08話 少年、サバイバルする
(´・ω・`)前作は4年前になるんですね……時が経つのは早いです。
竜の砦の淵に当たる切り立った崖の上に降りたドラゴンは、勇樹を地面へと降ろす。
降ろされた勇樹は、眼前に広がる森を見下ろしながら高さが100mは優にありそうな断崖絶壁にビビりながら、後ろにいるここへ連れて来た張本人に話しかけた。
「えーっと……何でこんな高い山で息が出来てるんですか?」
『真っ先に聞く事がそれか……それは儂の周囲に魔力で膜を作って覆っているからじゃ。こうする事で飛行時の風圧などから守っているんじゃよ』
「あ~、そういえば飛んでる時も全く気になりませんでした!」
というよりも、目の前のドラゴンを観察するのに夢中だったのだ。
老人は所謂西洋ドラゴンであった。
トカゲに蝙蝠の羽を付けたような形だが、体表は堅い深紅の鱗で覆われており、目算で100mほどの大きさがある。
それが自分と同じくらいの背丈の老人になるとは到底信じられないが、勇樹はそういう魔法もあるのだろうと内心で結論付けた。
「それでお爺さんは何者? こっちの世界じゃ老人がドラゴンに変身するのは仕様なの?」
『おー、これは自己紹介が遅れていたのう。儂は見ての通りドラゴン、人間は儂を“赤賢竜”ドラグニールと呼んでおる』
「えーっと、僕は極普通の異世界人の如月勇樹です。その赤賢竜さんがなんで僕をこんな所へ?」
勇樹の質問に、ドラグニールは器用に口を歪ませニヤリと笑った。
『言ったじゃろう。お主を鍛えてやると』
その言葉と表情に言い知れぬ不安が襲う。
何か言おうとした矢先、ドラグニールが勇樹の首を指差して爪の先から光の帯を伸ばすと、それは独りでに蛇の如く勇樹の首に巻き付く。
光が弾けるように消えると、そこには黄金の首輪が付いていた。
「へ? 一体何を……」
訳が分からず戸惑っている勇樹を余所に、ドラグニールは満足そうに頷くと勇樹の首根っこを摘み上げた。
『では、今から修行を開始する』
「修行って一体どういう……っ!?」
ドラゴンが軽く息を吹きかけた瞬間、勇樹は突然冷たい水に落とされたかのような重圧感に襲われ、息苦しさにもがき出す。
「な、なにこれ……息、が……」
『まあ、幾ら近くに森があるとはいえ、突然空気の薄い場所に出て来ればそうなるじゃろう』
ドラグニールが魔力の膜を消した事で急激に酸素が薄くなった所為で、軽い眩暈と頭痛に襲われ、ドラグニールが何を言っているのかもよく聞き取れない。
混乱している中で、勇樹は体が持ち上がる感覚を覚えた。
『それでは、ここで一ヶ月間ほど生き残るのじゃ』
「それって、どういう意味……っ!?」
勇樹は言葉を最後まで紡げなかった。
何故ならドラグニールが摘み上げた勇樹を、ゴミを屑篭に捨てるが如く森の方へ放り投げたからである。
一瞬の浮遊感、自分を放り投げたドラゴンと目が合い、そのまま重力に従って落下した。
「うわぁぁぁぁぁぁ――――――!?」
『頑張って生き残るんじゃぞ~』
暢気に応援するドラグニールの声は、既に勇樹には届いていなかった。
「ぁぁぁあああ!?」
重力に従いジェットコースターで落下していくような気持ちの悪い浮遊感と共に、遠かった地面や木々がどんどん大きく迫ってくる。
そして、勇樹が一番背の高い木の高さに差し掛かった瞬間、水に飛び込んだような重苦しさを感じた。
地面に直撃する直前に首輪が輝き、地上数cmのところで勇樹の身体がふわりと浮かび上がったかと思うと、そのまま頭から地面へと倒れた。
「うげっ」
身体を打ち付けた痛みを堪えながら起き上ろう――として、勇樹は立ち上がるどころか指一本動かせず、鼻と口に何かが張りついたかのように息が出来ない事に気付く。
「い……息が……っ!?」
『そこは地上の数十倍もの魔力が滞留している場所故に、速く馴染まんと溺れ死ぬぞ?』
「ま……りょく?」
突然、頭に響いたドラグニールの声に疑問を覚える暇もなく、勇樹は頭を切り替える。
まず起き上がろうとしても、身体の上に水の詰まった袋を積み上げられているかのように、何かが全身に重く圧し掛かっていて指一本上げられない。
