9.王都からの手紙
「王立学園?」
その手紙が届いたのは、冬に入る前の頃だった。いつもは半年ごとに来るはずの行商人ヘルマーさんがわずか二月しか空けずにデルカンデラにやって来たのだ。しかもひどく慌てた様子で。何事かと出迎えた僕に、ヘルマーさんはいつもとは全く違った様子で頭を下げ、僕に一通の手紙を差し出してきた。
「カナタ=デイブレイク様。どうぞお受け取り下さい。こちら、王都の王立学園への推薦状にございます」
見たこともないような高級感溢れる封筒。それを戸惑いながら受け取ると、中には二枚の紙が入っていた。どちらも最高級の羊皮紙で、これだけで平民の一般家庭なら二月は暮らせるほどの値がするはずだ。この世界の紙はとにかく高いからね。
一枚は、ヘルマーさんが言った通り王立学園への入学推薦状だった。優秀な学術書作成の功績を認め、王立学園への入学を許すとの文言とオルトリンデ公爵のサインが書かれている。
オルトリンデ公爵と言えば、現国王グランフェルト陛下の弟にあたる人物だ。デルカンデラに引きこもっている僕でも知っているほどの大貴族。まさに王国の最高位権力者の一人と言っても過言ではないだろう。
そしてもう一枚は、なぜか差出人の名前がない不思議な手紙だった。そこには美しく読みやすい字でこう書かれていた。
『カナタ=デイブレイクへ
まずははじめまして。私は…そうね、この手紙を届けたヘルマーの上司の上司みたいなものよ。そしておめでとう。この手紙を読んでいるのなら、きっとあなたのもとに王立学園への推薦状が届いていることでしょう。知らない相手からの手紙だから怪しく思うかもしれないけど、それは紛れもない本物よ。公爵家のサインなんて偽造しようものなら即座に斬首されるからありえないわ。安心して。王国でも最高の教育機関、最難関とされる名門、王立学園への推薦状。破ったり失くしたりしたら再発行はできないものだから大切にしなさい。そしてそれを持って、次の春に行われる王立学園の入学式に出席すること。あなたの家には話を通してあるわ。王都での住居、生活費、その他諸々の手配も任せなさい。あなたはただ身一つで王都に来てくれればいい。分からない事や必要なものがあればヘルマーに申し付けなさい。あなたの命令を聞くように指示しているから、上手く使うのよ?
名前を教えるのは、直接会えた時にしましょう。王都で会えるのを楽しみにしているわ』
…なんというか、まあ。
「えっと、ヘルマーさん。この手紙の送り主って…?」
「カナタ様。それはあっしの口からはとても申し上げられません。名を明かされないことが、あの方の希望でございますれば」
なんていうか、そのあまりにもへりくだった態度からして、違和感が半端ないんですけど。口調まで違うし。一人称は同じだけど。今まではどちらかと言えばフレンドリーに接してくれていたのに、急に頭を下げて、まるで貴族に傅く平民みたいだ。いや、確かに僕は貴族の血を引いているし、ヘルマーさんは平民かもしれないけどさ。
「とりあえず…僕はどうすればいいのかな?」
「あっしとしましては、ぜひともその手紙に書かれていたであろうご指示に従っていただきたい所存です。そのためのサポートは全力でもってやらせていただきます」
「サポートって、具体的には?」
「必要物資の確保や搬入、人が必要なら人員の斡旋もさせていただきます。移動における足の確保もお任せください。王都への旅路やその他の護衛もさせていただきます。金銭もある程度なら工面できるかと」
「…………。」
予想以上の言葉に思わず声も出ない。
いや、あまりにも手厚過ぎるでしょ。物資の取り寄せとかならともかく、人員の斡旋や護衛なんて普通の商人ではまずできない。相当な大店か、権力者傘下の商家でないと不可能だ。
「ヘルマーさんって、何者ですか?旅する行商人っていうのはウソですよね」
「一介の商人、ということになっております。実際に行商も行っていますし、商人としての活動資格もあります」
「つまり、それはあくまで表向きで、実際はただの商人ではない、と」
「あっしの口からは言えませんが」
それは認めてはいないが遠回しな肯定。ってことはつまり、どこかの偉い人の部下というか使い走りみたいなものなのかもしれない。情報提供者とか密偵とか、この世界は絶対あるだろうし。
「…はぁ。まあいいです。僕としては、今までいろいろ便宜を図ってくれたヘルマーさんは一応信頼しています」
「ありがとうございます、カナタ様」
「それで、ヘルマーさんはこの手紙の内容は知っているんですよね?」
「概要だけですが。今からおよそ四か月後に王都で、王立学園の入学試験が行われます。王立学園はご存じですか?」
「まあ、一応ね」
王立学園。それは手紙にも書かれていたように、王国でも最高の教育機関、最難関とされる名門学校だ。基本的な学問をはじめ、政治、魔法、剣術、生産技術、作法に芸術となんでも学べるらしい。名門貴族の子息令嬢はもちろん、王国中から最高峰の学びを求めて多くの者がその門を叩く。しかしその合格率は、幼い頃から英才教育を受けて育った貴族の子どもでも相当低い。貴族でおよそ5割。平民でここに入学できる者は、毎年数人いるかいないかだとか。さらに、入学してからが本番で、無事留年することなく卒業する者は毎年全体の3割ほどだと言われている。ここを出れば間違いなく出世が約束されていると言っても過言ではない。
「カナタ様はたしか、来年で12歳になられますね」
「そうだね」
「王立学園の入学年齢は12歳以上です。カナタ様はちょうど、入学条件を満たしておられます」
王立学園は12歳で入学して16歳で卒業するのが最短だ。就学期間は4年。そこからさらに希望者は王立大学院などに進む。
「なので、カナタ様には四か月後までに王都に来ていただきたく思います。あっしが受けた指示は、『カナタ様を入学に間に合うように王都にお連れする』『カナタ様のサポートを全力で行う』『カナタ様の指示に従う』の3つでございますから」
「なるほどね…」
っていうか、そんな王立学園の推薦状を入手できる時点で、ヘルマーさんの上司はただ者じゃないよね。絶対これ、王都に住んでるであろう偉い貴族の人たちだよ。『家には話を通してある』って手紙に書かれてるのもつまりはそういうことでしょ。家―デイブレイク子爵家程度では逆らえないレベルの相手ってことだもんね。オルトリンデ公爵が推薦状にサインしてるってことは下手するとそのレベルの大物かもしれない。
つまり、この話は蹴るに蹴れない、ということ。相手の不興を買うのは今後が怖いし、そんなことをしたら最悪デイブレイク子爵家の方から何か言ってきかねない。あの家は嫌いだし、できれば関わり合いになりたくない。
「質問してもいい?」
「はい、なんなりと」
「王都にはいつ頃出立すればいいのかな?」
「できれば、冬を超えてからが望ましいです。ここから王都までは馬車で5日。冬は陽も早く落ちますし、雪のある間は旅は難しいので」
「僕は行くだけでいいのかな?」
「はい。他のことは全てあっしたちが。カナタ様は来ていただければ大丈夫です」
つまり出立は春、今から4か月後ってところか。何もいらないなら最低限の路銀があればいいだろうし、特に何か持って行かないといけないものもない。
とりあえず。
「…エリナになんて言おう」
僕は席を外してもらっていたエリナにどう説明したものか悩みながら、ため息をついた。