表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

13.王立学園

 「おぉー!」


 それを目にしたとき、僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。いやー、ほんとにすごい。


 「ここが王立学園…!」

 「はい。ここがカナタ様が本日より通われる王立学園になります」


 僕をここまで連れてきてくれたグラーフさんが微笑みながら教えてくれる。ちょっと小さい子を見るような目が気になるけど、それでも感動せずにはいられない。


 王立学園は、内壁のすぐ内側、貴族区のはずれにあった。理由としては、平民の生徒も通っているからそのような場所に建てられたらしい。実際、王侯貴族だけではなく裕福な商家の子息、才ある平民も王立学園には通っている。

 広さは、驚くべきことに王城と同じくらい広い。敷地内に10の校舎と3つの訓練場、たくさんの店が入っているそうだ。遠方から出てきた者のために寮まであるらしく、生活するのに不自由がないように設計されている。学園から出なくても大抵のものは手に入るし、食事ができる店もたくさんある。雑貨屋どころか武器屋まであるというのだから驚きだ。これはもう小さな街と言ってもいいと思う。敷地は高い壁で囲まれていて、いくつかある出入り口には門兵が常駐している。王侯貴族も通うから、きっとこれだけの設備と警備が揃っているんだと思う。


 「あちらが講堂、そしてその隣がカナタ様が今年一年通われる基礎学舎になります」


 グラーフさんが指さす方を見ると、ひときわ大きな校舎と隣接する円形の建物があった。他の校舎も大きいけど、その三倍はありそうな校舎だ。


 「基礎学舎って大きいんですね」

 「入学して一年は全員が基礎学舎で学びますので、必然的に大きくなっているのです。二年目からはそれぞれが望む学舎にて講義を受けるようになります」

 「選択学舎、でしたっけ?」

 「はい。貴族学舎、騎士学舎、魔法学舎、商業学舎、生産学舎、芸術学舎などがございます」


 王立学園は前世の大学と高校を合わせたような仕組みだ。初年度は基礎を、あらゆる分野に対して学ぶ。そして二年目から、各自が選択したいコース、受けたい講義を受けるのだ。そうやって講義を受け、必要数の単位を取れば卒業できる。就学期間は順調に単位が取れれば四年間。平均卒業所用期間は6年らしいけど。


 「カナタ様はどの学舎を選ばれるか決めておられるのですか?」

 「いえ、まだはっきりとは決めていません。魔法学舎が面白そうですが、他の学舎も面白そうですから」


 僕は推薦状で入学しているけど、実はどの学舎に進まなければいけないといったものは存在していない。推薦状はあくまでその人物が王立学園に通うに足る実力と才を持っていることを証明するもので、その後の進路を決める要素は一切ないそうだ。


 そんなことを話しながら、入学式が行われる講堂に入る。そこでグラーフさんとは別れて、僕は新入生に用意された席に座った。まだちょっと早い時間だからか、席はまばらに空いていたので目立たないような端っこに座る。


 「…改めて見ると、やっぱりほとんどが貴族なんだなぁ」


 講堂の中を見渡してみると、入っている人のほとんどが豪華な服やドレスをまとった貴族だった。王立学園には制服があるけど、入学式はなぜか制服ではない格好で出ることになっている。だから大抵は見れば服装でその相手がどんな身分か察することができる。貴族は平民とは明らかに着ている服の素材や出来が違うし、平民で裕福な家の者でもあまり豪奢すぎる服や装飾を身に着けているのは身分不相応として白い目で見られるのでしない。貴族より目立つ服を着ていて貴族に目を付けられたり恨まれても困るからだ。なので、貴族は見ればすぐわかるし平民もすぐわかる。

 ちなみに今の僕は正確には貴族ではない。王立学園に入学する際、実家からは縁を切る旨を正式に言い渡されているのでデイブレイク子爵家の人間ではないからだ。リーン=デイブレイク子爵夫人からたいそう嬉しそうな文面の手紙が送られてきましたとも。なので今の僕はデイブレイク子爵家の人間ではなく、僕に手紙を送ってきたあの屋敷の主人の客人としての扱いを受けている。貴族ではないのだが一方で貴族が客として扱う人物と言う微妙な位置。一応デイブレイクの名を名乗るのは構わないらしいのだが、面倒ごとになりそうだったのでエリナと二人で考えて『カナタ=リナリア』と名乗ることにした。母の名前であるリナからもらった名前だ。

 そしてそんな微妙な立場の僕の服装は、なぜか立派な貴族にしか見えないかなり仕立てのいい服だった。いや、僕としては貴族じゃないんだし平民よりの格好にしようと思ったんだよ?だけど、グラーフさんに今朝渡されてしまって、着ないのも失礼なので仕方なくこれに袖を通しているわけです。その上、デザインはなぜか可愛らしい感じのどちらかといえば女の子っぽいもの。ズボンだし別に僕が着ておかしいわけじゃないんだけど…何らかの作為が感じられてしまう。