加えて、呼吸は何かに遮られて満足に出来ず、ここでパニックを起こしてがむしゃらに動けば、あっという間に肺の中の空気を消費してしまうと判断する。
勇樹は目を閉じてゆっくりと落ち着き、ドラグニールの言う“魔力”を感じ取ろうと集中し始める……が、今まで感じた事の無いモノを感じ取るのは困難であった。
すると、それを見かねたドラグニールから再び頭の中で声が掛かった。
『うむ、流石にいきなり魔力を感じ取るのは難しいか。ならば、これでどうじゃ?』
ドラグニールはそういうと、勇樹に声を届かせている念話の回線を通じて魔力を送り込む。
すると、勇樹の身体が暖かい空気に包まれる様な感覚になり、勇樹は酸素の足りない頭で必死にその感覚を手繰り寄せる。
『……うむ、もう魔力を感じ取って見せたようじゃな。相変わらず、お主らニホン人はこういう事は器用じゃのう』
「つぎぃ……」
『おおっと、無駄話している暇はなかったのう。次は魔力を自分の身体の周りに膜を張るように纏うのじゃ。出来るだけ薄く全体に行き渡るようにした方が、魔力の消費も少ないぞ』
そう言われて勇樹はダイビングスーツを頭に描きながら、自分の中にある魔力を必死に練り上げて、全身の表面に薄く引き伸ばして行く。
だが中々イメージ通りとはいかず、まるで幼稚園児が粘土を捏ね繰り回して作った人形のように、表面がデコボコして厚みが均等に保てない。
いよいよ息も限界に近づいてきた時、そもそも今は呼吸が出来ない事が苦しいのであって、動けない事は二の次なのだと気付く。
そして、勇樹は藁をも掴む思いで魔力の膜を顔だけに覆った。
同時に勇樹の顔を覆っていた何かの感触が消え、勇樹は思いっきり息を吐いた。
「ぷはーっ! 死ぬかと思った!?」
『何じゃ。生死が掛かっているとはいえ一度くらいは気絶するかと思えば、一発で成功させおったか』
「ゼェ……ゼェ……こういう生命エネルギー的な物の扱いについては『龍球』とか『狩人²』を読んで学んでたからね! うん、呼吸が落ち着いて来たらなんて事はなかったよ」
勇樹は呼吸を整えながら、再び魔力が全身を覆うイメージをしながら魔力を練り直した。
今度は先ほどの失敗が嘘のように、スムーズに魔力の膜を行き渡らせる事に成功する。
すると、魔力に覆われた自分の手を見ながら勇樹は目を爛々と輝かせた。
「うわ、コレが魔力なのか! 魔法の源泉にして神秘の一端! 生命エネルギーの一種であり最早、魔法を語る上では欠かす事の出来ない不可思議な力!」
『……どうした、いきなりはしゃぎおってからに。そんなに魔力が珍しいのか?』
「珍しいってもんじゃないですよ! 僕たちの世界には魔力や魔法なんて架空のお話でしか出て来なかったからね! こうして体験できるなんて、ここに来るまで夢にも思ってなかった! でもこうして体験してみると、やっぱり中と外の魔力は全く別物なんだね。何というか、外の方がドロッとしてる?」
『これ、はしゃぐのも良いが動けるのならば早く移動するんじゃ。そこは既に高レベルな魔物たちの巣窟なのじゃぞ?』
「え?」
突然降ってきた予想外の言葉に、勇樹ははしゃぐのを止めて固まってしまった。
予想だにしなかった言葉にどういう事か問いただそうとしたが、それっきりドラグニールからは何の音沙汰もなくなってしまった。
そこで漸く、身の危険を感じ始めて勇樹は拠点となりそうな場所を探すべく移動を始めた。
勇樹は移動しながら自分の身に降りかかった今の状況を整理する。
1.自分は毛玉にやられて依頼を失敗。
2.アーノルドに「もっと鍛えろ」と言われて老人が快諾。
3.その老人は実はドラゴンで竜の砦と呼ばれるこの場所まで自分を連れて来て鍛えるつもりである。
4.何故か崖から魔物の巣へ落とされた。(←今ここ)
そして、ドラグニールがここへ放り投げる直前に言った「頑張ってここで一ヶ月間ほど生き残れ」という言葉。
つまり、この場所は頑張らなければ生き残れない何かがあり、逆に一ヶ月は生き残る可能性が存在するという事である。
そこから導き出される答えは――
「さっぱり……わかんないっ!」
そもそも勇樹はこの世界での生活は2日目であり、ドラゴンに拉致されるなど完全に予想外。
その上このような秘境に連れて来られては、幾ら神経が図太い方である勇樹も冷静には考えてはいられなかった。
