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銃と魔法と臆病な賞金首2  作者: 雪方麻耶
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それぞれの事情

 ワイズが全てを話し終わったのは、淹れたてのコーヒーから湯気が立ち上らなくなる頃だった。状況的には、先日リムから聞いた話と同じだった。

 ある日、忽然とその存在を消し、後に『黄昏に沈んだ街』と呼ばれるようになったカトリッジ。ひょっとしたら、街角で三人は出会っているかもしれない。


「あなた達も、あの惨劇の関係者だったの」


 リムの問いにワイズは頷き、逆に質問してきた。


「お前さん、フォスターといったな。父親の名はゼクテ・フォスターというんじゃないか?」


 リムは黙って俯いた。その仕草が答になっていた。


「別にお前さんの父親を責めるつもりはない。あれから、色々あったんじゃろ?」


 ワイズの声には、長年の風雪に耐えた巨木のような貫禄と慈しみがあった。

 黙ったままワイズを凝視するリムを見て、光来は彼女の男装の理由に思い当たった。ゼクテ・フォスターの娘というだけの理由で、これまで周囲から数多の誹りを受けてきたのではないだろうか。首謀者は飽くまでグニーエ・ハルトだが、ゼクテは彼の師であり友人であった。人とは弱い生き物だ。耐えられない程の悲しみや苦しみを背負わなければならなくなった時、どうしても感情をぶつける対象を必要とする。逆恨み的になじられる事もあった事は想像に難くなかった。

 しかし、と光来は思う。

 リムは芯の強い娘だ。誹謗中傷から逃れるために日頃から男の格好をしているのでない。彼女には一日も早くグニーエ・ハルトを探し出すという目的がある。行く先々で罵詈雑言に耳を傾ける暇さえ無駄には出来ないのだ。

 そうなんだろ? リム。

 心の中で囁きかけた。


「……どうやら、グニーエについて調べている老人というのは、あなたの事のようね」

「ん? どういう意味じゃ」

「ワタシ達がここに来たのは、銃の修理をお願いしたかったからだけど、そもそもラルゴに来た目的は、あなたから話を聞きたかったからなの」

「ワシの話じゃと?」

「ワタシも、グニーエ・ハルトの行方を追っているのよ」


 リムの真剣な眼差しに、ワイズは口元まで運んでいたカップを皿に戻し、目を細めて視線を絡ませた。


 リムは失意の中にいた。それはワイズも同様だった。互いが互いの情報を当てにしていたのだから、無理からぬ事だろう。

 ワイズはトートゥの出処に拘ったが、キーラの秘密は絶対に喋ることは出来ない。詳細は言えないが、グニーエとは関係ないで通した。はっきりとした答ではないので、ワイズとしては消化不良だっただろうが、リムもグニーエの行方を探している事から、嘘ではないと判断してくれ、執拗な追求はしてこなかった。

 彼女は今、ワイズ家の工房の一室にいた。ワイズがせっかくの収穫祭なのだから、二〜三日滞在していけと言ったのだ。


「そんな時間はない。一日でも早くグニーエを見つけなければならないの」

「道に迷ったり、回り道をしなければ辿り着けない場所もあるぞ」


 なにか言いくるめられた感じだが、どのみち、銃の修理は頼まなければならない。キーラの銃を調達しなければならない都合もあり、申し出を受ける事にした。

 余った時間は有効に使わなければならない。というわけで、弾丸の予備を精製するために、この部屋を借りたのだ。ここは最後の仕上げをするのに使う部屋らしく、作業机とヤスリやハンマーなどの工具が入った棚以外は何もなかった。広過ぎず狭過ぎず、落ち着くにはお誂え向きの場所だ。

