14.友達
「いやー、驚いたね」
「そうだな」
「うん、びっくりしたね」
入学式も無事終わり、僕はエル、アルの二人と一緒に学園内にある喫茶店の一つでお茶をしていた。今日は入学式だけで本格的に授業が始まるのは明日からなのだ。
喫茶店は入学式後の新入生やその家族でにぎわっていて、中だけでなく外に机と椅子を出して営業していた。やっぱり僕たちみたいに今日会った友人と親交を深めようと考える人は多いみたいで、そこかしこに自己紹介や談笑をしている姿があった。僕たちも外の席で話しながらお茶を楽しんでいる。話題は最初は入学式に来た第一王女様だったが、次第に今後のことに移っていく。
「じゃあ二人は寮暮らしなの?」
「ああ。俺たちのような零細貴族は王都に屋敷なんてないからな。自然とそうするしかない」
「たまに伝手を使って王都在住の他家貴族家にお世話になるやつらもいるけどね~。オレたちの家はそんな伝手もなかったからさ」
学園の寮は使い勝手はいいがそのぶん家賃が高い。二人はそのお金を王都で学びながらバイトで稼ぐよていなんだそうだ。
「大変だね」
「まあ、確かにね。でもほら、王都は仕事も多いからさ」
「俺たちは教養はあまりなく剣しか振れないが、それでも出来る仕事は多い」
「文字が読めたり計算ができるってだけでも雇ってくれるとこは多いからな」
「へぇー」
貴族と言っても様々で、2人の実家は王立学園の学費を出してくれるだけで精一杯だった。だから生活費は自分たちで稼ぐと決めたそうだ。この世界では識字率や計算の普及率が低いので、それらができれば仕事はある。王立学園に入学できた二人なんだから教養がないとか言いつつもそれなりにはできるだろうし。
「カナタはどうするんだ?」
「えっと、僕は一応通いかな。僕を王立学園に入学させてくれた人のお屋敷に部屋を借りてるから、そこから通う予定。バイトは…どうなんだろ?」
グラーフさんに聞けばオッケーしてもらえるだろうか?でもあの人だし、しれっと「お金のことなら気にしなくて構いません」とか言いそうだなぁ。今日までの滞在費とか未だに取ろうとすらしてないし。ていうかいい加減、あの屋敷の持ち主に会いたい。
「入学させてくれた人?へぇ、カナタは後援人がいるのか」
「後援人?」
「知らないのか?才能があると見込んだ者を援助してくれる人のことだ。大物貴族なんかは特に、そうやって才能ある者を囲い込んだりするんだ」
「学費とか出してくれてね。その代わり卒業したら自分の下で働けよってこと」
なるほど。さすが大物貴族はやることが違う。王立学園の学費なんて普通はポンと出せる額じゃないんだけど、そんな青田買いをしてるとは。
「それで、カナタの後援人は誰なんだ?」
「さあ?」
「さあって、知らないの?」
「うん。まだ会ったことないんだ。執事さんとは会ってるから、そのうち会ってもらえるとは言ってたけど」
「不思議な人なんだな」
グラーフさん曰く、悪戯好きらしいのだけど。確かに不思議な人ではあるかもしれない。
「そういえば、カナタは何学舎を希望してるんだ?騎士学舎じゃないよな?芸術学舎?」
「僕?僕は…まだ決めてないかなぁ。魔法学舎とか面白そうとは思ってるけど」
「カナタは魔法が使えるのか」
「うん。まあね。二人は使えないの?」
「ああ。俺もアルも魔法は使えない。魔力を感じる段階で躓いてしまった」
「あれ難しいんだよね~。説明も抽象的だし、オレには無理」
「だから騎士学舎に入って騎士を目指す。俺たちには剣しかないからな」
そう言って腰の剣を指さすエル。うーん、どうなのかな。二人とも魔力は普通にありそうなのに。騎士を目指すなら魔法はいらないのかな。覚えない方がいいとか?
