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10.王都へ

 「それじゃ、みんな元気でね」


 そう言って僕はヘルマーさんが手配してくれた馬車に乗り込む。なんかすごい豪華な馬車で「ホントにこれ、乗っていいの?」と思わなくもない。いつもヘルマーさんが来るときは普通の荷馬車だったよね?


 時期は三月(この世界も一年は12か月)の初頭。東方でも北の方に位置するデルカンデラは、冬場は雪が結構積もる。数日前にようやく雪が溶け、春が訪れようとしていた。街道もなんとか馬車で走れる程度になったということで、ついに今日、王都に出発することになったのだ。


 思えば、あの手紙が届いてから大変だった。

 王立学園に推薦で入学することが決まったと告げたとき、エレナは最初当然だけど気絶しそうなほどに驚いていた。僕に届いた推薦状を何度も確認していたくらいだ。ヘルマーさんにも何回も確認して、それが本当だと信じてもらうのに数時間かかった。そして本当だと分かってからは、もう涙を流しての大喜び。「カナタ様は素晴らしいお方です」なんて今は天にいる僕の母に語り掛けるくらいには喜んでくれていた。

 次に村の人たち。村長のモニクをはじめ、全員が大いに驚いて僕の進学を喜んでくれた。世話をかけてばかりだったのに、みんなとてもやさしい。お世話になったのに何も返せないのは申し訳なかったので、ヘルマーさんに頼んでいくらか金銭や農具、塩などを送っておいた。もちろんその代金は、王都に着いたらまだ知らないヘルマーさんの上司さんに返そうと思う。


 「カナタ様、気を付けてくだされ」

 「カナタ様、どうかお元気で」


 雑貨屋のヘレンさんたちが、全員総出で僕を見送ってくれる。馬車の中から笑顔で手を振り返すが、そこにはエリナの姿はない。


 「カナタ様、危ないですから馬車から身を乗り出さないでください」


 そう。今僕の隣に座っているからだ。

 手を振るために窓から身を乗り出した僕の腰に抱き着いて、落ちないようにと必死でしがみついている。


 エリナは今年で35歳になる。まだまだ若いと本人は言うし実際見た目にもまだまだ若い。なので僕としては、いい相手でも見つけて幸せに暮らしてほしかった。僕の面倒を見てもらって苦労をかけっぱなしだったし。最初はデルカンデラに残ってもらうか新しい働き先を探そうと思っていたのだ。けれどそれに本人が猛反対。断固として譲らず、結局こうして僕の世話係として付いてくることになったのだ。


 「大丈夫だって、エリナ。僕だっていつまでも子供じゃないんだから」

 「何をおっしゃいますか。カナタ様はまだまだ子供です。そういうことは私より大きくなってから言ってください」


 そう言ってエリナは僕を無理矢理窓から引き剝がす。そして座席に座らせてから頭を優しく撫でてくる。それはホントに小さい子どもにするかのような仕草で、僕としては納得いかない。


 「大きくなるさ、すぐに。エリナなんてあっという間に抜くから」

 「ふふふ、そうですか。頑張ってください」

 「…笑ったね?」

 「いえいえ、まさか」


 エリナの微笑ましげな表情には言いたいことがたくさんあるけど、実績を語られるとへこむので口をつぐむ。現実に僕の体はこの6年で成長こそしているけれど決して大きくはなっていなかったからだ。

 身長は未だにエリナの肩までない。エリナもそこまで高い身長ではないので、これはかなり低い部類に入ると言わざるを得ないだろう。村の同い年の子も僕より頭一つは大きかったし。そして顔も、なんだか望んだのとはだいぶ違う方向に成長していっている気がしてならない。だって、可愛いのだ。それはもう女の子かってくらいに。個人的には凛々しく成長してほしかったのだが、可愛らしくなっていく一方だ。おまけにエリナに乞われるままに伸ばした結果、髪まで女の子のようになってしまっていた。エリナは「リナ様にそっくりです!」と喜んでいたけど。この世界、前世ほど男性の長い髪に忌避感はないのだが、それでも編み込めるほどの長髪はなかなかいない。おまけにその髪がまた妙に綺麗で美しいなのだ。四肢も細いし、恰好さえちゃんとすれば美少女と言われる自信が残念ながらある。


