21話 少年、ヌシを狩る
(´・ω・`)主人公が魔法を使えなくなるのは、割と初期から設定していました。
ただ、それがこんなに足を引っ張る事になるとは、思いもしませんでした……
探し始めて1時間ほど経った頃、勇樹が指差した先を見てニゲルは思わず呟いた。
「スゲェ、マジで探し当てやがった」
「ドヤァ……」
目を丸くしているニゲルに向かって、勇樹はしたり顔を向けていた。
現在彼らの目の前には、満腹なのか横穴の中で丸くなっている鉱石蜥蜴が眠っていた。
横穴は鉱石蜥蜴が丸くなればスッポリ収まる程度の大きさで、よく観察して居なければ岩場に紛れてしまい、まず見つけるのは難しい。
「俺なんかユーキに言われて、具体的な場所を指差されて初めて見つけたって言うのに、よく見つけたな」
「あそこまでの足跡があったからね。あと、鱗の岩は若干色が濃いからその辺も注意してみてたら簡単だったよ?」
「簡単じゃねぇよ……やっぱお前普通じゃねぇわ」
例えるのなら川辺に全く別の所から持って来た石を混ぜて探すような物である。
嗅覚で探せる動物ならまだしも、普通ならば人に探し出せるものではない。
「はっはっはっ、何を仰るニゲルさん。ボク普人、キミ竜人。ね? ボディのスペックはそっちの方が上でしょ?」
「お前みたいな普人モドキを俺たちと比べんじゃねぇ!」
「酷いな!?」
勇樹の称号には『半竜人』という物がある。
しかし、それは“竜の心臓”を入れた勇樹に対する称号であって、種族は変わらず普人のままである。
つまり、ここまで鉱石蜥蜴を探し当てたのは多少強化されてはいるが、彼自身の能力だった。
ニゲルは眠っている鉱石蜥蜴を目の前にして頭を掻いた。
「それでどうやってコイツを倒すよ? 生半可な攻撃じゃビクともしないぜ?」
「作戦はまず、2人でアイツに奇襲を掛けます。それでアイツが起きたら」
「ふむふむ、起きたら?」
「後は個々の判断に任せて、高度な柔軟性を維持しつつ状況に応じて臨機応変に対応します」
「なるほど……ってそれじゃあ何も決まってないじゃねぇか!」
「題して『後は野と成れ山と成れ作戦』だ!」
「作戦じゃねぇよそれ!」
ニゲルは思わず頭を叩こうと腕を振り下すが、勇樹は軽く身を引くだけでスルリと躱した。
空振りしたニゲルを勇樹が小バカにしたようにニヤリと笑うのを見て、ニゲルは再び拳を振り上げようとした。
次の瞬間、勇樹はニゲルの首根っこを掴んで大きく飛び下がった。
その後から、2人がいた場所に丸太ほどの太さがある尾が振り下された。
「……まあ、あんだけ騒いでりゃあ起きちゃいますよね~」
「どーすんだ!? 奇襲に失敗しちまったし、なんか作戦はあんのか!?」
ムクリと起き上がり、周囲の様子を探る鉱石蜥蜴を睨み付け、内心の焦りを押さえながらニゲルは考えなしの相方に作戦と問うた。
「この場合はプランDで行きます」
「おお、なんかあるのか! で、そのプランDってなんだ?」
「『相手の出方を見ながら、高度な柔軟性を維持しつつ状況に応じて臨機応変に対応』大作戦です!」
「本気で考えなしかよ!?」
ニゲルの嘆きは再び振り下された尻尾に掻き消された。
鉱石蜥蜴も何かがいるのには薄々気づいていたが、位置まではわかっていなかった。
そこで適当に尻尾で周囲を薙ぎ払ったところ、小さいのが2匹ほど飛び出したのだった。
「作戦は無いけどこの手の輩は腹の皮も硬いから、狙うなら退化した逆鱗を狙うんだ! 僕が奴を攪乱するから、ニゲルは奴の顎の辺りにある逆鱗を!」
「分かった!」
会話こそふざけていても、2人とも主に勇樹へのドラグニールの拷問同然の特訓を熟せるほどの戦闘力はある。
勇樹の提案にニゲルが頷くと、まるで前もって示し合わせたかのように動き始めた。
まず勇樹は鉱石蜥蜴の顔の周りを跳び回って、相手の意識を自分に釘付けにする。
次にニゲルが気配を殺しながら鉱石蜥蜴の死角から少しずつ距離を縮めて相手の急所を狙う。
勇樹が攪乱して体力を消費させて、急所が見えた所でニゲルが仕留める。
普通の鉱石蜥蜴であったならば、それも通じたのかもしれなかったが……
右へ左へと跳び回りながら、嫌がらせに鉱石蜥蜴の顔を攻撃していた勇樹だったが、急に悪寒に襲われその感覚のままに飛びのいた直後、勇樹の居た所へ鉱石蜥蜴が何かを飛ばした。
「!? コイツ、自分の毒を飛ばしやがった!」
毒が掛かった場所はブクブクと煙を上げ、紫色に泡立ちながら岩を溶かして異臭を放つ。
鉱石蜥蜴が接近戦しかできないと踏んで、ヒット&アウェイで攪乱していたが、毒が吐き出せるとなると話が変わってくる。
逃げ回る勇樹を追うように、鉱石蜥蜴は毒を飛ばす。
「チッ、しかも頭もそこそこ回るのか。確実にこっちの逃げ場を狭めてきてる……!」
