再会の少女
翌日、グニーエ・ハルトに関する情報収集は保留にして、パン屋で教えてもらった銃工房を訪ねる事にした。いつまでもスリーブガンだけでは心許ないようだ。
リムは「腕が確かならいいんだけど」と、頻りに心配していた。
宿屋から一歩外に出ると、まだ午前中だと言うのに人々で賑わっていた。やはり観光地に来ると、人は気持ちが高まるのだろう。
光来は、こんな陽気な町なのに、『魔人』と呼ばれるグニーエ・ハルトの情報を集めている人物など、本当に居るのだろうかと訝った。
情報と言えば、昨日の調査で分かった事がいくつかある。
まず、誰でも彼でも銃を持ち歩いている訳ではないという事が分かった。資格が必要なのか知らないが、この世界での銃は、魔法を使う、いや、撃ち出す者が携帯する道具なのだ。もう一つ、魔法という力は、店で購入して手に入るものらしい。散々歩き回っている間、魔法を取り扱う店を何件も見ている。
自分で精製する者もいるが、それなりの修行と才能が必要であり、取り扱いにも細心の注意が必要なため、この世界の全ての者が魔法に頼っているわけではないとの事だ。寧ろ、使わない者の方が圧倒的に多く、『魔法使い』は少数派だそうだ。
「リムはどっちなんだ?」と質問したところ、「買うこともあるけど、殆どは精製する。電撃系が得意なんだ」と返ってきた。
どうりで、やたらとブリッツの弾丸が込められていたわけだ。
教えられた道を歩いているうちに、どんどん人気がなくなってきた。なんか静かになったなと思っている間に、店や住居、人の往来すらない場所まで来てしまった。
光来は心配になって、リムに話し掛けた。
「なあ、もう町の外に出てしまったんじゃないのか?」
「でも、一本道だから迷ったわけはないし……」
言いながら、リムも自信がなさげだった。
「でも……」
「ごちゃごちゃうるさいわね。本当に迷っちゃうじゃない」
「なっ」
乱暴な言い方にカチンときたが、言い返したらケンカになりそうだったので、我慢した。
辺りを見渡す。本当に静かだ。人の活気で生ずる熱量がないせいか、空気が少し肌寒い。この世界と言うか、国にも季節があるのだろうか。
当てもなく、長閑な景色を見るともなしに見ていたら、いきなり一人の少女が目に飛び込んできた。妙に透明感を帯びた少女で、ただ前を歩いていただけだろうに、突如空間から現れたような錯覚に陥った。例えるなら、擬態を駆使している動物を、偶然発見した驚きとでも言おうか。
「リム。あの娘に訊いてみよう」
「……そうね。この道で間違いないと思うけど」
変なところで負けず嫌いだな。そう思いながら、光来は前を行く少女に声を掛けた。
「すみません……」
少女は、鼓草の綿毛が風になびくように、ふわりと振り向いた。なんでもない仕草のはずなのに、思わず見とれてしまった。光来はわけも分からずドギマギしてしまい、言葉につかえた。
「あ、あの……この近くに、銃工房があるって聞いたんですけど」
少女は質問には答えず、じっと光来を見つめた。
聞き取りにくかったのかなと思い、もう一度聞こうと口を開こうとしたが、実際に大きく開かれたのは目の方だった。
「あっ、キミッ?」
光来は少女に見覚えがあった。ホダカーズで、シュラーフを撃ち込まれたリムに、覚醒の魔法を施してくれた少女だ。
「どうした? キーラ」
光来の驚きを察知し、リムが近づいてきた。すかさず少年のフリをするところはさすがと言おうか、隙がない。光来もリムに合わせた。
「ギム、この娘だよ。シュラーフを撃たれた君を起こしてくれたのは」
リムは、少し間を空けてから「ふうん」と口にした。ずいと前に出て、少女を見た。見たというより、観察している目だった。空気がぴんと引っ張られたような感じがし、光来は落ち着かなくなった。
「ありがとう。貴重な弾丸でわざわざ」
「どう致しまして」
今度は少女もちゃんと喋った。リムにアウシュティンを放った時と同様、感情が読み取りにくい喋り方だった。
「でも、別に助けてくれなくても、なんとかなったけどね」
リムの台詞に、光来は仰け反った。なんでそんな余計な事言うんだよ。なんか、様子がおかしい。リムの態度が硬化している。それどころか、敵意を剥き出しにしてるじゃないか。
リムの挑発的な態度とは裏腹に、少女は飽くまで冷静だった。
「そうでしょう。あなたが目覚める前に、こっちの彼がケリを付けてくれたんだから」
ぶぼっ。変な咳が出てしまった。リムの挑発にカウンターアタックを食らわせたのか、それとも、単なる天然なのか。
チラリとリムの顔を盗み見た。口元には笑みを浮かべているが、目が全然笑ってない。まずい。この話題はここで打ち切らせるべきだ。
光来が間に入る前に、少女が続けて喋りだした。
「……あなた、なんで男の子の格好しているの?」
光来は思わず硬直した。ぴしっと空間にヒビが入る音を聞いたような気がした。リムも同様に硬直しているが、全身が小刻みに震えている。しかも、口元の笑みは消え、顔を赤らめているではないか。
リムは恥じらいを振り切るように顔を上げ、再び虚勢を張った。
「これからは女がどんどん活躍する時代だからね。動きやすい格好がいいのさ」
「そう……でも、言葉遣いまで男を真似る必要はないと思うけど」
リムの返しに、またさらりと突っ込んだ。やっぱり天然か。
これ以上二人に会話を続けさせると拗れそうだ。光来はなかば強引に割って入った。
「あの、銃工房なんだけど……」
少女は、姿勢はそのままで、視線だけを光来に向けた。何故か、心の中を読まれているような不安な気持ちになった。
「ついて来て」
そう言うと、少女はすたすたと歩き出した。
「案内してくれるの?」
少女は振り返らないで、どんどん先に行ってしまう。
「ほら、行こう」
じっと少女を睨んでいるリムを促し、少女の後をついて行った。