチャードだ。様々な分野に精通していて人一倍の知識を持つ彼も、普段の適当な言動を引っ込めて珍しく真剣な目をしていた。彼もまた、リーシェンと同様試験の担当者の一人だった。
「筆記試験総合得点200点満点中192点…。えー、これははっきり言って驚きの数字ですよ」
例年のトップはだいたい150点前後で、平均点は100点を下回るのが普通だ。これはおかしなことではなく、そういう点数になるようにリチャードが調整してテストを作っている。分野も幅広く時折難しい問題も混ぜ、王立学園で学ぶことの大変さを最初に教えようという意図からだ。しかし今年は、例年とは明らかに違う生徒が一人出た。
「えー、小さな減点が数個でほとんどミスや間違いがありませんでしたね。おまけに最後の魔法術式の問題もしっかり解いてます。えー、テスト作成者としては完敗ですね」
「ああ、あれは驚いたね。私もまさか、あれが解ける新入生がいるとは思わなかった」
毎年出題している『解けない』問題。内容こそ変わるものの、今年はそれに正解されてしまったのだ。
「それにカナタくん、実技試験でもやらかしていただろう?」
「うむ!あの少年は素晴らしい逸材だった!」
ここで大きな声と共に頷いたのは、実技試験を担当したゲランだった。その巨躯を無理矢理備え付けの椅子に沈め、愉快痛快とばかりに膝を叩く。
「たしかお相手は、ケルテン伯爵家のお坊ちゃんだったかな?」
「うむ!その通り!」
「え、ケルテン伯爵家って、まさかブルト=ケルテンですか?」
「よく知ってるな、リーシェン先生!その通りだ!」
「えー、ああ、彼ですか。私も知ってますよ。えー、今年の騎士学舎の注目株でしたからねぇ」
ケルテン伯爵家といえば、代々優秀な将軍を輩出してきた軍閥貴族だ。今代のケルテン伯爵も、若い頃は勇猛果敢な将兵として、そして今は軍の頂点の一角として知られている。その恵まれた体格と剣の腕を受け継いだと噂されるブルト=ケルテンは、今年の新入生の中でも頭一つ抜け出た武闘派だと言われていた。
「彼が、負けたのですか?」
「うむ!ちょうど今話題のカナタ=リナリアくんにな!いや、実に見事だった!彼はその力ゆえに驕っていた部分があったからな、カナタくんにも言ったが、いい薬になっただろう!」
「そうだね。若いうち、それも早いうちに鼻をへし折られるのはいいことだろう」
「えー、そうですね…」
「三人とも、ブルト=ケルテンが負けたことに疑問を覚えないんですか?」
笑いあうクロウ、リチャード、ゲランにリーシェンが疑問を呈する。この四人の中ではリーシェンが最も若輩であり、真面目だ。このような光景はよくあるものだった。
「疑問か?これもカナタくんに言ったことだが相手が悪かったな!」
「相手が、ですか?」
ゲランの言葉にリーシェンが聞き返す。
「うむ!はっきり言ってしまえば、カナタくんは新入生では明らかに頭一つ以上抜きんでていたからな!そんな彼に当たったブルトくんの運が悪かったとしか言えない!」
「ほう、そこまでかい?」
「うむ!剣の使い方はまだまだ素人臭かったが、あの体捌きはかなりのモノだった!おそらく彼の専門は剣ではなく徒手空拳のほうだろうな!間合いの取り方がそんな感じだった!それに何度か身体強化しているのも垣間見えた!あれを使いこなせるとしたら相当に厄介だぞ!」
「ほうほう。それは大したものだ」
「………」
感心したように笑うクロウだったが、リーシェンはそうもいかず絶句していた。
彼女が知る限り、ゲランは非常に高レベルな武芸者だ。かつては騎士として王城警備の経験もあり、その実力は折り紙つきである。それにはその体格もさることながら、何より実戦で磨き続けた経験と観察眼、積み重ねた訓練による技量が大きい。そのゲランが、たかが12歳の新入生を「厄介だ」と評した。これは十分に異常なことだ。
「とはいえ、やっぱり一番は魔法だろう。な、リーシェンくん」
「…え!?ええ!…こほん。その通りだと思います」
そんなことを考えていて、クロウの問いかけに返事が遅れたリーシェン。変な声が出てしまったのを咳払いで誤魔化して、続ける。
「補助具なし、詠唱もほとんどなし、術式展開もなし。おまけにあれだけの規模と操作性を持った魔法の複数同時発動です。その発動時間の短さと規模からしても、明らかに普通じゃありません!」
断言する。彼の魔法はどうあがいても、リーシェン自身の発動する魔法のいずれよりも優れていた。詠唱の短さ、規模、それに対しての発動時間。どれを取っても、異常としか言い表せない。
「そうだね」
「特に異常なのは、あの魔法が『継続発動型』の操作可能な魔法だったことです!なんなんですか、それ!私だってまだ使えたことがないのに!」
『継続発動型』。それは普通の魔法のように放ったら終わりの魔法ではなく、発動後も常に魔法を制御下に置いて効果を持続、あるいは魔法そのものを操作し続ける超高等魔法だ。その性質ゆえに術式での制御が不可能で、使用に術式を頼れないという理由から使える者はほとんどいない。それなりの魔導師であると自負するリーシェンにだって不可能だ。
「いや、ホント。すごい子を招いたもんだね、あの娘も…」
若干キャラ崩壊しているリーシェンに苦笑しながら、クロウは小さく呟いた。
クロウは知っていた。その少年―カナタ=リナリアが誰の手によってこの王立学園に入学させられたのか。その真意までは分からないが、これだけは断言できる。
(カナタくんはきっと、あのお姫様の予想をも上回っているんだろうね…)
頭脳、戦闘センス、魔法。簡単な試験だけでも彼の異常さはここまで浮き彫りになった。その異質な容姿も含めて、彼は明らかに普通ではない。いくらあの自分でも考えが読めないやり手のお姫様でも、彼を思い通りには動かせていないだろう。そしてそれは、これからの自分にも言えることだ。はっきり言ってクロウは、カナタ=リナリアという存在を上手く扱える自信がまるでなかった。
(カナタくんはきっと、これからたくさんの『非常識』をやらかすだろう。そのときに、周囲が果たしてどのような反応をするか…)
自国、帝国、聖国…。王族や大貴族、軍も何を考えるか分かったものではない。それらが一体どのような事態に繋がっていくのか…。かつて王国随一と称された天才魔導師クロウの頭をもってしても、予測すらつかなかった。
(…ま、その時はあの怖いお姫様が何とかするか。それよりも今は、今後彼の教育をどうするかだね)
こうして教師会に波紋を呼びながらも、カナタの学園生活はスタートしていた。




