17.クラス分け2
実技が行われる訓練場は、大きな石造りのコロシアムみたいな建物だった。サッカーのコートくらいの広さがあって、その周りを円周状に観覧席が覆っている。天井こそないものの、二階まであるそれはたいそう立派な造りだった。ちょっと違うけど前世にあったコロッセオを思い出させてくれる見た目だ。僕たちが来たのは第二訓練場で、他に二つある訓練場のうち第一の方はこれより豪華なんだそうだ。そこで催し物をすることもあるのだとか。
「えー、はい。それじゃあわたしはここで。あとは実技の先生に引き継ぐので、頑張ってください」
そして、ここに着くなりリチャード先生はそう言い残してクルシェさんと共にいなくなってしまった。さすが自分で「無駄な時間が嫌い」と言い切るだけはある。不親切だけど。
リチャード先生に代わって今は、筋骨隆々スキンヘッドのゲラン先生が僕たちの前で説明している。この学園の騎士学舎の先生の一人だそうだ。騎士というより傭兵とかに見えるんですが。
「よおし、新入生諸君よく来た!ここでは実技の試験を行うぞ!」
春なのに小麦色に日焼けした肌と盛り上がった筋肉が眩しい。声も大きくて耳が痛くなりそうなくらいだ。ていうか、この学園の先生ってキャラ濃いよね?リチャード先生もなかなか個性的な先生だったけど、このゲラン先生はそれ以上だ。とりあえず、このまだちょっと寒い時期にタンクトップ一枚の理由を教えてほしい。
「順番は問わない!全員前に来てくじを引け!同じ番号を引いた者と対戦してもらう!交代は禁止だ!」
そう言ってくじが入っているのであろう箱を持ち上げるゲラン先生。そこに男子たちが我先にと群がってくじを引いていく。僕も列を作りは始めていた女子と一部の男子たちと一緒に並んでくじを引いた。
「カナタ、何番だった?」
「エル。僕は12番だった。二人は?」
「俺は4番だ」
「オレは9番。さっき相手も見つけてきたよ。剣持った男子だったぜ!」
先にくじを引いていた二人に自分のくじを見せる。アルは早いことにもう自分の対戦相手を見つけ出して確認してきたみたいだ。指さす方向を見ればアルと同じくらいの体格の男子生徒がこちらを見ていた。アルの言う通り、その腰には剣がつられている。
ちなみにこの学園、個人の武器や装備の持ち込みは基本的に認められている。剣は騎士の誇りだとかで、自分の剣を持っているのはむしろいいことらしい。ただし、授業などの許可された場合など以外で抜けば処罰されることもあるし、他人に怪我を負わせたら退学などの厳しい処分が下されるそうだ。まあ、ここは王侯貴族の方々も通う学園なので、同い年の護衛の子たちがいるからそういうルールになっているとかいう裏話もあるんだとか。
とにかくそういうわけで、エルとアルも腰には剣を佩いているし、他にもそうしている少年は多いのだ。
「ほんとだね。強そうだ」
「まあな。けど、弱そうなのよりはマシさ」
「俺の相手は見つからなかった。強い相手だといいんだが…」
「カナタの相手は?」
「さあ?探そうとも思ってなかったよ」
僕の相手はさっぱり分からない。僕の本命はあくまでも次の魔法試験だからね。
「それでは、一番のくじを引いた者は前に出てこい!」
と、前ではゲラン先生が試験を始めていた。一番は両方とも自前の剣を持った少年だ。お互いに良い相手だと思ったのかほっとした表情をしている。たぶんエルとアルの仲間だね。
「武器は刃引きしたもののみ使用を許可する!魔道具の使用は禁止だ!ただし、自前の魔法や身体強化は許可する!」
つまり僕も、魔法は使っていいみたいだ。武器は借りることも可能で、ゲラン先生に言えば学園の備品を貸し出してくれるらしい。見ればいろんな種類の剣や槍、盾、杖などが置かれていた。
そしてルールはシンプル。時間いっぱい戦って己の実力をアピールすること。勝敗がついても続けていいそうで、逆に時間前のリタイアは基本的に禁止だそうだ。怪我をしたりしたらさすがに認めてもらえるようだけど。時間は一試合10分。大きな怪我をさせたりすると逆にアピール点が低くなると注意していた。あくまでもアピールであって、真剣な戦闘ではないってことなんだろう。
「そういえば、二人の持ってる剣って刃引きしてあるの?」
「抜かりはない。きちんと今日は訓練用のものを持ってきている」
「普段とは別のやつだよ。素振りとかで使うやつだから使い慣れてるのは変わらないけどね」
とか話している間に、一試合目が始まっていた。見れば二人の男子生徒はまるで模範演技のように剣を打ち合わせている。お互いにダメージを与えず、けれど速くて強い剣戟を繰り返していた。まるで二人とも最初からくる攻撃が分かっているみたいだ。
