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贄戦 欠陥能力



「――俺もさ、魔族にいきなり連れられてここにきたんだぜ。これでも西羽じゃ、ちょっと名が通ってたんだ」


 ――辞めろ、今は考えるな。


「――俺の能力、お前にだけ教えてやるよ。お前も教えてくれたから、お返しだ」


 ――何故よりにもよってお前なんだ、カワーズ。


「――娘がよ、今度6つになる。この村で生まれたんだ。ほんと、俺は運がいいやつだと思うよ。まだここでの家族は死んでねえし、俺もしぶとく生きてる。それに贄戦にもあまり選ばれなかった。まあ、何度も死にかけたがな」


 ――お前を殺せる訳、ないだろうが。



 現在のイントスの脳には短い期間ではあったが、互いに苦しみを分けた相手との記憶で埋め尽くされている。その相手が今、命のやり取りを交わす場で、苦渋に顔を歪めた表情でイントスを見据えていた。



 カワーズとイントスが対峙している場所は、村人が大きく円の形に広がって退路を断つ形にはなっているが、下はただの地面であり、労働時に嫌というほど踏み慣れた地が乾いた砂埃を舞わせる。この戦いで場外や、規則的な負けはなく、互いの生死を決める事以外での決着が無い事を、暗に示している様だった。




「いくぞ、イントス。短い間だったが、楽しかったぜ」




 いつの間にか表情を消し、魔力を纏ったカワーズの踏み込みは、普段のおちゃらけた彼のイメージをかけ離す程に鋭く、最短の距離でイントスの顔へと拳が放たれた。




「聞け」




 魔力とは違い、体術には覚えのあるイントスは、未だ戸惑いながらも自己の長年の鍛練によって、染み込んだイメージを体現する。カワーズの鋭く突いた拳を、イントスの最小限であり最良の体重移動で躱し、拳の空を切る音がイントスの耳を撫でた。風が顔の横を通過するのと同時に、この村で耳に馴染んだ声を聞いてイントスは体を強張らせる。


「あそこに、魔族がいるだろ。俺等二人の血は強いぞと、あれにアピールするんだ。もうそれしか二人が生き残る道はねえ」


 カワーズに早口で囁かれた通り、イントスは一瞬の間を犠牲にしてカワーズの視線の先に視線を向けた先に、村長の横で傲然と腕を組み赤く長い歪な鼻を持つ、天狗の魔族がいる事を認めた。この場には相応しくない友としての気遣いが、イントスを迷わせる。


 次の瞬間、頭を揺らす衝撃と共にイントスの視界が反転した。


 ――なんだ? 殴られた?


 宙に浮いたイントスが殴られたと理解するより先に、地が近づく肉体が無意識に受身を取らせた。


 ――まずい、頭を揺らされた。立てない。いや、問題ないか。このまま力を見せれば、いいんだ。


 下半身で威力を殺せなかったイントスへの一撃は、彼の足元を激しく揺らした。


「次は、俺の蹴りを食らわせてやるよ」


 イントスにとっては別の意味を持つであろう言葉をカワーズが呟き、駆ける。だが、右の足を不自然に叩く友の予告を、イントスが見逃す訳はない。


 ――右からの中段蹴りだろ。


 安定しない下半身を無理矢理に立たせたイントスに、弓の様に引き絞ったカワーズの充分に反動をつけた蹴りが襲う。イントスとの相違は、その蹴りが右の蹴りをフェイントに挟んだ、左から放たれたものである事であった。


 魔力を充分に纏っていないイントスの体は、予想を反した蹴撃をまともに頭部へ受け、貧弱な生身の体が地を転がる。


「俺の能力を見せてやる」


 呟いたカワーズの目は水気を帯び、赤く充血していたがその真意を知る者はいない。友の裏切りともとれる行為に、イントスの混乱は深まったが、頭部への致命的な二度の衝撃で揺れる視界の中、カワーズの言葉を思い出す。


「――俺の能力は、煙を出せる。地味だろ?」


 笑いながら自身の能力を語ってくれたカワーズだが、イントスには、この状況下で煙を出す意味を理解できなかった。


 カワーズが以前申告した事が事実だと示すかのように、体から白く薄い煙が吹き出し、辺りには煙が人体から漏れ出す奇妙な音が響いた。


 駆け出したカワーズを見据え、イントスは魔力を自身の周りへと展開させる。すぐに底を尽き、戦闘時に魔力を纏って戦う事すらできない彼の少ない魔力は、たった一度の能力の発動の為に糸状へと形を変えた。蜘蛛の巣が如く展開された罠に、カワーズは足を止める事なく風の様にイントスへと駆けた。


糸縛操(しばくそう)


