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銃と魔法と臆病な賞金首2  作者: 雪方麻耶
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災いなる来訪者

 森の中に入ると、鳥の囀りがより近くなる。視野の端々に動く物が認められ、目を凝らすと栗鼠や兎だと分かった。つまり、標的には事欠かないという事だ。

 リムの射撃を初めて見た時を思い出し、大きく息を吸う。そして、その姿勢を真似した。足を肩幅より少し広く開いて、肩を落とし、やや猫背になった。緊張と弛緩が同居した構え。見た目だけでどうにかなるとは思っていないが、形から入るという方法もある。

 木の根元で、可愛らしくぴょんと跳ねた兎に銃口を向けた。黒い魔法陣が発生し、光来は魔法陣が開き切る前に銃を下ろした。

 弛緩していた部分は体外に逃げ、体全体が力んで固くなる。思わず舌打ちをした。

 昨日は撃てたじゃないか。

 トートゥではなく、しかもダーダーの放った謎の魔法さえ打ち消した白い魔法。あれは間違いなく自分が放ったものだ。あの時、俺は何を考えていた?

 リムの言葉がきっかけになったのは事実だが、それ以上にリムを助けたい一心で『彼の者』に訴えかけた。そうだ。あの時、何者かが俺に触れたような感覚があったんだ。

 あの感覚を自在に操れるようになれれば……

 光来は、銃は魔法を撃ち出す道具なんだと自らに繰り返し言い聞かせ、練習を再開した。




 淹れたてのコーヒーから立ち上る湯気の揺らめきを楽しむ。鼻孔をくすぐる芳醇な香りが、脳内に直接入り込んで刺激する。まったく、これこそ自然からの恵みというものだ。

 窓の外に目をやる。風はなく、陽の光が降り注ぐ音さえ聞こえてきそうなくらい静かだ。

 こんな日があってもいい。

 ワイズはコーヒーを一口含んでゆっくりと嚥下した。熱い液体が喉を通過し食道から胃に落ちていくのをじっくり感じる。そして、もう一度思う。

 こんな日が続けばいい。

 同時に、こんなささやかな願望すら叶えられないのだろうなと寂しくなる。動くのも怠くなりそうなくらい穏やかなのに、心の片隅から一抹の不安が拭いきれない。そして、そんな時の勘は大抵当たる事を、これまでの経験で知っていた。


「…………」


 それにしても静かだった。キーラは銃の練習をすると言っていたのに、銃声が一度も聞こえてこない。そう言えば、先日もそうだった。キーラとリムが裏庭に移動してすぐに一発の銃声が響いたが、あとはずっと静かなままだった。一発も撃たないで、銃の練習など出来るのだろうかと不思議に思った。

 耳を澄ますと、銃声の代わりにざっざっと無神経な足音が聞こえ、ワイズは自分の勘が当たった事を知った。今までの静寂を帳消しにするかのように、どがんと激しい音と共に、壊されんばかりの勢いでドアが開いた。

 現れたのは一人の男だった。刺すような鋭い眼光。肉食獣を連想させる筋肉。ワイズは一目で、こいつがレンダー・ダートンだと分かった。


「お前が、ダーダーか?」


 一応、確認で訊いてみる。しかし、ダーダーはワイズの質問を無視した。


「ここにキーラってガキが居るだろう。隠しても分かってるぞ」


 そう。ダーダーには分かっていた。この数日、記憶がはっきりとしないのだが、逆に知るはずのない情報が頭に残っている。確証はないが、これはあの謎の訪問者の仕業に違いないと踏んでいた。


「そんな奴、知らんな」

「耳が遠いのか、ジジイ。隠しても為にならないって言ってるんだぜ」

「あいにく、まだ耳は達者でな。お前の足音も聞えた」

「そうかい。だが、早く俺の質問に答えねえと、何も聞こえなくなっちまうぜ」


 ダーダーは室内の空気が押し流されるような一歩を踏み出した。


「だから、仕掛ける事が出来た」

「あ?」 


 ダーダーの足元から光が発した。実際に光を放っているのはダーダーが踏んでいる床で、光はあっという間に広がり、魔法陣の形を成した。


「こっ、このジジイッ」

「歳を取ると心配症になってな。自然と用意周到になる」


 ダーダーは魔法陣から逃れようとするが、まるで強力な接着剤で足裏を床に固定されてしまったように、びくとも動かなかった。


「う、動けねえ?」

「ファング。山で熊や猪を捕まえるのに使われているが、実力行使で他者をひれ伏せるお前には馴染みが薄かろう」


 ワイズは立ち上がり、ダーダーに近づいた。その時、家の裏手で銃声が響き渡った。

 ワイズは、キーラのタイミングの悪さを呪った。今の今まで静寂を守っていたのに、なぜ、よりにもよって狙いすましたかのように銃声を響かせてしまうのだ。

 ダーダーは、野犬が敵を威嚇するように歯を剥き出しにして醜い笑みを浮かべた。


「今のはキーラか? 奴は裏にいるのか」


 剥き出しの歯をそのままに口が大きく開いた。顔の半分が口になったのではないかと思う程だった。ダーダーは、歯なんか砕けともいいと言わんばかりに、思い切り食いしばった。


