タカリの集り
放送室に篭ったDJは、最後のリクエスト曲だと言って、ブルーハーツのリンダリンダを流し始めた。
マジックテープで留めるタイプの財布には、高校生には多すぎるくらいの金が入っていた。福沢諭吉が3体と樋口一葉が、難しい顔をしている。1週間で蓄えやがって。リスか、ハムスターかなんかかよ。来栖は、そこらへんで怯えてる小動物みたいなやつだ。刺し詰め、ドブネズミぐらいだがな。少なくともハムスターみたいな、かわいいやつじゃない。卑しく、下水道で住んでるのがお似合いだ。
「萌斗、いくらあった?」おれは、左の人差し指を立てて、すぐその隣に、右手を開いて見せた。潮と加藤の分け前はそんなもんだ。俺は、2万を自由に使う権利を持っているんだ。本来構成員ってのは、組に金を納付するんだから、これでバレて文句を言ってきたら、軍刀の柄の部分で殴りつけてやる。昔見たプロレスラーみたいにな。
「やったー!トモミ、カフェ行きたいな!」
高橋が、そう言って、潮がそれを満足そうに見てやがる。バカっていう人種は、こういうときだけは、従順な犬に変わる。普段は、駄犬のくせしてな。
「それじゃあ、オオメダ珈琲店行こうぜ」加藤が、みんなの気持ちを察して提案する。パシリ気質なやつだ。まあまあな地位でいたいっていう、思想が丸わかりだぜ。中間管理職かよ。おては、それじゃあと、こっそり2万円を抜いた財布を加藤に渡した。
佐々木が加藤の提案に乗って、行き先は、オオメダ珈琲店に決まる。佐々木は、授業をサボることに慣れていないみたいで、見えないはずの肝っ玉が、ブラブラと忙しく揺れているように見えた。
「早く行こうぜ」佐々木が、校舎の玄関を指さした。「まあまあ、午後は長いんだから」潮がそういって、佐々木の肩を揉む。お前も、早く行きたいんだろうが。ハスりやがって。おれは、玄関に最大限近い時間で着くように、歩く速度を上げる。
「なんか、歩くの早くない?」高橋がそんなことを言ったが、聞こえないフリをした。
玄関の靴箱からニューバランスの574を取り出して、地面に落とす。右の靴が、靴底を上に向けて、おれは、自然と舌打ちをした。
「宮田、じゃないの。どこいくんだよ」不意に声をかけられる。視線をひっくり返った靴から、声の方に向ける。おれの目の前に立つのは、井口とのその彼女の永瀬だ。こいつは、おれが加藤を扱うみたいに、おれを扱ってくるから、嫌いだ。心の中では、そう思いながらも、最大限の敬意を示させられている。“ある程度の地位”ってのは、大事だからな。おれと加藤の違いは、その地位の高さってだけさ。
「いや、ちょっと、フケようと思って……。ちょっと急ぐから」苦しい誤魔化しをして、返った靴に手を伸ばす。
「ちょっと待てよ。午後は長いぜ?急ぐ必要ないだろ」井口は、おれの下を向いた手を引く。おれはしゃがめなくなった。今頃、おれにはかれて、アスファルトの上を駆けているはずのニューバランス574は未だに反対を向いている。
「来栖!早いっ……」潮の声が聞こえてくる。何かを察したように、声が止まる。
「潮たちも一緒か。水臭いな、誘えよ。」そう言う井口に加藤が、誘おうと思ったんですけどとか言ってやがる。場の支配者は、もうおれじゃなくって、井口だ。ムカつく、ムカつく、ムカつく。そう思ってても、何もできない。やったら落とされる。来栖の位置までまっすぐに。
「おい、その財布どこで見つけたんだ。」井口が、不意に近づいた加藤の手ある財布を取り上げる。「あ!」佐々木が、叫んで、井口に睨まれる。「いや、それは……」潮がなんか言おうとしているが、井口が潮を見ると黙った。ボキャブラリーのない奴め。おれだったら、綺麗に誤魔化せるぜ!心の中では、そう言っても、身体は正直にその場で硬くなった。
「返しといてやるぜ」井口は、マジックテープの財布を制服のポケットに入れる。
「私、パンケーキでも行きたいな!」永瀬が井口におねだりしてやがる。高橋の方を見ると、下唇を噛んで、両拳を握っていた。
「ああ、それじゃあいくわ。」井口は、そう言い残して、戻ってきた玄関をもう一度でて行った。おれは、やっと靴を表向きにして、右手で両足分を掴んで、元の位置に戻した。
「まあ、今日はフケるの辞めとくか」みんなからの返事はなかった。先程、こっそり抜いたポケットの中の福沢諭吉の頭を、親指と人差し指でこっそり愛でてやった。これは、1人のおれと、2人の福沢諭吉の秘密だ。