26肩凝りー家族のひみつー
ただいまー。
見慣れた廊下の奥からは、今日も夕飯の香りとお皿を洗う音。
そして、おかえり、と明るい声。
お母さん、今日はもう帰ってるんだ。
そうと分かれば早くご飯にしよう。
ただいまを返して手を洗いに行くと同時に、ベンチから着信。
「もしもし〜!
ひひひひかりょんっ!はかひょんふかきょんっ!!」
なんと慌ただしい第一声。
本人のモノマネなら100点を通り越すほど圧倒的ベンチ。
「ん〜!ん゛ん〜。。その。。
こ、告白されたら!どうしたらいいの゛っ!?」
・・・?
思わず喉から出る変な音を飲み込む。
「あ、明日!あ゛したウチ!
コクられるかも〜じゃん!?
手紙もらったってことはそういうことじゃんっ!?」
リビングから香るきんぴらごぼうの匂いが鼻をつく。
「どうでもよいことだぞ〜」って言われてるような?
『ひかり様、目が半分しか開いておりませんよ』
これがジト目っていうんだよ光秀。
気を取り直して、
「わたしだってそういう時どうすればいいかなんてわからないし。
そういうことはモテる詩ちょんに聞けばいいでしょ」
「はっ!!
流石ひかりょん冷静だ〜!
あり゛がどぉ〜!じゃぁまたーぁっ!」
んんっ。なんか傷ついた。
『ひかり様、なぜまたジト目になっておられるのですか?』
こんなこと・・・中学生の時にもあったんだよな。
「ひひひひひかりっ!!はかりへかりー!!」
あの時も、てんやわんやな口が真新しい言葉をいくつも紡いでた。
中学生活ではじめて、雪が積もった日に、これまたはじめてバレンタインでチョコを渡した女の子。
それがベンチだった。
話は中学1年生の2月10日に遡る。
突如ベンチの家に呼び出されると、着くなり相談を持ちかけられた。
野球部の紅一点、長岡真莉は得意げに口角をあげて、
「ウチが言うのもなんやけど、野球部の連中ってほんっっまにダサいんや。
もし今年ウチからチョコ貰えへんかったら、一生カカオ豆と縁のない生活になることは明白なんよ」
と野球バカ達を彼女なりに褒め称えた。
爆笑。
箸が落ちても笑うはずの思春期。
だけど当時のわたしが心から笑えたのは、長岡真莉こと、マリーの冗談だけだった。
しばらく笑い合ったあと、さらに笑いの追爆に晒される。
「せやけどな、ウチもバレンタインなんかあげたことないからなー。どうしたらええと思う?」
ノーアイデアで呼ばれたんかい!
どうやら、マリー自身も人生ではじめてバレンタインをあげるらしい。
「わたしもよく分かんないけど、簡単手作りバレンタイン特集によれば、板チョコを買って、溶かして、型に入れて冷やすってのがいいみたいだよ」
「それだぁあ!
じゃ、さっそく買いに行こ!」
へ?
マリーの牽引力は凄まじく、抵抗するどころか気づけば自ずとスーパーに足が向いていた。
辿り着いたのはスーパーキタジマ。
近所で一番のスーパーで、なんでも揃っているお店。
なにより2階建ての大型スーパーなんて滅多に出会えない代物だ。
早速義理チョコの精製に必要なチョコを物色する。
「チョコってやっぱり甘い方がいいのかな?」
「か、型ってやっぱり、ハート?バレンタインだもんハートだよ゛ね!?ぇえー!?」
「バー゛ドは本命゛ってことなのかそうなのかー!?」
光より早い思いは逡巡して、
「あっ、、お金足りないかも」
スーパーの入り口に戻ってきた。
ここに来ての衝撃的な一言。
野球部員はマリーを抜いて20人。
顧問の先生にもあげるらしいから、21人分作る予定だった。
チョコを物色してる時は気づかなかったけど、ハートの金型が意外と高くて、板チョコ1枚の錬金術からハートを3つ生みだせるか否か。
「ひかり〜、どうしよっか〜」
「う〜ん」
「水とかで水増しすればイケるかな?
どうせ中学生の野球部男子が、貰ったチョコの味なんて知る由もないんだし!」
とんでもない暴論だけど、一理ある。
小学生の時でさえ、テレビの魔力か、既にイケメンの定義を女の子は理解できる。
わたしも一時期は好きなアイドルグループが出る番組を、出来る限りチェックしていたりもしてた。
坊主頭の集団が女の子に関することを知る由などないのだ。
「せめて牛乳じゃない?」
「牛乳は白いから混ぜたのバレそう〜」
「でもチョコはビターもホワイトも使うじゃん」
「チョコはいい感じに混ざるよ!だってチョコだし」
話が平行線となるかと思われた寸でのところで、天啓が全身を貫いた。
「マリー!!安くて沢山入ってるビスケット砕いて入れればいいんじゃない!」
「それだぁ〜!!」
ホクホク顔で帰宅するなり、即キッチンへ移動。
テレビで見たのを思い出しながら、ボウルに砕いた板チョコを放り込む。
黒いビターチョコ。白いホワイトチョコ。
最後に茶色い普通のチョコ。
「カラフルだね〜」
「カラフルかな〜」
ピーピーピーピー
「あっ!お湯沸いた〜」
「音楽で教えてくれるんだ!便利でいいねー。
でもなんでコンドルは飛んでゆく?」
「細かいことは気にしない〜!」
ポットのお湯が沸いたところで、さらに一回り大きいボウルに熱湯を注いでいく。
そこにチョコ入りのボウルを浮かべて、ヘラで押し付けながら溶かしていく。
「ここからはマリーががんばって!」
「ウチのチョコだもんね〜!うぉお゛ー!」
作り手の熱意が伝わったのか、チョコはどんどん溶け合っていく。
「さぁ仕上げだあ〜!!」
豪快にピスケットを取り出してはバリバリと砕いていく。
指をすり抜けた小麦粉達が、我先にとチョコの海に身を投じていく。
なんてこった。
彼らは冷蔵庫という名の天国でハートになったのだ。
懐かしい妄想にすっかり夢中になっていた。
「ひかりー、お話終わった?」
食卓からのお母さんの声にハッとなる。
洗面所の鏡には、にこやかに笑うわたしがいた。
「きんぴらごぼう冷めちゃうわよ。
それに今日は話したいことがあるんだよねー」
お母さんが急かすなんて珍しい。
うがいをしながら、んー!と返事をする。
なんだろ。
「今日ね、澤先生に来てもらってたの」
食卓に着くなり、なんだか真っ直ぐ見つめなおされた。
「守護霊様は、あんたをちゃんと守ってくれてる?」
急だなぁ。
「光秀はしっかり守ってくれてるよ。だから安心して」
『守護霊たる務め、これからも果たして参ります。
ご安心くだされ』
「そっか。じゃあ一安心」
そう言ってコップの水を見つめる。
どんな顔していいのかよくわからず、とりあえず笑みを浮かべてみる。
「お母さんね。あんたに大切なこと話さなきゃいけないの」
なん、だろ。
「実はね。あたしにはね、守護霊様は見えないの」




