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12.5 覗き見

他者サイド。次回より王立学園編です。

 『失礼致します』


 そう言ってメイドが部屋から退室する。

 その様子を机の上に置いた水晶に映る映像で見ながら、クリスティーナは「はぁ…」と息を吐いた。ここはクリスティーナの私室。彼女の目の前に置かれた水晶は〈遠見水晶〉と呼ばれる魔道具で、対となるイヤリングを身に着けた者の視界を水晶に映し出すというものだ。もちろん使用には少なくない魔力を消費するし、そうそうあるような品ではない。クリスティーナも一つしか持っていないかなり特別な魔道具なのだ。


 「ばれたかと思ったわ」


 そう言って、クリスティーナは水晶の映像を切る。実際、さっきのは相当驚いた。まさか魔道具が発する微量の魔力に気づかれるとは思わなかったのだ。


 「カナタ様にばれてしまったのですか?」


 そう問いかけてくるのは専属執事のグラーフだ。


 「〈遠見水晶〉がそう簡単に見破られるとは思えませんが」

 「まだばれてはいないわ。でもなんとなく違和感は感じているみたいよ?すごいわね。この〈遠見水晶〉、王宮魔導師でも感知は難しいのに」


 先ほどのカナタの言葉から察するに魔道具の魔力を感じ取ったようだが、普通ではない。入学前にカナタの実力と人となりを知っておこうとクリスティーナがメイドを使って仕掛けた悪戯なのだが、逆にクリスティーナが驚かされることになってしまった。


 「ほんと、この子には驚かされるわね」

 「そうでございますな。カナタ様を覗き見するようになって早十日。その間、クリスティーナ様が驚かなかった日は私の記憶にございません」

 「そうね。悔しいけどその通りよ」


 そう言いつつも、クリスティーナの表情は楽し気だ。グラーフも、喜ばし気な笑みを浮かべてクリスティーナに紅茶を注ぐ。


 「初めて見たときから今まで、本当に色々と驚かせてくれたわ、この子」


 クリスティーナがカナタを初めて直接見たのは、彼がこの屋敷に来たその日のことだ。初日にエントランスで出迎えたでたくさんのメイドたち。その中に、その時からイヤリングを付けたメイドは混じっていた。


 最初は、その容姿に驚かされたのをクリスティーナは思い出す。


 白銀の、まるで絹のような美しい髪。クリスティーナと同じか少し短いくらいまでのばされたそれは、王都の貴族令嬢の中においても勝る者はいないと確信できるほどのものだった。水晶越しでも十分に、その艶と透明感が見て取れたほどだったのだから。そしてその銀髪に彩られた美貌。可憐で、それでいてどこか浮世離れした雰囲気のそれは、まさしく神に選ばれた者だけが持つものだった。その小さな体躯、細い手足も相まって、クリスティーナはカナタが男だと今でも半分信じられない。最初はどこの王侯貴族のお姫様かと真剣に疑ったものだ。最後に、その瞳。蒼の、透き通るようでいてどこか深みを湛えた大きく輝く瞳は、クリスティーナの知るどんな宝石よりも輝いていた。見た者の意識を吸い込んでしまうのではないかと思うほどの美しさ。その瞳に見つめられれば、きっと誰もがその美に魅せられる。

 あの時ほど、女として自信を失った日はなかったと言えよう。クリスティーナも見た目にはそれなりの自信があったのだが、それを砕かれた気分だった。


 そして、朝の魔法鍛錬。それはカナタが中庭で毎朝行っている魔法の練習だ。クリスティーナはその様子も、二日目からしっかりと水晶で見ていた。


 「中庭なんかで魔法の練習って言うから何をするのかと思ったら…あんな精緻な魔法操作、生まれて初めて見たわ。というより、あれはもう私の知る魔法とは完全に別物よね」


 そこには信じられない光景が広がっていた。カナタの周りを、大小無数の魔法が動き回っていたのだ。しかも様々な属性のものが百個以上も。それらは一つもぶつかることなく、静かに美しく踊り続けていた。まるで中心で目を閉じて立つカナタを彩り照らすかのように。しかも驚くべきことに、彼は一言呟いただけで、術式も詠唱もまったく使っていなかった。それどころか、補助具である杖すらも持っていなかった。


 クリスティーナの知る限り、魔法とはとても扱うのが難しい。

 術式や詠唱という発動を補助するための方法、杖という魔法を使うためだけに生み出された魔道具、そしてたゆまぬ修練と生まれ持った魔力。それらすべてを使ってやっと使えるのが魔法だ。

 術式をしっかりと学んで構築し、何度も唱えて反復させて詠唱を紡ぐ。そうしてようやく、一つの魔法が発動する。どちらも使うのが一般的で、熟練した王宮魔導師でも必ずどちらかを使わないと魔法は使えない。ごくまれに生まれ持った非常に高い魔力が強い感情に反応して無意識に魔法現象が発動する者もいると聞くが、それはあくまでも特殊な例。しかも魔力が暴走してそうなってしまっているだけだ。

