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銃と魔法と臆病な賞金首2  作者: 雪方麻耶
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追い詰められて

「シオンッ、急いでっ」

「分かってる」


 二人は、保安事務所を出てからずっと馬に揺られていた。

 魔法屋を襲ったのはダーダーに違いない。奴は逃亡のために銃と魔法を手に入れたのか? いや、それはない。このまま街から逃亡するとは思えない。噂通りの男なら、いや、それ以前に、一家を壊滅された恨みを晴らすため、復讐を考える筈だ。記憶が曖昧だったそうだが、奴の口からキーラの名が出た以上、向かったのはワイズの家に違いない。

 それにしても理解できない。一家壊滅の原因を作ったのは、奴自身だ。奴はキーラの魔力を見たがっていた。実際に目の当たりにした時の反応は大きく、感動すらしていたようだった。しかし、だからなんだ? 結局、魔力を確認してなにをしたかったのだ? それが未だに分からない。分からないから、不気味な怖さがある。

 早くキーラと合流しなくてはならない。空を飛べる魔法があれば良いのに……

 リムは風にも負けないくらいの速さで駆け抜けているにも関らず、自分が亀にでもなったようなもどかしさを感じながら、必死に手綱を操った。




 光来は追い詰められていた。逃げても逃げてもダーダーとの距離が縮まらない。撒く事が出来なかった。足跡を辿っているのか? それとも、本当に猟犬並に鼻が効くとでもいうのか?

 それにしても……

 昨日とは雰囲気が違い過ぎる。昨日のあいつは、暗闇の中にぽつんと置かれた人形のような悍ましい怖さがあったが、今は猛り狂う猛獣のような迫力がある。


「出てこいっ。隠れても無駄だっ」


 ダーダーは身を潜ませる事など微塵も考えていないようだ。獣が威嚇するため吠えたり唸ったりするように、怒鳴りながら光来を探している。

 そして、その行為は少なからず効果を上げていた。光来はダーダーの圧力の強さに、身が縮む思いを味わっていた。


「保安事務所で見たぜ。お前には賞金が掛かってるなぁ。俺が頂いてやるぜ」


 ダーダー自身、賞金首なのだから、そんな事は出来る筈がないのだが、光来を不安にさせるには充分な言葉だった。

 くそっ。これじゃ賞金首狩りじゃなくて人間狩りだ。焦るな。リムのように冷静に相手の力を分析するんだ。あいつの脅威は、射撃でも魔力でもない。相手を萎縮させる覇気だ。落ち着いて対処すれば、凌げない相手じゃない。なんとか、トートゥに書き換えないで、本来の魔法が撃てれば勝てる。

 光来はシリンダーを開き、弾丸を確認した。ツェアシュテールングとブリッツの二種類のみだ。この二つの魔法を組み合わせて、勝機を掴まなくてはならない。

 光来は、屈んだ姿勢が窮屈で、少し体をずらした。その僅かな動きで、葉が擦れ音を出してしまい、頭上の鳥が羽ばたいた。

 バネ仕掛けのようにダーダーの首がグルンとこちらを向き、狙いも定めず、いきなりぶっ放した。着弾と同時に地面が爆ぜ、土や葉が吹き飛んだ。


「うおぁっ」


 爆風で持ち上げられ、光来の体は突風で飛ばされた帽子のように、斜面を転がった。転がりながら盲撃ちで一発放ったが、弾丸はあらぬ方向へ消えていった。


「居たな」


 ダーダーは悪鬼の形相で突進してきた。焦ってはいけないと頭では分かっていても、どうしても心が怖れを拒否できない。


「ちくしょうっ」


光来は、今度こそ狙いを定めようとしたが、体勢を立て直す前に、ダーダーの突きがまともに顔面に入った。


「うげっ」


 一瞬、頭の中が真っ白になり、なにも考えられなくなった。十七年間生きてきて、生まれて初めて喰らうナマの暴力。その圧倒的な痛み、重みは思考を止めるには充分だった。なにより、自分に向けられた不条理な悪意をまともにぶつけられ、心が音を立てて折れそうになる。

 駄目だ。光来は自らを叱咤した。この恐怖を深層に受け入れてしまったら、この先、なにをするにも怯えて生きなくてはならなくなる。怖さを打ち消すんじゃない。感じながらも入り込ませない。恐怖を飼い慣らすんだ。

 倒れながら銃を構えたが、腕に強烈な蹴りが打ち下ろされた。足裏と地面に挟まれたまま体重を掛けられる。腕からみしりと嫌な音がした。


「ああがああぁっ」


 骨にヒビが入ったのか、鋭い物が突き刺さったような痛みに熱くなった。


「気に入らねえ顔、いや、目だ」


 ダーダーは光来の腕を踏み付けている足に、更に体重を乗せた。


「怯えきってるくせに、まだ絶望しちゃいねえ。まったく気に入らねえ目だ」


 独り言なのか光来に聞かせているのか、判然としない口調で喋りながら、銃を構えた。


「魔法での殺人は禁忌とされるが……」


 銃口が光来の眉間にぴたりと止まる。

 光来は、パニックに陥るまいと必死に気を張っていた。追い詰められ、五感がこれ以上ないくらい研ぎ澄まされている中、葉や草のざわめき、騒がしい鳥の鳴き声、山が奏でる交響曲に混じって、リムの声が聞えた気がした。

 あまりの絶望にリムの幻に縋っているのか?

 髪を梳く風の中に、一本の糸を手繰った。幻聴じゃない。確かに、キーラと叫ぶリムの声が聞こえる。銃声を頼りに探しているんだ。

 すうっと熱が引くように、喰い止めていた感情の奔流が穏やかになっていく。

 ダーダーの左腕。負傷しているが、ワイズにやられたのだろう。あの怪我を庇ったから、突きの威力も軽減した。五体満足で放たれたなら、一撃で意識まで吹っ飛んでいただろう。

 俺には支えてくれる人がいる。目の前の男はどうだ? こいつの武器は大柄な肉体と凶暴さだけだ。

 体の奥底から熱いものが込み上げてきた。自分の中にこんな闘志があったなんて、驚きの発見だった。


「なんでお前のような臆病もんに執着したのか、自分でも分からねえ」


 あっさりと勝利を確信し、腹の虫が治まりきらないのか、ダーダーは舐るように侮蔑した。

 しかし、光来の耳には、その言葉は入っていなかった。光来が今考えているのは、昨日、リムが投げ掛けた言葉だった。「ワタシを信じなさい」リムの言葉を頭で反芻すると、魔法に掛けられたみたいに冷静さを取り戻し、強張りで狭くなっていた視野が戻った。

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