この出会いから……
「けっ! 俺の邪魔しなければ、痛い目見ずに済んだのにな! この薄汚い野良猫めが!」
そう言い残し、野球青年はボールを拾うと去って行った。
野良猫は道路の真ん中で腹を強打して、瀕死の状態で横たわっていた。それはもう死を覚悟しても良い程の無気力感ではあった。
ところが、何故あの野球青年にあれ程の脚力があったのかは分からないが、相当、筋肉質なのだろうと頭の中で薄っすら思ってもいた。
そんな考える気力さえ失いかけていた時、何者かの足音が聞こえてきた。
その足音は徐々にこちらに近付いてくるのがわかったが、今の野良猫には動く気力はない。なので、その場で留まる事しか出来ない。
そして、迫り来る足音は野良猫の前でピタりと鳴り止んだ。
すると誰かが悲しそうな声で野良猫に語りかける。
「かわいそうな猫ちゃん……。こんな可愛い猫ちゃんに手を出す奴の気が知れないわ」
どうやら、足を止めたこの人は女性の様だ。
しかし、そんな事はどうでも良かった。そして野良猫は、今にも息絶えそうな最中思った。
(この人……どこの猫好きだよ……。お願いだからほっといてよ……)
その気持ちとは裏腹に女性は野良猫を抱き抱え、歩き始めた。
「すぐにわたしが供養してあげるからね?」
野良猫には言葉の意味が分からなかった。
(くよう……? わたしをどうする……の……?)
もう野良猫の意識は途絶えそうになっていた。
その後、何も抵抗出来ないまま、彼女に連れて来られた先は広い草原だった。
「やっと着いたよ。猫ちゃん。ここなら静かだし、他に誰も来ないから、何も心配はいらないわ」
そう言うと野良猫を草むらに下ろし、女性は素手で穴を掘り始めた。
「スコップか何かあれば、良かったんだけどね。そんなもの準備してないから……。ごめんね……」
野良猫は冷たくなる身体の中で、僅かに温かさを感じた。いままで人間に冷たくされてきたが、この人だけは違った。
こんなに優しくしてくれた人間と出合ったのは初めてかもしれない。
もし、生きれるなら……この人に愛でられたかったとも思ったが、相変わらず、一部の言葉の意味は理解は出来なかった。
「もう少しだからね! 待っててね!」
野良猫は薄目を開くと彼女は手からは流血しているのがわかった。これまで人間は酷い生物と思っていたが、全ての人間が酷い奴では無いのだと、改めて実感した。
それを感じた瞬間、眼から涙が一筋となって流れ出した。
猫に、この様な感情なんてないと思っていたが、自分にはあるのだと、こんな時になってだけど、わかった事がとても嬉しかった。
そして、女性が立ち上がり、近付いてきた。
「出来たよ! 猫ちゃん! わたしには、これぐらいしか出来なかったけど、せめて……成仏出来るように……」
彼女は目に涙を浮かべながら、野良猫を抱き抱え、女性は穴の中に納める。
「せめて……ご冥福をお祈りさせてね……」
そう告げると、彼女は野良猫に土をかけて、埋め始めた。
野良猫は彼女の言ってる事が難しくてよく分からなかったが、何だか嬉しかった。
それから数分後……。
野良猫を埋葬した彼女はしばらく祈り、その場を後にした。野良猫も安らかに息を引き取った。
とても、幸せそうな顔で……。