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銃と魔法と臆病な賞金首2  作者: 雪方麻耶
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プロローグ

 薪の重さに、思わず歯を食いしばった。若い頃にはなんでもなかった作業が、ここ最近で急に億劫に感じることが多くなった。自分ももう歳だとしおらしく思うつもりなど毛頭ないが、衰えていく体力を実感するのは如何ともし難い。


「ふんっ」


 ワイズ・レイアーは、気合を入れて薪を肩に乗せた。この老人が自分の体力の減少を嘆いていると知ったら、殆どの者が笑い転げるだろう。

 今、彼が掲げている薪は、大人が二人がかりでやっと持ち上げられるだけの量がある。それを、若い頃はもっと楽に持てたものだがと思う彼の筋力は、並大抵ではない。

 まだ暖炉を使う季節ではないが、保管する薪は多いに越したことはない。仕事でも使うし、風呂を沸かすのにも使う。この街には、あちこちに温泉が湧いているし、住人は好きな時間に、しかも無料で利用することができる。しかし、自分は使わせてもらったことは一度もない。

 人を避けているというわけではないが、温泉という誰もがリラックスする場所に、自分が醸し出す緊張感は似つかわしくないと思っていた。真夜中の人気のいない時間なら大丈夫かもしれないが、そこまで気を使って行く気にもなれない。

 自分を皮肉った笑みが漏れ、唇を持ち上げた。


「お祖父ちゃん、ワタシがやるから」


 ふいに背後から声を掛けられた。振り向くと、孫のシオンがこちらに向かって歩いてくる。

孫に気遣われ、嬉しく思うと同時に、一抹の寂しさが過ぎる。

 シオンのさり気ない優しさは、死んだ娘を思い出させた。あの娘も争い事を好まない、傍目から見れば消極的と思われてもしかたがないくらい、おとなしい娘だった。あんな事件さえなければ、今もシオンと一緒に静かな生活を送っていただろうに……。


「ああ。それじゃ、そこに転がっているやつを運んどいてくれ」

「わかった。お祖父ちゃんは休んでて」

「こいつをしまったらそうさせてもらう。温かい飲み物を作っておこう」

「ミルクと砂糖をたっぷり入れたカフェオレがいい」

「ああ。おまえの好物だな」


 コーヒーは、温泉地として有名なラルゴのもう一つの収入源である。酸味が少なく、しっかりとしたコクとほのかな甘味があるラルゴ産は有名である。しかも、この地から湧き出る温泉水で淹れると、格別な美味さがあると好評を得ている。


「じゃあ、頼んだぞ」

「うん」


 返事をしながら、シオンは既に薪を拾い集めていた。


 シオンの作業が終わった後、二人でテーブルを囲んでコーヒーを飲んだ。

 シオンはリクエスト通りに砂糖とミルクをたっぷり入れているが、ワイズはなにも入れないで飲んだ。


「苦いだけなのに美味しい?」

「苦いだけじゃねえ。苦味の中に微かな酸味や甘味が複雑に入り混じってるんだ。子供には分かんねえだろうがよ」


 今まで、何度も繰り返された会話だ。

 これが俺たちの日常だ。

 しかし……。

 ワイズはコーヒーを啜りながら独りごちる。

 昨日、シオンからトートゥの魔法を使う少年の話を聞いた時には、少なからず動揺した。『黄昏に沈んだ街』の首謀者と目される男、グニーエ・ハルトとなにかしらの関係があるのではないかと思ったからだ。

 シオンの話によれば、ホダカーズの保安官に連行されてしまったらしいが、なんとかして面会できないかと思案に暮れた。実は、こうしている今もその事を考えている。

 この世界では、ルーザの記述に則り、魔法による殺人は決して犯してはならない禁忌とされている。トートゥは死を司る魔法で、その存在はもはや伝説となっている。禁忌の魔法を用いて決闘の相手を殺してしまったのでは、極刑は免れない。

 だが、刑の執行までにはまだ数日の猶予があるはずだ。その間に、なんとしても少年から話を聞きたかった。


「お祖父ちゃん……」


 考え事に没頭し、危うく孫の呼び掛けを聞き逃すところだった。


「んあ? ああ、なんだ?」

「明日、パン屋さんに発注してくるから」

「パン屋?」

「そろそろ、収穫祭だから」

「ああ、そうか。もうそんな時期になるのか」

「お祖父ちゃんは、毎年忘れるんだから」


 農作物の収穫時期に行われる祭りは、一年を通じて観光客で賑わうラルゴを一層華やかにさせる。規模の大きい収穫祭目当てに来る客もおり、「ラルゴのは集客祭だな」と揶揄される程である。

 いつ頃から始まった風習か分からないが、ラルゴではその家で扱っている商品の形に焼いたパンを飾るのが習わしとなっている。従って、銃工房であるレイアー家では、拳銃を象ったパンを毎年注文するのである。


「お前も、そろそろダンスの相手くらい見つけたらどうだ?」

「ワタシ、そういうの興味ないから」


 孫のそっけない返事に、ワイズは鼻から息を吐いた。

 シオンは今年で十六歳になる。ワイズは十代の少女の価値観を見抜ける程、豊かな感性を持っているわけではない。それでも、普通なら彼氏とかデートなんかに興味を抱く年頃だろうというくらいは分かる。

 やはり、あの事件が切っ掛けなのだろうな……。

 ワイズは密かに溜息をついた。

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