16.クラス分け1
その日の寝起きはあまりよくなかった。
昨日、王城での非公式の謁見を終えた僕はそのあとすぐにヘルマーさんの操る馬車に乗ってお屋敷へと帰った。ヘルマーさんによると、このお屋敷はクリスティーナ王女が自分の資金で購入した王都での『拠点』なのだそうだ。クリスティーナ王女は普段は王城に住んでいて、このお屋敷には週に数回の頻度でやってくるらしい。お屋敷はクリスティーナ王女の個人的な持ち物で、主に気分転換やゆっくり休む時などに使用されているとのことだ。
お屋敷に帰ると、メイドさんたちに出迎えられ、そのままエリナに食事や入浴をあっという間に済まされた。「帰りが遅いので心配しました!」と言われたが今回はクリスティーナ王女のお呼び出しだったので仕方がないと分かってもらいたい。そしてすぐに布団に入ったのだが、クリスティーナ王女との謁見を思い出すとあまり寝られなかったのだ。
僕はいったい、何をすればいいのだろうか。
それをずっと頭の中で考えていた。あの目を持つクリスティーナ王女が、何も考えずに僕を王城まで呼ぶとは到底思えない。きっと彼女は、頭の中でいくつもの考えを巡らせているに違いないのだから。それに何より、僕をわざわざデイブレイク子爵家と縁切りさせてまで王立学園に入学させるなんて絶対に理由がある。
(『ただただ学園で全力で学んでくれればそれでいいわ』か…)
でも彼女が僕に望んだのは、ただ学園で学ぶことだけだった。なぜだろう?結局一晩考えたけど、その真意は分からなかった。そもそも僕は正直言って策や計略、布石といったことはあまり向いていないのだ。その手が専門に見えるあのクリスティーナ王女の考えを見抜くなんて不可能だろう、という結論に至った。
なら、もう言われた通りにやってみるしかないだろう。
クリスティーナ王女は僕に『研鑽を重ね、知識を蓄え、心を育み、そして実績を積み上げなさい』と言った。そして『あなたならきっと、私の隣まで来られる』とも。
ならば、やってやればいい。お望み通り、学びに学んで実績とやらを積み立てていこうではないか。そうすれば、きっとクリスティーナ王女の隣とやらに立てるようになるはずだ。
あの目を持つ人の言うことを疑っても仕方がない。それを僕はよく知っているのだから。
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「む、おはよう。カナタ」
「おはよう、カナタ」
「おはよう。エル、アル」
ヘルマーさんの馬車で学園に登校すると、ちょうど基礎学舎の入り口で昨日できた友人エルとアルに鉢合わせた。
「二人とも制服が似合うね。カッコイイよ」
二人は王立学園の制服姿だった。
王立学園にはきちんと指定の制服が存在する。入学式は制服で出ないことになっているのだが、授業は必ず制服での登校が義務付けられているのだ。制服は白を基調としたそれなりに立派な仕立てのものだ。前世でのブレザーに近い感じのデザインで、ボタンには金色の装飾が施されている。胸元には金色の金属製レースが縫い付けられていて、その本数が増えるごとに学年が上がっていく。例えば僕たちはまだ一本だが、三年生は三本になる。男子はズボンで女子はスカートなのもお決まりだ。ちなみに僕もきちんとズボンをはいている。
「カナタも似合っている…と言いたいが」
「うん、その…なんて言うか」
「いいよ…言わなくても分かってる」
エルとアルの言葉に僕もうなだれながら返す。そう。分かってるんだよ。
エルとアルは、体格がいいからかスラっとして見えてかっこいい。特にエルなんかは胸板もしっかりしてるから昨日の服装より男らしく見える。アルだって、エルほどではないけど背丈はあるから問題ない。
けど、僕は。ズボンこそ一番短いのでどうにかなったけど上着は一番小さいのでも袖が余ってしまっている。こうしてみると足は上半身と比べて長いのかもしれない。まあそれでもかなり短いことに変わりはないけど。おかげで小さい子が背伸びしているようにしか見えないなんとも微笑ましい姿になってしまったのだ。ほら、お兄ちゃんの学校の制服着てみた、みたいな感じ?おまけにデザインはカッコいいのに僕が小さくて幼い感じの見た目のせいで、ひどく違和感がある。
「やっぱりカナタ、スカートの方がいいんじゃねーの?」
「アル、うるさいよ。僕は男だってば」
「知ってるけどさ。違和感ありすぎ」
「そうだな。カナタならそっちの方が合いそうだ」
「…もういいよ」
二人の言葉に若干傷つきながら教室に向かう。基礎学舎の教室は5つあって、初日の今日はどの教室に入ってもいいみたいだ。
「この教室でいい?」
「ああ。どうせ今日だけのクラスだ」
「そーだよな。今日のクラス分けで分かれるし」
席に空きのある教室を見つけて適当に入る。三組だ。と言っても、アルの言った通りこのクラスは今日のクラス分けの間だけのもので、明日からは決められたクラスに行くことになるんだけど。
教室の中にはすでに10人ほどの生徒がいて、みんな思い思いの相手と話したり席に座ったりしていた。新入生は全部で100人くらいのはずなので、一クラス20人くらいの計算になる。教室に入った瞬間に向けられる視線を出来るだけ気にしないようにして、後ろの方の席に三人まとまって座る。うん、わかるよ。新しく入って来た人って気になるもんね。僕でも見ちゃう。
「それで、クラス分けって何をするんだっけ?」
「主に三つだな。筆記試験、実技試験、魔法試験…だったと思う」
「そうだね。あってるあってる」
エルの言葉にアルが頷く。
