12話 少年、武器を取る
モンスターを倒してのレベル上げが絶望的だと判明した勇樹は、確実にスキルが上がる方法を取る事にした。
即ち隠密行動による斥候プレイである。
しかし、ここで問題一つがあった。
この砦内の生物はこと気配において、その操作に異常なほど長けている。
“竜の砦”は広い面積を誇りながらも、周囲を頂に囲われた高い山脈の上にある閉鎖空間である。
捕食者に狙われれば逃げ場のない被食者はただ食われるのみ……とはいかなかった。
逃げ延びた被食者は逃げる脚ではなく、強者から隠れる術を見出したのである。
その結果、この砦内のモンスターたちほぼ全てが《気配遮断》スキルを会得し、捕食者のテリトリー内であっても生きて行けるようになった。
そんな進化を遂げた砦内ではレベルが低い《気配遮断》など何の役にも立たず、大型スピーカーで大音量の音楽を流して自分の位置を知らせているのも同然だった。
勇樹は先ず、小川で全身を洗うと周りの草や土を集めて泥を作り、それを身体に擦り付け始めた。
首や脇は念入りに、髪の毛に草の根が絡んで土が入り込んでも黙々と洗う様に刷り込んで行く。
「フッフッフッ、中学時代にかくれんぼで見つからな過ぎて、山狩りまでされた僕の実力を見せる時……!」
勇樹はそう意気込むと、俄仕込みの下手くそなスニーキングで水場の傍まで近づいて、草むらに隠れて目を閉じる。
そして風の音、土の臭い、木々のさざめきに感覚を研ぎ澄ませ、感じる波に抗わずに同化して行く。
自分が徐々に周囲に溶け込んで行くような感覚になり、何かが移動している気配を感じ取ってゆっくりと目を開けてみると……鹿のようなモンスターと目が合った。
スキルが上がっていたお陰で、一瞬は勇樹を認識できなかったがすぐにその存在を認めると、すぐに攻撃態勢を取った。
次の瞬間、空気が抜けるような音と共に、勇樹は何かに撃ち抜かれて転送された。
死んで帰ってきた勇樹は先ほどの死に戻りがなかったかのように、まるで遊びにでも出かけるかのように拠点を飛び出して行った。
そして隠れては、貫かれて踏み潰され死に戻って、それでも折れる事無くひたすらスキル上げの為に隠密行動を続けた。
それが5日ほど続いた頃、勇樹の行動に若干の変化が現れた。
それまでは無差別に片っ端からモンスターを相手にしてスキル上げを行っていたが、何を思ったかゴブリンリッターを狙って後を追いかけ始めた。
性質の悪いストーカーの如く一定の距離を保ったままゴブリン達を追いかけて、何かを探るように一挙手一投足をジッと観察する。
それまでの成果で《気配遮断》スキルのレベルが上がったお陰で、距離を取って追いかけていればゴブリン達には全く気付かれずに尾行が可能となっていた。
時々、ゴブリン達に接近しようと試みるが、その度に気付かれそうになって慌てて隠れるのを繰り返す。
が、流石に何度もやれば不審に思われ、合流したもう一つの集団がいつの間にか勇樹の後ろに回り込み、挟まれて石槍で抵抗するも簡単にあしらわれ袈裟斬りにされて拠点へ転送される。
その後も時折、徒手空拳でゴブリンリッターの群れに突撃、水中でもがき苦しむような何かを掴もうとする動きを見せるも、結局何もできずに転送される。
その後も拠点に戻されては少し休んで突撃するのを繰り返した。
その様子を見ていてドラグニールは、勇樹の異常性に驚いていた。
確かに勇樹に巻かれている首輪は、何度死んでも再生して復活できる機能がある。
だが、それは死んだ直後に機能する物であって、死その物を回避している訳でも、況してや死を恐れず蛮勇になれる効果など付いてはいない。
彼が受けているのは死ぬ“ような”痛みではない。
文字通り、死ぬ痛みを何度も経験しているにも関わらず、勇樹の目は少しも濁らず、それどころか益々活動的になって行動範囲を広げようと、次の日には平然と動き回っているのだ。
まるで死に戻った事が小石に躓いた程度が如く、普通ならば発狂してもおかしくない状況を、勇樹は笑みを浮かべて楽しんでいる節すらあった。
