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銃と魔法と臆病な賞金首2  作者: 雪方麻耶
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湯けむり

 調査は難航した。

 『黄昏に沈んだ街』は誰もが知っている事件ではあるが、その原因については解明されておらず、謎が多く残されている。

 グニーエ・ハルトについても、名前すら聞いたことがない者がほとんどで、足の裏に痛みを感じる程歩き回っても、グニーエに関する情報は爪の先ほども引っ掛からなかった。

 あまりに成果のない虚しい作業に、光来は弱音を吐いた。


「思ってたより、全然集まらないな。もう十年以上前の事件なんだろ? 年月が経ち過ぎてるんだよ」

「でも、だからこそ、グニーエについて調べているという老人を見つけなきゃならない。ワタシと同じで、なにかしらの関わりがなくては、調査を続けているはずがないもの」


 そう答えるリムだったが、疲労と焦燥が隠せずに滲み出ていた。

 ただし、ガンスミスについては、ちょっとした情報を入手した。教えてくれたのはパン屋を営んでいる夫婦だった。

 昼飯はレストランではなく、広場でパンを齧ろうと立ち寄ったのだが、リムのガンベルトを見た夫婦の方から、パンを注文していく少女について語ってくれたのだ。有益な話とは、どこから転がり込んでくるか分からないものだ。


「あんまり喋らない娘で、直接聞いたわけじゃないの。でも、収穫祭には必ず銃のパンを注文するから、間違いないと思うのよ」

「他に銃を象ったパンが必要な商売なんて、思い浮かばないしな」


 収穫祭? 銃のパン? 二人の話は、光来には意味が分からなかった。しかし、リムにはその説明だけで理解できたようだ。


「腕は?」


 リムの質問に、夫婦は揃って首を傾げた。ここは観光地で、住人のほとんどが客相手に商売をしている。魔法とはあまり縁のない人々の街だ。銃の製作や修理などを依頼する者はあまりいないという。しかし、昔からの客が仕事を依頼しているらしく、それで生計は立てられているくらいだから、決して鈍らではないと思うとのことだった。

 その話をけじめとして、今日の活動を終わることにした。リムが夕食の後は温泉に浸かって疲れを癒そうと言ってくれたので、光来は大いに喜んだ。


「でも、その格好で女湯に入れるのか?」

「心配しないで。どこか適当な所で着替えるから」

「ふうん……。なんか、面倒くさいな」

「大したことないよ」


 リムはさらりと言ってのける。あまりにも自然に答えるので、却って苦労の多さを感じてしまう。


「言っておくけど、覗いたらあなたでもブリッツを喰らわせるからね」

「しないよっ。するわけないだろ」 


 じっと見つめたせいで、あらぬ誤解をされてしまった。


 リムは、脱衣所からひょいと首だけ出し中の様子を窺った。

 痴漢や覗き魔を用心してではない。揉め事続きの旅を長年続けてきたリムにとって、丸腰になる状態は、なんとも落ち着かないのである。

 客は老女から幼女まで様々だが、皆、脱力したような表情で温泉を楽しんでいる。こんな場所でまで注意深くなるのは、我ながら行き過ぎな気もするが……。

 ぶつけるように掛け湯を被ってから、さささっと足早に洗い場を横切り、程好い湯加減の温泉に肩まで浸かった。

 身体に沈殿していた疲労が溶け出すのを実感し、思わず長く息を吐いた。緊張感が解れる貴重な時間だ。

 リラックスしながらも、頭の中では今日一日の成果について考えていた。

 グニーエ・ハルトに関する情報収集は芳しくない。それは最初から覚悟していた。キーラの言う通り、人々にとっては、記憶の襞に埋もれた過去の出来事だ。だが、自分には紛れもない現在(いま)だ。ワタシの人生は、あの日以来、一歩たりとも前進していない。

 再び長く息を吐いた。身体が火照ってきたので、湯船の縁である大きな石に腰掛け、脚だけを湯に浸した。

 運命は大きくて重たい鉛の球と同じだ。力いっぱい押してもなかなか動いてくれないのに、なにかしらのきっかけで転がると、あっという間に加速する。キーラとの出会いはきっかけだ。彼と出会ったことで、今まで停滞していた運命が動き始めている。

