馬上の戦い
最初の狙撃であの男を仕留められなかったのはまずかった。集団と対立する時は、まず頭を潰すのが有効だからだ。
あの男、お尋ね者の張り紙で見た事がある。デクト・グリプス。自他共に認める、ダーダーの右腕だ。ダーダーの存在を後ろ盾に、悪事ならなんでも行う、一家の実行部隊のリーダーだ。いきなり大物が出てきた。改めて思う。キーラ・キッド。あんな悪党集団に狙われるなんて、彼はいったい何者?
しかし、集中力を途切れさせて良い時間など1秒たりともない。奇襲で3人仕留めた。あと4人だ。互いに仕掛けようと疾走しているので、距離が瞬く間に縮まる。ギリギリまで構えなかった。あまり早くに照準を定めると、誰を狙っているのか悟られてしまう。目一杯引き付けるのだ。
目前のデクトは既に構えていた。しかし、その手に持っているのは拳銃ではなかった。銃のような引鉄があるが、台の先端には弓が取り付けられている。
あれは、クロスボウ? あれが奴の武器か。
違和感を覚えた。クロスボウは、さほどの熟練を必要とせず銃声がしないという利点はあるが、その利点も今の状況では意味がない。
デクトが銃ではなく、クロスボウを使う理由が分からない。分からないから薄気味悪い。余計に用心しなければ。
デクトが、クロスボウを持つ腕に力を伝達するのが分かった。撃ってくる。身構えたが、デクトはあらぬ方向にクロスボウを向けて放った。
なに? 何処に向けて撃ったの? なにか変だ。なにかがおかしい?
シオンは銃撃はせず、咄嗟に身を屈めた。ヒュンっと耳元で風を斬る音が横切った。
えっ?
疑問符が頭に浮かぶ前に足元が爆ぜ、何が起きたのか確認する間もなく、遠のいた。
「ちぃっ、勘のいいガキだぜ」
デクトが悪態をついた。しかし、外した事を悔しがっている様子はない。ますます残忍な笑みが広がっていく。狩猟が解禁された狩人のような笑みだった。
今のは爆発? エクスプロジィオーンの魔法? デクトのクロスボウから撃たれた矢に仕込まれていたの? でも何故? あいつは全然違う方向に撃ったのに???
回り込んでデクトを観察した。既に新たな矢が装填されていた。
まずい。疑問を消化している暇がない。2発目が来る!
デクトは醜悪な笑みを浮かべたまま射撃した。
「また?」
またしても関係のない方向を狙って撃った。今度は放たれた矢から目を離さず、ずっとその軌道を追った。間違いなく、矢はシオンの居る方向とは違う位置を目指している。
だが、シオンの眼には信じがたい光景が映った。いきなり矢の軌道が曲がったのだ。
「うっ!?」
軌道を変えた矢は、真っ直ぐシオン目掛けて空を掻き分けてくる。
馬鹿な? デクトは矢の軌道を変えられる技術を身につけているというの? いや、どんな達人だろうと、撃ち放たれた矢の方向を途中で変える技などある筈がない。
これはいったい?
シオンは矢が当たる寸前に、上体を反らして避けた。空を切った矢は地面に突き刺さり、爆発した。
爆発の音と煙に怯えた馬が、前脚を高く掲げ悲鳴のような嘶きを上げた。自分自身が反っているのに、馬まで二本足で立ち上がらんばかりの姿勢を取ったので、態勢を立ち直せなかった。
シオンは為すすべもなく落馬してしまった。
「はーっ」
デクトは歓喜の雄叫びを上げた。
咄嗟に頭を庇ったのでダメージは殆どないが、銃を手放してしまった。いや、それより、馬から落とされたのは絶対にまずい。感情を表に出さないシオンでも、一滴の恐れが胸に落ちた。
シオンは気力を振り絞り立ち上がろうとしたが、その暇は与えられなかった。
膝立ちの姿勢を取った時には、デクトをはじめ、ダーダー一家の悪党どもに囲まれていた。
「おめーらは手を出すな」
餌を取られないよう威嚇するハイエナのように、デクトは命令した。
「ガキが……ナメやがって」
デクトはいきなり馬上から蹴りを放った。
腕でガードしたが間に合わず、硬い踵が頬に突き刺さった。
「ぐっ」
シオンは重たい衝撃に耐えきれず、再び地面に横たわってしまった。落ちた雫で波紋が広がるように、背骨が痺れるような恐怖が駆ける。
「お嬢ちゃん、ダイジョウブー?」
「パパに迎えに来てもらったらぁ?」
男達の低能な罵りが頭上を飛び交う。
怖い。怖くて身が砕けそうになる。……でも、ここでひれ伏すわけにはいかない。こんな連中に負けてしまったら、お祖父ちゃんはどうなる? ワタシが治療の魔法を持ち帰れなかった場合の、最悪の結果を考えろ。
こいつら、殺してやる……
シオンはギラついた眼でデクトを睨んだ。
それは鋭利な氷柱の先端を思わせ、嘲笑っていた男たちの声がぴたりと止んだ。
「このガキ……なんて眼で睨みやがるんだ」
デクトが歯を剥き出しにして絞るように言った。
「おめーが誰で、なんで俺達を狙ったかなんて訊かねえ。だが、このまま見逃す事はできねえ」
クロスボウを構え、今度はシオンの眉間に照準を合わせた。
「覚悟の上なんだろ?」
「…………」
デクトに蹴り飛ばされたおかげで、落としてしまった銃に近づいた。地面を蹴って跳べば手が届く。やるしかない。パニックに陥る事なく、冷静に対処するのだ。
シオンがつま先に力を込めたその時、一発の銃声が響き渡った。