「喰らうかよ。お前のその技、何処まで伸ばせるんだっけ?」


 イントスの技の発動と同時に、風となったカワーズは強靭な踏み込みで静止し、口に三日月の様な笑みを表す。


 ――確かに、この距離では俺の能力は発動しない。お前は、何がしたいんだ? カワーズ。


「強さを見せるとは嘘なのか、カワーズ。答えろ。返答次第では許さない」


「許さない? 馬鹿かお前は。許されようが許されまいが、お前は死ぬんだよ。まさか自分からその欠陥能力を、教えてくれるとはな。こんな緩い贄戦は始めてだ」


「なんだと? お前を友だと思っていたのは、俺だけなのか」


「はっ、笑わせるなよ。これだけ殺気付いた拳と蹴りを喰らっても、まだわかんねえか? 教えてやるよ、これが俺からの最後の新入への教育だ。この村ではな、馴れ合いを許されてねえ。特定の村人が仲良しこよしするのは、村のバランスが崩れる可能性があるからな。俺らはあくまでも、家畜なんだ。必然なんだよ、この組み合わせはな。俺は必ず新入りには、声を掛ける。恩ってのは拳を鈍らせるからな。それが恩を売るどころか、落ちこぼれを拾っちまったんだ、利用しない手はねえ」


 イントスに訪れた怒りは、数瞬で友を失った事での虚無感へと形を変えた。己が展開した魔力の糸が徐々に伸ばす距離を縮め、魔力の底がイントスを覗き見る。


「後悔させてやるぞ、カワーズ」


 自身には勝てる見込みが無い事を感じながらも、かつての友の厭らしく微笑んだ顔に、決別の矛を突き立てるべくイントスは魔力の糸を収束させる。自身の死では何も変わらないであろう、目の前の裏切り者に放つ技は一つしかない。



「後悔ならもうしてるさ。お前と過ごした時間は、とんでもなく退屈だったぜ。精々あの世で、西羽に入団できたらいいな」


「俺が、魔力を飛ばせないと言ったことがあるか?」


 もはや聞く意味を持たないカワーズの言葉を流し、イントスの収束した魔力は拳大程の弾丸へと形を変え、煙を纏ったカワーズへと弾道を描く。


「うざってえ野郎だ。当たるわけがねえ」


 下半身を使い真横へと飛び退いたカワーズは、魔力を放出し底が尽きたであろうイントスへと濁った視線を向けた。


飛散糸(ひさんし)


 弾丸はイントスの呟きと同時に爆ぜる様に糸へとその形状を変え、魔力の弾丸から完全に視線を切っていたカワーズの体へと、魔力の糸が絡まる。被弾したカワーズの全てが停止した。

 体から吹き出す煙も、人体に必要な微細な動きでさえも、目を見開いたカワーズは切り取った絵の様に不自然なほど微動だにしない。カワーズが停止するよりも早く駆けていたイントスは、魔力の消耗による脳からの危険信号を全て無視し、僅かな魔力を拳に纏い、カワーズの頬へと決別の印を刻む。


 ――これで、終わりか。何一つ、本当に何一つやり遂げた事がない人生だった。


 イントスの前方には尻を地についた、かつての友が殺意を込めて彼を見据えていた。貯蔵魔力の欠如による人体の異変は、イントスを支える下半身から力を奪い、視界をぼやけさせる。

彼の意識が飛ぶ寸前に見たのは、おびただしい量の煙を吹き出したカワーズが黒く、熱を持った煙へと変化させる場面であった。


 ――いつか、罰が下るぞ、カワーズ。


 イントスの意識は完全に闇へと消え、人体が強制的に魔力の生産へと体制を整えた。



「くそったれ、歯が折れちまった。まあ、これで焼き殺して終わりだ。 黒蒸葬(こくじょうそう)



 技の発動と共に噴出された黒き煙は、おぞましい熱量を纏い地に伏したイントスへと食いかかる。


「待て、カワーズ」


 聞き掛けられた声は、無視して良い者からではない事を感じ取ったカワーズは、黒き煙の軌道を大きく変え、四散させた。


「は? なんだよ村長。もう俺の勝ちは確定だぜ。息の根を止めねえと、歯の治療もできやしねえ」


「ブラガト様の命令だ。貴様、死にたいのか」


 魔族の領地を統括する、【6王】の内の一体であるブラガトの名を聞いたカワーズに、悪寒が過る。言葉を失ったカワーズを、この場にいる誰もがその行方を気にしていた。


「死んでおらんのなら構わん。こいつは儂が連れ帰る。勝敗もこの煙を出す奴の勝ちでええ、村長もそれでええな?」


「はい、仰せのままに」


「こいつを連れてきたのは、誰じゃ?」


「プトルです。嵐の日に、海岸で拾ったと言っていました。」


「そうか、あの阿呆か。しかし村の様子を見に来て正解じゃったわ。これは、掘り出しもんやぞ。ちょっと体を弄くれば、使える様になるわ。儂以外にはどないもできんじゃろうがな。どうや、すごいか」


「さすがは、我らがブラガト様です」


 尊大に頷いたブラガトは、手に携えた団扇でイントスを煽ると風が巻き起こり、四肢をだらりと下げた体が宙に浮かんだ。不自然な風がブラガトの足元を吹き付け、背に生えた灰色の翼をはためかせると、天へと舞い上がり、イントスを引き連れ空を滑空してゆき、やがて地から見上げる村人達にはその姿を確認できなくなった。


「な、何でアイツが魔族に魅入られるんだよ」


 後の場には静粛と、カワーズの消え入りそうな呟きだけが残った。



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