 なんの根拠もないが、確信に近い手応えを感じていた。

 キーラと言えば、もう一つ考えなければならないことがあった。

 果たして、キーラに銃を携帯させていいものか。彼の魔力は尋常ではない。通常なら魔法を生み出す詠唱『アリア』を用いて、対象物に書き込み定着させる。しかし、彼の場合、詠唱を行わない。それだけでも信じ難いのに、一度定着させた魔法を書き換えるという、あり得ない現象を実現するのだ。

 さらに悪いことに、書き換えられる魔法が、死を司る禁忌の魔法『トートゥ』なのだから、持て余すのも仕方なしだ。


「…………」


 考え込んでも仕方がない。彼の魔法については、一つの可能性を見出してる。

 昨夜の逃亡劇で、キーラが最後に撃ち出した弾丸は、トートゥではなく電撃魔法のブリッツだった。また、就寝前の会話から知ったのだが、その前にもブリッツの弾丸を撃ち出していたとのことだ。

 つまり、彼はすべての魔法をトートゥに書き換えてしまうわけではない。さらに記憶を手繰った。キーラが言った「俺の世界では、当たりどころが悪いと死んでしまうんだ」という台詞。彼が元いた世界では、銃は魔法を撃ち出す道具ではなく、殺傷を目的とする武器らしい。

 魔法とは『彼の者』と契約を交わし、その力の一部を具現、発動させる技術だ。契約時の詠唱『アリア』を口にする際、顕現させたい力をはっきりとイメージしなければならない。彼には、銃と弾丸は対象物を殺す道具という固定観念がある。死のイメージが強すぎるのだ。


「固定概念さえ覆せれば……」


 やはり、銃は持たせるべきだ。キーラには、修行し成長してもらわなければならない。彼の魔力は、グニーエ・ハルトと対決する時、勝敗を分ける鍵となる。そんな気がするのだ。


 一方その頃、光来の方はというと、湯に浸かりながら緊張していた。

 日本の温泉とさほど変わらない形式に喜んだのも束の間、決定的な違いに馴染めてなかったからだ。

 その違いとは、獣人の存在である。狼のような顔をした者、獅子に似た者、トカゲを彷彿とさせる者までいる。

 温泉の中に相応しく、皆がくつろいでいるのだが、口元に見え隠れする牙の鋭さは迫力があり過ぎた。しかも、全員が例外なく筋骨隆々なのだ。女湯もこんな感じなのだろうか?

 まだ身体を洗ってないけど、温まるだけでさっさと出よう。

 そう思っていたのだが、光来の黒髪と黒い瞳が珍しいのか、その連中はやたら話し掛けてきた。


「ニイちゃん、珍しい髪の毛だな。どこから来たんだ?」

「ええと、日本という所です」

「ニホン? 聞いたことない街だが」

「あはは、遠いうえにちっぽけな街ですから」

「それにしても、なんでそんなに髪が黒いんだ? 食い物が違うのかな」

「そうかも知れませんね。昔から魚料理が多い街なんです」


 異なる世界から来たと正直に言ったところで、奇異な目で見られるのは、ホダカーズで経験済みだ。上手く話を持っていけば、情報を仕入れてリムの手助けができるかも知れない。しかし、ここは当たり障りがないように話を合わせるのが無難だと判断した。


「ラルゴは初めてか?」

「ええ、今、旅の途中で……」

「一人でか?」

「いえ、連れがいるんですが、今は別の場所に……」

「そうか。若いうちに旅するのはいいもんだ。ここはいい街だぜ。せいぜい楽しんでいきな」

「ありがとうございます」

「ふう~。のぼせそうだ。身体を洗うか」


 話し掛けてきた者のうちの一人、狼っぽい獣人が、ざばっと勢い良く立ち上がった。水面が乱れ、生じた波が肩にぶつかる。

 光来の好奇心が首をもたげた。

 この人(?)の、股間、男が男たる所以の箇所はどうなっているんだろう? やっぱりイヌ科の動物みたいなのがくっついているんだろうか……。

 非常に興味がある。興味はあるが、ちょっと見るのが怖い気もする。それに、男が男の股間を凝視するのは、さすがに……。


「…………」


 結局、顔を上げられず、確認することは出来なかった。

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