20話 少年、ヌシを探す
(´・ω・`)ここのヌシ云々の話は殆ど手を加えていません。
べ、別に面倒臭かったとかじゃないんだからねっ。
「ここはもう『勇樹たちは大物を狩り、見事長たちに認められたのだった』って、ダイジェストで済ませればいいじゃん!」
「お前は何を言っているんだ?」
勇樹の電波を受信した発言はいつもの事だとスルーしたニゲルは、遠くに見える狩りの一団を見て深く溜息を吐いた。
「なんでこんな事になったのか……おいユーキ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ま、その辺は竜の砦に放り込まれて生き残った僕の腕を信ジテー」
そもそも、なぜニゲルが里の長に向かってあのような事を言ったのか。
全ては目の前の男がニゲルを唆して、そういうように指示したからである。
そして、勇樹には真っ向から戦うつもりなど毛頭なく、竜の砦で生き残ったスキルをフル活用して、こっそり逃げ回ってこっそり狩ってこっそり帰ってくるつもりなのだ。
「あとで知ったけど、BだのAランクのモンスターがゴロゴロ居る環境って修行場所としてどうなのさ!」
「お、俺に言うなよ……」
ついでに言えば管理しているのが赤賢竜であるドラグニールの為、竜人のニゲルは酷いとは思っても口には出せず、ただ困った表情を浮かべるだけに留めた。
いつまでも話していると誰に聞かれるか分からないので、愚痴っている勇気を抑えてニゲルは話を変えた。
「それで? 一体何を狩るんだよ。言っとくが、小物を狩っても認めさせるのは難しいぞ?」
「ふふん、それについては調べてあります。赤爺がね!」
「竜族の上位種を顎で使うなよ!?」
「えー、だって赤爺が出かけるって言うから、ついでに調べて貰っただけだよ?」
勇樹の言葉にニゲルは頭を抱えた。
竜人族にとって竜とは自分たちの先祖であり、その上位種であるドラグニールは現人神のような存在である。
そのような存在に出掛けるついでに用事を頼むなど考えられず、また竜人族の心情的に本人にも容易に受けて欲しくなかった。
「ああもう……やっちまったもんは仕方ねぇ。それで結局何を狙うんだよ」
「鉱石蜥蜴の変種……ここら辺のヌシを狩ろうぜ!」
「………………は?」
一瞬、ニゲルには勇樹の言った言葉の意味が理解できなかった。
鉱石蜥蜴とは5m程度のリザード系の雑食性のモンスターで、動きは鈍いが鱗を形成する上で岩を食べる習性があり、その強靭な顎は軽々と大木を噛み砕くほどの力がある。
そして、変種とは竜の里の周辺に生息する鉱石蜥蜴のヌシで、その大きさは約15mまで成長し、レベルも然る事ながら硬い鱗と強力な毒を持つ為、竜の里周辺のヌシとなっているモンスターである。
既に何人もの竜人の戦士が変種に挑んでは返り討ちに遭っており、竜人の戦士でも準備を整えなければ挑むのは危険と言う事で、狩られずに放置されているモンスターだった。
そんなモンスターに、たった2人で挑むなど自殺行為でしかない。
「じょ、冗談だよな? ヌシを狩るなんて悪ふざけで言ったんだよな?」
「失敬な、悪ふざけでこんな悪質な事は言えないよ」
「マジだったら尚悪いだろうが!?」
ニゲルは泣きそうに、というか泣いていた。
自分はどうしてこんなバカの相方なんぞやっているのだろうかと。
そんな彼の心情も知らずに、勇樹はグッと親指を立てて笑った。
「大丈夫! リザード系のモンスターなら砦でも何度か戦った事あるから!」
「安心できるか!」
どこまでも能天気な勇樹に、ニゲルは思わず頭を叩こうと腕を振った。
しかし、この2週間を回避の修行ばかり費やした勇樹には不意打ちにすらならず、最小限の動きで避けられる。
「はっはっはっ、その程度不意打ちにすらぶべ!?」
ただ攻撃を避けたまでは良かったが急に上体を反らしたので、足元の石に躓いて顔面から転んだ。
そんな勇樹の様子を見て、ニゲルは腹の底から溜息を吐いた。
「おいおい……そんなんでヌシなんて狩れんのかよ」
「……自分、頑丈さだけは自慢なんで」
「それを直す為に、ここに来たんだろうが……」
ただ頑丈さ云々は冗談ではなく、顔面から倒れたというにも拘らず、勇樹は顔が少し汚れただけで鼻血どころか擦り傷一つ負っていなかった。
勇樹が起き上がるのに手を貸してやるニゲルだったが、勇樹のあまりの能天気っぷりに不安しかなかった。
「そもそも、未だにブレス一つ吹けねぇのに属性魔法が使えなくなって、手数が減った状態なのになんか秘策でもあんのか?」
「だから大丈夫だって、それにしてもこの世界のドラゴンが属性魔法を使えないって言うのは意外だったよ……んでもって、僕まで使えなくなるとは」
現在、勇樹は竜が竜たる所以の一つである“竜の心臓”を自分の心臓の代わりにした為に、種族が半竜人へと変化していた。
そして、この世界の竜たちは人間たちが使う属性魔法は一切使えず、代わりに竜族の固有魔法である『竜魔法』が使えるのである。
竜の砦で修行していた頃は、初級魔法で小技を覚えてはモンスターを倒すのに使用していた勇樹であったが、里に来て初日の組手で咄嗟に目暗ましをしようとして不発に終わってボコ殴りにされ、そこで初めて属性魔法が使えない事に気が付いたのであった。
