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七海は昔を語らない 5

 集められたのは総勢数百名を超える、世界に名を轟かす英傑たち。

 対して、《魔王》迅人が率いるのは四人の側近だった。


 一同は狭くも広くもない改装された工場の中で、にらみ合う。喧嘩を売られた英傑たちは当然激昂の最中にあり、喧嘩を吹っかけた迅人もまた、少しの怒りをうちに秘めていた。

 迅人が珍しく怒っていることに気がつくと、側近たちは皆、同時に引きつった顔になる。各々が、迅人の異様さを知っているがため。そして、迅人が怒っている理由を考えて、止めることができないと悟ったからだった。


 迅人は、人殺しを許しはしない。

 そこに当たり前な理由があるとしても。殺害の正当性があるとしても。やむを得ないことわりがあるとしても。迅人が殺人を肯定することはない。


 武力は悪である。武力では何も守れないがために。

 知力は悪である。知力では何も救えないがために。

 己は魔王である。遍く武力と、深淵の知力を有するがために。


 ――故に、俺は悪である。


 それが、迅人の口癖である。《魔王派》の人間であれば、誰しもが聞いた言葉だ。卑下するために言った言葉ではない。客観的な考察から出た結論だった。

 しかし、迅人は自分がたとえ悪であろうと、成さねばならないことがあった。そして、そのためには今日という日が必要だったのだ。正義とは何かを問うために。


 怒りを見せる大衆に、迅人は大手を振って歓迎する。


「ようこそ、殺人犯たち。俺に殺されるために、遠路はるばるやってきてどうもご苦労さま」


 なおも怒りを扇動する口ぶりは、見事英傑たちを沸かせた。

 戦闘の合図が早まる。いつ誰が始めてもおかしくない状況で、誰かが自慢の武装を手にとった。それが投擲武装だったのか、近接武装だったのかはわからないが、確かに手にとったのだ。


 そして、合図の音が鳴ろうかというときに、雨が降った。

 屋内。しかも、扉も窓も塞がれた工場の中で、雨が降ったのだ。真っ赤な雨が。


「クセェクセェと思ってたが、やっぱり野蛮人は違うな。血の匂いが獣のそれだ」


 雨の正体は武装を手にとった者の血液だった。見れば、男の頭がなくなっており、首から噴水のごとく血液が吹き出していた。

 一瞬。瞬きにも満たない時間で、男は殺害されていた。

 その事実は、英傑たちを戦慄させるのに十分だった。英傑たちは、ただの学生に喧嘩を振られたと。田舎猿を痛めつけるだけだと考えていた。今の瞬間は、英傑たちの愚かな考えを改めさせるのに有り余る効力を発揮してくれた。


 世界広しと言えど、一瞬で大人の男の首を飛ばせる人間は数える程もいない。

 それをただの学生が行えるなど、もはや誰も思うまい。

 何人かの人間が慄いた。数歩足を引いて、逃げる道を確保しようとしていた。それを遠目から見ていた迅人は、大げさに笑って、屈強な男たちを見下す。


「おいおい。逃げるなよ、英雄様。巨悪に立ち向かい、悪の根源を断罪したから、あんたたちは英傑だなんて呼ばれてるんだろ? 国の意思。己の意思。愛する者たちの生活。あとは何の理由があればやる気を出してくれる? なあ、答えてくれよ、英雄様」


 誰も答えられなかった。

 確かに、英雄と呼ばれる者たちは、少なからず理由をつけて殺人を良しとした。

 しかし、今回は違う。英雄たちの目には、迅人は人に見えず。また、人を殺すと書いて殺人と読むように、人でなければ殺人は成立しない。つまり、人に見えないものを、英雄たちは殺す術を持ち合わせていないのだ。


 迅人は人を捨てた。これまで、一度として犯罪を犯しはしなかったのに、今日をして、迅人は大量殺人犯を大量に殺害した世紀の大悪党へと成り果てた。

 もう、犯罪者になってはいけないという縛りはない。そして、世界が迅人を排除してはいけないという理由すらもなくなった。迅人は、今日を持って世界中から命を狙われるお尋ね者になったのだ。

 だが、時はすでに遅かった。迅人は全ての前準備を終わらせて今、この場で犯罪を犯した。それはつまり、好敵手である《勇者》を排除することが叶う絶対条件が揃ったという意味でもあった。


「迅人……」


 工場の入口近く。無残に英傑たちが血を流している地獄から離れて、《勇者》恭介は小さくつぶやいた。

 目の前で行われているのは正義とは程遠い行為。だというのに、なぜか正義を感じ取れてしまう。人類救済を願う恭介は、英傑たちを守る義務がある。けれど、どうしても足が動かなかった。


「お前は、そこまでして世界を救いたいのか」


 最後の一人の首が飛ぶ。鮮血は飛び散り、迅人の服は真っ赤に染まり上がった。

 そして、最後の最後に残ったのは迅人と《魔王》の側近四人。さらに、《勇者》恭介だけだった。地面は濡れ、悲鳴は残渣のようにしっかりの張り付いていた。

 その中を、恭介がゆっくりと歩き始める。靴の音が湿り気を帯びていた。数々の英雄の命を散らせた迅人は、目的の人物である恭介を前にして、刃を向けなかった。ただ、近くに来るのを許していたのだ。


「久しぶりだな」

「……そう思うんなら、ちゃんと学校へ来たらどうだ。七海だって喜ぶだろうし」

「そうできない理由がある。見ての通り、俺はどうにも人間をやめちまった」

「まだ――」

「まだ間に合うなんて言葉、使うなよ? 頼むから、使わないでくれ」


 そっと、《レーヴァテイン》の切っ先が恭介に向く。

 それ以上の言葉を言えば斬る。迅人の行為はそれを示していた。理解した恭介は、先の言葉を告げずに、口をつぐんだ。


 迅人は、近くにあった椅子を引っ張り、恭介の前に座る。恭介も、同じく椅子を持ってくると、少し離れた場所に座った。


「……俺は世界を救う。二年前にそう言ったよな」

「ああ。言っていたな」

「お前は人類を救う。そう言ったな」

「ああ。言ったよ」

「俺の言葉に二言はない。お前も、そうか? 未来永劫。天変地異が起きようとも、お前はお前の言葉に責任を持てるか?」

「……ああ。俺は未来永劫、人類の救済を願う」


 迅人の確認だった。

 これから行われる話に際し、この確認は無くてはならないものだった。そして、その答えは是だ。これ以上にない最高の言葉だった。


「そうか……じゃあ、俺たちの話をするとしよう」


 ゆっくり。息を吐くように、迅人はそう告げた。

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