第一話 死んじゃった……ちょっと調子に乗りすぎたかな
ギャリギャリキャリィーーーーッ
深夜、新潟にある名もなき峠に二台の車のドリフトの音が鳴り響く
「――誰だか知らんが、下りでの軽トラの怖さを教えてやるよ」
走り屋どうしではあおり運転はあおり行為ではない。バトル開始の合図。
俺、平野紀史35歳会社員は峠を愛車の軽トラで下っている途中スポーツカーに煽られ、ドリフトバトルを開始していた。
「ここで2速だ!」
目の前に迫ってきた急カーブをシフトダウンしてドリフトする。後ろのスポーツカーもドリフトするが、俺の軽トラのほうがはるかに速い。
「ふう~~。勝負あったな」
残念だがこっちのほうが車のポテンシャルも運転手の技量も優れているようだ。
俺はタバコを火をつけ、残りのカーブは流して運転して峠のふもとまで下って行った。……後ろから凄いドリフト音が聞こえてくるが、それでも追いついてくる気配はなかった。
車を道路脇に止め、車外に出る。すると間もなくスポーツカーも到着して中の奴も出てきた。
緑色に染めたモヒカンヘヤーがニワトリのトサカじみているガラの悪そうな兄ちゃんだ。
おいおいマジかよ……! カラーヒヨコが育った姿を初めて見たよ!
少々面食らったが年下ということもあり俺は意を決してしゃべりかける。
「おっ、フォードのマスタングかい? いい車乗ってるね」
「うるせえよおっさん……つかなんで俺が軽トラなんかに負けんだよ!」
ガラの悪い青年は悔しそうにこちらを睨んできた。
見かけに反して走り屋としてのスピリットは本物のようだ。だから負けると悔しい、勝つと死ぬほど嬉しい。
だからこちらも走り屋として正直な感想を口にすることにする。
「下りで速いのはノンパワステでぶん回せる軽い車だよ。その車1600キロはあるだろ? ここはサーキットじゃないんだ。速くなりたければ君も軽トラに乗るんだよ!」
「くっ! めちゃくちゃ言いやがって……!」
青年は悔しそうに歯噛みしてこちらを睨んできた。
――がすぐに薄ら笑いを浮かべて口を開く。
「分かったよおっさん。トラックにはトラックで勝負だ……逃げんなよ」
「お、軽トラに乗る気になったか? これは楽しみだ」
これはいい軽トライバルができそうだなあ……ウキウキ
俺は満足して自分の愛車に乗り込み、エンジンを始動した。そして窓の外の青年に話しかける。
「じゃ、俺は毎週水曜日のこの時間に走ってるからさ」
「……」
そう言い残して帰路につく。この時俺がバックミラーを見ていれば、青年が不敵な笑みでこちらを見ていることに気づけただろう……
次の水曜日の深夜、俺は日課の軽トラで峠下りをしていた。しかしあの車は現れない。
「あれ? おかしいなあ。予定が合わなかったのかな」
いいライバルができたと思ったのになあ、残念。
するとすぐにこの峠一の超急カーブが目前に迫ってきた。カーブがきつすぎてコーナーの先は全く見えない。
「今日は欲求不満だし、最高のドリフトを見せてやる!」
俺はテンションを上げるべく派手なドリフトをする――
まさか、これが人生最後のドリフトになるとは思いもよらず――
次の瞬間突如、コーナーの先に巨大なトラックが現れた。
「な、何ィいいいいいいい!?」
フォード F-450。日本で運転するには巨大すぎるアメリカ製のトラックだ。
運転席を見ると乗っているのはこの前の例の青年。その殺意に満ちた目を見て「トラックにはトラックで勝負だ」と言っていたあの言葉の意味が分かった。
「このトラック野郎おおおおおおお!」
軽トラとF-450が正面衝突し俺と軽トラはぺしゃんこに、相手は無傷。
軽トラック野郎はアメリカントラック野郎に惨敗!
35年生きてきて真面目に働いてきたのに俺、こんなことで死ぬのか…… 薄れゆく意識の中でそんなことを考えた――