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七海は昔を語らない 2

 《魔王》迅人と別れてから、七海は渋々自分の教室へと戻っていた。

 授業は終わり、休み時間を利用してこっそりと教室へと戻った七海の前に、一人の少年が立ちふさがる。少年は、七海の様子を見て、大方を悟ったように話しかけてきた。


「やっぱり駄目だったか」

「うん……」


 少年の名前は、八神やがみ恭介きょうすけ

 名家、八神家の次期当主を担うことで知られ、容姿の良さと、努力を欠かさない性格を持ているため、周りからの評判は非常に良い。加えて、面倒見が良いことで、生徒教師にかかわらず、高い支持を得ている。

 そんないわゆるイケメンと仲がいい七海は、女子の間で変な噂が絶えないのがいくつかある悩みの一つだ。


 ともかく、七海は事情を深く知っている恭介に、作戦が失敗したことを告げた。


「今日は絶対授業を受けさせるつもりだったのに……」

「仕方ないさ。あいつは昔からそういうやつだった」


 七海、恭介、そして迅人の三人は所謂ところの昔なじみである。言い換えれば、腐れ縁ともいうが、今回の場合は奇縁と呼んだほうが良いのかもしれない。

 迅人が《魔王》であるのなら、イケメンの恭介は《勇者》に当たる。そして、その二人と、最も深いえにしを結んでいるのが、七海なのだ。


 世界の運命が、何を持ってこの三人を引き合わせたのかは全くの不明だが、少なくとも、この三人は例年どおりの配役を狂わせていると言えるだろう。なぜなら、《勇者》と《魔王》が決まってから二年。これと言って危機が迫ったことが一度としてなかったのだ。

 普段であれば、特別地域の一角が消失するなど、あって然るべきだというのに。この世代は、未だに戦争を起こす気配すら感じられないでいた。


 七海は自分の席に座ると、隣の席である恭介も自分の席に座った。

 そして、気を落としている七海に、恭介が気にするなと声を掛ける。


「そう気を落とさないほうがいい。きっと杞憂になるから」

「迅人が自主的に勉強をするような性格なら、私は何一つ気にすることはないんだけどさ。そういう性格じゃないって知ってる身としては、どうしても放っておけないんだよね」

「いつもどおりお節介だね」

「この話をしたら、きっと迅人もそう言うと思う」


 楽しげに七海は笑う。それを見て、迅人のことを諦めていないのだと悟り、恭介は呆れてしまった。

 望月七海は諦めが悪い。これは、七海と付き合ったことのある人ならば誰もがそう思う真実だ。七海の諦めの悪さは、女の嫉妬よりも深く、男の愛情よりも根深い。一度決めたら、頑としてそれを成功させる。多分、七海には諦めるという言葉がないのだろう。

 だからこそ、誰もが匙を投げる問題児、《魔王》迅人と長く付き合えているのだ。


 と、恭介との話が途切れたのをタイミングとして、ふわりと存在を濃くさせた人物が現れた。


「いやー、ナナちゃん残念っすね。今日も逃げられちゃいました?」

「そーなの! 麒麟ちゃんからも迅人に言ってあげてよ!」


 鳳凰ほうおう麒麟きりん。それが、現れた少女の名前だ。

 麒麟は迅人の側近で知られる、正体不明の能力者だった。だったというのは、迅人の命令という名目で能力の詳細を、《勇者》恭介と七海には告白してしまっていたからだ。

 どうしてそんなことをしたのかは、告白した本人ですら知らされていないが、きっと能力の知らない人物がいることが不公平に感じたのではないかという安易な推理を、一応の理由に当てはめていた。


 その《魔王派》の人間である麒麟が恭介の前に現れるのは、極めて珍しいことではある。しかし、麒麟は七海と仲がいいため、意外にも多い頻度で恭介と会う機会があった。

 だからといって、迅人の情報を容易に知らせたりはしないわけだが。


 麒麟は肩を竦めて、難問に対峙するような顔になった。


「言うコト自体は簡単っすけど。そのあと私、殺されちゃうんすよね~」

「大丈夫だよ! 麒麟ちゃんの命は他の人よりは軽いから!」

「わー辛辣っすね~……」


 無論、七海は麒麟が嫌いなわけではない。

 麒麟の命が他人よりも軽い理由は、麒麟の能力に由来する。

 麒麟の能力は、日に七つの命を得ること。一日に七回までは死ねるということになる。だからといって、死ぬときの痛みが無いわけでもなく、八回殺されれば生き返らないわけで。特別強すぎる能力というわけでも、便利というわけでもない普通の能力だ。


 珍しく、今日は七海をからかいに来たわけではない。

 麒麟の目的は、七海と話をしていた恭介のほうだった。普段から、会う機会は多いものの、まともに話したことがない麒麟は、敵である恭介に軽薄な笑みで近づく。


「……《魔王》の手下が、俺に何のようだ?」

「そう睨まないでほしいっすよ。ほら自分、女の子なんで。睨まれたりすると泣いちゃいますよ?」

「で? 何のようだ?」

「わーこっちはこっちで辛辣っすね~。てことではい。お手紙っすよ」


 パッと、手品のように手紙を取り出す麒麟は、そのまま手紙を恭介へと手渡した。

 それを受け取って、怪しみながらも手紙について聞く。


「これは?」

「あ、自分からのラブレタ―じゃないんで悪しからず」

「知ってるよ。迅人からだろう?」

「なぁんだ、知ってるんじゃないっすか。でもでも、残念っすね~。自分みたいな可愛い女の子からラブレターもらえなくって。……少しは期待しました?」

「どうして、俺のことを嫌いな相手からラブレターが送られることを期待するのかはさておき、これの内容を聞きたいんだけど?」


 麒麟は《魔王派》の中でも群を抜いて《魔王》崇拝者だ。だからこそ側近にまでなれたし、何よりも《魔王》が嫌いな《勇者》が、世界で最も嫌いな人間だった。故に、会う機会が多くとも、話をしなかったのだ。


 いいから手渡した手紙を読んでみろ、と。麒麟が目で知らせる。

 すると、恭介は手紙に書かれていることを読んで、頬を引きつらせた。


「……あいつは何を考えてるんだ?」

「あーっと。そう言えば、言伝も頼まれてたっす。あーあー。テステス。魔王のテスト中。おふん。

『よぉ、《勇者》。手紙はよく読んだか? どうせお前のことだ、自分の頭で考える前に麒麟を睨みつけているんだろ? お前の行動は手に取るようにわかるぜ。御託はいい。やる気があるなら来い。一応、待っててやるよ、マヌケ』

だそうっすよ」


 麒麟の完璧な声真似は、ムカつく態度すらも真似ていて、《魔王》が大嫌いな恭介には、とてつもない効果を発揮したと言える。

 すでに沸点を振り切った恭介は、椅子を吹き飛ばさん勢いで立ち上がり、青筋を浮かび上がらせて、持っていた手紙をぐしゃぐしゃに締め上げた。

 そして、誰にともなく言うのだ。


「行ってやろうじゃないか。待ってろよ、腰抜け」


 一方。何一つとして関与していない七海も立ち上がり、面白そうだという理由だけで、怒り狂った恭介のあとをついていく。

 恭介が握りつぶした手紙の最初の一行は『《勇者》を除く、英傑たちに告ぐ』と書かれていた。

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