七海は昔を語らない 3
魔王城。なんて、大層なものではないが、廃屋を再利用した迅人の隠れアジトである場所。
七海と別れた迅人は、空を飛翔した足でそのまま、この場所までやってきていた。
特別誰も出入りしない山の麓に建てられた化学工場は、経営難と汚染物質の処理の費用で倒産していた。そこを使わせてもらっているのだが。いろいろと手を加えた結果、原型を忘れたものへと変貌してしまっていた。今では、家を持たない《魔王》信者たちがこぞって暮らすことから、あながち魔王城と呼んでも余り違和感のないものになっていた。
果たして、用を思い出したと言って七海と別れたわけだが。その実、用などない。ただ、面倒なお節介を焼こうしていた七海から身を隠すための方便だった。
《魔王》信者たちが住む場所だけあって、《魔王》の帰還を察知して、ぞろぞろと人が外へと出てきては、迅人の前で左右に分かれる。どうやら、迅人の帰還に際して、道を作り上げたようだ。
こうされてしまっては、迅人としても堂々としなければならない。《魔王》信者たちは皆、迅人の思想に輝きを見出してついてきているのだから、その威風というものを見せつけるのが迅人の役割である。
「帰ったのか」
「……ああ」
《魔王》信者たちが作った道の真ん中に、迅人の進行を邪魔するように立ちふさがる男が一人。
バレン=カラー=ゾロアスター。それが彼の名前だ。
『縛神』において、最も珍しい異国の混血種である。日本人の血とインド系の血が流れているらしく、肌は『縛神』の人々に比べていささか黒い。違いと言えばもう一つ。瞳の虹彩がライトグリーンなくらいなものだ。
バレンは迅人の四人いる側近の一人だが、《魔王》崇拝者ではない。それどころか、《魔王》信者かどうかも怪しいところである。では、なぜバレンが迅人の側近などをやっているのか。それは、迅人に少なくない借りがあるからだった。
そんな信用に足らないバレンを前に、迅人は何の警戒もせずに立ち止まった。
「……少しは警戒をしたらどうなんだ?」
「どうして側近を前にして警戒しないといけないんだ?」
フフンと。迅人の顔は勝ち誇ったように笑っていた。
それを断ち切るように、バレンはその手に燃ゆる炎を纏う両刃の長剣を持つ。刀身に張り付く炎は、赤から朱、そして紅へと変化し、熱量も変化とともにひどく高いものへと変わっていた。
そして、それを迅人の首目掛けて思い切り振るうのだ。もちろん、《魔王》信者たちは驚き、恐れ、慄いた。中には腰を抜かす者まで現れ、一時騒然となる。
が、迅人は終始笑っていた。しかも、勝ち誇ったように。まるで、こうなることを知っていたかのように。
バレンが振るった長剣は、迅人の首を落としてはいなかった。首に当たる直前のところで止められた刀身を見ながら、バレンは迅人に問うた。
「どうして斬らないとわかった?」
「別にわかったわけじゃない。ただ、斬らないだろうと思っただけだ」
「……なぜ?」
「俺の首を落としても、お前にメリットが何一つないからだな」
《魔王》を殺せるのは《勇者》のみ。
それは、《魔王》が手にした力が強大だからでは決してない。むしろ、探せば《魔王》よりも強力な能力を持った人物がいるかもしれない。だけれど、《魔王》を殺せるのは《勇者》のみなのだ。
なぜなら、《魔王》も人であり、人である以上、人の世界の秩序に従った処置が行われる。犯罪という犯罪を犯していない《魔王》は《勇者》以外に裁かれることは決していない。
そして今、迅人の首を落とそうとしたバレンの行為は、列記とした殺人未遂。デメリットこそあれ、迅人を殺してもバレンには何一つとしてメリットは手に入らなかった。
だから、バレンは迅人を殺さないし、迅人も容易にその結論に至ることができた。
「……はぁ」
息を吐くと、バレンは長剣を消した。
さらにその場に跪くと、迅人の帰還を今度こそ祝福した。
「ご帰還、嬉しく思う」
「ああ、ただいま」
一連の動作で、今までのが演技だと思わせるのが二人の策略だ。そうして、それを信じ込んだ《魔王》信者たちは、一斉に拍手喝采を巻き起こす。
当然、本当に鬼気迫るシチュエーションだったなんて、誰一人として思いもしないだろう。むしろ、素晴らしい演目だったとさえ言いそうだった。
大量の拍手を浴びながら、二人はアジトの方へと入っていく。
やがて、扉が閉まると《魔王》信者たちの姿が全く見えなくなった。それを合図に、迅人はバレンに向かって質問をした。
「そう言えば、例の手紙の剣はどうなってる?」
「滞りなく」
「じゃあ、予定通り始められそうか」
「それは、手紙を受け取った人たちの行動によるかと」
「予定通りさ。こんな成績不良者に喧嘩を売られて、黙ってるようなやつらに手紙を出した覚えはないしな」
勘違いをしてはいけないのは、迅人が成績不良者なのが、一様に迅人が学校へ通っていないのが原因である。《縛神》でも有数な、超がつくほどの進学校である高校に、ロクに出席をしなかった中学校生活を送ってきた人間であるのにもかかわらず、余裕で合格できるあたり、迅人は地頭が他人とは群を抜いて良いのだ。
だが、世間とはひどいもので、結果こそが全てである。もちろん、出席不良も、テストを受けていないために成績不良であることも、データとして残されてしまう。そして、そのデータだけを見た、手紙を受けたとった人たちは思うのだ。
なんと愚かな餓鬼なのだろう、と。
そう思わせることこそが、迅人の真の意図だとは終ぞ考えもせずに。
「でも、本当にするのか?」
「はぁ? おいおい、ここまできて怖気づいたのか?」
「そうじゃない。勝算があるのかという話だ。今回の作戦は、穴がありすぎる」
バレンの心配事は、これから行われる作戦の成功と、《魔王》迅人のことを思ってこその言葉だった。もしも失敗すれば、迅人は死ぬ。そういうことを今からしようとしているのだ。
だというのに、迅人は緊張の色すら見せやしない。それは勝算があるからなのか、それとも違う考えがあるからなのか。それを知りたくて、バレンは聞いたのだ。
バレンと目があって数秒。
やがて、迅人は口を開いた。
「作戦なんて、そんな大層なものじゃない。お前が無茶だというのなら、それは本当に無茶なんだろうさ」
「だったら……!」
「でもよ。考えてみろよ。もしも成功した時。俺は……俺たちは、俺たちの掲げた正義が正しいんだと、真に証明されるんだぜ? これ以上、最高なことはないだろ?」
「それに支払う代償が大きすぎるんだ!」
声を荒げて、バレンは叫ぶ。
《魔王派》に人間たちが掲げる正義。それは悪が掲げる偽善のものなのかどうか。代償を支払ってでも、証明せねばならないものだ。けれど、その代償が盟主の命など、言語道断である。
迅人にある借りだけで側近を務めているバレンでも、目の前で命を無駄にしようとされて、黙っていられるはずがない。
「とりあえず、支度を済ませとけ」
「待て、話はまだ――」
「いいから来いよ。俺を信仰しようがしまいが、お前は今、俺の側近だ。だから、俺はお前にも見せてやらなくちゃならない」
立ち止まっているバレンの横を歩き、迅人は足を進めた。
残されたバレンは、その場で迅人の背中を目で追いかける。そうして、動かないバレンの方を見た迅人が、苦笑気味に振り向くと。
「とりあえず、世界の救済を見てみたいだろ?」
静かに嘯くのだ。