「ま、普通はああなるんだよ」
「というと?」
「今回のこれは、実技と言っても実戦じゃないからな。そこそこ上手い者同士になると、途中からはああしてお互いの剣技を見せ合うような形になるんだ」
「ルールで大きな怪我を負わせてはならない、となってるからなぁ。思い切った攻撃や全力の一撃は出しにくい。よほどの実力差がなかったらそう簡単に勝敗なんてつかないよ」
「そこで、お互いに実力が同じくらいだと判断すれば、ああやってわざと予備動作を大きく見せて相手に自分の技を受けてもらうんだ。代わりに自分も相手の技を受ける。そうやって二人ともがアピールできるようにするわけだな」
つまりあれは、半ば内容の決まった剣舞というわけだ。即興でそれができるだけでも十分にすごいし、きっとお互いにwin-winの行為なんだろうな。だからさっきから、お互いに順番で剣を振るっているわけだ。
そのまま一試合目は何事もなく終わり、試合をしていた二人は笑顔で握手をしていた。お互いにアピールできてよかったねってことか。
けれどもちろん、みんながみんなそう上手くいくわけじゃなくて。
二試合目は剣なんて持ったこともなさそうな女の子と自前の剣を持った男子生徒との試合で、がむしゃらに剣を振りまわす女子を男子生徒が圧倒するという面白くない内容だった。少女の方は何度も剣を弾き飛ばされて涙目だが、男子生徒の方も思うようなアピールができなくて涙目だ。
王立学園は一応様々な分野に精通しているし平民生徒も募集しているけど、根っこでは貴族の教育を行うための教育機関だ。貴族は強くあるべし、というのが貴族界の理念なので、女子でもある程度は戦えるべきという考えが根強い。特にこの世界には魔法もあるしね。なのでどうしても全員がこういった形の実技試験を受けさせられるのだ。今回のような悲劇も、残念ながら珍しくないことらしい。
そして中には、アピールに徹さず本気で試合する者もいる。三試合目なんかはそんな感じで、男子生徒どうしの試合だったけど怪我しないか心配になるくらいお互いに本気で剣を振るっていた。結局勝敗が何度もつき、片方の生徒が一方的に実力を見せつける形になった。負けっぱなしだった子は可哀そうだけど、試験なのだからある意味これが正しい形なのかも。
そうして試合は時折軽傷者を出しながらもどんどん進んだ。
エルとアルは二人とも運よく実力の拮抗した相手と当たることが出来たみたいで、見事な剣技を披露していた。二人の感触でも上手くアピールできたのだろう。二人とも笑顔で帰ってきていた。
そしてついに僕の番になった。
僕は剣を持っていないので、ゲラン先生に頼んで細身の剣を一本貸してもらう。「重いようなら木剣もあるぞ?」と言われたけど、さすがにこれが振れないほど非力じゃないので金属の剣を貸してもらった。一応毎日剣を振ってはいるんですよ。
軽く剣を振りながら開始位置につくと、目の前には大柄な少年が立っていた。厚い胸板、高い身長。同い年のはずなのに僕より頭一つ半大きい。見上げないと顔が見られないくらいだ。腰には大剣と言っても差し支えないほどのサイズの剣が装備されている。うわ、見るからに強そう。
「お前が、俺様の相手か?」
「はい、そうですよ」
どうでもいいけど、一人称に「様」を付ける人なんて初めて会ったなぁ。
「チッ。こんなのが相手かよ。お前みたいな女は大人しく花嫁修業でもしてろよ。そっちのがお似合いだぜ?」
「む…失敬な。僕はこう見えてもれっきとした男ですが」
「ハッ!バカ言え。うちの姉貴より数倍キレイな顔しといて冗談はよせ。どうせ剣なんて使えやしねえんだろ。…ったく、こんなの相手じゃろくな試合なんてできるわけねぇ」
そう言ってつまらなそうに剣を抜く大柄少年。…ちょっとイラっときたよね、うん。
「とっとと気絶させてやっから、大人しくしとけよ?当たり所悪けりゃケガするぜ?」
「…ほう」
決定。あんまりやる気なかったけどちょっと真面目にやろう。うん、仕方ないよね?だってこの子が挑発してくるんだもん。本来ならこの子のアピールを手伝おうかと思ってたけど、そういう態度なら遠慮はしない。
「俺様はケルテン伯爵家の長男、ブルト=ケルテン様だ!」
「カナタ=リナリアです」
剣を構え、名乗る大柄少年―ブルトに名乗り返す。同時にゲラン先生が「始め!」の掛け声を放った。
「うおらぁぁあ!ソッコーで終わらしてやらぁ!」
直後、ブルトが掛け声とともに大上段に剣を構えて突進してくる。その体格を生かし、僅か三歩でもう彼の間合いだ。そのままなんのフェイントもなく全力で振り下ろしてくる。いや、これはもう叩き付けてくる、と言った方がいいだろう。当たったら絶対怪我じゃすまないよね?