「騎士って魔法はいらないの?」
「いや、そんなことはないぞ」
「魔法が使えなくても魔力による身体強化は使えるようにならなきゃダメだね。魔法が使えればなおいい」
「魔力が感じられなくても大丈夫なの?」
「そこはまあなんとかな。訓練を続ければ魔力が感じられなくても無意識に発動できるようになったりするらしい」
「ま、魔力を感じられた方がいいらしいけどね。できないものは仕方ない。ないものねだりだよ」
そう言って肩を竦める二人。なら、いいか。
「それなら、僕が教えてあげようか?魔力の感じ方」
そう言うと、2人は苦笑して僕を見る。む、なんだいその目は。
「気持ちはありがたいけどさ、カナタ。そんなに簡単じゃないよ」
「俺たちは2年以上努力したができなかったんだ。魔導師にも教えてもらったが、残念ながら成果はなかった」
「できっこないさ」と言わんばかりに僕を見る二人。よろしい、そこまで言うならやって見せようじゃないか。僕はやる前からできないと言われるのは嫌いなんだ。
「ほら、手を出して」
問答無用でエルの両手を握る。二人で向かい合って両手を繋いだ状態だ。
「お、おいなにを」
「いいから、落ち着いて。僕の手だけに集中してね」
そう言って、僕は魔力をゆっくりと操作する。最初はほんの少しずつ、僕の魔力を右手を通してエルに送り左手からそれを戻す。そうするうちにだんだんと量と勢いを増やしていって、エルの中の魔力にも干渉して僕の魔力で引っ張るように僕とエルの中を循環させていく。
「な!?こ、これは…?手が熱い」
「それだけじゃないでしょ?ほら、僕とエルの手を通して何かが循環してるのが分かる?」
そう問いかけると、エルは震えながらゆっくりと頷いた。うん、分かるみたいで良かった。大抵の人は自分の魔力を動かしたことがないからその魔力を感じられないだけなんだよね。だからそれをこうやって強制的に動かしてあげれば、その違和感から魔力を感じられるようになる。
「な、なんなんだこれは?」
「それが魔力だよ。エルと僕の魔力。僕がエルの魔力を刺激して動かしてるんだ」
「おい、エル。どうしたんだよ?」
「体が…体が、熱いんだ。熱がカナタから流れ込んでくるみたいに俺の体を巡ってる…」
「手を放すから、その熱を見失わないように意識してみて。そうだな…右手に熱を集める感じで」
そう言ってゆっくりと右手を放す。エルはしばらくの間虚空を見つめていたが、やがて彼の魔力がゆっくりと、でも確実に握りしめた右手に集まっていく。お、上手くいったね。
「こ、こうか?」
「うん、そう。それが魔力を操作する感覚だよ。体の中なら結構簡単に動かせるもんでしょ?」
「こ、これが…そうなのか…?」
困惑するエルをひとまず置いておいて、今度はアルに同じようにしていく。アルはエルより要領がいいのか、エルより魔力を認識するのが早かった。
「う、うお!?なんだこれ?」
「感じる?」
「お、おう。なんか変な感じだね…お、動く動く」
数分はエルと同じように戸惑っていたが、その後は結構スムーズに魔力を手に移動させたりしていた。うん、上出来上出来。
「魔力、感じられたでしょ?」
「あ、ああ」
「う、うん。確かに」
「その熱はたぶんしばらくしたらなくなっちゃうと思うけど、明日には回復してるはずだよ。そのあとは今よりは動かしにくいだろうけど感じるのは問題ないと思う」
今、2人の魔力は分かりやすいように僕の魔力で強制的に活性化している状態だ。いわば魔力を使って消費している状態なので、魔力が消えると熱っぽい感じもなくなってしまうのだ。魔力は寝れば回復するので、明日には元通りになっている。けど、一度覚えた魔力を感じる感覚は忘れないので、明日からも魔力を感じることは出来るはずだ。
「毎日ちょっとずつ、体内で魔力を動かす練習をするといいよ。そうすれば、そのうち無意識に魔力を使って身体能力を向上させることができるようになるからね」
そう言うと、二人は驚いた様子だったがやがて理解したのか嬉しそうに僕の手を握ってきた。
「ありがとう、カナタ!」
「うん、これなら僕たちでも騎士になれるよ!」
「そ、そっか。よかったね」
「ああ!まさかこんなに簡単に魔力が感じられるなんて」
「夢みたいだな!」
子供みたいにはしゃぐ二人。うん、わかった。わかったから。そんな感動した顔で僕の手を握りしめないでほしいな。ほら、周りからひそひそ言われてるし。
結局二人は、その後しばらく興奮状態でなかなか落ち着いてくれなかった。一時間ほど簡単な魔力操作の練習方法をレクチャーして、今日は解散することにした。
「また明日な、カナタ」
「また明日、教室でね~」
「うん、また明日」
手を振って二人と別れる。二人はそのまま並んで寮のある方角に歩いていった。仲いいなぁ。僕は門から出て来ているはずの迎えの馬車を探す。あ、いたいた。
「お迎えありがとうございます、ヘルマーさん」
「いえいえ、とんでもございません」
迎えに来てくれていたのはデルカンデラの村にいた頃からのなじみであるヘルマーさんだ。なんでも、僕が王都で生活する間の移動を面倒見てくれるそうだ。基本的に僕の学園への送り迎えとその他に出かけるときの御者が仕事らしい。それ以外は基本的にあのお屋敷の厩舎で馬の面倒をみたり馬車の管理をしているのだとか。
「帰りましょうか」
「いえ、申し訳ございませんカナタ様。カナタ様をお呼びの方がいらっしゃいますので、このままそちらまでお連れさせて頂きます」
「へ?」
さていざ帰宅だ、と思っていたら、ヘルマーさんから予想外のお言葉が返ってきた。え、このまま行くの?
「えっと、場所は?」
「王城ルーニック城です。お時間はそんなにかからないとのことでしたので」
「…え?ええぇぇ!?」
こうして僕は、そのまま王都の中心、王城ルーニック城に連れ去られた。