「ぬおおお……」


 ワイズは目を見張った。力むダーダーの足元で、魔法陣に亀裂が走っている。


「馬鹿な? 力づくで魔法を解くつもりか?」

「うがあああっ」


 無理やり引き剥がすように強引に足を上げると、魔法陣が砕け散り、魔法の効果が消滅した。


「なんて奴じゃっ」


 ワイズは手元に置いてあった銃をダーダーに向けたが、ダーダーは床から剥がした足の勢いを保ったまま、ワイズの手を蹴り上げた。


「うっ」


 強烈な一撃を喰らったワイズは、たまらず銃を手放してしまった。


「年寄りは大人しく寝てなっ」


 ワイズに体勢を立て直す隙も与えず、レンガ程もある拳を顎に叩き込んだ。


「ぐっ」


 ワイズは壁まで吹っ飛ばされ、ずるずると座り込んでしまった。


「へっ。てめーが床にへばり付いてろ」


 不敵な台詞を吐きかけ、ダーダーはドアの縁に手を伸ばした。しかし、触れる前に後ろから掴まれ、思い切り後ろに捻り上げられた。


「がっ?」


 驚いた事に、のした筈の老人が信じられない力で腕を固定していた。


「ジジイッ」


 口の中を切ったのか、血で歯が赤く染まり、口角から滴り落ちている。ワイズは渾身の力を込め、ダーダーの腕を捻った。目の前の邪魔者を片付けたという慢心から生じる一瞬の油断を、ワイズは見逃さなかったのだ。

 ダーダーは必死に抵抗を試みたが、既に不利な体勢で腕を絡め取られているので、思うように力が入らなかった。一方、ワイズの方は、腕の力だけでなく全体重を乗せて掴んでいる。


「うおぉっ」


 ワイズは、咆哮するとさらに力を込めた。その力はダーダーの腕の抵抗力を超え、ボキンと思わず耳を塞ぎたくなるような嫌な音がした。


「うごおおおっ」


 腕を折られた事で、体勢を立て直せたダーダーは、苦痛と怒りを同時に吐き出すように声を張り上げた。


「てめええぇ」


 発火するのではないかと思わせる程、怒りでギラつかせた目をワイズに向け、銃を抜いた。

 ワイズは体勢を崩しながらも、先程ダーダーに蹴られ床に転がった銃を拾おうと這ったが、既に銃口が向けられてしまった。


「キーラを呼べ」


 ダーダーは喉の奥から声を出した。怒りで自制心を失うのを必死に堪えているようだった。

至近距離で捉えられたワイズは、足掻くのを止め、立ち上がりもせずダーダーと向き合った。


「叫ぶんじゃねえぞ。如何にも用があるから手伝ってくれって感じで呼ぶんだ」


 ダーダーは銃と目で威嚇したが、ワイズはそのどちらも正面から受け止めた。


「噂なんぞ当てにならんな」

「なんだと?」

「ワシのような老いぼれに腕を一本持っていかれるようじゃ、おまえの悪名も尾ひれがついたもののようじゃ」

「どこまでも苛つかせるジジイだ」


 ダーダーは悪意を弾丸に込め、引鉄を引いた。こんな至近距離では避けられる筈がない。ワイズは凶悪な弾丸に貫かれた。青白い魔法陣が発生し、凄まじい電流がワイズを襲う。ダーダーが放ったのはブリッツの弾丸だった。


「ぐおおおっ」


 苦痛に悶えるワイズを見下ろし、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「無駄弾を使わせやがって、馬鹿が」


 悪態をつくが、ワイズから敗北した者特有の憫然たる匂いがしないのが引っ掛かった。


「いいや、けっして無駄ではないな」


 ワイズは四肢を放り出し動けなくなっても、眼光だけは鋭さを失っていなかった。目だけを動かして、ダーダーを視線で射る。


「このジジイ……まだ」

「そうとも。無駄ではないぞ。叫べないワシの代わりに警報を発してくれたのだからな」

「てめえっ?」


 ワイズの台詞で、ダーダーは目の前の老人の企てを悟った。銃声が聞こえれば、誰だって何事かと警戒する。わざと自分を撃たせる事で、キーラに危険が迫っている事を知らせたのだ。


「このっ」


 もうワイズは動けないが、腹立ち紛れにもう一撃喰らわせようと構えた。


「…………」


 しかし、ダーダーは発泡する事なく銃をしまった。ワイズは既に気を失っていた。こんな状態の老人に見舞っても、それこそ無駄弾と言うものだ。

 今はキーラだ。奴を血祭りにあげてからラルゴを脱出し、組織を立て直すのだ。すぐにでも脱出した方が安全なのは百も承知だ。しかし、落とし前をつけなければ、いくら人数を集めても以前のような組織力は構築できない。俺の人生に敗北の歴程などあってはならないのだ。

 ダーダーはドアを掴み、もう一度ワイズが倒れている事を確認すると、大股で外に出た。

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