「チッ!」
もちろん、受けるわけにはいかないので横っ飛びで回避する。ブルトは勢いよく地面を叩きすぎたのか追撃してこなかった。舌打ちして僕を睨みつけるだけだ。
「…………」
今なら隙だらけだし魔法を放てば十分に有効打になりそうではある。でも、魔法って『怪我させない』ってのが難しいんだよね。初級魔法でも不意に当たればそこそこ危ない。今までの試合で誰も使っていないのもそのせいだと思う。単発の魔法なら十分撃てるだろうし。
なので僕も、魔法を使わずにバックステップで距離をとった。そのまま最初と同じ構えで様子を見る。
「思ってたよりすばしっこいじゃねぇか!」
と、またしてもブルトが大上段で思いっきり突進してきた。同じようになんの揺さぶりもなしに振り下ろしてくる。さっきので学習したのか今度は地面に当たっても手を傷めないレベルの速度だ。
なので今度は避けずに剣で受け、滑らせるように斜め下に剣を受け流す。
「うぉわっ!?」
バランスを大きく崩すブルトに軽く手を当てて背中を押せば、面白い勢いですっころぶ。いやいや、それはさすがにやばくない…?たぶん大幅減点だよ。
「て、テメエ…!」
「そんな怒られても…僕は何も悪くないと思うな」
「うるせぇ!」
激昂し、今度もまた突っ込んでくるブルト。次は流されないようにか横薙ぎだったので、バックステップで躱してこちらから打ち込んでみる。まずは軽く右斜め上からだ。
「えい」
「…っ!?クソが!」
ブルトは僕から打ち込んだことに驚いたようだったが、あっさりと僕の剣を弾き返した。そのまま幾度か攻撃してみるが、軽くだからかあっさりと剣で弾かれてしまい有効打にはならない。まあ、剣も軽いしね。でもその代わり、軽く振っても剣速はそれなりのスピードになる。その上軽いので弾かれても剣を返しやすい。
「こ、このっ…!ちまちまと…!」
結果、威力は高いが取り回しにくい大剣のブルトは僕の攻撃を受け続けることで精一杯になってしまった。僕の攻撃の威力なんてあってないようなものだしダメージなんてないだろうけど、それでもはたから見ればまさに防戦一方にしか見えないだろう。僕としてはただ軽く剣を振り続けるだけでいいんだけどね。
「ち、くしょうが…!」
それが彼にも分かったのだろう。ブルトは焦ったような表情になるが、何も出来ずに歯噛みするしかない。なにせ、剣で受けなければその時点で有効打とみなされる攻撃を体に浴びることになってしまうのだから。小回りの利く武器だったら僕の攻撃を上手く正面から捌けたかもしれないが、大剣では難しい。なんとか逃れようとバックステップや横っ飛びなんかをするけど、それにはちょっぴり魔力で身体強化して無理矢理ついていって逃がさない。ゲラン先生も魔法は使っていいって言ってたし、問題ないよね。
そうしてそのまま、何も状況が変わることなく時間は残り僅かとなってしまう。ゲラン先生が時間を確認したのが見えたのだろう、ついにブルトがブチ切れた。
「うざってぇんだよ!」
僕の横薙ぎの攻撃を無視して、力いっぱい剣を振り上げる。僕が剣を軽く彼の右脇腹にあてると同時、剣を振り下ろしてきた。相打ち覚悟の玉砕戦法だ。
「おわっ!?」
慌てて横っ飛びする。まさかアピールの場でそんな自爆戦法を使ってくるとは思わなかったので、地面を転がって制服が少し汚れてしまった。
「あっぶないなー」
「ケッ!上手く避けやがったか…」
剣が当たったのを気にした様子もなく舌打ちするブルト。僕の攻撃は一応真剣だったら脇腹に刺さっているレベルの攻撃だったはずなのだが、いいのだろうか?絶対有効打取られてると思うよ?しかも技量をアピールする場であろうことか相打ちをしようとして失敗したのだ。その評価はもう決して良いものにはならないと思う。
「あーあ…。制服が…」