 「すまない、隣いいだろうか?」


 と、そんなことを考えていると誰かが僕に声をかけてきた。振り向けば、同年代らしき一人の少年が僕の隣の席を指さしていた。

 服装から判断するに貴族、けれどそこまで位は高そうじゃない感じだ。灰色の髪を短く刈り込み、腰には短めの剣を佩いている。少し緊張しているように見えるけど、前世での少年野球チームにいそうな爽やか少年だ。たぶん、同じ新入生だね。


 「ここですか?いいですよ。僕に連れはいないので」

 「僕…?ああ、いや、ありがとう。失礼する」


 そう言って何故かちょっと驚きながら隣の席に座る少年。む、こうして並んで座ると座高の高さがはっきりわかるな。一目でなんとなく分かってたけど、この少年、僕より頭一つは背が高そうだ。羨ましい。


 「俺はエルリック=ベーヤだ。君は?」

 「カナタ=リナリアです。カナタと呼んでください、エルリックさん」

 「…エルでいい。言葉遣いも適当でいいさ。カナタも新入生だよな?」

 「ええ。じゃあ、エルもそうなんですね」


 気さくな少年だ。話すのが得意じゃないのかちょっと顔が赤いけど、きちんと会話してくれる。


 「話しかけてもらえて嬉しいです。僕は東方の出身なので、知り合いがいなくて心細かったんですよ」

 「俺も西の騎士爵家の生まれだ。これからよろしくな」

 「ええ、こちらこそ」


 仲良く握手を交わす。あ、手も大きい。それに硬い手だ。きっと剣を振るうちにそうなったのだろう。男らしい手だな。

 ちなみに騎士爵は男爵の下の位で、貴族の最底位の爵位だ。新たに未開墾の地を開拓して領地を持ったり、武功をあげて立身出世した人たちがもらうことが多い。大抵は小さいうえに貧乏で、領地があっても田舎の人口千人くらいという家も少なくない。


 「なあ、俺も混ぜてくれないか」


 と、エルの後ろからまた違う少年がやって来た。こちらは金髪に軽薄そうな笑みを浮かべた少年だ。同じく貴族みたいで、エルと同じく腰に剣を佩いている。


 「アル」

 「よっ!エル。こんな可愛い子と一緒だなんてずるいぜ。俺にも紹介してくれよ」

 「そ、そんなんじゃない!」


 エルの知り合いみたいで、親し気に肩を組んで何か話している。その様子はきっと、昔からの気心の知れた仲なんだろう。いいなぁ。紹介してもらおう。


 「エル、そちらは?」

 「ああ、すまない。こいつはアルフェ=ブラートだ。俺と同じく西の騎士爵家の生まれでな。昔馴染みなんだ。こいつも新入生だぞ」

 「アルでいいよ。よろしくね。えっと…?」

 「僕はカナタ。カナタ=リナリアだよ。よろしくね、アル」

 「カナタちゃんかー。よろしく」


 そう言ってアルも僕に手を伸ばしてくる。こっちも硬い手だ。ナンパ少年みたいだけど、根は真面目なのかもしれない。


 「しかしカナタちゃん、可愛いね。どう?入学式終わったらどこかでお茶しない?ほら、友好を深めるって感じでさ」


 訂正。やっぱりナンパ少年だ。


 「可愛いって、僕は男だよ?」

 『え…?』


 そういった瞬間、周りの空気が固まる。あれ?いつの間にか周りの人たちも僕らに目を向けていたようで、驚きの声はエルとアルだけじゃなく周囲からたくさん聞こえた。


 「嘘だろ…?」「あの子、男の子だって」「いやいや、そんなわけ」「し、信じないからな!」「あんなに可愛い子が男わけないじゃん」「でもほら、さっき自分で」「俺、あとで声かけようと思ってたのに」


 そして一瞬の後ざわめく周囲。いやいや、どんだけ勘違いしてたんだ。やっぱりこの服のせいだ。そうに違いない。


 「え、嘘だろ…?カナタ、お前男なのか?」

 「うん」

 「またまたー。カナタちゃんは冗談が上手いなぁ」

 「冗談じゃないってば」


 エルとアルが信じてくれないので、2人の手を掴んで僕の胸に押し当てる。その瞬間、またも周囲がざわめき二人は顔を真っ赤にする。


 「ほらね。ぺったんこでしょ?」

 「なっ!?カナタ、何を!?」

 「うわっ、カナタちゃんちょっとそれはまずいって」

 「落ち着いてってば。ほら、触れば分かるでしょ?胸なんかない正真正銘の男だから」


 同年代の女の子ならさすがにどんなに胸が小さくても多少は膨らみがある。対して僕の胸は筋肉もないからほんとにぺったんこだ。服の上からでも分かるはずだ。

 しばらくは慌てまくっていた二人だけど、しばらくすると落ち着いてきて、驚いた顔をする。


 「…ええ?ほんとに?」

 「うわ、まじだ。女の子の胸の感触じゃない」


 アル、君さらっと女の子の胸の感触なら知ってるって今カミングアウトしたからね?