まだここを作った勇者が生きていた頃にも、何度か保護した異世界人をここに連れてきた事がある。
だが、誰もが死の痛みに恐怖し、雑魚モンスターを倒す事すら嫌悪して、全員1レベルも上げる事無くギブアップしてしまい、結局隠れ里を作って保護するしかなかった経緯がある。
では、何故ドラグニールはここへ勇樹を連れて来たのかと問われれば……全くの偶然だった。
過去に何度か感じた事のある勇者召喚特有の強い魔力を断続的に感じ取ったので、城の周辺で様子を窺っていた時に、小動物より弱弱しい気配が散々街の中を迷った挙句目の前でぶっ倒れたのである。
流石のドラグニールも放って置けなくなり、勇樹の行動を見守っていたのだった。
まさか、その日に森に入って子供でも倒せるムクムクにやられるとは、ドラグニールも予想外であった。
目覚めた直後の勇樹も、あんな目にあったにも拘らず普通に話していた事も驚きであったが、今の異常性には遠く及ばなかった。
そして、勇樹がここへ来て14日目にしてドラグニールは勇樹の行動の意味を理解した。
いつものように死亡してテントに戻ってきた勇樹には、いつもと違う点が1つだけあった。
それは勇樹の右手に握られている剣、これこそが勇樹がゴブリンリッターを追い回してその度に殺されていた理由だった。
勇樹が何度も死に戻って分かった事は、自身の持つ抵抗手段がこの砦内では児戯でしかない事である。
一応、武器として石の槍なども作ってはみたが、竜の砦で一番弱い角ウサギですら刺さる事無く跳ね返されてしまい、無用の長物でしかなかった。
そこで勇樹が目を付けたのが、ゴブリンリッターの持っている剣である。
しかし、彼らから奪い取れるような隙はなく、常に3匹以上で行動する為に罠も掛け辛い。
ここの生活に手詰まりを感じ、どうすれば良いか悩んでいた時にある疑問が湧く。
それは死んだ時に発動する転送で『何故自分の衣服や持っている物が一緒に転送されるのか?』という事だった。
勇樹が召喚される前にやっていたゲームで、プレイヤーが死ぬとその場にアイテムがぶちまけられて、死んだ場所まで取りに行かないとロストするというシステムで何度も泣きを見たのを思い出し、現状と重なった事でヒントとなった。
それにより自分の身体は当然として、着ていた衣服やマギフォンが転送されていたという事は転送の対象が自分の体だけではない事に気が付く。
2日目に初めてブラックモスに殺された時、持っていた水筒は目覚めた時にも手元にあった。
同じように3日目にゴブリンリッターに首を跳ねられた時も、持ち物は持った状態で転送されていた。
4日目以降の時には、手に持っていた食料の野草や水筒は手元にあったが、たまたま手に握っていた植物は転送されていなかった。
そこで勇樹は一つの仮説を立てた。
この転送魔法は自分が持っていると認識した物に対して、持ち主と一緒に転送されるのではないのかと。
そして、仮説を実証すべく勇樹はゴブリンリッターの行動を観察し、戦闘を仕掛けて転送される直前に剣を掴んだり、自分を串刺しにした刃を掴んでみたりを繰り返し……漸くその剣をこの手に掴んだのだった。
勇樹の行動を理解した瞬間、ドラグニールは目を見開き大きく驚いた。
武器が無かった勇樹は転送される直前に柄を握り締めて剣と共に転送された、それだけであった。
言葉にすれば簡単だが、その為に勇樹は態と剣を腹に刺さるように仕向け、さらに自分で剣を押し込んで深く刺す事で体に固定、驚いているゴブリンリッターの手から強引に柄を取り、自分が奪い取ったと思い込む事でそれを成功させたのだ。
「なんというか……恐ろしい奴じゃのう。普通は思い付いても実行なんぞせんぞ」
のほほんとした勇樹の表情からは見えない、奥底にある闇を感じ取ったドラグニールだったが、現状とは特に関係ないと判断して目を瞑った。
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