18話 少年、ズタボロになる
(´・ω・`)異種族の生活様式を考えるのは楽しい反面、面倒臭いです。
ダクディルからの説明を聞いた竜人の若者たちは激怒した。
自分たちの稽古に普人の子供が混じるだけでは飽き足らず、重りを付けてハンデまで付けて挑むという、明らかにこちらを格下に見ている行為。
例え赤賢竜であるドラグニールに連れて来られたとはいえ、普人の子供に舐められるのは竜人の誇りが許さなかった。
「……ねえ、赤爺? なんか物凄く視線が痛いんだけど」
「ふぉっふぉっふぉっ、元気が良くて頼もしい限りじゃのう」
「それだけ!?」
手足に重りを付けさせられた勇樹がやってくると、場の空気の温度がさらに下がる。
離れた所で準備運動をしている竜人たちから、殺気立った視線が勇樹へと集中して背筋が寒くなった。
「これ……僕、生きて帰れますかね?」
「さぁのう。まあ、まずはお主の力を皆に見せつければいいじゃないかのう?」
「うえ!?」
「おーい、誰かユーキと1対1で戦ってくれる者はおらんか?」
若い竜人たちに向かってドラグニールが呼びかけると、一層殺気が増して全員から手が上がった。
ドラグニールは満足そうに頷くと、一人を指差した。
「では、そこのお主。こっちへ来い」
「はい!」
選ばれた若者が鼻息荒く前へ出てくる。
そして、勇樹と若者に教官のダクディルから棍棒が渡される。
2人は穴の中へ降りると、向き合って棍棒を構えた。
「ユーキ、手加減は無用じゃぞ!」
「ハンデまで付けてる僕に無茶振りしないで!?」
ドラグニールの言葉に、目の前にいる竜人の殺気が強まる。
2人はジリジリと距離を測りつつ、ゆっくりとすり足で横へ移動する。
そこへドラグニールが腕を振り上げた。
「では、始めっ!」
「「っ!」」
開始の合図と共に2人は動き出した。
激しく攻撃を繰り出す竜人に対して、勇樹は先ほどと同じように掠りそうなギリギリの間隔で躱してゆく。
攻撃の隙間で勇樹も反撃するが、不安定な体勢での攻撃は竜人の持ち前の頑丈さで簡単に弾かれてしまう。
攻防はお互い一歩も譲らず、泥仕合になるかと思われたその時、勇樹が動いた。
「これでも喰らえ! 【閃光】!」
相手に向かって指を突き出して魔法を唱えた。
竜人もそれに反応して咄嗟にガードを構える。
しかし、勇樹の詠唱は虚しく響き、突き出された指先は何も答えてはくれなかった。
「あ、あれ? 何ぐぼわっ!?」
指先から何も出なかった事に首を傾げた隙に、竜人の若者が棍棒を振り抜いて勇樹を吹き飛ばした。
そして勇樹はそのまま数mほど吹き飛ばされて動かなくなった。
「あ~、そうなってしまっておったか……」
予想通りの試合結果に、ドラグニールは思わず手の平で顔を覆った。
気絶してしまった勇樹は、相手の竜人が仕方なく引き摺って穴から出したのであった。
「魔法が使えない」
穴から出されてから、すぐにドラグニールによって起こされた勇樹は、起き上がってまず魔法を幾つか使おうと試みる。
しかし何度試しても魔法は発動せず、勇樹はドラグニールをジト目で睨み付けた。
勇樹からしてみれば、夢にまでみた念願の魔法が使えなくなり、酷く裏切られた気分になる。
「仕方ないじゃろう、儂も竜の心臓を別の生物に埋め込むなんて初めてだったんじゃ。まあ、それについては儂の方で調べて置くから、とりあえず今はこっちの修行に専念せい」
ドラグニールが勇樹の背後を指差すと、そこには棍棒を持った竜人たちが不敵な笑みを浮かべて準備運動をしつつ、こっちをチラチラと見ていた。
誰もが気合十分といった様子で、中には何のアピールなのかポーズを取っている者までいる。
「え、何アレ」
「お主にはこれから彼奴らを相手にして貰おうと思ってのう。おお、そうじゃ。お主は攻撃禁止じゃから、ひたすら避けるんじゃぞ」
「何それ聞いてない!?」
ドラグニールの突然の禁止事項に驚いていると、棍棒を渡されて反射的に受け取ってしまい、そのまま穴の中へ突き飛ばされた。
何とか転がらずに底まで辿り着くと、そこへ殺気立った竜人たちが勇樹を囲うように入って来た。
囲まれた勇樹と囲っている竜人たちとの間に一触即発の空気が漂う。
「……」
勇樹は動けない。
ホンの僅かな動作ですら開戦の合図になりかねない為、身じろぎ一つも出来ないでいた。
たった一つの物音でも命取りになる……そう感じ取った勇樹は出来るだけ周囲を警戒しながらも刺激しないように努めていたが、視界の端で何かが動く。
それは、全く動かないこの状況を良しとしないドラグニールが、一枚の鉄貨を穴に投げ入れようとしているところであった。
