召喚勇者の復讐劇
これは滅んでしまった、とある世界にあった、とある国の物話。
「キチキチキチ」
「あ、あの……。ようこそおいでくださりました勇者様」
その国は小国で、周囲を四つの強国に囲まれていた。
最近ではこの国を取り合う、強国同士の争いも激化しており、その被害は当然、この国にまで及んでいた。
その状況を打破する為、小国アルマースは決して少なくない代償を支払い、古より伝わる勇者召喚の儀を執り行った。
儀を執り行ったのは、アルマース国の第二王女セレナ。
そして現在、そのセレナと対峙しているのは、勇者として召喚された、とある虫だ。
ここで一つ、アルマース国……いやセレナにとっての誤算が入る。
この世界には、魔蟲と呼ばれる生物が存在している。
その中には人語を話し、人間と交流を持つ種族も存在していた。
その中の一つが、クワガタ魔蟲族と呼ばれる、全長三メートル程はある種族だ。
今回召喚された勇者虫は、特徴がそのクワガタ魔蟲族によく似ており、過去にもそういった、人間以外が勇者として召喚された例もあった為に、セレナはその虫を、雌のクワガタ魔蟲族だと勘違いしてしまった。
しかし勇者虫はクワガタ魔蟲族では無かった。その身体は本来、五センチ程だったのだが、勇者召喚の影響だろうか、有に三メートルはあろうかと言う巨体になっていた。
そして勇者虫はセレナの問いかけには答えず、飛び立とうとその背にある羽根を拡げる。
「ひっ……。ひぃ!!」
瞬間。その姿に、言い知れぬ嫌悪感を抱いたセレナは、逃げ出そうとし、召喚の儀式に使用していた部屋の扉を開けてしまう。
勇者虫はその扉から、外の世界へと飛び出してしまった。
「あ……え?」
セレナはそれを呆然と見送り、立ち尽くしてしまった。
飛び出した勇者虫、ゴキ――いや、黒の勇者Gとでも呼ぼう。勇者Gは、部屋のあった城から少し離れた場所にある、魔蟲の住む森へと向かう。
それから一ヶ月後……。森に生息していた魔蟲達を、全て力で支配した勇者Gは、城へ帰ってきた。
ここで、この国にとっての最大の不運が訪れてる。元は人間達にスリッパや新聞紙で叩き潰される程度の存在だったG。しかしその遺伝子には、人間達への恨みが蓄積していたのだ。
そして、今回勇者召喚の儀で呼ばせた勇者Gは、まさに勇者と呼ぶに相応しい、圧倒的な力を持っていた。
結果、善戦虚しくアルマース国は僅か一週間で滅び、国民達は魔蟲達や勇者Gの餌として、家畜のように飼われる事になってしまった。
それから更に一年。何とか国外へ逃亡していた亡国の王女セレナは、アルマース旧領を切り取り自由と言う餌で周囲の強国をまとめ上げ、連合軍を結成。勇者Gに対し、反旗を翻す。
「我は連合軍盟主、セレナ・アルマース! 総ての魔蟲を駆逐する為に、全軍進めぇ!!」
セレナの名乗りと共に、人間連合と勇者G軍の激しい戦いが始まった。
まず進軍を開始したのは北の強国フェンツエィガー、総兵数は約五万。セレナはこの軍と共に行動する。
それに呼応して、東西南全ての強国も進軍を開始する。
その総兵数は、何と三十万にも及んだ。
対する勇者G軍は総匹数、十万匹。初めは五千匹にも満たない数だったが、一年で急激にその数を増やしていた。
連合軍も奮戦する。中でも、戦いの最中に目覚ましい覚醒を見せたセレナは、その戦いぶりから、連合軍には『戦乙女』と呼ばれた。
この戦争は半年で決着が着いた。結果、連合軍が辛くも勝利した。しかしその被害は甚大で、死者は各国合計で十万人に及んでいた。その大半は、勇者Gにより殺されたと伝えられている。
目的を果たした連合軍は解散。セレナは北の強国の第三王子の元に嫁ぎ、永く続いた領土争いは、旧アルマース領を連合に参加した強国達が領土を分け合う形で決着が着いた……と思われていた。
この裏で、世界にとって最大の不幸が隠されていた。
彼らは気が付いてなかった。召喚された勇者Gが雌だった事に。
旧アルマース国のとある場所にて密かに産み出され、巧妙に隠されていた卵があったのだ。
そして、その卵から孵った子供達は恐るべき事に、全員が勇者Gの力をそのまま引き継いでいた。その総匹数は五十匹。
「ユルセナイ……ニンゲン……ユルセナイ……」
「キチキチキチ……フクシュウ……スル!」
それから一年。彼らは人間から隠れて生き抜き、力を蓄え子供を産み仲間を増やした、そして準備を整え、今度は世界へ同時に反撃に出た。
その総匹数は一万。しかし、その全てが一騎当千の勇者の力を持っていた。
瞬く間に、世界はG達によって飲み込まれた。
攻めた先で子を作り戦力を補強。何処かが敗れても、勝った国には甚大な被害を与え、他の地をせめていたG達が間髪入れず攻めてくる。
その勢いは、まさに神速であった。人間達はG達に降伏するしか無かった。
そして現在。その世界の生態系はGを頂点にした、我々の全く知らない、未知の世界へと変貌してしまった。
争いに破れた人間達は、Gの奴隷として餌として、静かに飼われていく道しか残されていなかった。
――Badend