忍び寄る者
シオンが放った弾丸は、一発も外れる事なく6人の男に命中した。青紫の魔法陣を発生させ、空中に散った。
「てめーっ、正気かぁっ!?」
シオンを取り囲む男達が一斉に銃口をシオンに向けた。ざんっと音がしそうな程、一斉にだ。しかし、誰も撃とうとはしなかった。最初の一手を踏み出すのには勇気と決意がいる。統制も取れていない烏合の衆であるダーダー一家に、率先して一線を超える剛の者など居ない証拠だった。互いが、誰かかやるだろうと期待を抱き、その甘さが引鉄を引かせないのだ。
男達が虚勢を張りながら互いの様子を窺がっている中、一発の銃声が響き渡った。やけに余韻が残る銃の咆哮だった。期待に応えたのは誰だと男達はそれぞれを見回した。様子がおかしいと気付いたのはその時だ。囲まれている少女は平然としている。撃たれたのはシオンではなかったのだ。
「お前、誰を撃ってんだっ?」
「おいっ、お前、どうしたんだっ?」
狼狽と驚愕の声が交差する。無理はなかった。シオンに撃たれたリスキェが、仲間にいきなり発砲したのだ。
リスキェの目には慄きが宿り、全身がガタガタと震えていた。大量の脂汗までかいている。
「なあ、いったい……」
仲間の一人が近づこうとしたが、ばっと飛び跳ね、銃を向けた。
「来るなっ。俺のそばに近づくんじゃねえっ」
一目で尋常ではないと分かるリスキェの様子に、周りの者まで余裕をなくし始めた。
「来るなって言ってんだろうがぁっ!」
リスキェはとうとう乱射を始めた。
「どうしたんだ!? こいつっ」
「やめろっ、おいっ、やめろぉっ」
おかしくなったのは、リスキェだけではなかった。シオンの弾丸を受けた者全てがパニックに陥っている。
シオンが使ったのは幻の魔法だった。喰らった者は恐怖を呼び覚ます幻を見せられ、自我を保てなくなる。シオンは、人を怖れさせる幻影を見せる魔法など耳にもした事がない。だから 『ファントム』と名付けた。
なぜ自分にこんな魔法が精製出来るのか? 魔法という力の恐ろしいところだ。日常的に利用しているにも関わらず、解明されていない事が多過ぎる。シオンは畏怖し疑問に思う一方で、ある種の納得もしていた。『彼の者』は術者の心に鋭敏に反応する。こんな魔法が精製出来るのも、ワタシの深層に根付いているものに触れたからに違いない。『黄昏に沈んだ街』を目撃したワタシの心に……
シオンによって放たれた恐怖は、感染したウイルスのように爆発的に増殖して、室内は一気に混乱の様相を呈した。焦りで冷静さを失った者が、ファントムの魔法に掛かっていない者にまで発砲し、室内は完全に騒乱の坩堝と化した。
シオンは、隙きをつき素早く移動した。
「待てっ、このガキッ」
シオンに銃弾を浴びせようと引鉄を引く者も居たが、凄まじい混乱の中で、弾丸など当たりはしない。逆にシオンは狙い放題だ。手当たり次第に弾丸を叩き込み、一気にダーダーに詰め寄った。
ナイフで切りつけても届く程の間合いに入り、銃を突き付けた。しかし、ダーダーは、シオンの手に銃など存在しないかのように微動だにしなかった。
シオンがダーダーの眉間に狙いを定めた瞬間、ダーダーは頬杖をついたまま銃を抜き、シオンに向けた。互いの銃口と視線が交わるように向き合う。
再び、シオンは不気味な感覚を味わった。
まただ。奴の目。確かにワタシを見ているのに、視線が通り抜けていくような感覚。底が見えない深い穴を覗き込むような、ぞわぞわと不安になる目。
「しかしっ」
シオンは、声を出す事で不安を振り切ろうとした。
「ワタシの方が早いっ」
ダーダーの眉間に銃口がくっつくくらいの超至近距離から一撃見舞った。使う魔法は、他の者と同様、ファントムだ。
「ぐっ」
魔法が発動し、ダーダーが短い叫びを上げた。すぐに効果が出て、幻覚の世界に陥り、恐怖や後悔で半狂乱になる。シオンは、ダーダーが乱発する弾丸に当たらないよう、距離を取るために後退ろうとした。しかし、素早くダーダーに手首を掴まれ、身動きが取れなくなった。
「っ⁉」
「オリジナル・ソーサリーか。精神に入り込むとは、面白い魔法だ」
「まさか?」
シオンは、咄嗟に事態を把握出来なかった。ファントムは間違いなく発動した。
こいつ、なぜ冷静に魔法の分析なんか出来るんだ?
手首を掴まれたまま、ダーダーにもう一撃喰らわせようとしたが、既にダーダーの方が狙いを定めていた。
吐き気を催すような醜悪な笑みを見せつけられ、激しい銃声が耳を劈き、シオンの意識はそこで途切れた。