「んなこと気にしてらんねぇようにしてやるから安心しろや。もう許さねぇ…!ぶっ殺してやる!」
「それはルール違反だよ?」
「うるせぇ!」
再び横薙ぎの攻撃。とはいえさすがにブルトも馬鹿ではないみたいで、さっきのようにバックステップで避けられないように深く踏み込んできている。はぁ、仕方ない。
「…ッ!」
横薙ぎに放たれる攻撃に思い切って剣を合わせる。魔力を使って身体強化も行って全力で、だ。
「んなっ!!?」
ブルトは今までの僕の攻撃の軽さから、自分の攻撃が真正面からはじき返されるとは思ってなかったんだろう。予想外の衝撃にまたしても大きくバランスを崩してしまう。まあ、当然かもしれない。僕だって、魔力抜きでは彼の全力の攻撃をはじき返すなんてできっこない。今までの攻撃は避けるか流すかしてたしね。できないと思わせるためにそうしてたのはあるけど。
「…はい、おしまい」
そしてそのまま、膝をついたブルトの首に剣先を突き付ける。顔を上げた彼は怒り心頭といった表情だったが、目の前に突き付けられた剣を見て現実を悟ったのか動くことはなかった。
「よし!そこまでだ!」
そこでゲラン先生が終了の合図をした。僕はブルトに突き付けていた剣を引っ込めて確認する。うわ、案の定刃こぼれしてるよ。ブルトの攻撃は強力だったから、それを正面からこうもなるだろうな。学園の備品なのに申し訳ない…。
「お、おい。マジかよ」「ブルトが負けたぞ!」「あんなちっこいのに?」「ウソだろ!?」
外野が結構にぎやかに騒いでいる。ブルトが負けたのがあまりにも予想外だったのかも。あの体格とパワーだからね。注目されてたのかもしれない。
一方そのブルトはといえば、負けた体勢のままうなだれていた。ちょっとかわいそうだった気がしてくる。さすがに彼のアピールする機会を完全に奪ってしまうのはやりすぎだったかな。
「いやあ、カナタくん!素晴らしい試合だったぞ!」
と、ゲラン先生が僕に声をかけてきた。えらくご機嫌で笑顔がさっきまでより眩しい。
「ありがとうございます。ゲラン先生」
「うむ!見事だった!」
「ところで、この剣なんですが…」
「ああ、刃こぼれか?問題ない!よくあることだからな!」
そう言って笑顔で受け取るゲラン先生。ほっ、よかった。怒られることはなさそうだ。あと一応、ブルトのフォローもしとこうかな。
「それと、その…相手のブルトくんのことですが…」
「ああ、彼か!彼は仕方ない!よくやったが相手が悪かったな!」
「いえ、その…」
「力任せの戦い方がよくなかった!が、彼も今回の敗戦でそれに気づけたはずだ!これも経験だ!」
「はぁ…」
「だから、カナタくんは気にしなくていい!無常だがこれも結果だからな!」
「こんなこと、今後もいくらでも起こり得る!」と言い放つゲラン先生。そう言われるとそうなんだけど、ちょっといたたまれないんだよな…。
「勝者から敗者への謝罪は侮辱だ!だから謝ってはいかんからな!」
そう言われて、結局ブルトに声をかけることなくエルとアルのもとに戻った。
「ただいま」
「おかえり、カナタ。すごかったねさっきの試合。まさかあのブルトに勝つなんて!」
「すごかったぞ。ブルトといえば、優秀な軍閥貴族と言われるケルテン家の子息だ。今年の新入生では一番強いかもしれないと言われていたからな」
「二人とも…ありがとう。でも、ちょっとやりすぎたかもしれない」
「そうでもないさ。ここはアピールの場だからね。油断していたブルトが悪いよ」
「うむ。それに、運もまた実力のうち。カナタに当たったブルトの運がなかった」
そのあと二人はずっと僕に優しい言葉をかけてくれた。うん、優しい友達を持って僕は幸せだ。
そうして実技試験は若干の後味の悪さを覚えながらも終了したのだった。




