志願者の塔 ~死亡率100%の自殺の名所~
生まれ出ずる刻を選べないのと同じく、死せる刻もまた選ぶことは困難を極める……。
見窄らしい服装にガサガサの頭。髭は醜く生え散らかっていて一見浮浪者にしか見えない。
俺の名は―――いや、どうせこれから死ぬんだ、名乗るのは止めておこう。どうせ俺の命は後僅かさ……。
俺の眼前に聳え立つ苔生した巨大な塔。
きっと考古学者や偉い学者さんはこの塔についての興味が尽きないだろうが、今の俺にはどうだっていい…………。
『楽に死ねるかどうか』
それだけが俺の唯一にして最後の問題だ。
自生した蔓が生い茂る正面の入口は、扉も無く来る者をひとえに歓迎している様であった。俺はそのポッカリと空いた塔の内部へと続く洞穴を、溜息と嗚咽を漏らしながら足音を響かせ歩いた。
塔の内部は細く、外から見る巨大な外見とは裏腹に一本道が続いていた。上に登るでもなく横へ続く単調な道は、ある程度でプツリと終わりを告げた。
開けた空間には、外からの光が僅かに差し、地面に大きな穴が空いている事を俺に教えてくれる。
俺は地獄の底から伸びたかの様な穴へ一歩近付く。穴の中は暗く、内部の様子はここからでは見えない。また一歩近付き、今度は足下に落ちていた小石を穴へと投げ入れた。小石は2秒程して落ちた事を俺に報せてくれた。
「深……」
俺は、この不思議で有名な『自殺の名所』の正体が唯の飛び降り自殺であった事に落胆したが、不思議とまた一歩近付き、俺はしゃがみ込んで穴の中を覗き込んだ……。
………………ふあ。
ん? 甘い匂い? 不思議と、眠気が…………。
俺の頭はいつの間にか微睡みの中を彷徨っており、体の力は抜けてバランスを崩し穴の中へと落ちていった―――。
―――ゴロ……
岩の転がる音で俺は目を覚ました。
「…………ってぇ!」
肘には擦り剝けた痕があり、痛みが後からジワジワと襲い掛かってくる。
ほぼ何も見えない穴の中は、俺を絶望へと誘った。
「くそ……何故か落ちた……が、助かっちまったのか?」
俺は自分が落ちてきた穴の壁をよじ登ろうと足のやり場を探した。
コロン。
軽い物が転がる音がした。俺は無意識にその方向へ手を伸ばす……。
グジュ……。
俺の手は何かに当たり、突き抜けた音と共に指先が不意に濡れた。だが、この暗闇では何に触れたのか確かめようが無い。臭いは……強烈な臭いだ!! 何だこの臭いは!!
俺は怖くなり直ぐさま壁をよじ登ろうとした!
意外にも足場はしっかりしており、登るのはそこまで苦労…………ダメだ……またあの甘い匂いだ。くっ……眠い……。
…………俺が三度目を覚ました時は痣が二つ増えていた。俺は諦めて、先程から気付いてはいたが無視していた横穴の方へ意識を向けた―――
―――青い光る暖かい……苔?が無数に横穴の壁を覆い尽くしており、光るイルミネーションの洞窟の中を歩いている気分へとさせてくれる。試しに少し苔を毟ると、その光は徐々に失われた。どうやらお手軽の光源にはならないようだ……。
「とんだ自殺の名所だな……」
俺は苔の光を頼りに横穴を進む。
突然現れたドクロに俺は全身の身の毛もよだつ思いがした!「!!」
俺は心臓が飛び出る思いと共にココが自殺の名所だと言うことを再確認した……。ドクロは一本の矢が目から壁へと突き刺さり、プラリとぶら下がっている。
………………首から下は?
俺は再び身の毛がよだつ思いに駆られた。一刻も早くココを出たかったが、俺はココへ死にに来ている。今更何をのたうち回る必要が……。
ヌッ
…………おい……マジかよ。
強烈なつり目に三角形の顔、耳は垂れ下がり毛は無く、腕は痩せ干せた老人の如く弱々しいが、腕に翼を設けており、足は太く逞しい俺より一廻り小さい怪物が……いた。
どう見てもじょうしきの範疇を超えた怪物が俺の目の前を横切った!
俺は慌てて戻り苔を大量に毟り取り、俺が落ちた場所へとばらまいた!!
時間は無い! 急いで何か探さなくては!!
真新しい死体!
白骨化した死体!
死体!
死体!
死体!
鉄パイプ!
あった!! 鉄パイプだ!!
俺は消えゆく視界の中、手探りでした鉄パイプを拾い上げた!
バシバシと何回か掌に打ち付け、強度と重さを確認する。
「大丈夫。少し曲がっているが十分殴れる……」
俺はここへ来た本来の目的を忘れ、鉄パイプを構えたまま静かに歩き出した―――
―――立ち止まり耳を澄ませる……。
足音は聞こえず、ただ静寂だけが俺の命の行く末を知る。
しかしアイツは一切の音を立てずに空中から俺の目の前へと羽ばたき襲い掛かってきた!!
「おわっ!!」
怪物の逞しい足についたかぎ爪が、俺の頭を掠めてゆく!