思わず勇樹は悲壮な表情で必死に首を小刻みに振るが、それを見たドラグニールはニコリと笑って鉄貨を放り投げた。
投げ入れられた鉄貨はゆっくりと穴の中へ落ちて行き、地面に落ちてチャリンと小さな音を立てた。
「っ!? 赤爺のバカヤロー!!」
「ほれ、頑張れー」
鉄貨の落ちた音が合図となって、穴の中にいた竜人たちが一斉に勇樹へと飛び掛かった。
若干涙目になった勇樹は、竜人たちの勢いに気圧されながらも、必死に迫りくる棍棒を必死になって受け流す。
「こら! 受け流すんじゃなくて、ちゃんと避けんか!」
「この数は無理だよ!?」
四方八方から突き出される棍棒を時に躱し、時に棍棒で弾き、時に腕で払う。
何度となく攻撃をいなそうとも竜人の攻撃は止む事が無く、一ヶ所に止まれば間違いなく集中攻撃を受けてボコ殴りにされるので、足を止めずに必死に逃げ回る。
近くにいた竜人を楯にして怒らせ、突き出された棍棒を逆に掴んで相手を引き倒し、相手を足場にして股下を潜って脇を抜けて、竜人たちの間をネズミの様に駆け回った。
それを見ていたドラグニールは溜息を吐いた。
「思った以上にダメじゃな、これでは修行にならん」
「は、はぁ」
脇にいたダクディルは若い竜人を翻弄する勇樹の動きに驚き、ドラグニールの不満そうな呟きに思わず気の抜けた声を出してしまった。
「あれでは回避の修行にならん。そうじゃなぁ……中に入れる者を4人くらい絞れ」
「ハッ! お前たち、戻って来い!」
「ユーキ! お主も戻るんじゃ!」
2人の声が穴の中に響き渡り、穴の中にいた者たちは足を止めてダクディルの方へ集まった。
そして、勇樹が戻ってくるとドラグニールは皮袋を取り出した。
その意味が分からず、勇樹が首を傾げるとドラグニールは勇樹の手を指差した。
「この皮袋をお主の手に付けるんじゃ。棒を掴んで奪ったりできんようにな。これはあくまでお主の回避の修行じゃからのう」
「え」
棍棒を奪われ代わりに手に皮袋を付けられて外れぬように口をキュッと締められる。
封じられた両手を見て呆然としている勇樹に、ドラグニールは胸をポンと突いて再び穴の中へ突き落した。
「なあぁぁぁ!?」
「頑張って来るんじゃよ~」
にこやかに手を振るドラグニールの脇で、選ばれた4人の竜人が穴の中へ飛び込んで行った。
さっきは10人近くの竜人が半分以下に減らされたので、勇樹が楽になったかといえば全く逆である。
人数が限定され空間に余裕が出来た事で、先ほどまで乱戦状態だった竜人たちが縦横無尽に駆け回る事が出来るようになり、余計に追い詰められた。
「ちょ!? 速い速い! さっきより動きが段違いなんだけど!?」
「そりゃあ、連携もなしにただ攻めるのと、人数を区切って連携させるのとでは、大違いに決まっとるわい」
「だから、なんで、こっちに、ハンデが、付くのっ!?」
人数が減って連携が機能し始めた所為で、壁のような隙間ない攻撃からフェイントや時間差を利用した攻撃が、連続的に襲い掛かってくるようになった。
その上、誰かを利用して壁にする事もできず、結果的に被弾率が上昇する。
勇樹の逃げ回るサンドバッグ修行は暗くなるまで続けられた。
「つ、辛い……竜の砦じゃ死ぬ時は一瞬だったから、こんな風にボコボコにされるのって逆に新鮮……」
「お前、今までどんな事してたんだよ……」
日が落ちてきた所で修行が終了し、時間いっぱいまでボコボコにされた勇樹はダクディルからに選ばれて、竜人の若者ニゲルが竜の里に居る間の世話をしてくれる事となった。
何故彼が選ばれたかというと、最初はニゲルも他の若者の同様に勇樹を面白くない目で見ていた。
しかし、怒りが長続きしないタイプであったニゲルは次第に頭が冷め、冷静な目で勇樹を見ている内に……思いっきり引いた。
何せまだ成人もしてなさそうな普人の子供に、本来ならハンデを貰う側の筈が何故かハンデを背負わされ、最後には武器すら持つ事が許されずに延々と四方から襲ってくる攻撃を回避し続けさせられている。
竜人ですらやらないような修行方法や、音を上げる事も許さず笑顔で課す方にも、その修行に文句を言いながらも最後までやり切るバカにも、ニゲルは一切の遠慮もなく引きまくった。
そんな態度を見抜いたダクディルは、敵意を持っていないなら問題も起こさないだろうと判断してニゲルを指名した。
ボロボロになった勇樹に肩を貸しながら、ニゲルは呆れて溜息混じりに呟くと、勇樹は苦笑いを浮かべる。