 とにかく、やっと信じてもらえたみたいだ。


 「ね?男でしょ」

 「うむ…」

 「信じがたいなぁ。カナタちゃ――いや、カナタはあの黄金姫様に負けないくらい可愛いのに」


 エルは未だに受け入れがたいのか僕の胸に触れた自分の右手を見つめている。アルは受け入れたのかとりあえずは信じてくれた様子だ。


 「可愛いなんて言われても嬉しくないよ。…それより『黄金姫様』って誰?」

 「え!?おいおいカナタ知らないのか?」

 「うん。有名な人?」

 「有名もなにも、黄金姫様はこの国の第一王女様だよ」


 活動停止中のエルを置いておいてアルの話を聞く。黄金姫様はとても有名なようで、いろいろ教えてくれた。


 黄金姫様とは、現在の国王陛下グラドムス=フォン=ルーニック様と正妻の間に生まれた長女である第一王女様の呼び名らしい。美しく輝く黄金色の髪とその類まれな美貌から、市井でも他国からもそう呼ばれているそうだ。それだけでなく頭脳も明晰で、今はちょうど王立学園の3年生の首席。僕たちから見て2つ年上ということになる。


 「へぇー」

 「本当に知らなかったんだね…」

 「だってほら、僕はつい最近王都に来たばかりだから」

 「それでも普通は知ってるって」

 「でも、会ってみたいな」

 「運が良ければ会えるんじゃないかな?なにせ同じ王立学園に通ってるわけだしさ。まあもっとも、会えたとしても話なんて畏れ多くてできやしないさ」

 「そうだな。お声をかけることなど畏れ多い」


 なんて途中からはエルも会話に復帰して三人で話していると、周囲の空席もなくなりやがて入学式が始まった。

 入学式と言っても、やってることは前世の学校とほとんど変わらない。偉い人が順番に出てきては長ったらしい挨拶と祝福の言葉を延々述べ続けるだけである。理事長だというオルトリンデ公爵に始まり学園長クロウ氏、そして国王陛下の代理人と続いていく。国王陛下はここではあくまで金を出している国の代表としての祝福声明なので、最後になっているそうだ。


 (あれがオルトリンデ公爵か)


 しゃべるわけにもいかないので、壇上に立つオルトリンデ公爵を見ながら心の中で呟く。確かあの人が僕に渡された推薦状の推薦人だった。王家の特徴なのか黄金色の髪と髭が立派な男性で、渋い落ち着いた魅力のある叔父様といった姿だ。歳は40代だろうか?声も低くて威厳がある。

 そして次は学園長であるクロウ氏。こちらは物静かな感じの紳士で、黒目黒髪の男性だった。歳はオルトリンデ公爵と同じくらいで、片メガネをかけている。入学式が始まる前にエルとアルから少し聞いたけど、先代の王国筆頭魔導師だったすごい魔導師らしい。


 この二人は、どちらもありふれた挨拶とお祝いの言葉だけであっさりと終わった。これであとは国王陛下の代理人の挨拶だけだったのだが。


 「お、おい。あれって黄金姫様じゃないか?」


 その代理人が壇上に上がった途端、会場が大きくざわめいた。隣のエルの小さな驚きの声を聞きながら、僕はその人を見た。


 黄金の髪。オルトリンデ公爵と系統は同じだが、輝きが違う美しい黄金だ。あまり豪奢ではないドレスを身に纏っているのに、今日見たどの貴族令嬢よりも輝いて見えてしまう。微笑みを湛えた美しいその顔は、確かに他国でも噂になるほどの美貌だろう。男女を問わず、会場の者が皆魅せられてしまっている。まさに王国の至宝、ルーニックの宝石だ。

 けれど僕は何より、その瞳にこそ見入ってしまった。


 碧の美しい瞳。しかし何より、その瞳に宿した輝き、意思。あらゆることを見通し、見透かし。自分への絶対の自信とゆるぎなき強い自負。そしてそれでいて誰よりも優しく包み込む。力強さと威厳に満ちた圧倒的なその輝きを、僕は誰よりも知っている。


 あれは、王の瞳だ。


 他者を従え、動かす。それが当然のように許され、またそれが当たり前の選ばれし者の持つもの。それは紛れもなく王の瞳に他ならない。


 「あれが、黄金姫様…」

 「うん。ルーニック王国第一王女クリスティーナ=フォン=ルーニック様だよ」


 僕の独り言にアルが答えてくれた。

 確かにあの姿は、黄金姫と呼ばれるにふさわしい。


 結局クリスティーナ様は、国王陛下のお言葉を代理として読み上げるだけですぐに壇上を降りていった。ただ姿を見せただけなのに周囲に与える影響がすごい人だった。


 そうして一部の波乱、というか驚きはあったものの、その後はつつがなく式が行われ、僕たちは晴れて王立学園の一年生になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