「ガガガガァ!!」
口を開け恐ろしく咆哮を上げる怪物。
何だ、急に騒ぎ出したぞ……。
「!!」
俺は察した! 仲間が来る!!
俺は鉄パイプを構え、宙を飛ぶ怪物へと打ち付けた!
幸いにも洞窟の中は狭い!俺は一心不乱に鉄パイプを打ち付けた!
「はぁはぁはぁはぁ……」
気が付けば怪物は血塗れで地に伏しており、俺は返り血と爪で切られた自分の血で真っ赤になっていた……。しかし、俺に休んでいる暇は無い。俺は急いで落ちた穴の下へと戻り、死体の群れに身を潜めた!
「ガガ……」
「ガガガガ」
「ガ……」
数匹の怪物が近付く音が聞こえる……。それは俺がヤツと闘った場所で止まり暫く辺りを窺っていた。
そして、気配が遠退くと俺は静かに歩みを進めた。ヤツらに見付かることを怖れながら―――。
―――横穴は次第に大きくなり、分岐路へと差し掛かった。一つは上へ、一つは下へだ。
どちらへ進んでも『未知』が潜んでいる事は間違いない。だが、俺は迷い無く上の道を選んだ。何故なら下へと続く道には血塗れの誰かを引きずった跡があったからだ……。
上へと続く道は険しく、傾斜も急で気を抜けば滑り落ちてしまいそうな程だ。俺は必死で鉄パイプを杖代わりに一歩一歩歩みを進めた。
遠くから小さな金属音が聞こえてきた。
(誰か居るのか!?)
俺は焦る気持ちと寂しさを胸に傾斜を登り切り、全力で駆けた。
キィン! キン!
そこには先程と同じ怪物と剣を構え闘う男が居た。
「大丈夫か!?」
俺は全てを忘れ声を掛けた!
「すまん! 手を貸してくれ!」
その言葉に俺は迷わず鉄パイプで加勢した。
この怪物は足の力は強いが、それ以外に脅威は無く、二人で挟み撃ちにしてしまえば問題無く殺害出来た。
「大丈夫か?」
俺は怪物の死顔を確認し男に声を掛けた。
「すまんな。ちと片腕をやられてな……」
男の左腕は大きく腫れており、動かすのも苦痛を伴う様であった。
それよりも俺は気になる事を男に問いた。
「その剣は……?」
すると男はキョトンとした顔で答えた。
「当然俺が持ち込んだ物だが……。あ、ああ! お前もしかして自殺志願者か! どうりで!」
男は俺の見窄らしい格好を指差しては全身をくまなく見渡した。
「いやいや、この塔は自殺の名所とされていたが、人智を超えた怪物が出ると噂されてから、命知らずの腕試しの塔として有名になったんだぜ?」
俺は少し呆けた後、反応に困る顔をした……。
俺は死にに来たのに、お前は自分の命で遊んでいるだと!?
「……まあ、志願者ならこちらとしても都合が良い。一緒にこの塔を登らないか?」
男は、その魂胆を隠さずに清々しい口振りで俺を使い捨てる気持ちを表した。
「……………………」
俺は迷った。このいけ好かない男と居るのは癪だが、何より一人は寂しい物がある。仕方ない、ここは…………。
「分かった。俺が前を歩こう。それが望み何だろ?」
「へへ、分かりが良くて助かるぜ! 何なら後ろから斬ってやろうか!? 直ぐに死ねるぜぇ?」
「痛いのはお断りだ……」
俺は男に背中を向けると、ひんやりと冷たい岩肌の奥まった通路を歩き出した。時折背中から金属音がすると、背中を斬られるのではないかと言う寒気がしたが、何とか斬られずに済んでいる―――
―――ガチ! ビュッビュ!
それは突然訪れた。
俺が踏んだ床が仕掛け床のスイッチになっており、俺の頬を矢が掠める! 俺は咄嗟にしゃがみ込んだ!
「危ねぇ! 屈め!」
俺は立ち尽くす男の左手を引いた。
すると、男はバランスを崩したのか大きく倒れた。
その目には矢が深々と突き刺さり、背中にも数本矢が刺さっていた……。
「う、うわぁ…………!」
俺は静けさを取り戻した洞窟で、一人取り残された事への恐怖心に駆られた。
「……怖い……怖い……怖い……」
俺の手は震え、足はガタが来ている。
――ヒタ ヒタ ヒタ
それでも尚、俺に更なる恐怖の音が忍び寄る……
人型の化け物のブヨブヨと太ったゴムの様な皮膚は異臭を放ち、浅ましい顔に着いた紫色の澱んだ瞳は、まるで罠に掛かった獲物を確かめるかの様に嬉々とした表情を胎んでいた。
俺は恐怖より先に男の剣を握っていた!
化け物は弓を取り出し、嬉しそうな顔で俺の方へ狙いを定めた。
―――ビュ
「あ″あ″!!」
俺の腿へ矢が深々と突き刺さる。俺は痛みで地面に転がった!
―――ビュン
次の一撃は俺の頭を確実に捉え、俺の意識は混濁の海へと消えてった…………。
読んで頂きまして、ありがとうございました。
連載向けに塔の制覇まで作っておりましたが、執筆時間の都合で短編にしてラストも変えました。
バットエンドですみません……。




