06話 少年、魔獣に襲われる
(´・ω・`)他の方の作品を読んでいて、面白い設定があると自分の作品にも盛り込みたくなります。
まあ、大概の場合は自分の作品とは合わなくて、諦める事の方が多いんですけどね。
エルクレア郊外の森の中、そこで勇樹は魔獣による襲撃を受けていた。
「フンッ!」
『ピギーッ!』
草むらの陰から飛び出してきた小さな襲撃者に対して、勇樹はそれを叩き落とすように木剣を振るった。
叩き落とされたモンスターは軽く弾むように地面を転がると、再び草むらへと逃げて行く。
冒険者協会で依頼を受けた勇樹は、薬草採取の為に着慣れない防具に気を取られながら森の中を進んでいた。
ちなみに勇樹が装備している木剣と防具は、何の防御力もない学校指定の制服のままで依頼へ出ようとしていた勇樹を見かねて、受付のアーノルドが偶々あった訓練用のお古を貸し付けた物である。
モンスターが逃げて行った方角を睨みつけながら、勇樹はゆっくり息を吐いて木剣を降ろした。
「ハァ……ハァ……何なんだよコイツら、さっきから僕ばっかり襲いやがって」
そう言って睨み付ける勇樹の視線の先にいたのは、先ほど叩き落とした際に気絶したバスケットボール大の毛の塊のようなモンスターだった。
30分前に街を出てから既にこのモンスターから20回以上の襲撃を受けていた。
このモンスターは「ムクムク」という庶民の間では、真ん丸な体と愛らしい容姿からペットとしても人気の高い低級のモンスターである――が、それは人に慣れている場合の話。
野生のムクムクは警戒心が強く、鋭い牙や爪は持たないが縄張りに余所者が入って来ると、縄張りから追い出そうと執拗に体当たりをしてくる。
しかも地味に皮膚が硬く体重があるので、大人でも真面に当たると動けなくなるくらい痛い。
街を出た直後は、異世界での初めての冒険者らしい任務に心を躍らせ、遭遇したムクムクの愛らしい姿に心をときめかせていた。
しかし草原に出た瞬間、練習機から打ち出されたバレーボールを四方からぶつけられるが如くボコボコにされた時点で、愛らしさが憎たらしさに変わった。
「それにしても、何で僕ばっかり狙われるんだよ……他の動物は襲ってないのに……!」
勇樹が体当たりして来るムクムクを木剣で叩き落としながらぼやいた。
先ほど大型の熊と遭遇しかけた時、勇樹は偶然にも風下に居たので気付かれないように隠れてやり過ごしていたのだが、勇樹を襲おうとしていたムクムクは蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、大熊に向っていかなかった。
その上、大熊が立ち去った後には再び集まって勇樹を襲い出している。
「木剣で倒せるからいいけど! 一々鬱陶しいなぁ!」
飛び掛かって来るムクムクを木剣で叩き落とすのには慣れて来たが、このムクムク襲撃の所為で先ほどから薬草の採取が殆ど進んでいないのであった……
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ユーキ・キサラギ
AGE:16 SEX:M
Lv1 HP:40/120
MP:100/100 SP:20/100
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薬草を探し始めてから1時間半、勇樹はムクムクの度重なる襲撃と振った事もない剣を振り続けた事により既に体力は3分の1にまで落ち、疲れ果てて今にも倒れそうだった。
肝心の薬草の方も、見つけてはムクムクに踏み潰されるので3本を確保するのがやっとであった。
そして、勇樹が苦労して取った薬草は3本とも質が悪く、薬に使えない事を納品時にアーノルドに告げられてガックリと膝を落とす事になる。
一時間半も森を歩き回っている内に、勇樹の中に一つ疑問が生まれた。
「畜生め……何でこんなに毛玉をぶっ叩いてるのに、レベルが一つも上がらないんだ……」
動物愛護団体に聞かれたら問題にされそうな事を呟きながら、突進してくるムクムクを躱して気絶させる。
勇樹は知らなかったが、この世界での『レベルアップ』とはモンスターなどを倒した時に発生する魔力を自分の体内に取り込む事で、体内の魔力を飽和させて身体を強化する事である。
つまり、気絶させた程度では魔力の吸収は発生しないので、幾らやっても上がる訳がないのであった。
そんな事を知らない勇樹は薬草を求め、森を歩き続けた。
