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《魔王》と《勇者》

今回はプロローグです。

よろしくお願いします。

 人口の半分が普通ではない能力を持つか、異形の容姿をしている特別地域、『縛神』と呼ばれる場所がある。

 東京の四倍ほどの広さを持つその場所では、一世紀に一度、絶望を知った人間と、希望を願う人間が一人ずつ選別される。そして、選別された人間は、それぞれ《魔王》と《勇者》という役者を押し付けられるのだ。


 そして、役者を担う二人の最終目的は、相手の殺害。

 つまり、二人は望もうが、望むまいが、関係なく殺し合いを強要される。


 二十一世紀。

 いずれ、伝説となる《魔王》と《勇者》の物語は、勇者が通う、とある中学校の屋上から始まることになる。


「そうか……お前のところにも封書が届いたのか」

「ああ。俺以外に、担えるやつがいなかったってことだろ」


 元々、ソリの合わなかった二人。

 片方は世界に圧倒的な絶望を懐き。片方は人々に希望を捨てるなと説く。

 性格も全く正反対で、相性など言うまでもなかった。

 逆に、そういう二人だからこそ、相対する役職を似合うのに相応しかったのだろう。実際に、二人は自分たちが対峙するということを知っても、驚きの一つも見せなかった。


 しかし、ソリの合わない二人でも、今日のこの瞬間だけは気があった。

 自分が特別な役職を担うのならば、きっと最大の敵は目の前にいるこいつなのだろうと。何はともなく常に考えていたのだ。油と水の関係だからこそ、自分はこいつとはわかり合えることは生涯来ないと。常に感じられた。


 《魔王》を担う事になった少年は、だらしなく伸びた髪が風に揺れるのを見ながら、屋上のフェンスに持たれる。そして、そのままの状態で、つぶやくように言うのだ。


「世界は狂ってる。絶望しかない世界は、救われる必要があると思わないか。俺はなぁ。人類の命で世界を救うよ」


 《勇者》を担う事になった少年は、晴れない顔で呟く《魔王》を見ながら、屋上の決してキレイとは言えない地べたに座る。そして、そのままの状態で諭すように言うのだ。


「人々が希望を持てないのは世界のせいだ。世界が決めた運命とやらに操られるなんて卑劣だって気が付かないのか。俺は、世界を変えて、人類を救う」


 相反する意見。《魔王》は世界を救うと言い、《勇者》は人類を救済すると言う。

 互いに互いの意見を笑い、にらみ合う。

 屋上に、冷たい風が吹く。


「ははっ。世界を救うはずの勇者が世界を変えるって?」

「それを言うなら、世界を破壊するはずの魔王が、世界を救うほうがおかしいさ」


 重なる視線。空気が割れるように冷たい。

 ここに至っても、彼らは自分たちの主張を変えようとはしない。否、変えることができないのだ。相反する二人だからこそ、《魔王》と《勇者》という役職を与えられたがゆえに。

 相手の主張を肯定することも、自分の主張を引っ込めることもできない二人だから、戦争は行われる。

 自分の主張こそが世界の定めであると、相手に示すためだけに、二人は殺し合う。


 歪だが、そこには確固たる正しさがあるのだ。

 絶望した《魔王》だから見えるもの。希望を普及する《勇者》が見出したもの。それは意図的に、混じり合わうことのないものだったのだ。ただ、それだけなのだ。


 背もたれにしていたフェンスから背を離すと、《魔王》は勇者の方を向いた。


「お前にはムリだよ。世界が定めた運命を守るだけの《勇者》に、人類は救えない」


 《魔王》に選ばれる者には、世界の絶望を象った武装が配布される。世紀ごとに《魔王》が変わるように、武装の形状も変わる。今回の《魔王》に与えられた武装は、紅と黒で彩られた禍々しい片手剣、銘は《レーヴァテイン》だった。

 《魔王》は、それを虚空から呼び出すと、その切っ先を《勇者》のいる方へ向けてそう告げた。


 敵対の意思を持った行為に、《勇者》は視線を鋭くするが、ゆっくりと立ち上がる。


「お前だってムリさ。世界を作る人類を殺すことしかできない《魔王》に、世界は救えない」


 《勇者》に選ばれる者には、世界の希望を象った武装が配布される。《魔王》と同じく、世紀ごとに《勇者》が変わるように、武装の形状も変わる。今回の《勇者》に与えられた武装は、白と青で彩られた神々しい片手剣、銘は《コールブランド》だった。