 目を閉じ、意識を集中させる。

 『彼の者』と接触するための言霊『アリア』を呟く。まるで自分自身に催眠術を掛けているように、精神は深層へと沈みただ一点の光を目指す。


 我は真理に連なる道を行く者なり。

 この界の百倍、この世の千倍を旅し辿り着きし彼の者よ、

 愚者が汝に触れる前に、その力を示すべし。


 イメージする。己が欲する力を。

 イメージする。力秘めたる存在を。

 イメージする。この世に生まれる奇跡を。

 蛍火のような幻想的な光が宙に生じた。光を中心に複雑な紋様が広がり、渦を巻いて下降していく。まるで小さくてゆっくりと回転する竜巻のようだった。模様は下に行く程過密していき、先端は尖った氷柱のように細くなった。机に置かれていた薬莢の口に収まっていき、全ての模様が収まる時には、弾丸の形となっていた。最後に、形成した魔法が崩れないよう、しっかりと定着させた。

 ふうっと大きく息を吐いた。

 一つの弾丸を作るのにも、かなりの精神力を必要とする。何度となく経験している身だからこそ、キーラの魔力に畏怖の念を抱くのだ。

 

 光来は、ワイズとシオンを相手に、会話を続けていた。初対面の相手に長く会話を続けるのは苦手なのだが、一人では手持ち無沙汰になってしまう。


「どうしてもトートゥの出処は言えんか」


 リムより光来の方が与し易いと思ったのか、ワイズはさっきの話を蒸し返した。


「すみません。でも、グニーエとは関係ないのは絶対に本当です」

「トートゥを精製出来る程の強力な魔力の持ち主など、滅多な事では巡り会えんと思うがのう」


 ワイズは心残りな台詞を口にしたが、それきりトートゥの話は打ち切った。しばしの静寂が光来の居心地を悪くする。

 シオンが徐に立ち上がり、部屋から出ていこうとした。


「なんじゃ? どうした」


 ワイズの問に、シオンは振り返った。


「収穫祭の準備をするの」

「ああ、そうか……」


 シオンがすっと出ていき、光来はワイズと二人きりになった。


「すまんな。あいつ、変わっとるじゃろう」

「そんなことは……」


 光来は心を読まれたようで、どきりとした。


「あいつは、あの事件以来、ちょっと壊れちまってな」

「そんな……自分のお孫さんを」

「そうだな。忘れてくれ。口が悪かった」


 光来の脳裏にリムの顔が過ぎった。

 ワイズは、シオンを壊れていると表現した。では、親の復讐のために青春を犠牲にしている彼女は?


「あの娘は、グニーエを見つけてどうするつもりなんじゃ」


 あの娘とは、当然、リムの事だろう。この老人、勘が異様に鋭いのか、光来がちらりと思い浮かべる事ばかり話題に上らせる。


「さあ、それは……」


 咄嗟に言葉を濁したが、両親を殺した人物を追う目的なんて、一つしかない。リムは復讐するつもりなのだ。それも、懺悔させる程度ではないだろう。おそらく、命を奪う事まで考えている筈だ。そして、このワイズも……

 場の空気が重くなったと感じたのか、自らの心に陰が落ちたのか、ワイズは口調を改めた。


「そうじゃ、お前さん、今夜の収穫祭でシオンをダンスに誘ってやってくれんか」


 いきなりの申し出に、光来は言葉に詰まった。


「ダンス?」

「ああ。毎年恒例なんじゃ。収穫祭の間、夜になるとダンスパーティーが催される。ダンスが切っ掛けで交際を始める男女も居るんじゃ」

「そんな……俺には無理です。ダンスなんか踊った事がない」

「本格的なもんじゃない。音楽に合わせて体を揺らす程度じゃ」


 思い出すのは小学生の時に運動会で披露したマイムマイムだが、あれは踊ったと言うより、戯れたと評したほうが近い。


「無理ですよ。すみません」 

「……そうか。図々しい頼みをしてすまんかったな。その……不憫でな」


 ワイズの気持ちは分からなくもない。シオンからはなにか触れ難い雰囲気が伝わってきて、迂闊に踏み込んではいけない気を抱かせる。しかし、異性の事は周りがどうこう言っても仕方のない事だと思う。

 少しだけ気まずくなり、ますます落ち着けなくなってしまった。


「あの、俺、リムの様子を見てきます。コーヒーご馳走様でした」


 光来は言うと同時に立ち上がり、ワイズの視線を受けながらそそくさと居間を後にした。

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