既に日が暮れて、とうとう腕に力が入らず木剣も振えなくなり、ムクムクの体当たりを無防備に受けてしまう。
「ぐふっ!?」
鈍い音と共に腹部の衝撃と痛みで崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……はぁ……まさか、こんな毛玉に殺される日が来ようとは思いもしなかった……」
ステータスを見ると、HP(体力)は既に10まで落ち、SP(精力)は0になっていた。
予想以上にダメージが入り、勇樹はとうとうその場に倒れ込んでしまった。
「くっ……せめて……せめてこの凶暴で危険な魔物の存在を知らせないと……僕以外にも犠牲者が……!」
最後の力を振り絞り這い蹲りながらも、何とか森を抜け出した。
勇樹が匍匐前進で進んでいる際も、ムクムクは勇樹に蹴りや体当たりをして勇樹の前進を妨害して、トドメを刺そうと襲ってくる。
ボロボロになり街に帰る事すらできないと悟った勇樹は、手元にあった石を掴んで字を刻み始める。
それは自分を見つけた者へ対する最後のメッセージだった。
「勇敢ナル……冒険者ユーキ……狂暴ナ魔物ニ敗レ……敗北ス……」
石にメッセージを刻むと、勇樹は意識を手放した。
「たかがムクムク相手に何をやっとるんじゃ……お主は」
勇樹が気絶する寸前、どこかで聞いた覚えのある声がした。
一方、勇者たちを迎えたエルクレア城では……
学生たちは宿舎に案内され個々の部屋を割り振られ、指導役たちと軽い交流をした後、国王主催の歓迎パーティに出席していた。
「はぁ……」
最後に勇樹と話していた青年、天使星也が憂鬱そうに溜息を吐いた。
星也と話していた百目鬼帝は、それを見て眉を顰める。
「どうした天使、そんな溜息を吐いて。折角の宴なのだからもっと楽しそうにしていろ。周りが不審がるぞ」
「いや、如月君の事が気になってね。城を飛び出して大丈夫かなって」
心配するように溜息を吐いた星也の言葉に、帝は首を傾げた。
「如月? 一体誰の事だ?」
「ほら、101人目の彼だよ。最後に話してたのって僕たちじゃないか。なんか気になっちゃってね」
その言葉で帝も思い出したのか、「ああ」と息を吐くように呟いた。
召喚された者たちの中では勇樹が勇者の称号を持っていない事もあり、勇樹の事を同情的な者は『101人目』と、口さがない者は『成り損ね』や『ハズレ』などと呼んでいた。
「お人好しだなお前は、進んで出て行った人間の事など放って置けばいい。どうせアイツは勇者になれなかったんだからな」
自ら選択して出て行った勇樹の心配をしている星也を、帝は馬鹿にしたように鼻で笑う。
しかし、そう言われた星也はムッとして眉を顰める。
「だって当たり前じゃないか。彼だって僕たちと同じ境遇だし、僕たちと違って頼れる人もいないんだよ?」
それまで隣で2人の会話を聞いていた金髪碧眼の女性が星也の言葉にクスリと笑う。
「ふふふ、セイヤさんは余裕ですね。これなら指導もちょっと厳しめでも大丈夫かしら?」
「え゛!? せ、セレネさん…それはちょっと……」
星也の情けない声に、金髪碧眼の女性――星也の指導役であるセレネ・メルクリースが口を押さえて笑いを堪える。
一見、深窓の令嬢を彷彿とさせる可憐さを持つセレネだが、実際にはエルクレア王国第二騎士団第1騎兵隊隊長という肩書を持つ女傑である。
顔合わせの際も彼女のような女性の騎士が何人か居て、それに対して勇者の一人が彼女たちを馬鹿にしたようにからかった。
それを聞いた彼女は反論せずにニコリと微笑むと、人の胴ほどある丸太を剣で軽く両断してしまった。
それ以降、勇者たちの彼女を見る目に若干の怯えが混じるようになってしまったが、彼女は大して気にした様子もなく自然体で居る。
二十代という若さで隊長まで上り詰めた実力は伊達ではない。
「ふん、もう指導役と打ち解けたか。流石は星也だな」
帝は何やら含みのある笑みを浮かべながら、星也たちを見る。
それに対して星也は慌てた様子を見せるが、セレネは全く取り乱したりせず自然体で笑って返した。
「ふふふ、残念ですけど。そういうお付き合いをするつもりなら、私より強くなってくださいね」
「うぇ!? い、いや、僕は別にそんなつもりじゃ!?」
2人にからかわれていると気付くまで、真っ赤になった星也は2人に弄られ続けた。
そして、その場に勇樹の事を覚えている者はいなくなった……
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。