 《勇者》は、《魔王》と同じく、それを虚空から呼び出すと、その切っ先を《魔王》のいる方へと向けてそう反論する。


 似て非なる存在である二人。幸せの形が違う二人に、和解はありえず。故に、彼らの戦いは、この瞬間を持って始まった。

 けれど、これが殺し合いに発展しなかったのには、いくつか理由がある。

 もっともな理由が、相手を殺して手に入れた正義を、互いに認めなかったことである。生かして認めさせなければ、真なる勝利はあり得ないと考えたのだ。

 二人は、どこまで行っても負けず嫌いなのだ。いなくなってほしいほど嫌いな相手なのに、絶対に認めさせてやるという気合がある。認めるまで退場は許さない。勝手にいなくなるなど、不戦勝めいた勝利などいらない。

 二人が求めたのは、世界で最も嫌いな相手の合意だった。


 こんな狂人たちだからこそ、《勇者》と《魔王》なんていう役職になれたのだろう。否、絶望と希望なんて、それ自体が狂人たちの感情だったのかもしれない。


 しかし、ここで考えよう。

 人類の命を糧に、世界を救おうとする《魔王》と、世界の変革で、人類を救おうとする《勇者》に、果たして幾ばくの差があるというのだろうか。

 人類なくして人の世界は成り立たず、人の世界の秩序なくして人類は成り立たない。

 互いが互いに正義である、この二人に。正しき義という言葉は、はたして正しく機能するのだろうか。


 切っ先を向けあった二人は、そのまま切っ先を軽くぶつけて笑う。


「俺はお前が嫌いだ、《勇者》」

「奇遇だな。俺もだよ、《魔王》」


 眼に映るのは、世界で最も嫌いな相手の笑い顔。

 けれど、二人は始まりを告げる時に、こうして向かい合うことを決めた。なぜか。

 二人が、自分の物語を始めるなら、まず最初に宣言しなければならないと。それが、二人のケジメだったのだ。

 しかし、それでも嫌いな相手にただ宣言するだけなど、それこそ二人のプライドが許さない。特に、《魔王》のプライドは、それを良しとはしなかった。


「誰がなんと言うおうと、お前を殺してでも、俺は世界を救う」


 《魔王》がそう言う。

 完全な挑発だ。悔しければ、言い返して見せろと言いたいのだ。


 そして、《勇者》はその挑発に乗った。否、乗らなければならなかった。それが、どれだけくだらないものだったとしても、《勇者》と《魔王》は対等であるべきだったから。

 故に、言葉は選ばない。《勇者》が信じたことを宣言するように、口は紡がれる。


「どれだけ否定されようと、お前をねじ伏せてでも、俺は人類を救うさ」


 宣誓は終わった。敵対する意思を見せたのだ。

 二人は《勇者》と《魔王》であることを認めたのだ。これこそが、開戦の言葉だとは、誰も知らない。

 文字通り、二人だけの戦争の宣誓だったというわけである。

 子供のように、自分の主張を押し付けた二人の言葉は、この時静かに世界を変えることになったなど、本当に誰も思いもしなかったことだろう。


 息もつけぬ二人の意見のぶつけ合いは、施錠したはずの屋上の扉が開かれたことで、一度ひとたびの休憩をもたらした。


「あー! こんなところにいた!」


 宣誓を終えた二人の前にせかせかとやってきたのは、長い髪を揺らしながら怒った顔でいる、一人の少女だった。《魔王》と《勇者》は互いに見合うと、苦笑した。世界の救済か、変革かを討論していたと思えば、今度は世界の在り方など二の次の究極的なお節介焼きが現れたのだ。さすがの二人でも笑うしかあるまい。


 二人は、絶対に自分が敵わないものがあることを知っている。

 そして、それは悲しいことに不滅なのだ。むしろ、無意識の中で守っていたりするからタチが悪い。つまるところ、二人の前に現れた少女はそういう存在だ。

 愛らしい容姿に、真実を見通す黄金色の瞳タイガーアイ。人懐っこい性格で、一学年に一人はいるアイドルタイプの少女。それが、二人の唯一の弱点らしい弱点である少女、望月もちづき七海ななみだ。


 戦争の話はまた後で。今はそう、目の前の少女の対応をしなければならないと。静かな休戦協定は呈された。

 戦いは始まった。しかし、日常の物語はまだ、続くようだった。

次シリーズから本編となります

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