筆記は、文字通り問題を解くものだ。分野は幅広く全体的に出題されるらしい。一応グラーフさんに頼んだ本で勉強はしたけど、不安だ。最初に渡してもらったホントに触りの部分はともかく、それ以上は自信ないよ。
そして実技。これは主に戦闘面での才能、力を見るものだ。同じ新入生と模擬戦という形で戦い、その腕前をアピールする。これはこの学園が多くの優秀な騎士を輩出していることから行われているもので、剣技や武術、戦闘センスに自信のある者達が特に気合を入れる。エルとアルはこのタイプみたいで、いいクラスに入れるかはこれの出来にかかっているとか言っていた。僕は…あんまりやる気はない。ほら、剣とか戦いってちょっと怖いし。
最後に、魔法。これは魔法をどのぐらい使えるかを確認するためのもので、他の二つとは少し毛色が違うものになっている。実際に魔法を発動し、それを試験官の人が見て評価する形式だ。これは全員が受けるが、できなくても評価は一切悪くならない。もともと魔法を使える人はあまり多くないので、貴重な才能を見落とさないようにするためのものなんだそうだ。僕はこれでいい成績を残せれば、と思っている。他の二つに比べたら自信あるしね。
「筆記か…オレ、苦手なんだよなぁ。特に計算とか」
「大丈夫だアル。俺も筆記はほとんど諦めている」
「僕も…計算は出来るけど、知識は自信ない」
「カナタは魔法が使えるんだろ?なら、そこまで気にしなくても1組になれるって」
「そうだな。魔法がしっかりと使えれば評価が高いと聞いた。問題ないだろう」
「それより問題はオレたちだぜ?実技の相手によっちゃ、普通に終わる」
「強すぎても困るが、逆に弱すぎてもな…」
実技は相手が同じ新入生のため、人によってレベルが大きく違う。強い相手と当たることもあれば、逆に全く戦えない相手と当たることもある。そうなると上手くアピールできないので、二人はそれを心配しているようだ。そればっかりは運だもんね。
そんなこんなしているとだんだん席も埋まり、やがて時間になって先生が入って来た。30歳くらいの男の先生で、専門は薬学なのか白衣を着ている。付き添いで上級生の女子生徒が一人後ろについている。胸のレースは四本、四年生だ。きっちりとした服装の美人さんで、ちょっと適当な恰好の先生とのギャップが激しい。
「えー、はい。静かに。これからクラス分け試験を始めます。わたしはこのクラスを受け持つリチャードです。こっちは、助手のクルシェくん」
リチャード先生は覇気のない声でそう言うと、隣に立つクルシェさんを紹介した。そしてそのままの流れで黒板に文字を書いていく。
「えー、わたしは無駄な時間が嫌いなので、さっそく始めます。えー、まずは筆記から。90分あるのでその時間内に問題を解いて提出してください」
リチャード先生が振り返ると黒板には『筆記 90分』の文字が。同時進行でクルシェさんが流れるようなスムーズさで問題用紙を僕たちに配った。それを確認して、リチャード先生が教室に備え付けられた巨大な砂時計をひっくり返す。
「えー、では、始め」
いきなりですかっ!
そうしてリチャード先生が入室して僅か五分で僕たちの筆記試験はスタートした。
で、90分後。
「どうだった?」
答案を提出したアルが僕に声をかけてきた。その顔は一目で分かるくらいには死んでいる。
「僕は一応全部埋められたけど…アルはその顔だと上手くいかなかったみたいだね」
「ああ…。なんとか解いたけど半分くらいしか分かんなかった。難しいぜ…。たぶんエルも同じだな」
「あー…だろうね」
エルはアルの隣の席で机に突っ伏していた。どうやら思った以上に解けなかったようだ。
でも、そんなに難しかったかな?内容はほんとに基礎的なことばっかりだった。応用とかはあったけど、それでも全部グラーフさんに貸してもらった本の範囲内だったし。計算も普通の四則計算くらいであまり捻りはなかったように思う。
「でも、最後の問題は難しかったね。ほら、魔法に関する問題」
たしか、『以下の魔法の術式にある欠陥を、その正しい術式を答えたうえで指摘せよ』だったかな?ちょっと前に見た魔法の術式だったので分かったけど、知らなかったら時間内に解くのは難しかったかもしれない問題だった。有名な中級魔法〈魔法弓〉の術式を使った問題だ。
「最後?ああ、オレは見ただけで諦めたよ。術式が読めるやつなんて新入生にいるわけないじゃん。魔法が使えるやつもほとんどいないんだからさ」
そう言ってエルと同じように突っ伏すアル。
ちなみに魔法が筆記試験に出て来ているのは、魔法について知っているのといないのでは、様々な場面で大きな差が出るからだそうだ。戦闘でも部隊指揮でも研究でも警備でも政治でも、こんな魔法がある、こうすれば魔法が使える、といったことを知っていると役立つことが多い。だから使えなくても知識だけは持っておくようにこの学園では教育される。
「えー、全員提出しましたね?それではこれから訓練場で実技の試験を行ないます。えー、皆さん移動してください」
リチャード先生がそう言った途端、クラスのあちこちでガタッと勢いのいい音がした。どうやらあちこちで男子生徒たちが椅子から立ち上がったみたいだ。たぶん、実技にかけている人たちなんだろう。そしてそれは僕の友人たちも例外ではなく、二人とも意気消沈して突っ伏していたのがウソのように気合を迸らせた目で立ち上がっていた。おお、燃えている!
「行くぞ!カナタ!」
「実技だ!」
「あ、うん。そうだね」
意気揚々と教室を出ていく彼らに、僕と、同じく実技にあまり重点を置いていない生徒たちがなんとも言えない顔で続く。そうして場所は、訓練場へと移ったのだった。