 「もういいよ。それよりヘルマーさん、今日はどのくらい走るんですか?」

 「今日はあと4時間ほどです。昼過ぎなので、日が暮れる前には宿泊する街に着けると思います」

 「意外とゆっくり行くんですね」

 「護衛もいますし、大所帯ですから」


 デルカンデラから今日泊まる予定の街までは普通に馬車を走らせれば3時間ほどで着く。しかし今回はゆっくりとしたペースでいくらしい。今僕が乗っている馬車のほかにも二台馬車があるから仕方ないのかもしれない。ちなみにそっちには、護衛の人たちが乗っている。


 「護衛って、さっき挨拶した人たちですよね」

 「はい、そうですよエリナさん」

 「かなり強そうでしたけど」


 エリナの言う通り、護衛の人たちはかなり強そうだった。全部で6人いたけれど、全員がフルプレートの鎧を身につけていたのだ。ていうかあれ絶対傭兵じゃない。あんな整った装備、傭兵に揃えられるとは思わないし、絶対正規の軍人さんだ。挨拶するとき、敬礼っぽい仕草してたし。


 まあ、いいや。


 気にしたら負けだ。そう思って僕は荷物の中から一冊の本を取り出す。ちなみに、デルカンデラからは本だけ持ち出してきている。他の物は村で使ってもらおうと思って置いてきた。

 そのまま本を開いて、書きかけのページを開く。ペンはちょっと手作りしたものを懐から取り出す。


 「カナタ様、何を書いてるんですか?」

 「ん?いや、新作をちょっとね」


 気になったのか、エリナがのぞき込んでくる。御者席にいるヘルマーさんも気になるのか一瞬視線がこちらを向く。


 「新作、ですか?」

 「うん。水の魔法が使えたら、家事の時とか便利でしょ?旅の時に飲み水も出せるし。その使い方をまとめようと思って」

 「へぇ、そうなんですね」


 エリナは魔法に詳しくないので、反応は淡泊だった。ま、そうだよね。村でもみんなこんな感じの反応だったし。いいんだよ、別に。

 なんてちょっと残念に感じながらも、術式を書いていく。術式は魔力さえ操作できれば誰でも魔法が使えるから便利だよね。同じ術式からはその魔法しか使えないから汎用性はないけど。それに僕は基本的なものしか知らないからほとんど書けないといっても過言じゃないし。魔力を活性化させる術式も基本の初級魔法の術式から頑張って組み上げたものだし、僕の術式知識は初級魔法で止まっているのだ。…あ、ここミスがある。


 なんてことをしながら進むこと四時間。陽が傾き始めたころ、目的地が見えてきた。


 「カナタ様、今夜泊まる街が見えてきました」

 「お疲れ様、ヘルマーさん」

 「いえ、あっしはこれが仕事ですので。カナタ様も、長い時間お疲れ様でした」


 見えてきた町はデルカンデラの村と比べればとても大きな、というか都会だった。と言っても、あくまで中規模の町なんだけどね。なんでも宿場町としてそこそこ発展している場所なんだそうで、王都と東部をつなぐ主要街道の一部らしい。町の名前はクルフ。

 街の入り口で簡単な検問を済ませ、僕たちはそのクルフの町の一番大きな宿に向かった。カナタ屋敷の何倍もあろうかという立派な宿だ。ヘルマーさんによると、この宿はヘルマーさんの上司が手配してくれたそうだ。なんていうか、ほんと至れり尽くせりだね。


 部屋も豪華で、幼い頃に住んでいたデイブレイク子爵家の屋敷に勝るとも劣らない。きっとこの宿は、貴族御用達とかそんなんなのだろう。宿泊費はヘルマーさんの上司さん持ちだけどちょっと怖くなってくる。いったいいくらするの、これ。


 「すごいですね、カナタ様」

 「うん、そうだね…」


 お世話のために、と同室だったエリナと二人で呆然とするしかなかった。朝までなかなかに緊張感のある宿泊だった。


 翌朝、ヘルマーさんたちと合流する。ヘルマーさんたちは隣にある普通の宿に泊まったのだ。その宿もきっと、貴族の護衛とかお付きとかを泊めるために連携して建ってるんだろう。ちょっと申し訳ないなあ。

 全員が揃ったらまた馬車で進む。主街道に入ったからか道は綺麗で、馬車も揺れることなく楽に進んだ。


 そうして、何事もなく進むこと5日。僕たちは、ルーニック王国王都センラードに到着したのだった。

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