「よし、まずは落ち着こう。そして状況を把握して拠点を確保しなくちゃ。安心して落ち着ける場所が無いと僕の精神がヤバい」
そうと切り替えたら勇樹の行動は早かった。
中学時代は山に囲まれた奥地に住んでいて、近所でも有名なヤンチャ坊主だった勇樹には秘密基地を作るなどお手の物である。
数十分程散策して、無人島に漂流した一家が住んでいそうな大樹を見つけると、そこを拠点に選んだ。
最初は水辺に近い所に適当なテントでも作ればいいと考えたが、散策の途中で見つけた小川の脇で自分の顔と同じサイズの足跡を見つける。
そこから少なくとも自分より大型の何かがこの森に生息していると判った以上、地上で生活するのは無理だと判断する。
また洞窟なども何が巣にしているか分からないので、そういう所から出来るだけ遠い場所を選んだ。
昨日、森で見かけたような巨熊などのモンスターと鉢合わせた場合、現在の自分ではまず太刀打ちできないと判断したからである。
場所を決めると勇樹は道具作りを開始した。
まず手頃な石を割って石ナイフを作り、木に絡んでいる蔦や邪魔な枝を切り落として集めると、それを叩いて解して縄を編んだ。
木の枝に平たい石を括り付けて石斧も作る。
この辺の知識はネットや近所に住んでいた祖父の友人たちから教わり、実際に行った事もあってスムーズに進んだ。
途中、体を覆う魔力の消費を抑える為に休憩を挿みながら、拾ってきた細木を縄で結んで筏のような足場を作って、大樹に固定するように括り付けた。
それだけでは風などは防げないので、足場と同じような筏をもう一枚作り、隙間に大きな葉を挟んで屋根を作り斜めに立て掛けて風除けにする。
最後に上り易いように縄梯子をぶら下げれば完成である。
「よーし! 若干不安はあるけど、テントの完成!」
久々の野外活動で出来たのは子供が作った秘密基地のようなテントではあったが、最低限の雨風だけは凌げる拠点が完成した。
すると、テントの完成を待っていたかのようにドラグニールの声が話しかけてきた。
『うむ、拠点が完成した様じゃな』
「……なに? 僕、もう疲れたから休みたいんだけど」
『大したことではない、そこをお主の拠点に設定しようと思ってな。すぐに済む』
そういうと勇樹の目の前に魔法陣が現れ、大樹を包み込んだ。
そして、魔法陣は強く発光すると音もなく消えた。
『うむ、これでそこの周辺には魔物が寄って来ないじゃろう。ついでにその中にいる限りは外の魔力の影響は受けないようにもしておいたぞ。それとお主にコレを渡すのを忘れておったわい』
ドラグニールがそういうと勇樹の顔の前に小さな魔法陣が現れ、中心から何かが突き出してゴトリと音を立てて床に落ちる。
拾い上げてみると勇樹の手の平より少し大きめの長方形で、金属の枠に嵌め込んだ透明な板状の物だった。
板の隅の一つには首から下げるのに良さそうな紐が伸びている。
一体何事かと首を傾げていると、再びドラグニールの声が聞こえてきた。
『今送ったそれは前の勇者が持っていた『すまほ』とかいう道具をヒントに、儂と先代の勇者の知識を詰め込んだ魔動具、その名も“マギフォン”じゃ』
未来の秘密道具のようなアイテムの登場に、勇樹は半信半疑ながらマギフォンを起動させた。
すると、画面に映った様々な物にマークが付く。
『それは『鑑定あぷり』とやらを起動させて調べたい物にかざすと、その物の情報が画面に映し出される仕掛けになっておる。それがあればそこの生活にも困らんじゃろう』
「おお、本当だ。植物の名前に毒の有無、それに可食部はどこかまで載ってる! じゃあ、これを使って話とかできるんですか?」
『いや、勇者曰く『スマホに通話機能は蛇足』と言って加えんかったよ。加える自体は簡単らしいんじゃがのう』
その勇者の拘りとにかく、この世界の事を何も知らない勇樹にとって植物やモンスターの詳細が分かるのは凄くありがたかった。
暫くマギフォンの性能を確かめた勇樹は、見知らぬ土地で興奮して疲れたのも手伝って日が落ちて暗くなったのと同時に丸まりながら眠りについた。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。