「何ってフツーだよ。死に覚えって言う奴、死ぬ度に復活させられて生き抜くために頑張って、死にながら色々覚えさせられたよ。あははー」
「そんなこと笑って言うなよ。そんなの何処も普通じゃねぇよ」
「でもまあ、ここの人が熱心にやってくれたから、お陰で《回避》のスキルも生えてきたしね!」
「は!? もうスキル覚えたのかよ!」
この世界ではスキルを狙って覚えるのは難しく、何時どんなスキルを覚えるかは運である。
相性の良いスキルであれば短期で覚える事が出来るが、才能が無ければ生涯を費やして、やっと死ぬ直前に覚えたなどという事例も存在する。
ただし、持っていなかったスキルを一日で習得したなどという話は、人類の有史でも前例は一つしかなかった。
「はぁ~、スキルをすぐに覚えるだなんて、お前は勇者みたいな奴だな」
「はっはっはっ、僕はただの一般人ですよ」
但し異世界の、とは心の中で付け加えた。
客室へと連れて来られた勇樹は、そのままベッドに放りこまれる。
竜人のベッドは体の構造上仰向けで寝る事が出来ないので、丸く編まれた篭のようなベッドに、クッションとして藁のような植物が敷かれている。
微妙に普人が寝るには不自由なベッドまで運ばれると、もう動けないと言わんばかりにベッドに横になった。
「んじゃ、どうせ今日はもう動けねぇだろ? メシは後で持って来てやるよ」
「ははは、というか皆さんがいる所で食事が出来そうにないから、単に僕を隔離したいだけですよね?」
「分かってんなら言うなよ……」
同世代の態度を思い出してゲッソリするニゲルを、勇樹は能天気に笑いながらベッドで四肢を投げた。
翌日、勇樹が修練場にやって来ると、先に来ていたドラグニールに呼ばれた。
「見たところ、昨日でもう《回避》スキルが付いたようじゃのう?」
「うん、お陰で昨日の後半辺りは割と避けられてたと思うよ」
「じゃあ、もう真剣を相手にしても良いじゃろう」
「え」
まるで夕食のメニューを提案するような気軽さで、勇樹へのハンデが加算された。
刃の付いた槍を持って来たダクディルも、戸惑いながら若者たちに刃の付いた槍を渡してゆく。
「待って、それは洒落にならないって!」
「頑張れ」
「ぬわー!?」
昨日と同じようにドラグニールは笑みを浮かべて、勇樹を穴の中へと突き落とした。
しかも今度は刃が付いているので、掠るだけで服が裂け切り傷が増える。
そして、それこそがドラグニールの狙いでもあった。
一度死に覚えの所為で振り切った感覚を、昨日一日を使って死なないダメージを与え続けてボコボコにする事で、根本的な命の危機という感覚を呼び起こさせた。
そしてそこからもう一度、真剣でギリギリの感覚を学習させる。
すると一度痛みを覚えた勇樹は、ドラグニールの思惑通りに捨て身にならず脇目も振らずに攻撃を回避する事に専念するようになっていた。
自分の思い通りの結果にドラグニールは満足げに頷いた。
それを横で見ていたダクディルは、無茶なメニューを平然と提示するドラグニールに口を開けて呆気に取られている。
そんなダクディルの様子など気にも留めないドラグニールは、スポーツでも観戦しているかのように指示を飛ばしていた。
「ほれそこ! もっと動き回ってユーキの動きを先回りするんじゃ! 狙うのは末端の手足ではなく胴じゃ! 攻撃が当れば其奴は止まる!」
ドラグニールが的確に指示を出す所為で、勇樹はドンドン追い詰められてゆく。
こうなって来ると抗議が出来るような余裕すらなく、迫る白刃を必死になって避けなければならなかった。
昼休憩になり切り傷と泥だらけで息絶え絶えになっている勇樹が戻って来ると、ドラグニールは軽食を渡しながら手足に付けた重りを見せるように言って来た。
「はぁ……はぁ……重り?」
「そうじゃ。ああ、飯は食いながらで構わんよ」
「もぐもぐ……いいけど、何するの?」
「重りの追加じゃ」
「え……え? いやいやいや!? これ以上、ハンデを追加されたら無理だって……っ!」
「ふぉっふぉっふぉっ、必死に気張れ」
勇樹の抗議に耳を傾けず、結局今日も穴の中へと突き落とした。
その後、勇樹とのやり取りを見て戸惑っている若者たちの方を見て一言呟く。
「頼むぞ?」
竜種は竜人族にとって先祖であり信仰の対象のような物である。
その中でも上位種である赤賢竜ドラグニールに直々に声を掛けられれば、彼らに出来るのは首を縦に振って勇樹に向かっていく事だけだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