毒には物を腐食させる効果がある為、撒かれた所は当然足場にならない。
勇樹は躱している内に自分がゆっくりと追い詰められている事に気が付き、敵を睨みつけながら状況を打破するための一手を考えていた。
一方、鉱石蜥蜴はじわじわと獲物を追い詰め、逃げ場を封じた所で大詰めに掛かろうとしていた。
この鉱石蜥蜴の吐く毒は揮発しやすく、煙の中で動き回っていれば数分で全身が麻痺して動けなくなる猛毒だった。
今までもこの変種はそうやって獲物を毒溜まりで囲い、抵抗させて弱らせた所を捕食していた。
毒の煙に巻かれながら、勇樹はなんとか敵の隙を窺っていた。
しかし、毒の影響と緊張で集中が途切れた瞬間、跳ねた毒の飛沫が勇樹の顔に掛かり目が見えなくなってしまった。
「くっ、しまった!」
思わず足を止めてしまった勇樹を待っていたかのように、鉱石蜥蜴は毒を飛ばす為に口を開いた。
「クソ、これじゃあ下手に動けない……!」
鉱石蜥蜴が勇樹に向けて毒を飛ばしたその時、隠れていたニゲルが飛び出してブレスを放った。
「! ニゲル!?」
「ったく……手間かけさせんなよな。大丈夫かユーキ」
ニゲルは苦笑いしながら勇樹を鉱石蜥蜴から隠すように立ちはだかった。
ニゲルの言葉に対して勇樹は……
「バッキャロ! お前が出て来ちゃってどうすんの!? これじゃあ、奇襲できないじゃん!」
「んな心配してる場合か! お前、死に掛かったんだぞ!」
「それで共倒れしてたら本末転倒じゃないか!」
心配して居たニゲルへのあまりの言葉に、状況を忘れて思わずぶちギレた。
勇樹も自分の思惑が外されてそれ所ではなかった。
鉱石蜥蜴はニゲルの乱入に暫し警戒していたが、勇樹と言い争いを始めた為、その隙に毒を飛ばそうと口を開く。
「させっかよ!」
鉱石蜥蜴が毒を飛ばしたと同時に、ニゲルが振り向きざまにブレスを放って、毒を吹き飛ばした。
「蜥蜴風情が竜の真似事をするとは百年早いぜ! で、どうする?」
状況は最悪だった。
一人は手負い、一人は万全だがまだ殆ど実戦経験の無い若者。
一応、武器も持ってはいるが初心者用の槍一本と勇樹が持っていた剣のみ。
一方の鉱石蜥蜴に殆どダメージは無く、勇樹が攻撃していた顔も傷一つない。
万全な状態でも万が一の可能性だったが、兆が一の可能性もなくなってしまった。
「実は獲物をコレにするって決めてから、幾つか作戦は考えてたんだよね」
「んじゃ、その作戦とやらを教えろよ!」
「いや、それが今日の天気の所為で没になったのが2割、この場所の所為で没になったのが2割、攻撃してみて没になったのが3割、毒を吐くのが分かって1割、そして僕がこんな状況になっちゃって使えないのが2割でほぼ全部使えなくなっちゃったぜ!」
「なっちゃったぜじゃねぇ! 死ぬ気でここから生き残る方法を考えろや!」
「考えろって言われても……他にもモンスターがうろついてたり、ニゲルの属性が水だったらまだ可能性もあったんだけど」
余りの状況に、つい無い物ねだりをしてしまう。
元々の計画では勇樹が鉱石蜥蜴を引き付けて釘付けになっている所を、ニゲルが逆鱗を攻撃……を囮に鉱石蜥蜴が勇樹から気が逸れたところを、ゴブリンリッターの剣でぶった斬る予定だった。
しかし、思った以上に鱗が硬かった為に、槍である程度ダメージを与える算段だったが全く通用せず。
高レベルモンスターの武器とはいえ鉱石蜥蜴の鱗ごと斬るには足を止める必要が出て来た為に、出来るだけ攪乱して体力を削っておきたかったのだがそれも失敗に終わってしまった。
突然現れたニゲルのブレスを鉱石蜥蜴は警戒して、様子を窺っていた。
お陰で考える時間は出来たが、あまり時間を掛けると打って出る可能性もある為、必死に今まで集めた情報を頭の中で整理する。
「硬い鱗……岩……リザード系……餌場からこの場所へ……そうだニゲル、里で使う水ってどうしてるの?」
「あ? ああ、近くに湧水があるからそれを使ってる。つってもコイツをどうこう出来るほどの量は無いぜ?」
「上に無くても、下にはあるんじゃあない?」
「下って……麓までどんだけ距離があると思ってんだ」
「できなきゃ2人ともアイツの腹の中だよ。それに、いつまでもここに居たら本気で動けなくなりそうだし」
「チッ、ならさっさと行くぞ!」
それだけ言うと、ニゲルは勇樹を掴むと麓の方角の地面に向かってブレスを放って吹き飛ばした。
毒が吹き飛ばされ捲れ上がった地面を蹴り出して、2人は走り出した。
それを見た鉱石蜥蜴は折角弱らせた獲物を逃がすまいと、2人の後を追った。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