 術式構築としっかりした詠唱。それらが必要不可欠なのが、クリスティーナの知る魔法だ。


 だというのに。

 カナタは平然と、まるでそれが当然であるかのようにどちらも使わず魔法を発動させていた。しかも、誰もなしえないであろう高度な事象操作もあわせてだ。魔法なんてものは放ったら終わり。そう思っていたクリスティーナにとってそれは信じられない光景だった。


 「それに、あの頭脳よ」

 「本当に、私も驚かされました」


 クリスティーナの言葉にグラーフが同意の言葉を述べる。

 カナタの読んでいる本はすべてグラーフがカナタの求めに応じて用意したものだ。届けた本は今日で既に50冊は確実に超えている。


 最初は、王立学園に入学するどころかこの国では常識ともいえるものばかりだった。国の歴史、政治体制、言語、一般常識など。貴族ならば幼少期に当然のように知っているはずのものだ。しかしその内容は、だんだんと本格的で深いものに変わっていく。

 初日に届けた本は、その日のうちにすべて返却された。もとよりたいした内容の本ではないため、ページ数もそう多くなく薄い。少々簡単すぎたかと、グラーフは次に物は試しと王立学園で初年度に学ぶ内容の本を数冊カナタに渡したのだ。もちろん、そうとは知らせずに。

 その内容は、国最高の教育機関である王立学園で学ぶだけあってかなり多くまた難解だ。いくら初年度とはいっても、難関受験を合格する生徒ばかりなので当然のように難しい。いくら何でもこれは難しいだろうと、グラーフもクリスティーナも思っていた。

 しかしそれも、次の日にはあっさりと全てが返却された。メイドの「すべて読まれたのですか?」という問いにカナタは平然と「うん。おもしろかった」と言ったのだ。それどころか、次はこの分野のものが欲しいとその本の中の特定分野の発展部門についての本を望んだ。その中には、今さっきまで彼が熱心に読んでいた魔法に関するものも含まれる。


 「政治、兵法、魔法、礼儀作法に…剣術についてのものもあったかしら?」

 「はい。それぞれ王立学園では二年目から専門に分かれて習う内容ばかりでございます。しかも、それぞれ違う専門コースの」

 「ほんと、へこむわね。私より明らかに早いペースよ、これ。しかも手広い」


 クリスティーナもいろいろ勉強していると自負していたが、カナタはそれ以上だった。カナタは前世の日本で義務教育の他に高等教育まで受けているので実は土台が違うのだが、そんなこと知らないクリスティーナは少しへこむ。


 「それに、体術だったかしら?」

 「はい。私が報告したものでございますね」


 他にも、カナタはその体術でもクリスティーナを驚かせていた。いや、正確には執事のグラーフを。


 「毎日庭で体を動かしておられますが、はっきり言って驚きです。あれほど自在に自分の体を操っている若者を、私は久々に目にしました。剣技は素人のようで拙かったですが、それでも同年代には負けないでしょう。それだけの運動能力と運動神経です」

 「あんなに小さいのに?」

 「はい。多少の対格差でしたらおそらく苦にしないでしょう。素晴らしい資質でございます」


 グラーフはクリスティーナの執事ではあるが、同時にボディーガードも兼任している。そのグラーフの率直な褒め言葉に、クリスティーナは驚きを隠せない。


 「そんなにあなたが褒めるほどなのね。でも私としては、やっぱり魔導書のほうが捨て置けないわ。見たかしら、昨日のあれ」


 クリスティーナの言う「昨日のあれ」とは、カナタが現在進行形で作っている水の魔導書の下書きである。グラーフが彼から入手し、クリスティーナの下に届いていた。


 「圧巻よ。グレン魔導師に見せたけど、術式の完成度に舌を巻いていたわ。『無駄のない精緻な美しい術式』ですって。グレンのあんな顔初めて見たわ。『魔法入門魔導書』の写しも見せたけど、説明の分かりやすさに感動してたわよ?」

 「私もグレン様とは同じ意見でございます。私も魔法は多少嗜みますが、あれほどの術式は滅多にお目にかかれません。その才においてはもはや疑いの余地はないかと存じます」


 グレンは、2人の共通の知人である魔導師だ。二人ともその実力は認めており、その彼が魔法について他人を褒めたことは驚きに値することだった。


 「クリスティーナ様のご懸念は杞憂でございましたね」

 「…そうね。あの子なら王立学園に入っても大丈夫でしょう。むしろ、王立学園なんかではあの子にとって不足かもしれない」


 グラーフは知っていた。このクリスティーナという主人は、悪戯好きで周囲を振り回す反面、とても優しい。この水晶での覗き見も、好奇心もあるだろうがそれだけではなく、カナタを王立学園に入学させても大丈夫か確認していたのだ。しかしその結果は、いい意味でクリスティーナの予想を裏切ってくれたといえる。


 「あの子ならもしかしたら、私の隣に立てるかもしれないわね」


 そして月日は流れ、王立学園入学式の日がやってくる。

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