そして、その後に竜魔法の存在を知り合間を見ては練習していた勇樹だが、まだ竜魔法の初歩である【竜咆】すら使えていなかった。
「そもそも竜魔法なんて物を聞いたのは一昨々日だよ? そんな早く覚えられる訳ないじゃん」
「ガッハッハッ、ガキの頃からお袋の乳を吸ってブレスを吐いて育った俺たちとは年季が違うのさ!」
「お袋の……乳!? え、爬虫類って乳腺ってないんじゃあ……いや、でも竜人って体が人に近いから、体の構造も人間に近いのかな?」
「何をぶつくさ言ってるんだ? ほら、向こうが動いたぞ」
勇樹はニゲルに服を引かれて前を見ると、前にいた集団が年長の竜人を先頭にゾロゾロと動き出していた。
ニゲルは恐らくこれから若者を引き連れて、引率の戦士が見本で獲物を探し出して捕って見せるのだろうと呟いた。
ちなみに竜の里は高い山の上にあるので、狩りも当然その周辺で行う。
一見、岩と土しかない場所だが、意外に多くのモンスターが生息しており、中には背中に植物を育てているモンスターまで存在していて、草木の少ない山の上での数少ない食料となっている。
「あの様子だと大きめのEクラスでも狙わせるつもりか? でも、それにしちゃあ監視が多い気がする……こりゃあ、長がなんか言ったな」
たまにこちらを窺うようにチラチラと見ている団体を見たニゲルは、顔を引き攣らせながら呟いた。
そして、そのニゲルの予感は的中していた。
狩りを引率している戦士たちは若者に『ユーキを倒した者は獲物の大きさに関わらず優勝』と吹き込んでいたのだ。
「まあ大丈夫でしょ、彼らとは恐らくカチ合わないよ。目当てのヌシが居るのはモンスターの少ない所だし」
「ヌシに進んでエサにされるモンスターは居ないわな。じゃ、さっさと行くぞ」
「案内は任せて、地図も用意してあるんだ。赤爺がね!」
「だからお前はっ!」
意気揚々と広げた地図には、デフォルメされた赤い竜が「ヌシはここじゃよ!」と山のとある部分を指差している絵を見て、ニゲルは哀しみと何か切ない気持ちになった。
例えるなら世界一有名な大工の息子とネパール地域の元王子がバカンスと称して日本の下町のアパートに暮らしているのを見てしまったような、見てしまった方が居た堪れない微妙な気分になってしまった。
ニゲルの内心など興味もない勇樹は、ドラグニールに渡された地図の通りの場所へ赴いて、漸く問題点に気が付いた。
そもそも山自体が結構な大きさがあり、移動するだけでも結構な時間が掛かった。
その上で、広大な岩肌の山中から岩に擬態しているモンスターを探し出すなど、初心者のやる事ではなかった。
ちなみに、通常の鉱石蜥蜴の討伐ランクは『D』、高い防御力と強靭な肉体に加え、擬態能力が高く地面に潜って周囲に溶け込まれると、高ランクの冒険者すら探し出すのが困難なのである。
「どーすんだ? こんなだだっ広い所から、どうやってヌシを探し出すよ」
ニゲルは周囲を警戒しながら溜息を吐いた。
ここはただでさえ隠れる場所の少ない岩場、こちらが見つけても向こうに気付かれては何の意味もない。
格上の敵を狩るのならば、確実にこちらは先に発見して奇襲をかける必要があった。
「探し出すも何も、結構分かり易いじゃないか」
「は?」
ニゲルの問いに勇樹はそう答えると、目を丸くしているニゲルを余所に勇樹は近くにあった窪地に近づいた。
「例えばここ、少し前まで埋まっていた岩が掘り返されたような跡があるよね? そんでもってその周囲にある爪の痕、大きさから言って結構大きいモンスターの仕業だね」
そう言って勇樹は窪地の隅を指差した。
勇樹が差した先には、何かが地面を掻き出したような跡があり、爪痕も大分消えかけてはいる物のそれらしい痕跡が残っていた。
「そして、この爪痕の向きからして、恐らくこのモンスターはここで岩を食い荒らした後、山頂の方角に向かって移動してるよ」
「なんでそんな事が分かるんだ?」
ニゲルの問いにニヤリと笑い、勇樹は徐に近くにあった小石を拾い上げる。
勇樹の拾った石は拳大の小石であったが、何故か表面はボロボロ、角張っていて砕いたような跡があった。
「コレは恐らく鉱石蜥蜴の食い散らかした跡、表面がボロボロなのはソイツの毒が岩を溶かして脆くさせたからさ」
「だけどよぉ。それだけじゃあ、ここで奴さんが飯食った事ぐらいしかわかんねぇじゃねぇか」
「チッチッチッ、ニゲルも竜人なら分からない?」
勇樹はからかう様に指を振ると、犬のように這い蹲って地面の臭いを嗅ぎだした。
「おいおい、今度は犬の真似か? それで何が分かるんだよ」
「簡単に言えばヌシの残した溶解液の臭いだね。アレって結構臭いが独特だから、数日経った後でもこうやって地面に鼻を近づければ臭ってくる……うん、こっちだ」
暫く地面の臭いを嗅いでいた勇樹が、ある方向でピタリと止まった。
その方角には良く見ると何かが通った後のような物が見え、勇樹は地面に残った臭いを頼りに動き始めた。
「はぁ、どんどん人族離れしていくな。お前」
ニゲルは勇樹の行動に呆れながら、臭いを辿って動き出した勇樹の後ろを追って行った。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
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