夜にご対面
フミャ達が着替えている間に辺りはすっかり夜になっていた。
そして、この会社以外も外はすべて真っ暗だった。というより、何故この会社以外、他に明かりすらないのかが逆に不思議である。
チェフは光のない真っ黒な窓の外を見ながら、いつもそう思っていた。
その時、フミャは自然に言った。
「チェフ……。お外……真っ暗……」
『うん……。実はさ、うちもずっと気になってたんだ。なんで、他に明るい所が一つも無いのかって……。でも、神様は教えてくれないのよ……。秘書のうちにすら……ね……』
「ふ〜ん……」
フミャは首を傾げて、少し納得した。
「フミャの……とこは……とっても……明るい……」
『まぁ、天国には今のところ、ココしか建物が無いから、致し方ないわよ』
チェフが少し苦笑いして答えたが、フミャの一言は全く違うものだった。
「違う……。天国……じゃない……。人……いっぱいいた……とこ……」
『えっ……? もしかして、人間界の事……?』
「うん……」
予想外の回答にチェフは戸惑った。そして、ついチェフは聞いてしまった。
『あ、えっと……フミャ? 人間界で何があったのか、ちょっとでいいから教えてくれないかしら……?』
しばらく、フミャは下を向き、黙り込む。それはフミャが友人を亡くした、あの辛い過去だったからである。
『あっ……えっと……その……ごめんね? 聞いちゃいけなかったね……』
「うぅん……。チェフなら……話す……。んっ……チェフ……だから……話すの……」
その手は震えていた。しかし、チェフがフミャの手をしっかりと握って、励ました。
『大丈夫だよ。うちはフミャの味方だから』
「うん……」
フミャは嬉しく、そして、悲しみながら、これまでの過去をゆっくり語った。
そう……かくかくしかじかと……。
『そうだったのね……。辛かったわね……』
チェフはフミャを抱き締めた。お互いに友人がいない身だったからこそ、分かり合えたのだろう。
その時、チェフが一つ提案をした。
『ねぇ、フミャ?その友達に会えるなら会ってみたい?』
「ふみゃ……?」
突然の提案でフミャは戸惑った。しかし、チェフは話を続けた。
『神様なら、きっと会わせてくれると思うわ。なんたって、神様だもの!』
「友達……会える……?」
『そうよ! 挨拶もしてなかったわね。正装に着替えたし、早く行かないと神様も怒ってるわよ。きっと』
そう言うと不慣れな着物を着せられていたフミャは、手を引かれて、再び、エレベーターに乗り込んだ。もちろん、秘書専用のエレベーターで。
数秒後、エレベーターが最上階に到着した。辺りはシーンとしていて、何も置かれて無く、正面に扉が一つだけあるだけだった。
『じゃぁ、行くわよ……』
チェフは息を飲んだ。
もしかしたら、お仕置きが待ってるかも知れないから怖いのだろう。勇気を振り絞り、チェフはドアをノックした。
《入りたまえ》
神様が威厳のある声で言った。その声にフミャも少し緊張が増した。
『失礼します』
しかし、チェフは迷いなく、ドアを開け、フミャと中に入った。
『ラント様、こちらがフミャをお連れいたしました』
《ふむ、君がフミャくんだね? 会いたかったよ》
「あっ……はぁ……」
フミャは戸惑いを隠せなかった。
何故なら、スケートリンク並みの広さはあるオフィスの一番奥から、こちらに向かって話をかけてきてるのだから。
一体、どこから、こんな声が聞こえるのだろう?そう考えていた時だった。
《チェフよ。ドアの横のヘッドホンで少し音楽を聴かせて、リラックスさせてあげなさい。とても、緊張しているようだからね》
『かしこまりました。はい、フミャ。これを付けて?』
チェフはドアの横にあったヘッドホンをフミャの耳に当てた。少し否定したフミャだが、心地の良い音楽に魅了された。
《さて、チェフ……。そのヘッドホンは完全防音だから、心置き無く言わせてもらおうか……》
『あっ、はい……』
チェフは少し身体に力を入れた。すると神様は大きく口を開いた。
《一体、どれだけ待たせたら気が済むんだよ! 全くもう! 前回はぼくが出るって話だったのに、きみたちときたらさぁ! ちゃっかり、出番無かったし、最後しかなかったしぃ! どうしてくれるんだよぉ! ぼくは神様だぞぉ! もう少し、丁重に扱ってくれてもいいじゃないかさぁもぉ!》
『はぁ……。何かと思えば、そんな事ですか……。ランプ様もお子様なんですから……。なんか、緊張して損しましたよ』
神様の反応にチェフは呆れ顔だった。
《ランプって言うなとあれ程言ってるだろう! ラントだ!ラ・ン・ト!ちゃんと頭に叩き込んどけやぃ!》
神様の名前は「ラント」という。確かに何かを照らしそうな名前だ。
『そんなの愛称でしょ? 何なら、《ライト》に改名したって良いんですよ?』
《い、いや、どこかの天才腹黒殺人犯みたいな名前はよしてくれよ……》
ラントが急に逃げ腰になった。それをさり気なく楽しむチェフだった。
『あと初対面に《いかにもぼくが神様です!》みたいな威厳を持った言い方は止めてくれません? 後々、イメージが崩れますよ?』
尤もな指摘をされてしまった神様のラントは、がむしゃらに反抗した。
《う、うるさいな! そんな事、後にどうにでも出来るし!》
それを聞いて、チェフはさらに呆れ顔になった。
『やれやれ……。まるでお子様ですね……』